読書日記

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横山秀夫「第三の時効」 2005年02月15日

 驚異的な検挙率で常勝軍団の異名を取るF県警捜査第一課。常勝軍団を支えているのは各班の班長、一班の笑わない男「青鬼」朽木、二班の公安出身で「冷血」の楠見、三班の天才的な動物的カンの村瀬だ。彼らを始めとして、その部下そして上司までもが、警察組織の中で互いにしのぎを削る人間模様と、そんな中でも犯罪を追いつめていく様を迫力満点に描いた、大変レベルの高い短編集である。
 
「沈黙のアリバイ」強盗殺人の容疑者が法廷で自白を覆した。心に古い傷を持つ朽木が狡猾な容疑者の素顔を暴く。7.5点。
「第三の時効」あっと驚く真相はさすがだが、勝ったのが必ずしも正義とは言えないところが若干後味を悪くしている。7点。
「囚人のジレンマ」囚人のジレンマのダブルミーニング。そして複雑な真相は人情味も感じさせる傑作。7.5点。
「密室の抜け穴」監視下に置かれていたマンションから犯人はなぜ消え失せたのか。もうひとつの密室が真相をあぶり出す。7.5点。
「ペルソナの微笑」幼い頃に犯罪に巻き込まれた経験を持ち、素顔の外にいつも笑いの仮面をかぶる若い刑事の物語。7.5点。
「モノクロームの反転」朽木と村瀬の直接対決!表題でもあるところのこの現象はなかなか興味深い。7点。
 

柳原慧「パーフェクト・プラン」 2005年02月10日

 第2回「このミステリーがすごい!」大賞(2003年)の大賞受賞作品。ちなみに応募時のタイトルは『夜の河にすべてを流せ』。タイトル単独で考えると原題の方が叙情性に優れて味わいがあるが、本編にはたしかに今のタイトルの方がマッチしている。
 
 「身代金ゼロ!せしめる金は5億円!」 誰も殺さない誰も損をしない。惹句にこう謳う前代未聞の誘拐ミステリということだが、読んでみたら案外「誘拐」そのものより、三者の思惑が絡み合うサスペンスや、種々のネタが次々に繰り出されるスピード感が本書の魅力となっていた。実際オンライン・トレーディングからES細胞まで、最新用語がふんだんに取り込まれていて飽きさせない。
 
 ただし、選評でも触れられているが、小道具が豊富な反面、ひとつひとつのアイテムに対して調査不足・掘り下げ不足な感もあった。とくにインターネット関連は、受賞から刊行までかなりの手直しが施されたらしいが、それでもまだ若干の瑕疵を抱えているように思えた。言葉の使い方でも、「コピペ」「カキコ」に始まり「厨房」などと出てくるに至っては、小説としては安っぽさを感じてしまう。この手の言葉はほとんどが一過性のもので、ハヤリなどというものは、小説ではむやみに使わない方がよいと思うのだが。
 
 という、表層的な不満はあったのだが、全体として見れば、盛り上がるところは盛り上がり、ホロッとさせるところではホロッとさせ、リーダビリティーに優れた傑作である。7.5点。
 

三浦明博「死水」 2005年02月07日

滅びのモノクローム」で乱歩賞を受賞した作者の受賞第一作となる。前作と同じくフライフィッシングなど釣り関係の世界をバックグラウンドに据えている。
 
 主人公の早瀬は、釣り人にとってはもちろん、すべての人にとって理想となる自然環境と川を作りそして守ることを生業にする「リバー・キーパー 」だ。ある日、早瀬は守っていた川からブラックバスを釣り上げる。ブラックバスは山女魚や岩魚など在来種の生態系を脅かす外来魚である。密放流者の仕業に違いないが、私有地の川に一体誰がそんな真似をしたのか。対策を練るうちに今度は山火事が発生し、火災跡からは死体が発見される
 
 持ち込まれたブラックバスの脅威などを通して、理想の自然環境とは何か、自然と人間はいかにして共生すべきか、という作者の視点が常に感じられる。一方、ストーリー的にはいまひとつな印象だ。ところどころに盛り上げる場面を配置し、クライマックスでは意外な事件の真相も明らかになるのだが、取って付けた感が拭えない。凡庸なテレビドラマにありそうな展開で、そんなに出来が悪いわけでもないがやや素人くささを感じる。もしかしてデビュー前のストック作品からのお蔵出しだったのかな?6.5点。
 

東野圭吾「手紙」 2005年02月02日

 兄弟二人だけの家族。兄・剛志は弟の進学費用を手に入れたくて裕福な老婦人の家に盗みに入るが、見つかってしまい、はずみで婦人を殺してしまう。兄は服役し、残された弟・直貴はひとり生きていくのだが、人生のあらゆる場面で「強盗殺人犯の弟」に対する世間の偏見と差別に悩まされることになる。
 
 家族に犯罪者を持つ人間が身近にいたらどう接するだろうか。やはり偏見の目で見てしまうのだろうか。実際、犯罪を犯した本人はもちろん、その家族にも世間は冷たい。「だって兄貴が殺人犯だもん、しょうがねえよ」「その弟が平気な顔して大学に行ってたら、そっちのほうがおかしいんじゃないの」直貴の同級生のこういう反応は、きっと現実にも珍しくないだろう。
 
 直貴が就職した会社の社長は、作中で次のような意味のことを説く。「現実は甘いものじゃない」「犯罪者の家族までも差別されるのは、普通の人が自分を守ろうとする自己防衛本能で仕方がない」「家族の苦難も犯した罪の刑のうちだ」「罪を犯せば家族をも苦しめることを、すべての犯罪者に思い知らせるためにも差別は必要だ」はじめは反発していた直貴はしかし、次第に納得し、社長の言葉を受け入れるようになる。おそらくこれが作者の基本的な考えでもあるのだろう。
 
 しかし私は納得できない。犯罪者の家族への差別は許容すべき必要悪と言っているように思われるが、実はこの差別の構造は人種差別や部落差別でも同じである。人種差別や部落差別も必要悪か?許容されるべき差別だろうか。そうではあるまい。ならば社長の論理は破綻している。やっかいごとを避ける自己防衛本能を理由に差別を許していたら、世の中は数十年前か数百年前に逆戻りだ。「(「イマジン」で歌われるような)差別や偏見のない世界。そんなものは想像の産物でしかない」と直貴は達観するが、それが今の現実の社会ではあっても目指すべき社会ではないはずだ。現状をあきらめて受け入れてしまっては進歩は生まれない。
 
 ということで、結末に納得は行かないのだが、このようなことを考えさせるきっかけとしてはたいへんに意味があるし、物語としてもしっかりした作品であることは言うまでもない。作者もひとつの考えを読者に押しつけているわけではなく、結論は読者に委ねられているのだと思う。他の人が本書をどう読むか興味がある。7点。
 

五十嵐貴久「リカ」 2005年01月29日

 先日読んだ「安政五年の大脱走」の作者のデビュー作第2回ホラーサスペンス大賞(2002年)を受賞した『黒髪の沼』を改題してある。「安政五年の大脱走」とはまったく毛色が異なった作品だった。
 
 分類するとすれば一応「サイコホラー」になるのだろうか。ストーカーと化した異常心理者につきまとわれる恐怖が描かれている。きっかけとなるのは「出会い系サイト」だ。出会い系サイトやインターネットに潜む罠、みたいなことは題材としては今やかなりありふれており新鮮味はない。作中でかなり詳しく(しかもやや誇張気味に)説明されているのだが、ここは少し冗長に感じる。あるいはこの作品が書かれた頃には今ほど知られていなかったのだろうか。
 
 さて、ホラーとしてであるが、確かに怖い。しかし何というか不快さが根底にある怖さである。自己中心的で我が儘で、周りの空気を読めないという、程度の差こそあれ一緒にいてあまり愉快ではない困った人物というのは、自分の身の回りにもいるという人は多いのでは無かろうか。そういう存在を究極にしたのが「リカ」であり、だんだんエスカレートする「リカ」の行動には、確かに人に恐怖を覚えさせる迫力がある。そして、そのままでは実際にあるかもしれない普通の(?)ストーカー事件なのだが、リカは尋常ではない実行力・行動力を見せる。そうだ、これは「エイリアン」だ。映画「エイリアン」の怪物。異常な生命力といつどこから現れるか分からない恐怖。もちろん言葉も理屈も通じない。あの異星の怪物を人間に、舞台を宇宙空間から現代社会にすると、この作品になるのだ。ストーリーなどは荒削りなものの有無を言わせぬ怖さを感じさせる作品だった。7点。
 

浅倉卓弥「四日間の奇蹟」 2005年01月27日

 第1回「このミステリーがすごい!」大賞(2002年)で金賞を受賞した作品。大賞の第一回目で注目を集めたというだけでなく、「ここ十年の新人賞ベスト1」(茶木則雄)というような選考委員各氏の大絶賛を浴びた話題作だ。この夏には映画化もされる。ちなみに「このミス大賞」作品ではあるがミステリらしくはない。
 
 本屋さんの売り文句に「感涙のベストセラー」と書いてあったり、選考委員による選評にも「端正で上品な感動作」(大森望)、「癒しと再生のファンタジー」(香山二三郎)などと書かれている。これは感動作だ、と前もって聞かされて読んでみると、あまり大したことが無くて期待はずれに終わるということは多い。しかし本書は前評判通りの出色の作品であった。本当に新人が書いたとは思えない出来映えだ。
 
 指を失って絶望の縁に立たされたピアニストの青年と、先天的な知的障害を持ちながら音楽に天才的な才能を発揮する少女の、運命的なドラマである。作品の中盤で起こる事件と現象は、選考委員各氏も述べるように、同じアイデアを使った著名な先行作品もあって、決してオリジナリティーに秀でているわけではない。ドラマティックな展開さえ、現実の世界ではともかく、フィクションの世界では珍しくもない。ありきたりとさえ言えるだろう。それにもかかわらずこの作品が持つ読者を惹きつける力は傑出している。当然のことながら、優れた小説を傑作たらしめているのは、決してアイデアとか基本プロットだけではないのだなあと、改めて感じた。作者の、人間を的確に捉える能力と、それを伝える抜群の筆力に拍手喝采である。8点。
 

原ォ「愚か者死すべし」 2005年01月21日

 待望の新作!和製ハードボイルド小説の代表的存在で最高峰といっても過言ではない、探偵沢崎シリーズの新作だ!もう新作は無いと思っていただけに感激もひとしおである。
 
 沢崎シリーズはこれまでに長編三冊と短編集一冊が刊行されていた。デビュー作『そして夜は甦る』が1988年、翌年発表の2作目『私が殺した少女』ではいきなり第102回直木賞を受賞している。90年に短編集『天使たちの探偵』、しばらく間をおいて95年『さらば長き眠り』を上梓したのを最後に、タイトルとは裏腹に長い眠りについてしまったのだった。
 
 新作の時代設定は現在のようだ。考えてみれば最初の作品から15年以上も経っているわけだから、世の中はずいぶん様変わりしている。携帯電話の普及などはその最たる例だろう。最初の作品では影も形もなかった(覚えていないけど)携帯は、犯罪にせよ探偵活動にせよ、現在の話を書くにあたっては絶対不可欠である。ということで、この作品でも携帯電話はばんばん登場してくる(もっとも沢崎はいまだに携帯の扱いを知らないようである)。この作品に限らないが、作家にとってこういう所の扱いは難しいのだろうなあ。下手に最新を取り入れるとすぐに古びてしまうし、かといって無視するわけにも行かない。作品とは直接関係ないが、ついそんなことを考えてしまった。
 
 さて本書『愚か者死すべし』で沢崎は、大晦日の夜に新宿署地下駐車場で狙撃事件に巻き込まれる。この後の展開は巻き込まれると言うより本人が好んで首を突っ込んでいる感が強いのだが、ともかく事件は思いもかけない方向に動き出す。幾重にも仕込まれたプロットの重厚さはさすがである。ただ正直に言えば、総じて地味でワクワクするような魅力には欠けたかもしれない。期待が大きすぎた反動でそう感じてしまうのかもしれないが。あとハードボイルド特有の、というか作者独特の(?)文体ももうひとつキレが悪かった気がする。これも期待が大きすぎたせいかな?いやでももちろん十分面白かったし格好良かったのだけど。点数は厳しめにして7点としよう。
 
 ところで、本書は沢崎シリーズ第二期の嚆矢となる作品で、今後は新作をどんどん書いていくことを作者は宣言している。しかも今度はあまり間を置かずに!!最高のハードボイルドシリーズでこれからどんな作品が読めるのか待ち遠しくて仕方がない。第一期作品も読み返してみようかな。
 

大沢在昌「帰ってきたアルバイト探偵(アイ)」 2005年01月17日

 大沢在昌のシリーズものとしてはもちろん「新宿鮫」が代表格だが、こちらのシリーズも人気が高かった。いったんは終了したシリーズだったが、おそらく読者からの復活の希望が高かったのだろう。いや、それ以上に作者がこのまま終わらせてしまうのをもったいなく思ったのではないだろうか?それはこの作品の内容ではなくシリーズであることを意識してつけられた本書の題名からもうかがえる。ウルトラマンなみの期待を背負っての再登場というわけだ。
 
 主人公はもとエージェントの不良親父・冴木涼介の私立探偵業を手伝う高校生リュウ。高校生とは言っても一年留年しているので本書の時点で本来なら卒業しているお年頃である。そんなリュウ君が「国家権力」の威光による裏口入学を期待して(?)首を突っ込んだ事件は、核兵器と狂信的な国際テロ集団が絡んだとんでもない事件だった。
 
 次から次へ、これでもかと言うくらい息をつく暇もないピンチの連続である。敵がまた、いかにもといった設定だ。こういうのはやり過ぎると安っぽくなってしまう。実際その手前と言って良いくらいなのだが、不思議とすんなり受け入れて読めてしまう。これはもう大沢在昌の手腕の見事さだ。比較的軽いノリが身上の本シリーズであるが、重くすべきところはそれなりに、緩急をうまく使い分けている。そういえば、「新宿鮫」の影をところどころにちらつかせるお遊びもあった。その内もっと直接的に絡ませたりすれば面白いかもしれない(大失敗になるかもしれないけど・・)。いずれにせよシリーズ次回作が楽しみである。7.5点。
 

五十嵐貴久「安政五年の大脱走」 2005年01月12日

 五十嵐貴久という作家の作品を読むのは初めてである。最近かなり注目されている作家のようだ。時代もの専門の作家というわけではないようなので、この作品を最初に読むのはどうかと思ったが、期待以上の傑作だった
 
 時は幕末。伊井直弼大老の謀略により津和野藩士51人と美雪姫は、周囲を絶壁に囲まれた険しい(なんてものじゃない、登るのも命がけ!)山の頂に幽閉されてしまう。凍てつく寒さと粗末な食事という劣悪な環境で彼らは、姫を守るため、そして津和野藩士の誇りと意地を見せるため、前代未聞の脱出劇に挑む
 
 きっと多くの人が映画『大脱走』を思い浮かべるだろうが、それだけではない上質のエンターテインメントに仕上がっている。冒頭の章では健気に生きる若き日の井伊直弼を描いているのがまた秀逸だ。権力を得た直弼との落差にはとまどいもあるが、直弼の育ての親とも言える犬塚外記の人柄を知る上でも重要な章である。そして津和野藩士達の苦難に満ちた中盤の展開。はたして脱走は成功するのか?直弼の寵臣・長野主膳(直弼にこの謀略を授けた張本人)はどう出てくるのか?息詰まるラストの攻防と思わずうわあと声を上げてしまうエピローグも素晴らしかった。7.5点。
 

戸梶圭太「クールトラッシュ 裏切られた男」 2005年01月08日

 作者は某ミステリ系サイトで「B級アクション作家」と評されていた。初めて読んだが、なるほどB級アクションはぴったりの表現だ。フリーの犯罪者・鉤崎は三人の同業者と組み、パチスロ屋の上がりを狙った強盗計画を立てる。現金輸送車の襲撃はうまく行くのだが、今回初めて組んだ米田が裏切り、ほかの二人を殺し金を持って逃走する。鉤崎は金を取り戻して復讐するため、米田の追跡を開始する。
 
 裏表紙には「クールな主人公と、どこかファニーな悪党たちの闘いを痛快に描く」と書かれている。うーん、それはどうか。主人公である鉤崎はクールと言うよりは冷酷で非情と言った方が合っている。ストーリーは鉤崎と米田の闘いにとどまらず、多くの犯罪者達を巻き込んで行くのだが、彼らも皆ファニーなんてものではなく、裏切りや暴力(しかも酸鼻を極めた残忍なもの)は当たり前、よくここまで生きてこれたなというような悪党ばかりである。ノワール小説が流行らしいが、やはり主人公くらいは一定のモラルを守っていないと読者の共感を得られないのではないか。まあ完全に突き抜けて、非現実的な暴力の連鎖を味わうという読み方もあるのだろうし、それゆえのB級なのだが。いちおう途中の展開はそれなりにスリリングでスピード感がある。しかしラストの処理はやはりイマイチ。これもやはりB級っぽい。6点。
 

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