読書日記

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星新一「夜のかくれんぼ」 2007年09月19日

夜のかくれんぼ (新潮文庫)

著:星 新一
新潮社 文庫
1985/10

 ショートショート28編を収録。「夜のかくれんぼ」と言う題名が、そうと知っているせいかもしれないが、いかにも星新一っぽい。どんな作品だったっけ、と考えながら読んだが、実は収録作に同題名の作品は無い。しかしやはり、作者のあとがきを読むと、作者本人によって作品集に付けられた表題であるようだ。
 
 星新一の比較的後期の作品集になるらしい。これまで読んできたときは、いつ頃の作品かなどと言うことは気にしたことがなかったが、初期の作品と比べると作風もそれなりに変化していると言うことだ。本書に代表される後期作品では社会風刺などの色が濃くなり、結末(オチ)が曖昧な作品などが多くなっているようである。
 
 星新一作品は大体、中学生の頃に読んだのだが、それ以来再読したものはあまりない。星新一の世界は強烈に記憶に残っているのだが、さすがに個々の作品の内容まで覚えているものは少なく、本書の作品も内容はほとんど覚えていなかった。これから少しずつ再読していこうかな。7点。
 

恩田陸「夜のピクニック」 2007年09月03日

夜のピクニック (新潮文庫)

著:恩田 陸
新潮社 文庫
2006/09

 2005年の第2回本屋大賞第26回吉川英治文学新人賞に輝いた青春小説。恩田陸作品は以前にふたつばかり読んだことがあったが、幻想的な雰囲気重視のファンタジックホラーで、ストーリー的にハッキリしない作風が肌に合わずにその後は敬遠していた。しかし本作品は、以前読んだのとは作風がずいぶん異なっていた。
 
 作者の母校で実際にある伝統行事をモデルにした、全校生徒が一昼夜かけて80キロの距離をひたすら歩くという「歩行祭」。このイベントに臨んで甲田貴子はある決意を胸に秘めていた…。
 
 多くの人にとって高校時代というのは思い出深い記憶になっていると思う。私が高校に入ったとき、ある教師が「振り返ってみて、自分は中学よりも大学よりも、高校時代が一番想い出に残っている。だから君たちも高校生活を悔いの無いよう存分に過ごして下さい」というような話をした。その時はそんなものかと思っただけだったが、たしかに高校時代は他愛もないことも含めて他にはない経験になったと思う。この作品はそんな懐かしい高校時代を思い出させる
 
貴子やその友人たちは、現実の高校生としては出来過ぎな気もするが、決して嘘くさかったり鼻に付くというわけではない。一方では高校生らしいリアルな心情も伝わって来たりして、作者の観察眼と描写力には最大級の賛辞を送りたい。読者の共感を集めて見事本屋大賞を獲得したのもなるほどとうなずける名作だ。7.5点。
 

J.R.R.トールキン(瀬田貞二・訳)「ホビットの冒険」 2007年08月29日

ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)

原著:J.R.R. Tolkien
岩波書店 単行本(ソフトカバー)
2000/08
ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)

原著:J.R.R. Tolkien
岩波書店 単行本(ソフトカバー)
2000/08

 本作は、あの「指輪物語」のいわば前日譚にあたる。「指輪物語」は近年映画化(「ロードオブザリング」)されたこともあって、日本でも知名度が高く、世界では「聖書」やシェークスピアなどの大御所を除けばこれまでもっとも売れた本であるとも言われるファンタジーの金字塔である。大作ゆえに気後れしてこれまで読んでいなかったのだが、オールタイムベストは「指輪物語」だと言う知人に貸してもらえることになった。そして、「指輪物語」の世界に入りやすくするためにも、まずこちら、「ホビット」を先に読むことを勧められた。「指輪物語」がどちらかというと大人向けなのに対して、「ホビット」は子ども向けに書かれている(語彙とかけっこう難しいところもあるが)。
 
 岩波少年文庫から上下巻の2冊で出ているものを貸してもらった。ちなみに原作の初出は1937年でその後何度か作者本人によって改訂されている。本書の翻訳は1951年版にもとづいている。その後も改訂され、その最終版(1965年版)にもとづいた新訳も10年ほど前に他の訳者の翻訳で出版されているようだが、一般にはあまり評判が良くないらしい。瀬田訳に慣れている旧来の読者にとってはなおさら違和感があるようだ。瀬田訳も(とくに現在の目線からは)改良の余地は多いと思うが、暖かみにあふれて味があり、名訳であるとの評価は妥当であろう。
 
 ホビット族という、作者が創造した小人族のビルボ・バギンズが主人公となっている。ほかにもエルフ族やドワーフ族などが出てくる。この作品は、ビルボと仲間たちの冒険譚であるとともに、ビルボの成長物語でもある。と言ってもビルボは少年ではなく中年の年頃なのだが(まあホビットたちの年齢は人間とは異なるだろうけど)、小人らしく(?)少年のような面も持っている。一方、童話的な世界ながら、彼らホビットやドワーフたちの社会には人間の現実社会並みの醜い面もあったりして、奥が深い。さて、ともかくも本書の冒険はめでたしめでたしで終わったのだが、「指輪物語」ではどんな世界が待ちかまえているのだろうか。7.5点。
 

奥田英朗「イン・ザ・プール」 2007年08月17日

イン・ザ・プール

著:奥田 英朗
文藝春秋 単行本
2002/05

 変人精神科医・伊良部一郎シリーズ第1弾。第2弾「空中ブランコ」は直木賞を受賞。すでに第3弾「町長選挙」まで上梓されている。
 
「イン・ザ・プール」「勃ちっ放し」「コンパニオン」「フレンズ 」「いてもたっても」の5編からなるオムニバスだ。主人公の神経科医師・伊良部は注射フェチでマザコン、ろくな診療もせず、社会常識もモラルも無いという、何でこんなのが医者なんだという人物である。現実にはいそうもない(いたら問題だ!)トンデモ医者なのだが、なぜかやって来る患者もみなちょっと変わっていたりして、読んでいて楽しいドタバタ劇と珍妙なやりとりのあと、結局すべてが丸く収まってしまうので読後感も良い。
 
 持ち込まれる患者の症状は奇妙で極端なものばかりだが、それ故トンデモ医者とうまくかみ合うようだ。しかし例えば「フレンズ 」の携帯依存症や友達を無くすことに対する恐怖心みたいなのを抱えている人は、ここまで極端でなくとも現実にもいそうである。「いてもたっても」の症状も、やはりここまで極端でなければ多くの人が思い当たるだろう。
 
 第2弾の「空中ブランコ」もこんな感じが続くのだろうか。よく直木賞が取れたなあ。いや作品が悪いというのではない。それどころか、どの話もたいへん面白くて駄作は一切無い。しかしへんてこりんと言えばとてもへんてこりんな作品で、直木賞って案外懐が深かったのだなあと見直した。7.5点。
 

宮部みゆき「孤宿の人 上・下」 2007年08月14日

孤宿の人 上

著:宮部 みゆき
新人物往来社 単行本
2005/06/21
孤宿の人 下

著:宮部 みゆき
新人物往来社 単行本
2005/06/21

 はずれの無い宮部みゆきの時代物。上下巻に分かれた長編だ。
 
 元勘定奉行という大物でありながら江戸から罪人として流されてきた船井加賀守守利を預かることになった地方の弱小藩。罪人とは言え加賀殿は元幕府の重鎮である天上人。さらに政治的な様々な思惑が絡み合い、小藩にとってはこれ以上ない重荷である。それに加えて加賀殿が流されるもとととなった血なまぐさい事件は、様々な憶測と疑心暗鬼を生み、鬼よ悪霊よと恐れられ、人心を惑わせていた。
 
 そんな不穏で落ち着かない世情の中、気の毒な身の上を持つ「ほう」という名前の少女や、女ながら引き手見習いとして働いている宇佐などが、時代に翻弄されながらも逞しく生きていく様が描かれる。ほかにも良い人悪い人、賢い人愚かな人、寛大な人偏狭な人、不幸な人幸せな人、様々な人々の生き様が、江戸時代の地方藩という情景の中で生き生きと描写される。加賀殿の存在が物語の背骨になっているとは言え、必ずしもそれが主眼ではなく、そのまわりの市井の人々の日々こそが本作品の眼目である。万々歳のハッピーエンドとはならず、途中、哀しいこと辛いことも多く出てくるのだが、すべての人に声援を送りたくなるような、そんな作品だった。7.5点。
 

池井戸潤「不祥事」 2007年08月04日

不祥事

著:池井戸 潤
実業之日本社 単行本
2004/08

 著者は「果つる底なき」で第44回(1998年)江戸川乱歩賞を受賞してデビュー。ちなみに同じ回には福井晴敏が「Twelve Y.O.」で受賞している。著者は大学卒業後、三菱銀行で働いたりしてきた経験を生かして、銀行・金融関係のミステリを得意とするらしい。これまで読んだことはなかったが、最近では各所で名前を見かけることも多い。
 
 トラブルを抱えている支店の問題解決のため、あるいは技術向上のための指導に、本部から支店に派遣される臨店指導員として花咲舞が訪れた支店の先々で起こる出来事・事件を描いた連作短編集だ。銀行内幕もののミステリということで、やはり内幕ものを得意とする、横山秀夫っぽい部分もある(あちらは警察や新聞社だけど)。ただ、比べると、横山秀夫作品のような重みとリアリティは良くも悪くもあまり無い。
 
 多くの話は権謀術数が渦巻く銀行という舞台で、顧客のことより出世や自己保身を優先させる銀行員や、他人を蹴落とす策略をめぐらす権力者に、向こう見ずなところもあるが正義感が強い女子行員・花咲舞が立ち向かい、バッサリとやっつけるという展開だ。何というか、水戸黄門とか遠山の金さんのような時代劇を連想させる展開だ。そう思って読むと、悪役のセリフが「ちょこざいな」「いまに、痛い目に遭わせてやるわ」「いいだろう、奴にいっておけ。かわいがってやれとな」など、いかにもという感じなのだ。その分リアリティは失われるのだが、水戸黄門的な勧善懲悪パターンは素直に面白い。ただ、必ずしもすべての話で分かりやすい勧善懲悪に徹していないのが難点だ。悪役も悪役に徹していない。もっと割り切ってパターン化したほうがスッキリとして、そうなればそのままシリーズ化しても面白いと思う。7点。
 

柴田よしき「Vヴィレッジの殺人」 2007年07月30日

Vヴィレッジの殺人 (祥伝社文庫)

著:柴田 よしき
祥伝社 文庫
2001/10

 柴田よしきという作家さんの存在はわりと昔から知っていたが、なぜか読んだことはなかった(たぶん…)。男性か女性かも最近まで知らなかった。1995年に第十五回横溝正史賞を受賞し作家デビューされた方である。本作は祥伝社400円文庫の競作「吸血鬼」のテーマに沿って書かれた一冊。
 
 山梨県にある自治郡V村は国家がひそかに認める山奥の由緒正しい吸血鬼村だ。数百年を生き(どうやら成長速度と寿命は普通ひとの約十倍)、特殊な体質を持つ吸血鬼たちだが、そのほかのほとんどの点では普通の人間と変わらない。そんな吸血鬼村を10年前に飛び出して、一般社会で私立探偵を営むメグのところに舞い込んだ依頼は失踪した青年の捜索だった。青年はどうやらV村に向かったらしいのだ。さっそくV村までやって来たメグは、村の外ならいざ知らず、吸血鬼村では考えられない不可解状況の殺人事件に遭遇する。
 
 十字架に弱いとか夜行性だとか、吸血鬼という独特の設定で語られる変わり種のミステリだ。残念ながら、謎解きやプロット構成の上で、特殊設定が十分に生かされているとは言えないが、一風変わった感じが楽しかった。6.5点。
 

石持浅海「人柱はミイラと出会う」 2007年07月26日

人柱はミイラと出会う

著:石持 浅海
新潮社 単行本
2007/05

 日本の古くからの風習や習慣が奇妙な形で現代に残っているという設定で、それぞれの不思議な風習ならではの事件が起こる、7編からなる連作短編集である。はじめの話で登場する人柱職人の東郷直海がその後の話でも探偵役として活躍する。
 
「人柱はミイラと出会う」建築の際に人柱を埋めるという習慣により、建築現場の地下で数ヶ月から数年を孤独に過ごすのが仕事の人柱職人。建築が終わり人柱の帰還式で発見されたのはミイラ化した死体だった。7点。
「黒衣は議場から消える」政治家・議員の側には必ずアシストする黒衣が付くという習慣がある議場で黒衣が殺されるという事件が発生する。7点。
「お歯黒は独身に似合わない」既婚者は皆お歯黒をする習慣がある日本で、未婚であるはずの知人女性がお歯黒をしていた場面を目撃される。そこから推理された真相とは。6.5点。
「厄年は怪我に注意」厄年になるとまるまる一年間仕事を休む習慣がある社会で、厄年であることを利用したある企てとは。6.5点。
「鷹は大空を舞う」犯罪者を追跡し取り締まる、鷹匠があやつる警察鷹がいる現代社会。その鷹が逃亡犯を殺してしまう。6.5点。
「ミョウガは心に効くクスリ」忘れたいことがあったら茗荷を食べる習慣が残る中、政治家の自宅に突然送りつけられてきた大量の茗荷は何を意味するのか。6.5点。
「参勤交代は知事の勤め」知事公邸のベッドから出てきた大量の一万円札の謎。本筋よりも、ちょっと笑ってしまう本書を締めくくるラストシーンがよかった。7点。
 

五十嵐貴久「シャーロック・ホームズと賢者の石」 2007年07月22日

シャーロック・ホームズと賢者の石 (カッパ・ノベルス)

著:五十嵐 貴久
光文社 新書
2007/06

 シャーロック・ホームズ物語のパステーシュ集である。ホームズもののパステーシュ・パロディは古今東西それこそ数え切れないくらい存在する。その辺の事情は本書の最後に収録されている評論に詳しいが、ともかくホームズといえば探偵小説の代名詞となるような巨大な存在である。そのホームズの世界に五十嵐貴久が挑んだ。オリジナルのホームズを知らなくても楽しめるが、知っているとより楽しめるだろう。(ちなみに私は中途半端にしか知らない、適当でいい加減なミステリファンだ。)
 
「彼が死んだ理由-ラインヘンバッハの真実」いきなりパロディならではの、ホームズの世界をひっくり返すような思い切った内容にびっくり。7点。
「最強の男 -バリツの真実」本家にもあるような、ホームズの思い出話の形で語られる。最後に或る著名人の名前が出てきて、ホームズの時代から現代の話題につながるという趣向が面白い。7点。
「賢者の石 -引退後の真実」ホームズが引退後に訪れていたニューヨークで巻き込まれた事件の顛末。貴重な鉱石を発見した教授の息子がドイツ軍にさらわれた?この話も最後にあっと驚く著名人(?)の名前が飛び出す。7点。
「英国公使館の謎 -半年間の空白の真実」いきなり舞台が明治初期の日本で面食らう。ホームズの時代って日本ではこんな頃なのか。ちょっと新鮮な味わいのホームズ譚。7点。
 
 巻末に「新訳シャーロック・ホームズ全集」(光文社文庫)の翻訳者・日暮雅通による「ホームズ・パロディ/パスティーシュの華麗なる世界」を収録。
 

岡嶋二人「七年目の脅迫状」 2007年07月17日

七年目の脅迫状 (講談社文庫)

著:岡嶋 二人
講談社 文庫
1986/06

 なぜかこれまで読んでいなかった(たぶん…、完全に内容を忘れていたのでなければ……)、作者のデビューから三作連続した競馬ものの第二弾。これでそろそろ岡嶋二人作品は読み尽くした気がする。
 
 中央競馬会に八百長レースを要求する脅迫状が届いた。要求に従わなければ馬伝染性貧血(伝貧)ウィルスをばらまくというのである。伝貧とは、感染が確認された馬には殺処分命令が出るという重大な伝染病で、蔓延すれば競馬界は致命的な損害を被る恐れがある。競馬会理事の娘婿でもある保安課員の八坂心太郎が密命を受けて、最初の犠牲馬が出た北海道に飛ぶ。そこは七年前の伝貧流行時にも感染馬が出たところで、その七年前の出来事が今回の事件の背景にあるらしい。
 
 岡嶋二人らしいストーリーで、特段の派手さは無いもののしっかりとした骨格を持った推理小説だ。1983年の作品で、今だったら携帯電話を取り出す場面だよなあとか、いろいろ時代を感じさせるところもあるが、今でも色褪せないしっかりした造りはさすがだ。脅迫状をめぐる事件の謎のほか、主人公のほのぼのとしたロマンスなどもあって読者の心をしっかり捉える佳作。7.5点。
 

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