読書日記

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有栖川有栖「ペルシャ猫の謎」 2000年06月28日

 国名シリーズ第5段。推理作家の有栖川と犯罪学者・火村(<-ATOKで変換されないな。火村って名前は現実にはあまりないのかな。)が活躍する連作短編集だ。でも今回はミステリじゃない話が多かった

 以下、各話ごとに感想など。「切り裂きジャックを待ちながら」公演直前のある劇団で起こった殺人事件。途中までは普通の推理小説だがラストは舞台劇のような幕切れ。「わらう月」本書の中では一番ミステリしている作品。アリバイ崩しに月ではなくて**の非対称性を持ち出してきたのは意外で良かった。でも月の模様でだって見分けられたのでは? わざわざ**を持ち出す必然性が感じられない。月の満ち欠けの説明が間違っていることも付け加えておこう。「暗号を撒く男」殺人事件は起こるが、結局事件とは関係のない暗号の謎を解読する一種のなぞなぞ話。さらに関係ないけど通天閣の暗号は知らなかったなあ。「赤い帽子」これだけは火村も有栖川も登場せず、かわりに森下刑事が活躍する。大阪府警の内部向け雑誌に連載されたものだそうだ。刑事の地道な捜査が実を結ぶ。「悲劇的」悲憤に暮れる学生のレポートに火村が火村らしい結末を付ける。でも大したことはない。この助教授の人物を語るエピソードとしては最後の「猫と雨と助教授と」の方が断然良い。「ペルシャ猫の謎」提示される謎はミステリらしいのだが解決はちょっと、いや、だいぶ不満。「猫と雨と助教授と」これもぜんぜんミステリでは無い。本書のアンコールナンバーの小品という位置づけらしい。後味が良くてこんなのはけっこう好きかも。ぜんぶまとめて7点。
 

フィリップ・K・ディック「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」 2000年06月26日

 ディックの超有名な作品であるが読むのは初めて。映画も観たことはない。舞台は近未来(というか年号的にはもう過去?)の最終戦争後の死の灰に覆われた世界で、多くの動物は絶滅し人類の一部は火星に移住している。一方で人間を助けるために作られたアンドロイドは容易には人間と区別が付かない(時としてアンドロイド自身にも分からない!)ほどだから、人類の科学技術の進歩は著しい世界である。

 「逆まわりの世界」を読んだときにも思ったがディックの創る世界は魅力的ではあるが冷静に考えればいろいろとおかしい。様々な舞台設定のひとつひとつが必ずしも緻密に練り込まれているわけではないという印象を持つ。本作品中では生きた本物の動物がその希少性ゆえ非常に高い価値を持っている。しかし宝石と同じようなものかというとそうではない。例えば動物を食べるなどという行為は殺人を犯すのと同様の本能的・生理的な罪悪感や背徳的な感情を呼び起こす。人類共通の価値観が実世界とはかけ離れているのだが、どうも説得力がない。仮に最終戦争が起こって動物が絶滅しかかってもこんな世界にはならないだろう。やはり架空の世界とは言え、もっともらしい設定を用意してくれないと作品世界にのめり込めない。作品にのめり込めなかった理由はもう一つ、古い作品だから翻訳があまりこなれていないせいもあるかもしれないのだが。やはり翻訳物は新しいのに限るのか? 6.5点。
 

二階堂黎人「諏訪湖マジック」 2000年06月22日

 学生時代100のサークルに所属していた男、多趣味で博識な変人、水乃サトルが活躍する長編推理小説。これでシリーズ4冊目らしいが読んだのは2冊目。最初に読んだのは例の「ビールの家の冒険」を含む短編集「名探偵水乃サトルの大冒険」(3冊目)だった。大作「人狼城の恐怖」を挟んで水乃サトルものは久々の登場らしい。

 出だしはなかなか水乃サトルが出てこないので、生田刑事が主人公なのかと思ったぞ。この作りには意味があったのだろうか? 水乃サトルが登場してからはガラリと雰囲気が一変した。文体が変わったというわけではなく、登場人物のキャラがかもし出す空気が否応なく変わってしまったという感じだ。実はけっこうこのキャラ(水乃サトル)は好きだな。どうせならもっと彼の破天荒ぶりを前面に押し出したストーリーを作ると良いと思うのだが。中盤がアリバイ崩しのための地味な展開でちょっと退屈してしまった分そう思う。トリック自体は良くできていたかな。

 ところで町長対策、もとい超超大作(世界最長の本格推理小説なのだそうだ)の「人狼城の恐怖」全4巻に手を出すべきかどうか迷っている。どうしよう。7点。
 

東野圭吾「仮面山荘殺人事件」 2000年06月17日

 巻末の解説の中で折原一は「仮面山荘殺人事件」は東野作品の中で三本の指に入る傑作だと思うと述べている。全面的に賛成する!! もっともこれ(1990年発表)以降の東野圭吾の活躍はめざましく、大傑作を惜しげもなく次々と発表しているので指の数は三本では足りない。しかしやっぱり本作品は彼のベストの一冊に数えて良いと思う。

 内容的には本格推理小説の王道を行く話であり、最近の東野圭吾の、人間ドラマに重点を置いた作風とは異なっている。もともと彼は幅の広い作風を持っているが最近の作品しか知らない人には意外に思える作品かもしれない。ある意味では地味な作品だろう。しかし派手ではなくても内容は濃く、トリック重視といえども人間ドラマの部分にも手抜きはない。じっくり噛みしめれば噛みしめるほど良さが分かるのである。読後感が良いのは東野氏ならではだ。折原一氏は自分も同じトリックを考えついていたと悔しがるのだが、折原氏が書いたら全然別の印象を持つ作品になったことだろう。それはそれで良いかもしれないが、好みから言えば正直なところやはりこれは東野圭吾に書いてもらって良かったと思うのだ。

 たぶんこの種の作品では直木賞候補にはならないだろう。しかししかし、是非これからもこんな作品を書き続けてもらいたいと一ファンとしては切実に思う。8.5点。
 

岡嶋二人「チョコレートゲーム」 2000年06月16日

 第39回日本推理作家協会賞受賞(1986年)作品
最近の推理小説になじんだ目からすれば古くさい部分もある。新本格に慣れ親しんだ目からすればちょっと地味かもしれない。しかしやっぱり"良いものは良い"という作品だ。ブックオフでたったの50円で買ったので随分と得した感じだ(^O^)

 少しずつ明らかになる事件の真相も驚くべきものだが、父の子に対する愛情とすれ違いの書きっぷりにしても岡嶋二人は本当に見事に描いている。たぶん本作は岡嶋二人の代表作に数えられていると思うが、じっさいこれは岡嶋二人らしいと言えば実にらしい作品だと思う。7.5点。
 

貫井徳郎「妖奇切断譜」 2000年06月15日

 もと公家の九条惟親(事件を背負い込むワトソン役、主人公)とその友人、朱芳慶尚(病弱でクールな名探偵)が登場する"明詞"時代を舞台にした「鬼流殺生祭」に続く本格推理小説第二段。時代背景についての記述からは"明詞"時代は明治時代そのものなんだけど(なんか違うところがあるのかなあ?)、なぜあえて"明詞"なんだろう(← 一作目からの疑問)。単に時代考証の間違いがあっても言い訳できるようにしてあるのかな(^^;)

 閑話休題。美女が次々に殺され切断された体が各所の稲荷神社に放置されるという事件が起きる。しかもその内ひとりは九条の知人である。なぜ彼女らは殺害され切断され、そして稲荷神社に捨てられたのか?すべてに合理的で必然性のある理由が付くのだろうか。提示される謎にはなかなか興味をそそられた。明かされた理由は、まあ辻褄は合うが多少の不満は残ったかな。本格を強く意識しているせいか貫井徳郎ってけっこうクセの強い作家だと思う。捻りすぎの気味があったり、(よくある批判だが)人物を描けていなかったり。でも文章自体は難しい言葉を多用する割には読みやすく、スッキリとまとめれば傑作を書ける作家だ。本作は欠点もあったがそれをあまり感じさせないだけの仕上がりになっていた。

 ところで最後は随分と思わせぶりな終わり方をしている。本書のエピローグではなく、どうやら別事件のプロローグのようである。そういえば本編中にも本筋と関係ないエピソードがあったが"あれ"はこの伏線だったのか。"次巻ニ続ク"で終わるところを見ると九条と朱芳のシリーズが続くようだ。期待を込めて8点。
 

宮部みゆき「堪忍箱」 2000年06月13日

 江戸は下町の庶民を主人公にした時代物短編集。宮部みゆきの作品の中で、ジャンル的には私は時代物が一番気に入っている。宮部みゆきの持ち味の、少しもの悲しくもしみじみとした雰囲気が一番よく合う感じがするのだ。

 そんなわけで今回もしみじみとしながら読んだ。でもやはりただストレートにしみじみするだけじゃなくてストーリーにちょっとスパイスを効かせてくれた方がしみじみ感も増すってものだ。お薦めは「敵持ち」「お墓の下まで」の2編。「敵持ち」は一番ミステリ色が濃い作品だ。7点。
 

黒田研二「ウェディング・ドレス」 2000年06月09日

 買ってしまった。。新書サイズのノベルズを書店に並んだ当日に買ったのは初めてだ。

 私もよく行くホームページの主であるくろけんさんが第16回メフィスト賞を受賞して作家デビューしてしまった!面識があるわけでは全くないのだけど、これまでよく彼の日記や書評を読んできたからなんか嬉しい。何はともあれ、おめでとおございます。以前にメフィスト賞作家とは相性が悪い、と書いたがさてくろけんさんはどうか?

 本書の帯の推薦文に大森望さんが"体脂肪率0パーセントの新本格"なる名言を書いている。これは誉めているのか?けなしているのか? 読む人によって評価はだいぶ異なるだろう。謎解きが好きな純粋パズラーなら楽しめるはずだ。読後の余韻が残るような"物語"を期待する向きには不満が残るだろう。

 それにしてもこんな複雑なパズルをよく考えつくものだと感心することしきり。くろけんさんの今後にも期待大。でももっと"物語"も書いてね。7点。
 

井上夢人「オルファクトグラム」 2000年06月07日

 文庫以外の新刊は基本的に買わないので、この本も読むことができるのはだいぶ先のことだと思っていたのだが図書館で発見してすぐさまゲット(^O^) ラッキー。

 "olfactogram"を辞書で調べたら載っていなかった。"olfaction"で"嗅覚(作用)"の意味だそうだ。主人公はあるきっかけから犬以上の嗅覚を得て、匂いで世界を"見る"ことができるようになる。鼻で見る世界は目で見る世界とはまったく異なり、ある面では目で見るより多くの情報を得ることができる。この本の中で描かれた、目と鼻の一番大きな違いは、目で見るのが3次元の世界なのに対し匂いの世界が4番目の次元、すなわち時間を超えて(ただし過去だけだが)見ることができる点だ。主人公はこの能力を使って姉を殺した犯人を追いつめる。

 目で見るように鼻で"見る"って発想はいいな。ついついこの主人公が見てる世界を、自分の目の前に何度となく想像してしまった。実際、目の見え方にしても動物によって異なるし、聴覚・嗅覚が発達している動物とはなおさら同じ世界がぜんぜん違う世界に見えているのかもしれない。なんか不思議な気分。8.5点。
 

大沢在昌「夢の島」 2000年06月03日

 2歳の時から24年間音信不通の父親が亡くなり、遺品として1枚の描きかけの島の絵を受け取った男が"夢の島"を巡る争いに巻き込まれる。"夢の島"には何があるのか?どこにあるのか?

 大沢在昌の十八番のジェットコースターアクションストーリーだ。やはりこういう話はうまい。とくに後半はあの手この手で読者を引き込む仕掛けが仕込まれている。よくよく読めば生かし損なったエピソードや描き切れなかった人物などもある気がして、ラストも含めてもっと時間を掛けて練り込む余地があったのではないかと感じるが、それは贅沢すぎる望みというものか。7.5点。
 

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