読書日記

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東川篤哉「殺意は必ず三度ある」 2007年07月11日

殺意は必ず三度ある (ジョイ・ノベルス)

著:東川 篤哉
実業之日本社 新書
2006/05/16

 私立鯉ヶ窪学園探偵部シリーズ第2弾。学園の弱小野球部グラウンドからベースが盗まれた。そんなものを誰が何のために?と探偵部員も頭をひねるが、それは事件のほんの序章に過ぎなかった。その後行われたライバル高校との練習試合で姿を見せなかった監督が、球場内から死体で見つかる。やがて事件は連続見立て殺人事件の様相を呈していく。
 
 何にでも首を突っ込む探偵部に加えて、私鉄駅みたいな名前の刑事コンビ、気の強い女子生徒会長などの面々が今回もあれやこれやと騒ぎまくりながらの大活躍だ。あれ、そういえば探偵部顧問の教師は今回は出てこなかったな。かれもメインキャラっぽかったのだけど。本作のミステリ自体の出来はまあ凡庸なものだったが、それでもなかなか面白く読めた。いまやもう自分にとって、東川篤哉という作家は、いつでも安心して楽しく読める小説作家の代表格となっている。7点。
 

ダン・ブラウン(越前敏弥・訳)「天使と悪魔 上・下」 2007年07月04日

天使と悪魔(上)

著:ダン ブラウン , 他
角川書店 単行本
2003/10/31
天使と悪魔(下)

著:ダン ブラウン , 他
角川書店 単行本
2003/10/31

 宗教象徴学者ロバート・ラングドン教授のシリーズ第一作。もっとも読者の多くが第二作「ダ・ヴィンチ・コード」を先に読んでいるに違いない。
 
 基本プロットは「ダ・ヴィンチ」と同じで、キリスト教にまつわり巷間ささやかれる陰謀論がモチーフである。本作で主人公らを脅かす敵となるのは陰謀論の世界ではそこそこポピュラーな存在であろう秘密結社イルミナティ。科学者が惨殺されて危険な反物質が奪われ、現場に残されたイルミナティの紋章から、専門家としてラングドンが呼ばれるという物語の幕開けも「ダ・ヴィンチ」と似た展開である。謎の壮大さは「ダ・ヴィンチ」に一歩譲るが、スリル満点のストーリーはこちらの方が出来がよく感じた。
 
 やはり面白い。見せ場見せ場の連続でどんどん読める。これだけ詰め込むとご都合主義が鼻に付きそうなもので、ベストセラー作家として一世を風靡した故シドニー・シェルダンの小説がやはり同じようなジェットコースターストーリーだった(数作しか読んでいないけど)が、ご都合主義も目立っていた。ダン・ブラウン作品もやはり都合のよい展開がないでは無いのだが、処理が巧くてあまり気にならない。もう何冊も読み続けるともしかして飽きが来るのかもしれないが、まだその気配はなく、しばらくは楽しめそうである。8点。
 

冲方丁「マルドゥック・スクランブル ― The First Compression 圧縮」「The Second Combustion 燃焼」「The Third Exhaust 排気」 2007年06月26日

マルドゥック・スクランブル―The First Compression 圧縮 (ハヤカワ文庫JA)

著:冲方 丁
早川書房 文庫
2003/05
マルドゥック・スクランブル―The Second Combustion 燃焼 (ハヤカワ文庫JA)

著:冲方 丁
早川書房 文庫
2003/06
マルドゥック・スクランブル―The Third Exhaust 排気 (ハヤカワ文庫JA)

著:冲方 丁
早川書房 文庫
2003/07

 第24回(2003年)日本SF大賞受賞作品。某小説ガイドムックで紹介されていたのを見て以来ずっと気になっていたのだが、なかなか読む機会がなかった国産SF。昨年には本作のアニメ化の予定もあったらしいのだが残念ながらこれは都合により製作中止となったらしい。作者はまだ若く、ライトノベル小説から出てきた人である。
 
 文庫本三冊で出ており、最初、それぞれ独立したストーリーかと思っていたのだが、一冊目の「圧縮」を読み終えたところで思いっきり"to be continued.."だった。展開が遅いなとは思っていたのだ。まだこの第一巻はプロローグプラスアルファに過ぎなかった。
 
 一巻目の見せ場は何と言っても壮絶な戦闘シーンである。超強力な武器でもある普段はネズミの姿をしたウフコックを超絶的な能力で使いこなす才能に目覚めた美少女バロットが、襲い来る敵を次々に倒していくさまは圧倒的だ。これに対して、二巻から三巻にかけての見せ場は打って変わって静かな闘いとなる。敵の記憶チップが仕込まれた100万ドルチップを手に入れるために、カジノに乗り込んだバロットたちがギャンブルに挑むのだ。スロット、ポーカー、ルーレット、ブラックジャック。派手さでいえば物理的戦闘シーンには到底かなわないはずなのだが、世評どおりこのカジノでの闘いのシーンが本書の白眉と言ってよいだろう。後半が若干間延び気味にも感じたが、ルーレットの場面などは秀逸である。
 
 翻訳文体を取り入れたハードボイルドチックかつSF的な香りが濃厚な文章は、もちろん意識した文体なのだろうが、若干とっつきにくかった。そもそも翻訳調は苦手なのだ。翻訳物でもないのにわざわざ翻訳文体で書かれても、というのが個人的な感想。また、随所に施されたいかにもSFという設定も、必ずしもこなれていない気がした。読み手である自分がSF初心者だからそう感じただけだろうか。全三巻とあって、全体的に長い。作者の思い入れの強さが伝わってくるが、必要以上に長くなっている感じもした。ただし普段からこの手のSFに馴染んだSFファンとか、このように詳細に描き込まれた文章を好む読者もいるだろう。7点。
 

東川篤哉「学ばない探偵たちの学園」 2007年06月15日

学ばない探偵たちの学園 (ジョイ・ノベルス)

著:東川 篤哉
実業之日本社 新書
2004/01

 これまで作者の本は烏賊川市シリーズばかりを読んできたが、これは作者の別シリーズである私立鯉ヶ窪学園探偵部もの。鯉ヶ窪学園とは変な名前だが、東京・国分寺市は恋ヶ窪にあるという設定で、「恋ヶ窪」にしても実在の地名としては変わった名前である。
 
 2年次に鯉ヶ窪学園に転入してきた赤坂通は、手違い、というか行き違いで、非公認の弱小クラブ・探偵部に入部する。探偵部とはよくある「探偵小説研究部」とは違って、実地に探偵活動を行う倶楽部なのだ。とは言え、普通はそうそう探偵が必要になる事件など日常で起こったりはしないだろうが、そこはそれ、突如、長閑な鯉ヶ窪学園に密室殺人事件が発生する。幸運にも(?)第一発見者となった探偵部はここぞとばかり活動を開始する。
 
 探偵部のハチャメチャな先輩や飄々とした顧問教師、私鉄駅みたいな名前の刑事コンビなど登場人物たちのやりとりが楽しい。密室トリックや犯行の動機などはいささか強引で純粋にミステリとしては辛めの点数となるが、ユーモアミステリとして愉快な展開とキャラと文章は決して悪くない。と言うかむしろかなり良い。楽しめる作品だ。7点。
 

高野和明「6時間後に君は死ぬ」 2007年06月06日

6時間後に君は死ぬ

著:高野 和明
講談社 単行本
2007/05/11

 未来を垣間見ることが出来る不思議な力を持った青年、山葉圭史の存在を共通の軸にして、若い女性がそれぞれ主人公となった連作短編集。
 
「6時間後に君は死ぬ」突然予言された6時間後の死の運命は回避できるのか。展開はやや強引だったが伏線を生かしたラストが良かった。7点。
「時の魔法使い」仕事が思うように行かなくて悩む女性が、時を超えて出会った幼い自分を通して、いまの自分を見つめ直す。7点。
「恋をしてはいけない日」恋をしてはいけないと言われた日に恋に落ちた女性が経験する切ない恋の結末は。7点。
「ドールハウスのダンサー」本編では山葉圭史は直接登場しない。ドールハウスの人形が予言していたあるダンサー志望の女性の未来。まったくのハッピーエンドとはならないのが残念だが、挫折を乗り越えて暖かな未来を予感させる結末。7.5点。
「3時間後に僕は死ぬ」「「6時間後に・・」の続編となる作品。大惨事となるタイムリミットが迫る中、スリリングなサスペンスが展開される。ミステリ的にも完成度が高い本書の白眉。7.5点。
「エピローグ 未来の日記帳」書き下ろしの掌編。7点。
 

西澤保彦「春の魔法のおすそわけ」 2007年05月28日

春の魔法のおすそわけ

著:西澤 保彦
中央公論新社 単行本
2006/10

 ずいぶんとファンタスティックでさわやかな題名で、これまでこの作者の作品を読んだことのない読者は誤解するかも。まあさわやかな面も無いことはないのだが…。
 
 二日酔いの状態で、桜が満開の千鳥ヶ淵近くでふと我に返った44歳売れない作家の鈴木小夜子。昨晩以来の記憶が無く、持っていたはずのポシェットのかわりに現金二千万円が詰まったショルダーバッグを手にしていた。なぜ酩酊していたのかまるで思い出せないが、とにかく仕事にも日々の生活にも嫌気が指していた小夜子はヤケになって二千万円を豪勢に使い切ってしまおうとする。そして、そんな彼女の目の前に極上の美青年が現れる。
 
 美青年の謎めいた言葉と行動に戸惑いを覚えつつも、怖いもの知らずになっている小夜子は突っ走り続けるわけだが、ストーリーの傾向としては作者の森奈津子シリーズに近い。なんならシリーズに入れても良かったのではないかと思うが、さすがに実在の作家をモチーフにしているシリーズにはフィットしないと判断したのか。主人公のエキセントリックな行動によるドタバタが本書の肝だが、全体的な構成は一応ミステリにもなっている。6.5点。
 

梶尾真治「黄泉がえり」 2007年05月24日

黄泉がえり

著:梶尾 真治
新潮社 単行本
2000/10

 題名が良い。思わず興味を引かれる。内容はこの題名から容易に想像できるとおり、死者が現世に蘇ってくる話である。もっともその設定だけ聞くとホラーかと思ってしまうが、実際にはホラー色は一切無い。SF色もそれほど強くなく、生き返って欲しいと思っていた死者が現実に蘇ったことによる数々の切ない人間模様などを並行的に描いている。1999年4月から「熊本日日新聞」に一年間にわたって連載され、2003年には東宝系にて映画化された。
 
 熊本市とその周辺地域で、ある日から突然、死者が蘇るという現象が起こり始める。住民は最初戸惑い、右往左往もするのだが、どうやらこの信じがたい超常現は案外と普通に受け入れられてしまう。この辺の非日常と日常が融合した雰囲気がすこしだけ星新一のSFに似ていた。全般には幾人かの人たちに焦点を当てながら淡々と話が進むのだが、黄泉がえり現象の終焉が迫るクライマックスではなかなかの盛り上りも見せる。7点。
 

桂望実「県庁の星」 2007年05月19日

県庁の星

著:桂 望実
小学館 単行本
2005/09

 織田裕二、柴咲コウの主演で2006年に映画化されている。ということで、内容はまるで知らないけど、題名は何となく知っていた。図書館で見かけたので借りてみた。
 
 真面目なのだが融通がきかずエリート意識が強い、県庁勤務の地方公務員・野村聡。新たに導入された民間人事交流制度で一年間の研修に出た先は、ぱっとしない大型スーパーマーケットだった。派遣先のスーパーを実質的に取り仕切るのはパート店員でベテランのおばさん二宮さんだ。彼女はやる気も能力もあるのだが、無能な店長と副店長のもとで空回りせざるを得ず、仕事にも生活にも腐り気味。そんな「冴えないスーパーマーケット」という職場を舞台にしたコメディと人情ものをミックスしたような物語だ。
 
 前半はとにかく「県庁さん」こと野村聡のズレっぷり浮きっぷりと、チェーンの本部からリストラ指令が下っているスーパー店舗の活気の無さが描かれて行く。極端といえば極端なのだが、現実にありそうな光景でもある。後半はテンポ良くお約束的な展開が進み、聡や二宮さんの大活躍によるスーパーの建て直し劇と、それを通して典型的お役人だった聡が人間的成長を遂げるストーリーとなっている。最初から映画用として書かれたわけではないのだと思うけど(違うかな?)、なるほど邦画によくあるタイプで映画向きの物語だった。7点。
 

横山秀夫「臨場」 2007年05月16日

臨場

著:横山 秀夫
光文社 単行本
2004/04/14

 事実を見通す余人を持って代え難い能力から「終身検視官」の異名を持つ職人気質の鑑識官・倉石を名脇役として配置した短編集。2004年の「このミステリーがすごい!」で第9位。
 
「赤い名刺」かつての不倫相手が変死し、検視に赴いた検視官の葛藤。7点。
「眼前の密室」夜廻り中の新聞記者の目前で発生した密室殺人。7.5点。
「鉢植えの女」ふたつの事件を通してうかがえる「終身検視官」の異能ぶり。7.5点。
「餞」定年退職を前にした刑事部長の心に影を落とす謎の真相は?7.5点。
「声」全体にスッキリしないのと、結末に救いがないのがちょっと…。6.5点。
「真夜中の調書」このネタは知っておかないと、作中のような悲劇が起こるかも。7.5点。
「黒星」自殺に見える他殺と、他殺に見える自殺。それぞれの事件が抱えた事情。7点。
「十七年蝉」17年ごとの事件をつなぐ線とは?7点。
 

道尾秀介「片眼の猿」 2007年05月08日

片眼の猿 One‐eyed monkeys

著:道尾 秀介
新潮社 単行本
2007/02/24

 作者は2004年に「背の眼」(未読)で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞してデビューした新進気鋭の作家。その後の作品も評価が高いようで、今回初めて読むのだが、前々から読んでみたいと思っていた作家さんだ。本書はたぶん作者の最近作で、図書館で予約待ちのすえ借りることが出来た。
 
 書店で積まれた本書の帯に書かれた「サプライズマジシャンの大技・小技が冴えわたる! ミステリ界最注目の新鋭が繰り出す、超絶技巧」という煽り文句が心を引きつける。読後の感想を先に書いてしまうと「大技」というのはどれ?という感じで、むしろこれでもかという怒濤の「小技」の集大成だったと思う。これは決して貶しているのではない。これだけの小技を駆使してこれほど軽妙で愉快なエンターテインメントを書ける作家はそうはいない。
 
 特殊な能力を生かして探偵稼業を営む主人公・三梨幸一郎が、仕事の過程でふと小耳に挟んだ情報によって、ある女性をスカウトすることから事件の歯車が回り出す。個性的で謎めいたアパートの面々に囲まれ、意外な方向に転がりだした「仕事」に振り回されるしがない私立探偵が行き着く先はどこなのか?
 
 作品全体に仕掛けられた最後に明かされる真相(たぶんここが「大技」なのだろう)は、途中でうすうす感づいてしまっていたので残念ながらさほどのインパクトが無かったのだが、これに「やられた!」と思えた読者は本作品を最大限に楽しめた読者ということだ。しかしそうでない読者にとっても本書は最上級の娯楽小説になっていることは間違いない。7.5点。

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