- 藤原伊織「蚊トンボ白鬚の冒険」 2003年07月11日
- 蚊トンボと聞いてもピンと来なかったのだが、辞書で調べると「蚊に似て、大形の昆虫。足が長くて細い。ガガンボ科。」とあった。写真を探してみたら、ああ、よく見かける虫である。でも蝶やトンボやカブト虫と違って親しみやすい虫ではないな。なんで蚊トンボなのだろう。しかし読んでいると雰囲気的にマッチしている気はする。
主人公の青年・倉沢達夫は心臓疾患で陸上競技を断念した過去を持つ水道職人だ。ある時突然、達夫の頭の中に蚊トンボが入り込む。なぜそんなことが起こるのかについての説明はない。が、ともかくそうなったのだ。しかもその蚊トンボは白鬚(シラヒゲ)と名乗り、達夫と自由に会話が出来るし、知能もたいへん高い。聴覚・視覚能力にも秀でており、達夫の目と耳を通してわずかな情報をキャッチできる。そして最大の特徴は、瞬間的にではあるが達夫の筋力を通常の1000倍まで高め、スーパーマン並の運動能力を与えることが出来るのだ。 とぼけた性格のシラヒゲに勝手に頭を間借りされた達夫の方も、かなり肝が据わった人物で、窮地に立っても慌てず騒がず落ち着き払っている。トラブルに巻き込まれるきっかけを作った、達夫のアパートの隣人・黒木もまた普通のひとじゃないし、達夫を押し倒した真紀もやっぱり変わっている。小説だから、と言っては身も蓋もないが、この高密度な個性的登場人物たちが本書の魅力のひとつになっている。 ラストがハッピーエンドにならないのが残念だが、軽妙さとシリアスさの取り合わせがうまく、また作品の根底を支えるこの作者らしいヒューマニズムが素晴らしい。藤原伊織氏の実力はもうこれまでの作品で折り紙付きだが、改めてそれを認識した。電通に勤めながらの兼業作家だったこともあってか寡作の作家だが、最近電通の方は退職したそうだし、今後も多くの傑作を期待したい。7.5点。
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