読書日記

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二階堂黎人「ユリ迷宮」 2001年04月12日

 名探偵・二階堂蘭子が活躍する初の短編集。感想は各話ごとに。
 
「ロシア館の謎」カチカチの本格推理小説。壮大な歴史物語を背景にして、館消失トリックを描いている。正直言って本格推理小説の物理トリックにはそれ単体ではあまり興味がない。この大がかりな消失トリックもなるほどとは思うが、それ以上ではない。それにあんな豪奢な建築物が広大な雪原のど真ん中に建っているというのも、雰囲気としてはまさに本格推理小説向けの設定なのだがいかにも現実味が薄い。掃除するのも大変だと思うのだが使用人が少なすぎるし、、なんてつい考えてしまう。歴史のロマンを感じさせる物語としての顔も持っているので、こちらが気に入る人は多いだろう(解説氏とか)。私自身はこんな話がいきなりひょいと喫茶店で語られだす辺りがやはりなんか現実離れしていて感心しないのだが。6.5点。
「密室のユリ」ミステリ作家が密室で殺される。話を聞いただけの蘭子が密室構成の謎を鮮やかに解くのだが。。これもやはりトリックはああそうかと思うだけで面白味はない。明快な論理が展開されるが、小説としては物足りない。6点。
「劇薬」本書は短編集となっているが、そのうち三分の二の分量を占めている中編作品。これもいかにも本格推理小説的な事件と論理で構成された作品。それにしても、ほかの作者は作中で登場人物に「これは小説の話じゃないんだぞ」なんて言わせるのが普通だが、二階堂黎人の作品の中で名探偵・蘭子が事件の推理の手本とするのはなんと先人の本格推理小説である。あまつさえ「いちいち事件の起こった所まで出かけていかないと謎の看破ができないようでは、『安楽椅子探偵』は仕事を失ってしまうわね」なんてセリフも出てくる。そんな仕事あるかあっ!!? とツッコミを入れたくなるのは私だけだろうか。6.5点。
 

西澤保彦「殺意の集う夜」2001年04月09日

 何とももの凄い話である。嵐に閉ざされた山荘で、その気はないのにいきなり6人もの人間を次から次へと過失で殺してしまう主人公。そんな無茶な、とは思うのだがその展開を読んでみると、まあこんなこともあるかという気になってしまうのは、騙されてるんだろうな、きっと。しかし殺していないはずの人間もいつの間にか殺されていて。。一体彼女は誰が殺したんだ、ということで西澤保彦お得意の推理のアクロバットが始まるわけである。
 
 離れた場所ではもうひとつの事件が進行していて、もちろん最後にはこれらがつながる。さらに推理の末に分かってくる、図らずも山荘に集まった面々の複雑な背景ともつながって結末に至るのだが。。もちろんこれだけ複雑な「殺意」が一時に同じ場所に「集う」という現実にはとてもありそうもない事態に対してもツッコミが入れられそうだが、そこはまあ小説の味わいである。一応最後に理由が明かされているのだが、それはいくらなんでもどうかなあと思う。まあでもこれは私にとっては許容範囲内である。それよりもよくもこれだけ考えるものだ。複雑すぎて目がまわりそうだ。仕掛けられた数々の伏線は粗も探せるが、見事である
 
 ラストの一行では「最後の一撃」が用意されている。もっとも、ああそうだったの? という程度の衝撃しかなかった。この辺りが読者をもってしてこの作品に対する評価が分かれるところらしい。私もこれはあまり必要なかっただろうと思う。しかし作品全体としての感想は、よくよく読むと出来がそんなに良くない(^^;)わりにはかなり楽しめたのだった。7点。
 

マイクル・クライトン(酒井昭伸 訳)「タイムライン (上・下)」 2001年04月06日

 ジュラシックパークで有名なマイクル・クライトンのSF長編。全体的に受ける印象はジュラシックパークと似ている。ジュラシックパークでは恐竜の専門家らが現代に再現された恐竜の世界で活躍したが、今回は歴史の専門家達が中世のフランスで命がけの冒険を繰り広げる。印象が似ているとは言え、ワンパターンでつまらないというわけではない。もちろん全然別の話だし次から次へと訪れる危機を乗り越えながら展開する冒険活劇は相変わらず面白い。似たような話をあと10作も読めば飽きるかもしれないが、いまは十分に楽しめた。
 
 ところで中世フランスが舞台であるが厳密に言えばこれは時間旅行の話ではないのだ。どういうことかは作品中で詳しく解説されているが、非常に高度な物理学の知識を駆使した設定になっている。前半はかなりの紙面を割いて原理なるものを説明しているのだが予備知識がないとほとんど何のことやら分からないかもしれない。それでもそれで楽しめないと言うことはないと思うし、物理学の知識がある人にはまたそれなりの楽しみ方があると言うことだ。もちろんフィクションだから、専門知識に照らしてちょっとそれはおかしいんじゃない、というところもある(という自分の理解が正しいかどうかの自信はないのだけど)。
 
 不満を言えばジェットコースターストーリーは確かにハラハラドキドキで面白いのだけど、それぞれのエピソードがあまり有機的につながっていないのだ。そのため面白かったあ、とは思っても読後に残るものは少ない。
この話もどうやら映画化される予定らしい。たしかに映画向きのスーパーエンターテインメントだ。こういうSFって日本では書かれないのだろうか。7.5点。
 

清水義範「やっとかめ探偵団と殺人魔」 2001年03月30日

 シリーズ三作目ははじめての連作短編形式になっている。で、これまでで一番ちゃんとした推理小説だ。最初の二話、第一の謎と第二の謎は好みの話である。身近な謎(と言っても一話目は死人が出ているのだが)に出くわしたまつ尾婆ちゃんが推理によって謎を解く話で、押しも押されもせぬ立派な推理小説である。希望としてはやっとかめ探偵団シリーズは今後もこんな感じで書いて欲しい。
 
 3話目以降は一応事件も起こり謎も出てくるがそれ自体は感心するようなものではなく名古屋の連続殺人魔事件の真相に迫る過程である。最後に明らかになる真犯人は意外な人物でちゃんと伏線も仕掛けてあって、これも推理小説として文句はない。でもちょっと後味が。。。このシリーズってユーモアミステリと言う割にはけっこうこれまでも扱う事件はけっこうシリアスだったりしたのだけど、今回の殺人魔事件も結末にはあまり救いが無くてやるせなくなってしまう。7点。
 

清水義範「やっとかめ探偵団危うし」 2001年03月29日

 シリーズの二作目。駄菓子屋の波川まつ尾と近所の個性的な婆ちゃんたちが今度は健康ランドの連続殺人事件に巻き込まれる(というかわりと積極的に自分たちから首を突っ込む)。もちろん名古屋弁満開で、作者による名古屋の解説もたっぷりある。大体にして事件の現場となった健康ランドというのがどうやら名古屋っぽいものらしい。もちろん他の土地にもたくさんあるのだけど名古屋はとくに沢山の健康ランドが建っているのだそうだ。
 
 事件の謎がすごく魅力的というわけでもないし、展開が際だって面白いわけでもなくどちらかというと地味なのだが、それでも楽しめるのはやっぱり名古屋の老人パワー(実際の名古屋の老人がどんなものかは知らないけど。あ、でも名古屋在住だったきんさんぎんさんは日本一有名な老人だったなあ)に依るところ大である。一番のキャラは情報屋の芝浦かねよ婆さんかなやっぱり。この人の情報収集能力はまったくタダ者ではない!名探偵役のまつ尾の活躍がかすんでしまうほどである。もっと事件の解決にまつ尾の推理を前面に出すようにすれば良いと思うのだが。6.5点。
 

R.D.ウィングフィールド (芹澤恵 訳)「フロスト日和」 2001年03月24日

 フロスト警部シリーズ第2弾。フロスト警部は健在である。第一作目では死にかけて終わったのだがいつの間にか元気になっている。行き当たりばったりで楽天家で書類仕事が大の苦手なのは相変わらずである。
 
 文庫の厚みはますます増大しているが、事件の密度の濃さもやはり一作目同様だった。大きなものから小さなものまで次から次へと事件がわいて出て、フロスト警部はデントン市中をかけずり回る。その様は24時間ノンストップジェットコースターみたいなもので目がまわってフラフラになること請け合いだ。哀れなのはフロスト警部とコンビを組まされたウェブスター。前作のクライヴ以上に振り回されている。ウェブスターもクライヴ同様フロストを嫌っているが結局嫌いになりきれないあたりがフロスト警部の人徳(?)を物語っているのだ。
 
 とにかく今回も盛り沢山なのだが前作よりも事件自体の構成がずっと凝っている。最後に明かされる事件の真相は読者を納得させるに十分である。そしてまたラストの一言が読者をグッと惹きつける。前作の終わり方も別の意味で惹きつけられたが、やはりそんなちょっとしたことで読後感が全然変わってくる。上手い。
 
 ところで第一作の登場人物にジョージ・マーティン刑事がいた思っていたら、今度は冒頭、ジョージ・ハリスン警部の送別パーティーで幕を開けた(名前しか出てこないのだが)。この分だと3作目に出てくるのはリンゴ?エプスタイン?(^^) イギリスではすでに4作目まで出版されているそうだ。日本語訳ができるのが待ち遠しいったら。8点。
 

R.D.ウィングフィールド (芹澤恵 訳)「クリスマスのフロスト」 2001年03月19日

 書店で創元推理文庫のコーナーに行くとよくこの本が平積みになっていたりする。特徴的な表紙絵のせいもあってよく目に付く。たぶん売れているのだろうし、翻訳ミステリ好きにとっては読んでて当然の作品だろう。翻訳物をあまり好んでは読まない私はこれまで見過ごしてきたのだがたまたま最近「フロスト」シリーズに触れた文章を見かけて読んでみる気になった。
 
 うんなるほど!面白い(^o^)/ 下品でずぼらでそのくせやたらとアクティブなフロスト警部の活躍(?)ぶりを描いた作品だ。ジャック・フロスト警部はコロンボと両津勘吉を足して2で割って更に少々癖のあるスパイスを効かせた感じ。
 
 けっこうな分量がある話なのだが中身がやたら濃い。ほんの4日ほどの間の事件なのだが、他にすることもなく仕事一辺倒の生活を送るフロスト警部にかかるとたっぷり2週間分くらいの内容が詰め込まれてしまうのだ。少女の失踪事件と古い輸送車からの現金強奪事件がメインだが、いろいろとサイドストーリーも盛り込まれていて飽きさせることがない。本格推理小説のように事件の謎そのものを楽しむのではなく、事件に翻弄されるフロスト警部のてんやわんやが魅力の本である。
 
 ラストシーンから始まる手法もうまく成功している。いきなりショッキングな幕開けでハラハラドキドキ引き込まれてしまう。もっとも結局読み終わってもハラハラしたままなのである。フロスト警部は一体どうなるんだあ!!と大声で叫ばずにはいられない。けど幸いにしてちゃんと続編が出ていることを知っているので安心してるんだけどね(^-^) 8点。
 

清水義範「やっとかめ探偵団」 2001年03月13日

 一応長編推理小説ということになっているけど、ふつうの推理小説って感じではない。ユーモア推理小説と書かれてはいるがそれともちょっと違う感じを受ける。全編これ名古屋弁で、しばしばかっこ書きで標準語訳が入っている。さらに地の文でも名古屋弁や名古屋文化についての説明がたくさん出てくるし、時には作者が作者として登場している。小説の中で「この小説は」とかって書いてしまうのは普通はあまりやらないだろう。そのあたりどうも文章が素人くさいのである。これは前にも書いたが、やはり清水義範は決して名文家ではないと思う。けど着想の面白さで魅力的な文章を綴りだしてしまう作家さんなのだ。
 
 やっとかめの意味を知らない人はまあ実際に読んでもらうのがよいとして(とくに物語との関連はないのだが)、内容は駄菓子屋の婆ちゃん波川まつ尾が駄菓子屋に出入りしている老人連中のネットワークを駆使して、近所で起こった殺人事件の真相を解き明かすという物語である。要所要所にまつ尾がぽつりとつぶやく場面があったりして、大体こういう場面は他の人物や読者はまだ気が付いていない真相に探偵が気付くところで描かれたりするのだが、最初の方に出てくるその種の場面は別にそんなこともなくてやはり文章が素人くさかいなあと思う。しかし最後には本当に婆ちゃんが真相にたどり着いて事件は見事に解決する。事件そのものはまあまあのできだろう。本書の一番の魅力はやはりナゴヤワールドの住人たち、とくに婆ちゃんたちのバイタリティであった。7点。
 

北川歩実「模造人格」 2001年03月09日

 先月読んだ「猿の証言」に負けず分厚い。4年前に起こったある事件で死んだはずの外川杏菜だという女性が現れる。しかし彼女は記憶喪失で過去を思い出すことはできない。死んだはずの人物が本当は生きていたのか、それとも彼女は死んだ人物に模して造られた偽物なのか。
 
 北川歩実らしく人格とは何か?それまで歩んだ人生の記憶が人格を造るのか?それとも持って生まれたものが人格の本質なのか?といった科学的かつ哲学的な命題がテーマのひとつになっている。しかし今回は掘り下げ方が全然足りない。事件との関連も、ミステリの要素としては本質的にあまり関係がなかった。
 
 では事件そのものは面白かったかというと、これもどうも感心できなかった。
 
 記憶喪失を扱っているということで、記憶が戻ると同時に意外な真相が判明して、、という展開を期待した。実際そんな要素もあったのだが、ほとんどは他の登場人物がそろいもそろって隠していたり嘘をついていたことが少しずつ明らかになっていくという展開に終始している。またそのためか、登場人物は新たな証言をするためのコマでしかなく、リアルな人物として感じられなかったのも残念だ。終盤近くまでこれが延々と続くのははっきり言って辛かった。1/3くらいに縮めた方がよいと思う。どんでん返しはミステリの大きな魅力だ。本作品でもラストに至るまで各登場人物が明らかにした証言によって物語は二転三転する。しかし詰まるところ杏奈が本物か偽物かという結論を行ったり来たりするだけなので魅力的には思えない。ラストはスッキリと決着を付けたかと思ったら、結局宙ぶらりんのまま放り出される。良くある手法だがさんざん宙ぶらりんを繰り返したあとだけにもう飽きが来ている。スッキリとしたまま終わって欲しかった。北川歩実作品の中ではお薦めできない一冊。6.5点。
 

岡嶋二人「クリスマス・イヴ」 2001年03月03日

岡嶋二人としては珍しいと思われる恐怖サスペンスだ。楽しいクリスマスパーティーが開かれるはずであったのが殺人鬼の出現で一転、恐怖の一夜になってしまう。舞台は人里離れた別荘地。吹雪に閉ざされたりはしないが、雪が降り積もった山道では歩いて簡単に警察に駆け込むと言うわけにも行かない。電話線はもちろん殺人鬼に切断され、車も破壊される。
テンポもよく、一夜のうちに繰り広げられる殺人鬼との息の詰まる攻防を一気に読ませてしまう筆力はさすがである。解説に「そのまま映像化できるのではと思わせる仕上がり」と書かれているがなるほどその通りである。そして実際に発表後12年たった今年(2001年)春、映画化されることが決まっている(実はそれを知って本書を読んでみたのだが)。
ということでサスペンスとしては文句の付けようもないのだが、ミステリとしては満足できない。殺人鬼の動機も背景も、結局なにも説明されずに終わってしまうからだ。解説によるとこれは作者の意図的なものだ。執筆当時、岡嶋二人の片割れ井上泉(井上夢人)がもう一人の岡嶋二人である徳山諄一に言った「動機なんていらないよ。この小説の眼目は恐怖なんだ。」「それだけでいい。あとはなにもいらない。」という言葉が紹介されている。しかしやはりこれは物足りなく感じた。なんとなれば恐怖それ自体は大して感じなかったからだ。動機が気になってすっきりと読み終えられない。ミステリとしてさらに一捻りを加えてほしかった。7点。
 

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