読書日記

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藤原伊織「ダナエ」 2007年05月06日

ダナエ

著:藤原 伊織
文藝春秋 単行本
2007/01

 長編を得意としてきた作者だが、本書は中・短編3作品を収録した作品集だ。
 
「ダナエ」アンソロジー『乱歩賞作家 青の謎』(2004年)所収。それなりに名の売れた画家である宇佐美の個展で、一枚の絵が破壊された。誰が犯人で何が目的なのか。宇佐美は警察には届けず、理由を自分自身で探る道を選ぶ。7.5点。
「まぼろしの虹」2006年10月発表。ミステリ的な展開で始まり、いろいろ伏線と思われるところもあったのだが、意外な着地で、ミステリ的な解決はほとんど無し。かわりに人間性を掘り下げてブンガク的な収束をみせる。7点。
「水母」2002年7月発表。「卒業」を改題。10年近く前に別れた恋人が時折見せた行動の謎。彼女のためだけではなく、ほかならぬ自分自身のため、決着を付けるために行動を起こす。7点。
 
追記:
傑作長編「シリウスの道」を発表後、作者は食道がんであることを公表した。その後快復したとも伝えられていたのだが、今日、2007年5月17日、ご逝去の記事に接した。まだ59歳だった。乱歩賞、直木賞をダブル受賞した代表作「テロリストのパラソル」をはじめ、非常に質の高い作品を書く希有な作家のひとりだった。残念でならない。
 

大倉崇裕「警察倶楽部」 2007年04月27日

警官倶楽部 (ノン・ノベル)

著:大倉 崇裕
祥伝社 新書
2007/02/09

 「無法地帯−幻の?を捜せ!−」に続くマニアシリーズ第二弾。大葉久太郎も登場する。阪神タイガースは優勝していないと思うが…。ああ、これは続編と言うことではないのかな。大葉も少し顔を出すだけだし。姉妹編というべきか。
 
 (もちろん)よく知らないが、世の中には警察マニアという人たちは確かに存在するのだろう。ここに出てくるのはみな生粋の警察マニアだ。ひとくちに警察マニアといっても(素人には想像も出来なかったが)実に幅広くて、制服を着て喜ぶコスプレマニアから、プロ顔負けの技術を持つ鑑識マニア、武器マニア、盗聴マニア、尾行マニア・・。そんな、警察マニアの中でもとくにコアな面々で構成される秘密のサークルが「警察倶楽部」だ。
 
 その警察倶楽部がワケあって悪徳宗教団体の裏金運搬車を襲撃して金を奪う。裏金だから表沙汰になったりもせず、面倒なことにはならないだろうとの思惑は外れ、仲間の息子が誘拐されて金を奪われてしまう。そしてカルト教団に加えて闇金組織も敵に回し、先の読めない大騒動が始まる。
 
 当然面白くならないはずがない、という設定で、趣味の域を超えた半端じゃないマニアたちが見せる活躍ぶりが楽しい。間宮緑の落語シリーズも大好きだが、この路線でも今後もどんどん書いて欲しい。7.5点。
 

鏑木蓮「東京ダモイ」 2007年04月23日

東京ダモイ

著:鏑木 蓮
講談社 単行本
2006/08/10

 第52回(2006年)江戸川乱歩賞受賞作。
 
 60年前、過酷なシベリア抑留の中で起こった中尉の斬首事件と、現代日本で起こったロシア人女性の殺害。過去と現在を結ぶものは何か。人間が極限状態に置かれたシベリアで何があったのか。すべての謎を解く鍵はシベリアからの帰還者である高津が残した句集の中にあった。句集の出版を依頼されていた自費出版会社の社員と警察陣のそれぞれが真相に迫っていく。
 
 良くも悪くも乱歩賞受賞作らしい作品だ。シベリア抑留という重厚なテーマを背景に据え、入り組んだ事件を多方面から眺めながら構築された肉厚の物語で、いかにも乱歩賞好みの作品である。一方、乱歩賞に対して巷でよく聞かれるように、重厚は重厚だが小説的面白味が足りないという批判も当てはまりそうだ。また新人賞作品にありがちなように、人物造形や捜査の展開、事件の転がし方がまだまだ甘い。いろいろな要素をあらかじめ決めた枠組みの中に無理矢理押し込んだような印象だ。最大の謎でもある60年前の殺人トリックは、選考委員の誰かも書いていたが許容範囲ぎりぎりというところだろう。まあ不満点は多いがそれなりの力は備えた作家だ。次回作に期待したい。6.5点。
 

伊坂幸太郎「魔王」 2007年04月13日

魔王

著:伊坂 幸太郎
講談社 単行本
2005/10/20

 ふたつの章からなる長編、あるいは中編2編の連作。
 
 気付かないうちに社会に忍び寄るファシズムの足音。歴史事実を顧みて、ファシズムというものがいかに巧妙に大衆に浸透するかを指摘し、気付いた時には後戻りできないところまで行ってしまう危険性を啓蒙する著作はフィクション・ノンフィクションともに優れたものがいくつかある。そして、身近な問題として、実際に現代日本にもファシズムの萌芽が見られるのではないか、という指摘は、残念ながら当を得ていると言えるだろう。
 
 あとがきで作者は、ファシズムや憲法がテーマではない、ただし飾りや小道具でもない、と述べているのだが、では何がテーマかということについては明言していない。あえてテーマであると言わず、内容的にもあまり白黒つけない展開になっているのは、読者自身に考えさせようという意図かもしれないし、あるいは作者自身に未消化な部分があるためではないかと思われる節もある。実はそこが本書の不満点で読後感がスッキリしないところでもある。たしかに、テーマによっては、答えは人それぞれで他人が白黒つけるものではない、ということもあるが、白黒はっきりとさせるべき事柄というのもある。本書で扱っているのはむしろ後者ではないかという気がするのだが、結局あいまいなまま終わってしまった。ただ、とくに前半の「魔王」でははっとさせられるような鋭い視点が多々あって、示唆に富んでいる。小説としての作りも巧い。後半の「呼吸」はより具体的に現実を写した憲法改正議論を俎上に載せているのだが、何が言いたいのかは逆によく分からないようになってしまった。「魔王」が7.5点、「呼吸」は7点。
 

川端裕人「今ここにいるぼくらは」 2007年04月09日

今ここにいるぼくらは

著:川端 裕人
集英社 単行本
2005/07

 『川・少年小説』というニューウェーブからの贈り物、と内容紹介されており、以前読んだ「川の名前」に続く川小説という位置づけになるようだ。もっとも前作に比べて、内容紹介で大々的に謳っているほどには川の存在度は大きくない。しかし少年の成長物語としては前作に負けず劣らず素晴らしい
 
 時間は行きつ戻りつしながら、小学校の低学年時代から卒業するまで、時代ごとに少年が出会った様々な物語が描かれる。エピソードはかなり大事件なものから身近なものまで幅広い。しかしいずれも少年らしい感性で受け止められた世界が瑞々しく、懐かしい。たぶん自分の少年期を思い出しながら読者ごとに異なる懐かしさを感じることが出来る本である。7.5点。
 

ダン・ブラウン(越前敏弥・訳)「ダ・ヴィンチ・コード 上・下」 2007年04月03日

ダ・ヴィンチ・コード〈上〉

著:ダン・ブラウン , 他
角川書店 単行本
2004/05/31
ダ・ヴィンチ・コード〈下〉

著:ダン・ブラウン , 他
角川書店 単行本
2004/05/31

 言わずと知れた世界的大ベストセラーで映画(2006年)も大ヒットした作品である。遅まきながらようやく手にした。2004年の「このミステリーがすごい!」海外部門第4位「文春ミステリーベスト10」では第1位
 
 フィクションだが、作者が「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている。」と書いたこともあって、各界で議論を巻き起こしたらしい。実際に読んでみれば、やはりこれはフィクションで、ほとんどの部分は説得力のある「事実」に成り得ないことは、とくに専門知識を持っていなくとも、ほとんどのひとが分かるだろう。しかし陰謀論とかに目がない人たちにとって格好の対象になるだろうこともよく分かる。ちなみに、映画を巡っては教会から反発があったり、国によってはR-18指定になったり上映禁止措置というところもあったそうだ。
 
 そういった議論はともかく、小説としては評判に違わず相当おもしろかった。ストーリーの要所要所には謎につぐ謎が仕掛けられており、とくに中盤の展開は目を離せない。読む前の勝手な想像では、極端に言えばラストに至るまでは伏線を仕込むための長大なプロローグで、最後の最後で衝撃的な真相が明かされる、というストーリーを想像していたのだが、本書の読み所はこの中盤にあった。実は読後に映画も見たのだが、このあたりがかなり駆け足になってしまうため、やはり原作本にはかなわない(本で読んでよく理解できなかった部分が映像で理解できたりして、見て損はないと思う)。欲を言えば、ラストにもうひとつインパクトの強い謎解きがあれば良かったのだが、迎えた終幕はわりと大人しめな印象だった。が、とにかく全体としては申し分なくエキサイティングな展開と魅惑的な謎解きがギッシリと詰まった内容だったので、大満足である。
 
 これも読むまで知らなかったのだが、本作は同主人公によるシリーズの第2弾で、ロバート・ラングドン・シリーズ第1弾「天使と悪魔」がすでに刊行されている。そちらも是非読んでみたい。8点。
 

歌野晶午「密室殺人ゲーム王手飛車取り」 2007年03月28日

密室殺人ゲーム王手飛車取り (講談社ノベルス)

著:歌野 晶午
講談社 新書
2007/01/12

 顔と本名を隠してネット上のみで集う5人。ビデオチャットで会話する彼らが興じているのは「推理クイズゲーム」だ。しかし、大学のミステリ研などで行われるそれとは異なり、出題される「事件」は出題者自身が自らの手で実際に実行した、本物の「事件」なのだ。
 
 基本的には、各人が交替で実際に犯罪を実行してそれを推理クイズとして出題し、ほかの面々が推理するという展開の繰り返しになっている。各問の出来は玉石混淆で、ある意味作者の推理トリックの在庫整理という見方もできるだろう。出題者がクイズの謎を作るために、無関係な人を実際に殺害するという現実離れした、かつ倫理にもとる設定なのだが、その辺りは淡々と書かれていて生々しさはそれほど感じなくてすむ。ではあえてこんな設定にする必要があったのかと言えば、一応それぞれのクイズの謎解きという以外に、全体のストーリーの中にひとひねりの工夫が隠されていた。ただ、それも明かされた後の、本書を締めくくる展開が(作者の苦心はうかがえるが)あまりスッキリとはいかなかったのが残念。7点。
 

松岡圭祐「ブラッドタイプ」 2007年03月22日

ブラッドタイプ

著:松岡 圭祐
徳間書店 単行本
2006/06

 日本において血液型による性格判断というのはかなり幅をきかせている。星占いなんかでもちょっとは信じているという人は多そうだが、血液型性格判断となると、科学的な裏付けがありそうと思わせる分さらに信じている人が多くなりそうである。しかしもちろん血液型性格判断に科学的根拠など無い。ところが実際に性格判断を行うと当たっていると感じる人が多いのだそうである。これは各種占いの類でも当てはまるだろう。
 
 作者は本書の内容と連動して、自らのWebサイトに血液型性格判断「究極の血液型心理検査」のページを作成した。実はこのページの検査結果は、血液型とは無関係にランダム表示していたのだが、検索サイトなどからやって来た利用者に対するアンケートによると8割〜9割の人々が「当たっていると思う」と回答したそうだ。この現象は心理学的には「バーナム効果」と呼ばれる心理効果で説明されるのだという。
 
 さて、前置きが長くなったが本書は現状よりさらに血液型信仰が強くなった日本社会を舞台にして、血液型や白血病などに対する偏見に臨床心理士たちが立ち向かうという物語となっている。千里眼シリーズや催眠シリーズの臨床心理士、岬美由紀、嵯峨敏也、一ノ瀬恵梨香らがそろい踏みだ。先に述べたWebページの「実験」が本作の肝として使われている。
 
 ストーリーは小粒ながら盛り上がるシーンも盛り込まれておりまあまあ楽しめるのだが、細かいところの作りが甘く引っかかりを覚えるところも多かった。たとえば、捏造された手紙のトリックで落雷に書き換えられた××(一応伏せ字)などは用語の使い方が不自然に思われるし、最初は悪役で登場する人物が最後にはあっさり反省するのも、説明や伏線がまったく足りず、唐突すぎる。作者はもはやベテランと言って良いと思うが、多作の弊害の推敲不足だろうか、本書は素人くささが目立つ。と言うことで、小説自体の出来は良いとは言えないのだが、俎上に載せたテーマはたいへん興味深く、作品の仕掛けをそのまま現実に実証して見せたという試みは注目に値する。7点。
 

東野圭吾「赤い指」 2007年03月15日

赤い指

著:東野 圭吾
講談社 単行本
2006/07/25

 犯罪を隠そうとする側と真相を追求する側の対決。その構図は前作「容疑者Xの献身」にも共通するが、雰囲気はだいぶ異なっており、犯罪を隠蔽しようとする人物も本作では平凡な家庭人である。そして真相を解明する側には、久しぶり、作者の数少ない常連キャラである加賀恭一郎刑事が登場する。
 
 自宅の妻から会社に掛かってきた電話で急ぎ帰宅した夫が見たのは幼い女の子の遺体であった。それはすでに親の手に負えなくなった中学生の息子による犯行だった。妻に泣きつかれて犯罪を隠蔽する事を決めた男は、人の道に反する苦渋の方法を思いつく。
 
 難点を言えば、事件の(そしてこの小説のミステリとしての)核心部分となっている或る「演技」が現実的にどうかと言うことだ。一応作者も気にしてもっともらしい理由付けを試みているが、やはりちょっと普通に考えると無理がある設定だ。しかしまあ小説は現実的であればよいというものでもないので、目くじらを立てるようなものでもない。そして小説としての本作の出来は非常に良い。老人介護や家族・親子の問題を背景にした骨太の犯罪小説に仕上がっている。本筋の部分はもちろん、ラストを飾ることになる加賀のサイドストーリーも良い。テーマがテーマなので若干重くなりがちではあるが、ひとにお薦めできる小説である。7.5点。
 

広瀬正「マイナス・ゼロ」 2007年03月12日

広瀬正・小説全集〈1〉マイナス・ゼロ (1977年)

著:広瀬 正
河出書房新社 −
1977/03

 図書館で借りてきた広瀬正・小説全集1(河出書房新社)。装丁は和田誠で、解説は星新一が書いていた。初版発行は1977年。1982年には集英社文庫からも発行されたようだが、どうやらそちらも絶版で今はもう手に入らないようだ。作品の発表は1970年で、これが著者の第一長編小説である。著者は不遇の作家で、作家デビュー(1961)以来、少しずつ短編を発表してきたもののなかなか認められず、本作でようやくブレイクする。そして本作を含め3回連続して直木賞候補にもなった矢先の1972年、47才の若さで心臓発作で急逝した。
 
 集英社文庫の内容紹介にはこう記されていたようだ。『非凡な空想力と奇想天外なアイディア、ユーモア精神と奇抜などんでん返しで、タイムトラベル小説の最高峰と謳われ、今や日本SF史の記念碑的存在となった広瀬正の第一長編小説』。本作品の舞台は戦後の「現代」および30年以上の時を隔てた戦前の日本。社会情勢も貨幣価値もまったく異なるふたつの世界が読み所のひとつでもある。しかしいまや物語が書かれた時代からさらに同じくらいの時間が過ぎてしまったことを思うと、感慨深い。
 
 コールド・スリープだとかタイムマシンなど、突飛でふつうにはとても信じがたい事柄をわりとあっさり納得してしまう所だとか、脈絡が不足した唐突な行動など、人物造形や表現は決してうまいとは言えない。あるいは小説に期待されるリアリティというものに昔の読者は今よりずっと寛容で、当時の小説作法としてはこれが普通だったのだろうか。しかしそういった細かい点を除けば実に良くできた小説だった。終盤に至るまでの展開は読み進む前にたいてい予想が付くとはいえ、時間パズルもなかなか巧く組み立てられていた。そして、とある真相がラストで明かされるのだが、これは予想外で、かなりのインパクトがあった。7.5点。
 

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