読書日記

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鯨統一郎「とんち探偵一休さん 金閣寺に密室(ひそかむろ)」 2001年06月22日

 一休さんのイメージといえば(ある年代にとっては?)やっぱりテレビアニメの一休さんだろう。あるいは「一休とんち話」のような子供向けの本で読んだ記憶であろうか。今回作者は大胆にもこの一休さんを名探偵役にして密室殺人事件に挑ませる
 
 前半にはところどころに「とんち話」でおなじみのエピソードが挿入されている。また節ごとに入っているイラストはテレビアニメの一休さんを思わせるかわいい小坊主だ。しかしそうやって一見ほのぼの系に見えるのであるが、実は一方で進行している事件はドロドロの権力争いである。権力亡者の暴君(という風に描かれている)義満が首を括って死んだ。しかし義満は自ら死ぬような性格ではない。実は殺されたのではないか? しかし義満が死んでいたのは「ひそかむろ」つまり密室の中なのである。一休は果たして事件の真相を見破れるのか?
 
 カバー折り返しには著者の言葉が「もしあなたがこの物語を「歴史の真実」と信じたまま一生を終えたとしても、さしたる不都合は生じない筈です」と書かれていた。でも「邪馬台国はどこですか?」と違ってノンフィクションと勘違いする余地はないだろう。「邪馬台国」は歴史そのものをミステリに仕立てたが、本作品は歴史上の有名人物のキャラを拝借してまったく新しく創ったミステリである。
 
 全体的に見て、さすがに長年語り継がれるだけあって「とんち話」の各エピソードの方が鯨統一郎オリジナル部分よりもむしろインパクトがあって、こういったとんちの効いた話を作者も考えればよいのにと感じた。しかしクライマックスの謎解き部分を読んで、おおおっ、さすが鯨統一郎、あれもこれもちゃんと伏線になっていたのかと膝を打つことになった。ちょっと強引なところもあるがこうやってすべてがつながるのってやはり気持ちがよい。
 
 ところで最初と最後の場面は余計ではないか?それともこの人物でシリーズ化する予定なのだろうか。だとすれば楽しみだが。7点。
 

今邑彩「七人の中にいる」 2001年06月20日

 フーダニット、犯人当ての物語である。犯人といってもその場ではまだ殺人などは起こらない。21年前の一家惨殺事件の復讐を手紙で予告して来たのだ。
 
 この手の話は東野圭吾などが書きそうな話で実際素晴らしい作品を書いているが、今邑彩の本作品も負けてはいない。登場人物の性格設定や反応・行動に若干の違和感を感じる部分があるが、ペンションを訪れた常連客の誰もが怪しく見え、じわじわと追いつめられるような恐怖をうまく醸し出している。犯人とおぼしき人物たちが二転三転するたびにいやが上にも緊張感が高まっていき、上等のサスペンス推理劇に仕上がっていた。えー、これ以上書くとネタバレしそう。。7.5点。
 

西澤保彦「ナイフが町に降ってくる」 2001年06月16日

 疑問があるとその疑問を解決するまで時間を止めてしまう"癖”を持った主人公・統一郎。今回彼が時間を止めたのは町中でいきなりナイフが刺さって倒れた男を見たためだった。時間が停止した世界「時間牢」に巻き込まれた女子高生真奈とともに真相を探るのだがなんと次々とナイフが体に刺さった人々を発見してしまう。果たしてこの謎は解けるのか・・。
 
 時間が止まるというSF設定はなかなか面白かった。そして町中に体にナイフを刺した人がいるという謎。これもまた突飛であるが不思議で良い。もっともその謎の半分くらいは読んでいくうちに大体分かるだろう。あのような刺され方をしているとなるともうそれ以外に解決法は無いというものである。それなのに終盤、いかにも西澤保彦っぽいああでもないこうでもないの謎解き合戦が始まって、作者も登場人物もその不自然さを認識していながら被害者は自分でナイフを刺したのだという前提で論理を進めるのは何とも歯痒い。いつも思うのは、西澤保彦という作者は推理小説に対して「美しい論理」のこだわりを持っているのだが、往々にしてあまり美しくない論理を延々と繰り返すのだ。こういう部分があっても良いけど、もっとあっさりしたほうが良い。カバー折り返しの有栖川有栖の推薦文に「本格ミステリの目的は真実を掘り当てることではなく、いかに説得し、説得されるかという一点に懸かっているのだ」という言葉が出てくるがその通り。いかに途中段階の推理でもある程度は説得力のある論理を展開して欲しい。
 
 とは言え最終的に示された解決は納得行くものだし、先に書いたとおり設定や謎には魅力があって、全体的にも軽いノリでテンポよく読めた。こういう路線は物足りなさも感じるが基本的にきらいではない。そうそう、主人公の名前の統一郎というのはあまりある名前でもないし当然アノ作家から借りてきたのだと思っていたらあとがきによると単なる偶然らしい。7点。
 

森博嗣「すべてがFになる」 2001年06月14日

 記念すべき第1回メフィスト賞(1996年)受賞作。森博嗣のデビュー作であるとともに代表作であるといって良いだろう。推理小説の世界ではこの「すべてがFになる」というフレーズがしばしば聞かれるほどの有名な作品だし、本人の著作も含めて「すべてが**になる」という風にもじって使われることも多い。そんなわけで作品の中でこの意味不明のフレーズが初めて出てくる場面を読んでも、謎の言葉という印象よりは慣れ親しんだ言葉だという何かデジャブにも似た感覚があった。
 
 そんな記念碑的な超有名作品であるがこれまで未読だったのは他に読んだ森博嗣が必ずしも自分の好みではなかったことによる。図書館にでも置いてあれば借りられたのだが近くの図書館にはなかったし。。今回BOOKOFFの100円コーナーで購入した(スミマセン>作者)。ちなみにこれまで探した範囲ではBOOKOFFで森博嗣はいつも品薄だ。それだけよく売れているのだろう。
 
 小説の感想をかくまえにもう一言。裏表紙に寄せられている推薦文がすごい。いやすごいのは推薦文ではなくてそれを寄せている面子である。なんて豪華なラインアップであろうか。綾辻行人、法月綸太郎、我孫子武丸、有栖川有栖!!!新本格時代を先頭に立って切り開いた4人が揃って推薦文を書いているのである。作者も偉いがこの面子を揃えた編集者(たぶん)も偉い。
 
 さて、キーワードになるFであるが、7は孤独な数字でBやDもやはり孤独であるという真賀田四季博士の言葉から最初の方でFの意味は大体見当が付いた。ただしBとDが孤独なら7は孤独ではなくなるのではないかという疑問があって引っかかっていたけど(このことは最後にはちゃんと言及されていた)。もちろんFの意味するところが分かったからといってそれがどのように使われているかは分からないしその他の謎の数々も解決しない。盛り沢山の謎を楽しむことができた。
 
 解決に至るまでの流れのテンポは遅いが(ほかの森作品にしばしば感じるように)退屈するというほどではなく、素直に読み進めることができた。謎の解決では無理があるのではと感じる箇所もあるにはあったが、全体としてはパズルのピースがちゃんとはまるべきところにはまった感じで完成度は高い。7.5点。
 

大沢在昌「シャドウゲーム」 2001年06月08日

 謎の楽譜を遺して死んだ男。恋人だったシンガーソングライターの優美は楽譜の出所を探すが脅迫を受けるなど思わぬ展開が待っていた。そして彼女を監視する殺し屋・伊神。ふたりの視点を交互に織り交ぜながら物語は進行する。楽譜にはいったいどんな謎が隠されているのか?
 
 文庫の刊行は新しいが実は大沢在昌のかなり初期の作品のようだ。そのためかツボはおさえてられているものの、捻りも伏線もほとんど無くてまったくストレートな筋立てになっている。登場人物像でもとくに脇役は、もっと書き込んでうまく活かしてやれば魅力的になりそうなものだが、残念ながら浅いところで終わっている。作者がもっと掘り下げて書くことが出来るようになるのはまだこの後と言うことだろう。大沢在昌ファンが彼の作品の変遷をたどるためには良い作品。6.5点。
 

菅浩江「鬼女の都」 2001年06月06日

 先ごろ「永遠の森〜博物館惑星」で第54回日本推理作家協会賞を受賞した作者が初めて書いたという長編作品。私はこの作者の小説を読むのは初めてだ。
 
 プロデビュー目前にして自殺した人気同人誌作家・藤原花奈女の死をめぐって彼女に憧れていた優希が、花奈女を死に追い込んだらしい謎の人物"ミヤコ"を表舞台に引きずり出すべく色々と調べてまわる。古都・京都を舞台にした物語である。
 
亡くなった花奈女が残した言葉「ここは鬼の都やのン。都にこだわり続けるあさましい鬼がいてるのン。みんなが見てる京都は、鬼の見せる夢なんや。」が繰り返し登場する。しつこいくらいに。。こういうフレーズはやはり、最初の方で印象に残しておいてラストでもう一度効果的に使う、とかした方が良かったのではないだろうか(ありきたりだけど)。いずれにせよ物語はほとんどこの言葉に集約されてしまう。もっと縮めて中編くらいにすると良かった気がする。
 
 雰囲気を盛り上げるためだろうか、全体に芝居がかっていて浮世離れしたところがある。私はあまり好みではないが、好む人もいるだろう。京都という独特の雰囲気を持った土地に翻弄されるように夢まぼろしの中を彷徨うような感じは、あるいは舞台劇なぞに仕上げると面白いかもしれない。
 
 京都が舞台であるというほかに、同人誌の世界と古典文学(あるいは古典芸能)が更なるバックグラウンドになっていて、これらの世界に馴染みのない私にはやはり取っつきが悪かった。本書は本格推理と定義されているが、たしかに最後の謎解き連続技の部分は本格推理そのものなのだが、総じてそれ以外の要素の方が断然強く感じられた。「永遠の森」(基本はSFらしい。そもそもがこの作者はSF作家さんなのかな、どうも)は評判も高く是非読んでみたいのだが、さてどんな感じか。。7点。
 

東野圭吾「美しき凶器」 2001年05月30日

 4人の男女が復讐の殺人マシンと化した超人的な運動能力を持つ女性に狙われる。ターミネーターのシュワルツネッガーの女性版といったおもむきで感情に乏しく目的に向かって黙々と行動する。ほとんど感情を見せないのにあれだけ復讐に燃えるというのが何となく腑に落ちないところではあるが、そのままこれを原作にしてターミネーターのようなアクション映画が作れそうな作品である。
 
 ところが東野圭吾、アクションとサスペンスだけでは終わらないどんでん返しが待っている。終盤でそれまでの事件の知られざる側面が明らかになり、秘められていた悪意が露わになる。見事な本格推理小説的展開である。ただ後味はよくないけど。。
 
 ラストは意外とあっけない。そしてちょっと分かりにくい? 私は最初何のことだか分からなかった。たぶんアノ話が伏線になっていたのだよなあ。。とすると、ちょっと胸を打つ東野圭吾らしいラストなんだけど、伏線をもう少し書き込まないと分かりづらいだけでなく取って付けたような感じを受けてしまう。7点。
 

鯨統一郎「北京原人の日」 2001年05月28日

 あの歴史をひっくり返した(?)デビュー作「邪馬台国はどこですか?」の鯨統一郎のやはり歴史上の謎をキーワードにした作品。今回は太平洋戦争前夜の北京原人の化石消失事件に始まって、太平洋戦争の行方から戦後の下山事件に至る戦争前後の歴史的大事件が取り上げられて知られざる真相(?)が明らかにされる。ちなみに私は恥ずかしながら北京原人の化石が紛失していたという事実も知らなかった。
 
 さてしかし、ちょっと無理があるなあと思うのである。最後に明らかにされる歴史の裏側に隠されていた事実というのは、作品で意図しているような歴史をぬりかえたりひっくり返したりするほどのものではないだろう。せいぜいが個人のスキャンダルである。それよりは星野が提示した仮説の方がばかばかしいがよほど面白い。「邪馬台国」のようにウルトラC のアクロバットでこの仮説を"証明"しちゃったりすると楽しかったのだが。
 
 ほかにも細かいところで気になる点がいくつかあった。ペースメーカーを埋め込んだ河須崎が、近くで鳴った携帯電話で胸を押さえるシーン。体に密着させていたわけでもないのにアレはないだろう。河須崎のノーベル賞候補の理由が長年にわたる多額の寄付というのも??そんなんでノーベル平和賞がもらえるものか? あと刑事が外国まで犯人を追いかけてきて「逮捕する」と手錠を取り出すというのもあり得ることなのだろうか。
 
 冒頭の空から人が降ってくるシーンも、それが印象的だったぶん最後に明らかになるその理由はあまり必然性もなくガッカリした。「邪馬台国」で感じたようなまんまと騙された快感はなかった。取り上げた題材は魅力的だったので、短編でよいからもっと練り上げて欲しかったところだ。6.5点。
 

有栖川有栖「ジュリエットの悲鳴」 2001年05月25日

1990年から98年にかけて発表されたノンシリーズものの短編とショートショート集。
 
「落とし穴」アリバイを用意して殺人を犯すが、意外な落とし穴にアリバイを崩される倒叙作品。不運としか言いようがない。6.5点。
「裏切る目」かつての不倫関係にあった"従兄の妻"が告白する夫の死の真相。目で見ている世界は客観的に見えて実は主観的なものだ。6点。
「Intermission1:遠い出張」ショートショート。出張先は携帯電話も通じない。。5点。
「危険な席」列車内の殺人は自分が狙われた間違い殺人? 疑惑は膨らむが確証が持てない男の悩み。6.5点。
「パテオ」小説家にインスピレーションを与えるのは夢の中のパテオ? オチはマンガ的。6.5点。
「Intermission2:多々良探偵の失策」ショートショート。仕事に失敗して事務所をクビになった探偵。けどやっぱり彼のせいじゃあないと思うぞ。5.5点。
「登竜門が多すぎる」ミステリファンなら爆笑必至。そうでない人も思わず笑いがこみ上げるだろうユーモアたっぷりの傑作。ただあのオチがよく理解できないのだが。。7.5点。
「Intermission3:世紀のアリバイ」ショートショート。パーティージョークのような一発ネタだが面白い。7点。
「タイタンの殺人」珍しいSF設定で容疑者は3人の宇宙人。読者への挑戦状まで挟み込まれていてなかなか楽しめる。ただ肝心の謎解きはイマイチ。7点。
「Intermission4:幸運の女神」ショートショート。単純だけど伏線がうまく効いている。7点。
「夜汽車は走る」夜汽車が走る情景にミステリ的な点景を入れた物語。でも推理小説とは言えないな、これは。5.5点。
「ジュリエットの悲鳴」人気ロックバンドの楽曲に録音された悲鳴の謎。しかしこれも推理小説ではない。この作者らしいと言えばらしいセンチメンタルな作品。6点。
 

野沢尚「破線のマリス」 2001年05月23日

 第43回江戸川乱歩賞(1997年)受賞作。脚本家出身の作者がテレビ業界と映像の持つ力を背景にして描いている。
 
 大衆に対するTVの影響力はよく議論されるところである。しばしばヤラセや内容の偏向が問題にされたりもする。一方でジャーナリズムの一翼を担う存在としてのテレビが国家権力の圧力を受けたり、その結果として過剰な自粛を行ったりすることが批判されてもいる。この作品はそんなテレビの世界で生きている有能な映像編集者の女性がある陰謀に巻き込まれることから始まる。
 
 真実を暴き社会に切り込む武器としての映像と、間違った事実を生み出してしまうかもしれない映像が持つ危険性。この辺りの社会的なテーマを深く掘り下げていくのかと思っていたのだが。。映像を作った側と撮られた側、両者はズルズルと泥沼にはまっていくが、それはもっぱら己の性格ゆえでテーマとは関係なく本質的ではない。そもそも振り返ってみれば主人公の女性編集者は最初の場面からヤラセ映像を挿入していたりして感心しない。いくらかの哲学が語られる部分もあるのだがこれでは説得力もなくなる。
 
 せめて事件の発端となった陰謀が最後に明らかになるというもう一捻りがあればよかったのだが、結局謎のままで終わってこれも期待はずれだ。登場人物の性格も最初の方と最後の方ではだんだん変わっている印象を受けたりして完成度はあまり高くない。6点。
 

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