読書日記

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古処誠二「UNKNOWN」 2004年11月04日

 第14回メフィスト賞受賞(2000年)の作品。侵入するのは到底不可能と思われる自衛隊基地のある部屋から盗聴器が発見された。誰がいったい何のために仕掛けたのか? ストーリーのすべてが自衛隊基地の中で進み、登場人物もみな自衛隊の人間である。探偵役は盗聴器発見の知らせを受けて調査のために派遣されてきた防衛部調査班の朝香二尉。そしてワトソン役となる主人公は朝香二尉の補佐を命じられた野上三曹である。
 
 もちろん密室の盗聴器という謎解きがメインのミステリなのだが、どうやら自衛隊の使命を訴えることがもうひとつのテーマになっているようだ。税金泥棒と呼ばれることもある自衛隊だが、自衛隊出身である作者は、自衛官は国を守る気概に燃え、使命に忠実に真剣に働いていると訴える。作者が自衛隊側からの一方的な見方を感情的に主張するだけではないところは好感が持てる。しかし、根本的な問題である自衛隊の存在意義まで立ち返ることはなく、自衛隊が無用の長物であるという意見を覆すだけの説得力は無い
 
 さて、盗聴器の謎はわりとあっさりと解決する。自衛隊基地が舞台と言うことで巨大な陰謀事件が隠れているのかと思っていたら、実は結構日常の謎的な解決だった。しかし完成度は高い。「国防魂」とかが鼻に付くのを別にすれば、キャラも魅力的に描けていた。7点。
 

西澤保彦「聯愁殺」 2004年11月01日

 「れんしゅうさつ」って、はたしてどれだけの人がふりがな無しで読めるだろう。いや、それよりまず意味が分からないか。
 
 四年前に見知らぬ男に殺されかけた梢絵は、事件の謎を解くために、ミステリ作家や警官OBなどの交流会である「恋謎会」に事件の推理を依頼する。梢絵のほかにも医師、小学生、老人らを次々と襲って殺害した連続無差別殺人事件の容疑者は、梢絵の目撃情報から失踪中の高校生であることが既に分かっていた。しかし被害者は一見バラバラで何のつながりもなく、事件の背景は四年経っても謎のままであった。
 
 「恋謎会」の面々が、持ち寄った情報をもとに推理を披露しては議論を繰り返すという、西澤保彦大得意のパターンを極限まで煮詰めたような小説である。何の進展もないまま机上の空論的議論を延々と聞かされるわけだから、退屈になりそうなものだが、なぜかけっこう読ませるものにしてしまう西澤保彦という作家は特異な存在であると言えるだろう。もっとも本作は詰まらなくはないものの、出来はそれほどでもないかな、正直言って。全体に仕掛けられたあるトリックが肝なのであるが、ちょっとそれだけではもの足りない。もの足りなさを補うようなストーリーがラストに用意されているのだが、これもブラック過ぎるし、浮いた感じが否めなかった。6.5点。
 

宮部みゆき「模倣犯」 2004年10月27日

 当代随一の人気作家の、大・大・大ベストセラーだ。何をいまごろって話だが。単行本の発行は2001年4月。もう3年と半年も前になる。図書館で借りて読んだのだが、実は図書館で予約無しで借りれるようになるまでにこれだけかかったということでもある。何せずっと予約が数百件待ちなどという状態が続いていたのだ。本作品は第55回毎日出版文化賞特別賞第5回司馬遼太郎賞芸術選奨文部科学大臣賞を受賞している。
 
 宮部みゆきが書く時代物やファンタジー作品とは一線を画す、「火車」や「理由」の系列に連なる作品である。文体や構成は、小説でありながら半分くらいルポタージュが混じっている。もちろん中身は純粋な小説なのだが、その描き方から言ってもかなりルポタージュ的である。事件の犯人、被害者たち、その周辺の人々。登場人物の多くがそれぞれに生い立ちから現在の生活環境まで、小説としては必ずしも必要ない細かいところまで丁寧に記述されている。中心に据えられる視点も次々と変わり、例えば犯人側の視点から書いた章などは倒叙のミステリのようでもあるのだが、ミステリのように最後まで謎を引っ張るということが無く、その時点その時点での事実を余すところ無く描写していくという書き方もルポタージュ的である。
 
 字がギッシリで一冊でも普通の二冊分くらいの分量がありそうだが、さらにそれが上下巻あるという大作である。かなりの部分で淡々とした記述が続いて、展開は決してはやくない。そのせいか、物語にぐいぐい引き込まれるということは少ないのだが、もちろんそれでも宮部みゆきの読みやすい文章は苦痛になることはなかった。犯人の造形や展開の仕方にはご都合主義的な部分も少し感じた。しかし、多数の人々をきちんと書き分け、感情のヒダを細かく描く作者の力はやはり大したものである。7.5点。
 

鯨統一郎「喜劇ひく悲奇劇」 2004年10月07日

 回文とは上から読んでも下から読んでも同じになる文章や言葉のことである。「竹藪焼けた(たけやぶやけた)」とか。さて、普段はネット上で活動する回文愛好家たちのサークル「回文こんぶイカ(かいぶんこんぶいか)」のメンバーの合宿旅行。行き先は「利尻(りしり)」。ところが合宿所は陸の孤島と化し連続殺人事件が起こる。しかも至る所に回文がちりばめられた回文見立て殺人だった!
 
 小説としてどうこうとかの前に、芸として相当のものである。全編が回文に彩られており、すぐに分かるように回文の部分はちゃんと太字表示してある。どこまで作者オリジナルなのか分からないが、とにかく膨大な量の回文が、登場人物のセリフか地の文かを問わず、これでもかとばかりに出てくる。驚嘆。
 
 回文の存在が文章を断片化してしまって読みにくくなることを恐れていたのだが、案外それほどでもなくわりに読みやすかった。バカミス的だが(って、いまだにバカミスの定義がよく分からないのだが、こういうのも言うのだろうか)小説部分もそれなりにまとまっている。某作家へのオマージュにもなっているところも遊び心があって面白い。6.5点。
 

乃南アサ「鍵」 2004年10月05日

 作者は1988年デビュー、1996年には『凍える牙』で第115回直木賞を受賞しているベテラン作家である。が、読むのはこれが初めてだ、たぶん。本作「鍵」は1992年の、わりと初期の作品。
 
 両親を相次いで失ったばかりの三人兄弟、中学校教師の秀子、一流商社を辞めて現在無職の俊太郎、そして聴覚に障害を持つ高校生の妹・麻里子。母の死を挟んで俊太郎は麻里子に対して屈折した感情を持つようになっていた。その彼らが住む町で、被害者を突き飛ばしてカバンを奪い去る連続通り魔事件が起こる。犯人は電車の中で麻里子のカバンに隠した「鍵」を探しているのか?やがて事件は殺人事件へと発展する。「鍵」を巡る事件と、そして兄妹・家族の絆を描いている。
 
 なぜ通り魔が何かを探していると思ったのかとか、捜し物するのに手当たり次第で行き当たりバッタリの通り魔はしないだろうとか、そもそも「鍵」をそんなに上手く人のカバンに隠せないだろうとか、基本設定にはかなり引っかかりを感じた。また俊太郎が未熟で子供っぽすぎたり、麻里子も頼りなさ過ぎて、それが結局、事態の深刻化を招いていることなども筋立てとしては今ひとつ。基本的な素材は良いのだが、作者の未熟さが目立っていると思う。たとえば作中に出てくる新聞記事などもぜんぜん新聞記事らしくない。作家志望の中学生が書いたというのならば絶賛できるのだが、プロの作家としては力不足だろう。基本素材を活かして、ほかの作家が、あるいはこの作者本人が今リライトしたならば傑作になるかもしれない。
 
 とは言え、本作のメインテーマであろう家族の絆という部分に関しては結末が爽やかで読後感も良い。事件を乗り越えることで麻里子と俊太郎の間のギクシャクとした関係が修復され、前向きで清々しい結末だ。さて、作者のもっと最近の作品を読んでみたい。6.5点。
 

鳥飼否宇「中空」 2004年10月01日

 第21回横溝正史ミステリ大賞(2001年)で優秀賞を受賞した作品である。
 
 植物専門の写真家、猫田夏海(女性)は大学時代の先輩である鳶山とともに、数十年に一度しか咲かない竹の花を撮影するために、大隅半島の人里離れた竹茂村を訪ねる。竹茂村は竹林に囲まれた小さな村で、わずか12人の村人たちが老荘思想を実践しながら暮らしていた。そんな村で事件が起きる。周辺社会と滅多に交流を持たない村にやってきた異分子である猫田たちの存在が引き金になったのか?村にはどんな秘密が隠されているのか?
 
 題名もそうなのだがある言葉や、ある出来事が二重三重に意味を持ち、張りめぐらされた数々の伏線が最後に収束する。本書はそんなオーソドックスではあるがミステリの基本的魅力を遺憾なく発揮した秀作である。謎解きにしても多重に構成されており、まず村長が、ワトソン役の猫田が、そしてホームズ役である鳶山がと、次々に異なる真相を解き明かして行く。最後にはおまけの真相も。
 
 新人としては文章もこなれているが、検索してみると作者は本作のデビュー以前にも「ほぼ日刊イトイ新聞」に文章を書いていたりしたようだ。ちなみに作者の受賞第1作は、再び猫田夏海が登場する「非在」。7.5点。
 

三浦明博「滅びのモノクローム」 2004年09月25日

 第48回(2002年度)江戸川乱歩賞受賞作
 
  広告代理店に勤める日下哲は、仙台東照宮の境内で開かれている骨董市で掘り出し物のフライフィッシング用のリールを見つける。蔵から一緒に出てきたという古いフィルムをおまけに付けて貰った日下は、ボロボロだったフィルムを復元し、写っていた釣り人の映像をCMに利用することを思い立つ。しかし実はそのフィルムには、はるか戦前の古い秘密が隠されていたのだった。フィルムの存在を快く思わないある人物が、フィルム、そしてその周辺の人物の抹殺を謀って動き出す…。
 
 乱歩賞受賞作らしい秀作だ。自由を奪われ、差別がまかり通り、狂ったように戦争に突き進んだ暗黒の時代の遺物を現代に蘇らせ、現代に再び忍び寄る不穏な影も描きつつ、息詰まるサスペンスに仕立てている。若干、新人作家の作品にありがちな、登場人物の心理に対する違和感を感じる箇所もあったが、全体的には読みやすく筆力は充分だ。あまり必要のないシーンも余計に含まれている気がしたが、基本的なストーリー展開は巧みで、今後の作品にも期待が持てそうである。7点。
 

ポール・ジェニングス(吉田映子・訳)「ありえない物語」 2004年09月21日

 作者はオーストラリアの大人気作家で、オーストラリア・イギリスでは知らないものはいないベストセラー作家なのだそうだ。本書はその作者のデビューを飾った作品集らしい。原題は「Unreal!」。本書のほかにも「先の読めない物語」「想像もつかない物語」などがシリーズで出版されている。
 
 収録作品は、「シャツも着ないで」「取りつけ式飛行具」「外便所の骸骨」「ラッキー・リップ」「牛糞カスタード」「灯台のブルース」「スマート・アイスクリーム」「ワンダーパンツ」
 
 どれも気楽に読めるショートストーリーだ。凝ったストーリー展開はなく、流れも落ちも読めてしまうが、奇抜なアイデアが楽しい。「シャツも着ないで」は本書で一番ナンセンスだが、一番文学的とも言える。改めて考えると「シャツも着ないで」は呪いの言葉みたいなもの?「牛糞カスタード」は大笑いのどたばたコメディー。「ワンダーパンツ」はちょっとドラえもん的な世界??基本的には子供向けの作風だが、奇想天外な物語は大人にも一服の清涼剤としてちょうど良い。7点。
 

小峰元「ユークリッドの殺人学原論(ストイケイア) (応用篇) 」 2004年09月18日

 基礎篇に続く、乱歩賞二十八題噺の後半だ。基本的には基礎篇とは別の事件、別のお話だが、登場するのはもちろん名門・堂島高校の推理研究部のお歴々である。脇を固めるのも基礎篇の主要人物が再登場する。
 
 青天の霹靂で現れた名も知らなかった遠い親戚に、中島が突然の結婚式出席を頼まれた。結婚式では理由の分からぬどたばたがあった後、翌日、花嫁が殺されてしまう。ダイイングメッセージは「アルキメ」。そして再び連続殺人事件に発展する。乱歩賞受賞を目指す推理研はチャンス到来とばかりに、再びにわか探偵を始めるのだが。。
 
 基礎篇同様、次々とお題を取り込みながらどんどん謎を膨らませていき、最後に一気に解決へと導く作りはさすがである。やっぱり若干未解決で取り残された謎もあるのだが。。そうそう、基礎篇で取りこぼされたお題には一応決着が付けられていた。もっとも謎解きというほどのものではないのだが、宙ぶらりんよりはましだろう。7点。
 

小峰元「ユークリッドの殺人学原論(ストイケイア) (基礎篇) 」 2004年09月8日

 久しぶり。小峰元を読むのも数年ぶりだが、この「殺人学原論」を読むのはもっと久しぶりの再読だ。以前に読んだのはおそらく中学生のとき。ユークリッドの「原論」を「ストイケイアStoicheia」と言うのを知ったのもこの本である。教養をちょっと手に入れたような気がしたものだ。もっともその後何かの役に立ったこともなく、使った試しもない。いまだに「ストイケイア」で連想するのはユークリッドではなく小峰元である。
 
 本書は江戸川乱歩賞30回記念 乱歩賞作家オール書下ろし推理祭と題して1984〜1985年に刊行された「江戸川乱歩賞SPECIAL」シリーズの作品のひとつらしい。他には岡嶋二人の「チョコレートゲーム」などがこのシリーズのようだ。小峰元は各章の題名に凝る人だが、本書は各章の内容までも凝っていて、歴代の乱歩賞作品名に絡めてある。作者曰く、三題噺ならぬ二十八題噺(本書はその前半14章で、応用編に続く)という荒業だ!
 
 実際の事件を推理しながら、それをもとに小説を書いて乱歩賞に応募しようと言う高校の推理研究部の面々が主人公。彼らが属するエリート高校を取り巻く受験業界を皮肉にとらえているところも読み所だ。ミステリとしての内容自体にはそれほど驚くような斬新さはないが(もっとも斬新もなにも、今となっては古典的作品なわけだが)、構成のユニークさと、そんな荒業を破綻無くまとめ上げた手腕は賞賛に値する。少しばかり謎解きからは取りこぼされたお題もあるのはちょっと残念だが。次回、続編となる「応用篇」を読む。7点。
 

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