読書日記

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東野圭吾「11文字の殺人」 2002年05月31日

 1987年発表の長編推理小説。今から見ればちょっとあか抜けないところもあるが、読者を惹きつける魅力十分なサスペンスミステリである。時代の持つ共通の雰囲気のためだろうか、岡嶋二人の作品にも似ている。しかしミスリードを誘うモノローグが挟み込まれていたりして、この辺は東野圭吾らしい。
 
 推理小説家である「あたし」の恋人だったフリーライター川津雅之が殺される。死の直前、彼は「狙われている」と話していた。調べていくうちに一年前の海難事故に謎を解く鍵があるらしいと分かるが、関係者もつぎつぎと殺されていく。その上、真相を追う「あたし」も脅しを受けて。。
 
 不満点もある。なぜ主人公は警察には届けないで自力で解決しようとするのかとか、繰り返し自宅に侵入されているのに対策らしき対策を取っていないこととか。しかしサスペンスの盛り立て方がうまく、本格推理らしい意外な犯人と真相は満足できるものだった。ちなみに光文社文庫の解説は宮部みゆき氏。7点。
 

北川歩実「嗅覚異常」 2002年05月30日

 祥伝社の400円文庫シリーズの一冊。科学の最先端トピックをテーマにする作者お馴染みのパターンで書かれた中編小説だ。嗅覚という第三者には客観的に分かりにくい感覚を中心に据えて、脳のメカニズムや心理的なことまで織り込んだ佳作だ。
 
 ただ中編と言うことで、展開がやや駆け足気味だった。そう言えばこの作者は短編ってこれまで書いていたっけ。今まで読んだことがあるのは長編ばかりだったと思う。この小説もテーマ的には十分長編になりそうなお話で、もしかして長編のプロットを縮めて書いたのではないだろうか。じっくりと練り上げて長編として仕上げればもっと面白くなりそうだ。7点。
 

小森健太朗「神の子(イエス・キリスト)の密室」 2002年05月28日

 どうでも良いことから書くが、この作者の名前ってかなり間違えられているみたいだ。自分が間違えていて気付いたのであるが、検索してみると何割かが「朗」ではなく「郎」になっている。中には登録が間違っているオンライン書店もあった。
 
 小森健太朗を読むのは「ネヌウェンラーの密室(セルダブ)」以来、2冊目になる。さて本書ではイエス・キリストの死と復活を題材にしている。イエスを題材にした作品は数多い中で、本作品は非公開の古文書に基づいた小説という形を取って復活の真相に迫っている。古文書はイエスに興味を抱いたエジプト商人によるものだ。
 
 第一部「それ以前」はイエスがやってくる直前、エルサレム市内のいろいろな立場の人へのインタビューから描くイエス像である。しかし聖書をつまみ食いしたようなエピソードの羅列で退屈だ。次の「それ以降」ではイエスの復活について調査を行うが、エジプト人と友人のユダヤ人の会話がいやに説明くさい。ルポタージュとも小説ともつかない文体でこれも退屈。それでも最後に何か推理小説らしい展開があるかと期待したのだが。。
 
 本書は歴史本格推理、と銘打たれているが。。一応復活の真相を明らかにしているのだが、誰でも思いつきそうなことにディテールを付加したに過ぎず、目新しさは無い。本格推理らしい意外性も無く、看板に偽りありだった。5.5点。
 

石崎幸二「日曜日の沈黙」 2002年05月24日

 20世紀最後のメフィスト賞(第18回)受賞作
 
 「究極のトリックを見つけたんだ。お金では買えないくらいのね」の科白で始まる。この「お金では買えない究極のトリック」が物語の軸になる。しかしそもそもトリックなんてお金で買うものではないだろう。トリックの形容詞としてはかなり違和感がある。また、登場人物たちの描写は軽快なのだが、馴染めない。会話も行動も、あまりに不自然だ。笑いをねらってあえて極端な人物描写をしているのかとも思うが、違和感の方が先立ってしまう。文章は下手ではないのだが、人間を的確に捉えるという部分の小説の基礎が出来ていない。状況設定の練り方やその説明も不十分だ。
 
 しかし中盤以降では、謎解きを中心に進行するために余計な会話が少なくなるせいか、なかなか面白かった。ホテルが用意した謎に対する二重三重の解答なんか良くできていると思う。その後のラストに至る展開も飽きさせない。ちょっとばかり消化不良気味だったり整合性がないと感じる部分も残ったが、それなりに満足した。前半を読んでいるときは何でこれが受賞したのかと思っていたが、後半を読んで一応納得
 
 とは言えやはり作者には今後、人物描写の修行が必要だろう。文章技術とは違って感覚的な部分が大きいので上手く化けるかどうかは未知数だが、期待したい。7点。
 

鯨統一郎「サイコセラピスト探偵 波田煌子 なみだ研究所へようこそ!」 2002年05月21日

 伝説のサイコセラピスト・波田煌子(なみだきらこ)は会ってみれば十代にしか見えない小柄な女性。口を開けばトンチンカンだし行動だって頼りない。そんな彼女が所長を務める「なみだ研究所」で働くことになった新米臨床心理士の松本清は、診療のあまりのいい加減さに呆れかえってしまうのだった。しかし精神分析の知識などろくに持っていない波田先生は、そのトンチンカンな受け答えから隠された真実をズバリと当ててしまう能力の持ち主だった。
 
 収録されている話は、「アニマル色の涙」「ニンフォマニアの涙」「憑依する男の涙」「時計恐怖症の涙」「夢うつつの涙」「ざぶとん恐怖症の涙」「拍手する教師の涙」「探す男の涙」
 
 安楽椅子探偵ものの一種である。そもそも本書はどーんと本格推理小説と銘打っている。しかしながら、これを本格推理と言うには忍びない。各話の構成は作者得意のワンパターンで、患者の話などにちりばめられたヒントをこじつけてしまうことで、ある物語を導き出す。どうこじつけるかといえば、なんとそれが駄洒落だったりする(第一話)。まあフロイトの理論だって相当こじつけと言えるわけだが、作者も相当思い切った書きっぷりだ。
 
 推理はとんでもないのだが、面白くないかと言えば、そんなことはない。大胆に言い切ってしまえば、これは推理小説ではない。落語を聞くような気分で、純粋なユーモア小説だと理解して読めばなかなか味がある。キャラクターもとぼけた波田煌子だけではなく、美貌の会計士・小野寺さんの存在がメリハリを付けている。7点。
 

岡嶋二人「ダブルダウン」 2002年05月18日

 ボクシングの試合中、対戦者が両方とも死亡するという事件が起こった。死因は青酸化合物による中毒。ボクシング評論家の本を担当したことがある編集者の麻沙美は、週刊誌の記者である中江に頼まれて、ともに殺人事件の調査を始める。
 
 興味を引きつける事件からはじまり、その後もわりと地味なくせにまったく飽きさせない筆致で描く岡嶋二人らしい傑作だった。犯人はもちろん(!)意外な人物である。ただ定石通りどおりと言えば定石どおりなので予測がついてしまったあたりは、すれた読者の悲しさである。もっとも予測がついたと言っても推理の結果ではなく単なる直感である。もちろんそんな予測が当たったからと言って本書の面白さが損なわれるわけではないのは言うまでもない。7.5点。
 

清水義範「サイエンス言誤学」 2002年05月17日

 その昔、「科学朝日」という雑誌があった。朝日新聞社が発行していた一般向けの科学雑誌である。しかし理科離れの風潮によるものか、発行部数は低迷し、起死回生を図って誌名を「サイアス」に変えて再創刊したのが1996年のことだった。本書は「サイアス」誌に連載していた同名の科学エッセイをまとめたものだ。結局4年ちょっとで「サイアス」も休刊ということになってしまい連載も終了してしまった。
 
 『「おもしろくても理科」のパチもんだと思っていただければ』とは本書の表紙とイラストを担当した西原理恵子の言い草であるが、まあその様な内容だと思っていただければ。身近な現象や最新のトピックスについての解説だったり、あるいは解説というより科学をネタにしたつれづれ話である。ときには科学とあまり関係ないようなエッセイもある。
 
 サイアスはとくに休刊に至る最後の頃、図書館で手に取ることが良くあった。そのとき必ず目を通すのがこの「サイエンス言誤学」であった。短いし、内容的にも気軽に読めて、その割に結構興味深いことが描かれていたりするので気に入っていた。そんなわけで本書の内容も後半のものは覚えているものも多かった。それにしても、「科学朝日」にはぜひ復刊してもらいたいものだ。7点。
 

真保裕一「夢の工房」 2002年05月15日

 小説ではなく、真保裕一のエッセイなどが多数収録された一冊である。この十数余年あちこちで書かれた文章だとかインタビューなどが収められていて、アニメーション制作の仕事から転身し、乱歩賞作家としてデビューして以来の作者の足跡をたどることが出来る。
 
 作品の完成までの裏話や苦労話も満載で、定評のある作者の取材力の一端もうかがえる。ただしどうやら作者は、他者からの質問が取材や調査に集中するのに忸怩たる思いがあるようだ。曰く、つけ合わせのポテトばかり注目されてメインディッシュにあまり関心を持ってもらえない。とは言えやはり読者としては、メインディッシュがしっかりしているからこそポテトにも関心が集まるのだろうと思う。
 
 取材は楽しそうだが当然苦労もあるようだ。警察の取材では警察側の対応が大変悪かったことが書かれている。筆者は警察にも役人特有のことなかれ主義が横行しているようだと書いているが、おそらくそれに加えて警察特有の過剰な秘密主義もあるのだろう。書いているのはエンターテインメント小説であって社会派と呼ばれることには違和感を感じているそうだが、このようなしっかりとした取材の経験を通して描かれる作品が社会派と感じられるのも無理の無いことと思われる。
 
 おまけのような位置づけだが、おまけというには極上の書き下ろし中編小説も掲載されている。「盗作・雪夜の操り人形(ギニョール)」がそれだが、二重三重にめぐらされた虚構の組み立ては見事なまでの本格推理小説である。そして視点が一転する気の利いたラスト。必ずしもミステリ色が強い作品ばかりではない作者だがこんな本格作品も書けるのかと驚いた。さすが。この中編も、そして真保ファンなら本書も、文句無くお薦めである。7.5点。
 

若竹七海「クール・キャンデー」 2002年05月10日

 やっぱりどうしても割高感の否めない祥伝社の400円文庫シリーズ。でも読みたい作品(作家)も結構入っているのでBOOKOFFに100円で出てくるのを待って購入している。本書もその一冊。
 
 兄嫁を死に追いやったストーカーが死んだ。警察は動機のある兄・良輔に疑いをかける。中学生の渚は兄の無実を証明するために調べ始めるのだが。。主人公である渚の14歳の女の子らしい語り口で、はつらつとした軽快な文章は読みやすかった。物語もテンポ良く進む。人物描写も上手い。
 
 ストーカーの死の意外な真相は良くできている。何とそうだったのか、と唸らせられて、構成も中編作品として申し分ない。ところがここで終わらなかった。ハッピーエンドで安心していると最後の最後に作品の印象をひっくり返してしまうショックなどんでん返しが待っていた。うーん、しかし。これはちょっとどうかと思う。伏線らしい伏線もなかったし、(ややネタバレなのでここから文字色反転)実は兄の性格がこんなだったとか、何故ここで告白したのかとか、必然性が全くない。確かにインパクトは強いけど、これは無かった方が好みだなあ。7点。
 

法月綸太郎「法月綸太郎の新冒険」 2002年05月09日

 なかなか新作を拝めないこの作者が99年に出した探偵・法月綸太郎シリーズの短編集。どれも骨組みがしっかりした推理小説だ。でも基本プロットの完成度の高さの割には、どれもいまひとつ読んでる途中のワクワク感とか読後の爽快感が小さいのはなぜだろう。純粋パズラーが楽しめる人には良い
 
「イントロダクション」雑誌の「名探偵の自筆調書」という企画ものシリーズのために書かれたわずか4頁のコラム。
「背信の交点」鉄道トリック。列車内で服毒死した男の謎をたまたま現場に居合わせた綸太郎が解き明かす。謎の解明はなかなか綺麗にまとまっている上に、さらにもう一捻りが効いている。7点。
「世界の神秘を解く男」ポルターガイスト現象を取材するテレビ番組に出演することになった綸太郎だがロケ先の民家で死者が出る。怪奇現象なのかそれとも殺人か。6.5点。
「身投げ女のブルース」偶然女性が投身自殺を図る現場に行き合わせた葛城警部はなんとか自殺阻止に成功するが、その背景にはある殺人事件があった。綸太郎の推理で真相が明らかになるが、綸太郎自身はまったく登場しないという異色の構成。7点。
「現場から生中継」どこかで聞いたような事件の話から始まる。野次馬としてTVの中継に映っていたという鉄壁のアリバイを持った容疑者。作為的なアリバイに疑いが掛けられるが。。6.5点。
「リターン・ザ・ギフト」一見ふつうの交換殺人事件の様に見えたが実は。。ってふつうの交換殺人というのもよく分からないか。それはともかく、本書に収められた作品はどれも純粋パズラーであるが、これがもっとも純度が高い。6.5点。
 

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