読書日記

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R.D.ウィングフィールド(芹澤恵・訳)「冬のフロスト 上・下」 2013年10月23日

冬のフロスト<上> (創元推理文庫)

 翻訳:芹澤 恵
東京創元社 文庫
2013/06/28

 フロスト警部シリーズ長編第5弾である。これで未訳の長編はあともう一作だけになってしまった。原作者は亡くなっているため、その次は無い。大事に読みたい。
 
 さて、本作でも相変わらず、いや、これまでにさらに輪をかけてデントン署管轄内は大変なことになっている。目まぐるしいばかりに事件が発生し、デントン市は無法地帯さながらだ。立て続けに起こる娼婦連続殺人事件に少女誘拐殺人事件、町では武装強盗が銃を振り回し、傍若無人なフーリガンが騒ぎまわる。死体も頻繁に現れて、フロスト警部は死体保管所に足繁く通うことになる。
 
 およそ(現代日本を基準に考えれば)大きな捜査本部がいくつも立てられるような状況だが、それらをすべてフロスト警部が掛け持ちで担当することになる。事件の頻発具合といい、これってリアリティ的にはどうなのだろうか。日本人にとっては外国の話なのでまだしも、イギリス人はこれをどう読んでいるのだろう。まあしかし、ひとつひとつはあり得る話を、時代も土地も飛び越えて偶然ひとところに集めてくればこうなるのかもしれない。
 
 そう言えば、本作の時代設定はどうだったっけ。テレビはデジタル放送が開始されているようで、携帯電話もある。一方、テープレコーダーが頻繁に使われているし、携帯電話は途中にはほとんど出てこない。原作のコピーライトは1999年で、一応、同時代が舞台になっているようなのだが、物語の雰囲気は時代を超越している。セリフ回しや使われる単語からは、どことなく1960年代か70年代くらいを思わせる。いや、読んでいるのは翻訳なので、そのせいかもしれないが。ただ言えることは、この翻訳はこの物語にはぴったりと合っている。(余談だが、取り調べは漏れなくテープレコーダーで記録されているのだなあ。比べると現代日本はずいぶん遅れている)
 
 何にせよ、舞台設定など不思議はあるが、それでリアリティに欠けるなんて不満は、少なくとも自分は一切無い。ほとんどの読者にとってもそうだろうと思う。多数の事件に振り回されて、少々の幸運に助けられながらピンチを切り抜けるストーリーだって、ワンパターンと言えばワンパターンと言えるだろうが、決してつまらなくは感じないというのも、きっと大抵の読者の賛同を得られるだろう。実に希有な魅力に満ちたシリーズなのである。
 
 行き当たりばったりのようでいて、きちんと計算されて練り込まれたストーリー。それに加えて、作品の魅力の根源にあるのは、下品でがさつだが、人の心の痛みを自分の痛みとする、これ以上はないくらいのヒューマニストであるフロスト警部のキャラクターに他ならない。いつまでも活躍して欲しいのだが、そうか、あと一冊か……。8点。
 

我孫子武丸「狼と兎のゲーム」 2013年10月04日

狼と兎のゲーム

 著:我孫子武丸
講談社 Kindle版
2013/09/27

 主人公は小学五年生の智樹。同級生の心澄望(こすも)は、少々乱暴でがさつだが、智樹とは小さなころから仲良くしている。その心澄望は、弟とともに父親から日常的な虐待を受けていた。やがて単なる虐待では済まない事態に発展し、職業が警察官だというのに凶暴で歪んだ性格の父親の手から逃れるため、智樹は心澄望と一緒に家を飛び出し、命がけの逃亡を余儀なくされる。
 
 児童虐待を扱ったミステリはたくさんあるが、フィクションと言えどやはり読んでいて気分がいいものではない。それに、こういう事態に遭遇した子供達の対応というのが(たしかに現実でもそうなのではあろうが)、大人ならばもっと上手く立ち回れるだろう所を、世間知らずな子供である故に、大人のようには知恵が十分に回らずどんどん状況が悪くなっていくので、傍から見ていてもどかしい。
 
 主人公のピンチは物語を盛り上げるが、それが自ら招いたようなピンチだと、むしろストレスがたまる。本作の場合、子供がやることだしリアルに書けばこうなるのだろうと思うが、それでもやっぱりもどかしさが先に立った。素直に親や教師や警察など誰か大人に訴え出れば、ここまで窮地に追い込まれずに済むだろうに、と思ってしまうのだ。追ってくる父親にしても、凶悪ではあるが、サイコホラーものによく出てくる悪人のように天才的な頭のキレを見せるというわけではなく、むしろ粗雑で、感情にまかせてすぐに発覚しそうな犯罪を重ねるタイプだ。賢く対応できれば、本来手強い相手ではない。
 
 ただ、最後にはミステリらしい「意外な真相」の仕掛けが飛び出し、それと同時に、心澄望が警察や大人に訴え出たがらなかった理由もうかがえた。んー、しかし、やはりそれでも、ストレスが解消されるほどではなかった。次々に訪れるピンチを切り抜けるのが、自分の力と言うよりは偶然ばかりなのもカタルシスがなかった原因だろう。どうせフィクションなのだから、子供離れした知恵を発揮して大人を手玉に取るようなストーリーになると面白かったのだが。6.5点。
 

東川篤哉「ライオンの棲む街 〜平塚おんな探偵の事件簿1〜」 2013年09月28日

ライオンの棲む街 ~平塚おんな探偵の事件簿1~ (平塚おんな探偵の事件簿 1)

 著:東川篤哉
祥伝社 単行本(ソフトカバー)
2013/08/09

 お、いつの間にやら新シリーズが登場していた。雑誌に年3回くらいの割合で連載している模様だ。本書が1となっているからには2以降が確実に続くのであろう。本書には5編の物語が収録されている。表紙はラノベっぽいアニメ調だ。「ライオン」のあだ名を持つ女探偵、生野エルザは活動的で個性的なキャラ。あだ名の由来は名作映画「野生のエルザ」と彼女の性格(?)。そんなエルザの高校時代の友人、川島美伽はエルザの探偵事務所で助手として働くことになる。探偵の名前こそ「野生のエルザ」のもじりで、キャラも濃いが、それに寄りかかることなく、どれもしっかりと芯のあるミステリになっていた
 
「女探偵は眠らない」婚約者の浮気調査を依頼されて、張り込みをしていた先で起こった殺人事件。謎の犯人は誰で、何が起こったのか。最後にひとひねりもあり、シリーズ開幕を飾る秀作。7.5点。
「彼女の爪痕のバラード」失踪した恋人の行方探しを依頼してきた男性。しかしその男性は…。危険な雰囲気が高まって行く事件の行方と、それに対して探偵が取る行動は。伏線もうまく決まっている。7.5点。
「ひらつか七夕まつりの犯罪」エルザたちの尾行がアリバイトリックに利用された?他ならぬエルザと美伽が目撃者である鉄壁のアリバイはどうやって崩せるのか。アリバイトリックはともかく、犯行自体はかなり大胆というかリアリティに欠ける。7点。
「不在証明(アリバイ)は鏡の中」東野圭吾の「ガリレオ」シリーズを思わせるシーンから始まる。種明かしは最先端科学とは行かずベタなものだが、なかなか面白い。7.5点。
「女探偵の密室と友情」いきなり美伽が絶体絶命のピンチの場面から始まって、いったん時間を巻き戻す。終盤にはエルザも絶体絶命の展開となるが…。7.5点。
 
 ところで、なぜ平塚?これまで架空の烏賊川市は別として、国立とか中央線沿いのちょっと郊外の町を舞台にすることが多かったのに。検索して見つけた作者のインタビューで謎が解けた。新しい舞台を探していて、担当の編集者の出身地に白羽の矢を立てたのだそうだ。取材の成果で本書は平塚ご当地色も濃くなっていて、(別に自分がよく知っている場所だとかではないのだが)その辺りもなかなか楽しめた。
 

石持浅海「カード・ウォッチャー」 2013年09月13日

石持浅海「カード・ウォッチャー」
カード・ウォッチャー

 著:石持 浅海
角川春樹事務所 単行本
2013/03/13

 昨今、ブラック企業が世間の話題になるようになったが、本書に出てくるのはブラック企業と言うほど悪辣ではないかもしれないが、過重労働が常態化しているという、現実によくありそうな職場。ある企業の研究所で労災隠しが発覚して、労働基準監督署の臨検が入ることになった。労災自体は些細なものだったが、サービス残業が当たり前になっている労働状況が問題視されることを恐れた総務の社員、小野らが策を練る。
 
 読み出す前に、本書タイトルの「カード」とは何のことかと思っていたら、タイムカードのことだった。労働環境をチェックするためにタイムカードを改めるのは労基署の基本手段で、彼らのことをカード・ウォッチャーと呼ぶのだそうだ(一般的な名称なのか本書オリジナルなのかは知らないが)。
 
 小野たちは、できるだけ無難に臨検を乗り切るため準備を進めていたが、直前になって突発事態が起こる。何と社員のひとりが倉庫で亡くなっているのが見つかったのだ。過労死が疑われる状況で、ここで臨検を受ければ会社にとって致命的な傷になりかねないと考えた総務は、臨検完了まで事実を隠すことにする。
 
 笑顔の裏にとびきり鋭い洞察力を持つ労働基準監督官・北川によって、最後には社員の死の事実と、真相が看破されるのだが、むしろその前の、絶対に隠し通さねばならない秘密を抱えたまま北川らと対峙し、丁々発止のやり取りをする展開が面白かった。7点。
 

宮部みゆき「小暮写眞館」 2013年09月09日

小暮写眞館 (書き下ろし100冊)

 著:宮部 みゆき
講談社 単行本
2010/05/14

 ちょっと変わった両親が、その昔は写真館だった古い建物を自宅として購入。看板やショーウィンドウを残したままで引っ越してきた花菱家。建物には元店主・小暮泰治郎の幽霊が出るという噂があって、そのためか、高校生の長男の花菱英一、通称花ちゃん(家族からもそう呼ばれている)のところには次々に心霊写真が持ち込まれて、その調査をする羽目になる。
 
 心霊写真に合理的な説明を付けて解明するミステリ的な趣向になるのかと思ったら、そうではなかった。第一話は、写真に女性の顔が写り混んだ謎は解明されないまま、写真にまつわる背景事情が明らかになったことによって、事件は決着したことになってしまった。登場人物達が皆、トリックなどの可能性を考えながらも、「そんな強い思いがあったのなら写真に写っても不思議はないよね」という感じに、すんなりと念写や心霊といった超常現象を受け入れてしまうのにはたいへん違和感がある
 
 フィクションの設定として超常現象を取り入れた物語は別に嫌いではないのだが、現実社会をそのまま舞台にしながら超常現象が当たり前に扱われるのは気持ちが悪い。普通だったら一部の人を除けば、念写なんてそうはすんなりと納得しないと思う。念写の実在を物語の前提にするのなら、もっと納得のいく舞台設定をあらかじめ施しておいて欲しかった。
 
 第二話まで読んで、そんな感じで物語は進むのかと、ちょっとがっかりしていたのだが、後半は方針に変更があったようだ。第二話も、写真の事件が決着して、その後から展開されるコゲパン(栄一の友人)の心情を軸にしたストーリーの方がナチュラルで良かったが、第三話、第四話ではますます超常現象関連の影は薄くなり、栄一と花菱一家、そして友人達が織り成す人間ドラマが繰り広げられる。第三話では幽霊も出てきたが、これは物語上さほど違和感もなかったし、あくまでそれは小さなエピソードのひとつで、物語の主軸は別になっていた。
 
 ということで、前半はストーリーの核に心霊写真を据えようとした結果、人間ドラマの部分でもしっくりこないところが多かったのだが、後半はかなり良かった。家族の物語であり、青春物語でもあり、様々な登場人物たちと彼らの過去の辛い思い出などを通して、人間性を様々な視点から描いたドラマは、自然に胸にしみた。前半は6.5点、後半は7.5点。
 

柳広司「楽園の蝶」 2013年08月21日

楽園の蝶

 著:柳 広司
講談社 単行本
2013/06/21

 1942年、日本が支配する傀儡国家・満州国を舞台にした物語だ。主人公の朝比奈英一は慶応大学在学中に社会主義思想者として検挙され、日本には居場所が無くなっていた。幼いころから親しんだ映画の脚本家を志望するようになるが、戦争の制約もあって国内で働ける場所はなく、満州映画協会、通称満映のある満州へ向かう。戦争が本格化して窮屈さが増す日本に比べると、満州は大陸的な雰囲気に溢れた新天地に思えた。
 
 日本とは異なる、まだ活気も感じられる風土を背景にして、登場人物も個性的で魅力的な人物を配置している。存在感を放つのは、満州国の「夜の帝王」と呼ばれた満映理事長の甘粕正彦だ。主義者殺しの異名でも恐れられていたこの実在の人物は、満映理事長としては進歩的な施策によって高い評価も得ていたようだ。一方では、731部隊(本作では直接その名は出てこない)で悪名高い関東軍の石井四郎が、こちらは狂気的な謀略を巡らす人物として登場する。ほかに創作上の人物としては、ドイツ帰りの若き女性監督・桐谷サカエや、共同で脚本を書くために朝比奈英一の相棒になる中国人・陳雲などの個性的な人物がストーリーを盛り上げる
 
 初めは明るく意気揚々と映画製作に邁進しようとする主人公だが、そもそも見せ掛けだけの独立国である「幻影城市」が、戦局と国際情勢から無縁でいられるはずもなく、何ごとか起こらんという不穏な予感が高まっていく。ところが、前半で筆致滑らかに、物語が大きく膨らんでいく気配を見せたわりには、まとめ方が著しくもの足りなかった。桐谷監督にまつわるサプライズな顛末は面白かったが、その他に展開していたストーリーに関してはまったく回収されずに終わってしまった。謀略が渦巻く満州国の暗部、さらわれた子供とペスト騒動、フィルム倉庫番の渡口老人の「自殺事件」、行方をくらました陳雲とその「妹」、などなどのその後はどうなるのか。浮かび上がっていた様々な謎、物語を肉付けしていたエピソードの数々が、ほとんど消化不良のまま残ってしまったのが残念。7点。
 
 蛇足だが、本作は、まったくの大昔の物語で、舞台も人物も歴史上の遠い存在のように思えたが、本作でも名前はよく出てきた満映随一のスター李香蘭こと山口淑子さんはまだご存命なのだなあ。改めてそう認識して、感覚的にはちょっと意外な驚きがあった。
 

スティーグ・ラーソン(ヘレンハルメ美穂, 岩澤雅利・訳)「ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 上・下」 2013年08月12日

ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 下

 翻訳:ヘレンハルメ美穂 , 他
早川書房 ペーパーバック
2008/12/11

 世界的な大ベストセラー三部作の第一部。映画(スウェーデン版2009年、ハリウッド版2011年)も話題になった。国内では「このミステリーがすごい!(2010年版)」海外部門で第2位、「週刊文春ミステリーベスト10」(2009年)では三部作まとめて第1位に輝いている。
 
 ジャーナリストでもあるスウェーデンの作家スティーグ・ラーソンのデビュー作である。しかし、この第1部が2005年に発売されるよりも前の、出版契約した2004年にラーソンは心筋梗塞で急逝しており、シリーズの大成功を自分で目にしていないのだそうだ。実は第5部までの構想があったと言われており、書きかけの第4部も存在するらしい。
 
 経済ジャーナリズム等を扱う硬派の雑誌『ミレニアム』の発行責任者であるミカエル・ブルムクヴィストは、財界の大物ヴェンネルストレムの不正を暴くスクープをものにしたはずだったが、策略にはまって、逆に名誉毀損の有罪判決を受けてしまう。そんな苦境のさなかのミカエルが、大富豪のヘンリック・ヴァンゲルから、一族が住む島から36年前にひとりの少女が忽然と姿を消した事件の真相解明を依頼される。初めは断ろうとするものの、報酬のひとつとしてブルムクヴィストの不正の証拠を与えるという条件を提示されて、調査を引き受ける。
 
 もうひとりの主人公は、セキュリティ会社の依頼で様々な調査を請け負う、背中にドラゴンのタトゥーを入れたリスベット・サランデルだ。読む前に断片的な知識からなんとなく想像していた彼女に対するイメージは、アクションもこなして頭脳明晰という、したたかでタフな女性像だった。ところが読んでみると実際には、ポテンシャル能力は高いものの、一般社会に対する適応能力が今ひとつで、危なっかしい感じさえ受ける女性として登場してきたのが意外であった。とは言え、物語も後半になると、天才的な記憶力やずば抜けたハッキング技能による調査力を存分に発揮して、クールなところを見せつけてくれる。
 
 上巻の間は、進展もゆっくりだし、話の向かうところが分からず、いささか退屈でもあったが、下巻に入ってミカエルとリスベットがともに協力し合って調査を進めるようになってからは、事態は急激に動き始め、物語的にも俄然面白くなった。やがて、命がけのピンチを乗り越えた末に、ハリエット失踪事件の裏に隠されていた驚愕の真実が明らかにされる。そしてストーリーはさらに、ミカエルと雑誌『ミレニアム』を窮地に立たせていたヴェンネルストレム追求に立ち戻る。
 
 ハリエットの事件とヴェンネルストレムの件のストーリー上の繋がりや、その他のエピソードの絡ませ方など、必然的に結びつけられているわけではなく、その辺りから見ると、作品の完成度が高いとは言えない。しかし、ヴァンゲル一族が暮らす島という大規模な密室の中で起こった不可思議な消失事件であるとか、暗号の謎解きなど盛りだくさんのミステリ的趣向に加え、ハラハラドキドキのサスペンスもあり、不当な差別や抑圧に対する憤りと言った社会的な視点もあり、なるほど確かに優れた作品だった。第二部以降も楽しみだ。7.5点。
 

フェルディナント・フォン・シーラッハ(酒寄進一・訳)「犯罪」 2013年07月13日

犯罪

 翻訳:酒寄 進一
東京創元社 単行本
2011/06/11

 2011年の「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」でともに海外部門第2位となり、2012年に初めて実施された本屋大賞の「翻訳小説部門」で第1位に選ばれている。本職が刑事弁護士という作者が、実際の事件をベースにして書いたという短編集で、ドイツでは45万部を越えるベストセラーとなり、32カ国で翻訳されて、数々の文学賞を獲得しているそうだ。
 
「フェーナー氏」生涯の愛の誓いに縛られて精神的に追い詰められた真面目な男が行き着いた先。6点。
「タナタ氏の茶碗」(本書内で「碗」の表記は旧字)タナタは田中?それはともかく。得体の知れない闇社会(?)を垣間見るようなストーリー。6点。
「チェロ」金持ちで子供に厳しい父親の元を離れた姉弟ふたりだったが、人生の歯車は狂ったまま…。6.5点。
「ハリネズミ」ずっとみそっかす扱いだった犯罪者一家の末弟が、隠していた知能を発揮して裁判所を手玉に取る。7.5点。
「幸運」不幸な人生を送ってきた男女ふたりが直面した危機、そしてすれ違いの結末は。7点。
「サマータイム」ホテルの一室で女性の死体が発見される場面から始まり、何が起こったのかを振り返っていく。決め手の防犯カメラの映像が意味するのは有罪か無罪か。7点。
「正当防衛」チンピラに絡まれた一見大人しそうな男が鮮やかに逆襲。これは正当防衛になるのか。そして男の正体は。7点。
「緑」猟奇的な羊殺しでサイコ的な雰囲気を漂わせて始まる。女性が一人行方不明となるが…。7点。
「棘」少しばかり不運な、神経症的で強迫観念に苛まれ続ける、博物館で警備員の仕事をする男の物語。6.5点。
「愛情」愛情が高まった末の倒錯した欲求を抑えきれなくなった男。一度目は大事には至らなかったのだが…。6.5点。
「エチオピアの男」不遇な生い立ちを持った男が止むに止まれず実行した犯罪。その後、二転三転しながらも人生を掴む珍しくハッピーエンドな物語。7.5点。
 
 事実は小説よりも奇なりというような"世にも奇妙な物語"を予想して読み始めた。しかし、描かれていた犯罪の世界は、非日常的ではあるが、全般に単調でさほど奇妙なところもない。一方、実際の事件がベースという割にはあまりリアリティを感じず、現代社会の現実とは思いづらい所もある。それともドイツではこうなのか。文章も極限まで淡々としている
 
 「このミス」に掲載されていた「最初は正直いまひとつだったが、作を追うごとに読みふけって行った」という趣旨の評を読んでいたので、ともかく最後まで読み切った。実際、後半は少しずつだが、構成なども小説らしくやや工夫されたものとなり、題材も興味を引くものが増えてきた。とは言え、期待していた感じではなかったなあ。
 

東野圭吾「真夏の方程式」 2013年06月22日

真夏の方程式 (文春文庫)

 著:東野 圭吾
文藝春秋 文庫
2013/05/10

 ガリレオシリーズの第6作目となる長編(長編としては3作目)で、まもなく、今月末に映画が公開予定。映画公開を前に文庫化されて、1週間余りであっという間に印刷部数が100万部を突破したらしい。「週刊文春ミステリーベスト10」(2011年)で第9位になった作品。
 
 美しい海に恵まれているものの、今は寂れてしまった田舎の観光地・玻璃ヶ浦に、海底資源開発の話が持ち上がる。開発の調査への協力を依頼され、現地に招かれた湯川は、道中の車内で、旅館を経営する親戚の家に向かう小学五年生の恭平と出会う。湯川は、その旅館に宿泊することにするが、翌朝、宿のもう一人の客であった男性が海辺で変死体となって発見される。男は塚原という元警視庁捜査一課の刑事だった。はじめは単純な事故と思われたのだが、実は殺人であることが判明。塚原は何のために現地にやってきたのか。なぜ殺されたのか。そしてその方法と犯人は。事件発生直後から、ある事に気付いた湯川は、それが「ある人物」にとって非常にデリケートな問題であるため、警視庁の草薙や内海と連絡を取りながら真相究明に乗り出す。
 
 いつもと違って、おもな舞台は東京から離れ、湯川がいるのも大学の外だ。草薙刑事らが東京で捜査を進めるのと並行して、湯川は現地で独自に動く。やがて過去の事件との関係が浮かび上がり、その先の真相が見えてくる。作品の中心を成すのは、様々な登場人物たちが描く人間模様であるが、ガリレオシリーズらしい犯行トリックの謎解きもあり、意外性のある「犯人」のインパクトもあった。被害者である塚原も、彼を殺すことを決意した某人物も善人で、なぜこんな事件になってしまったのかという部分がちょっと無理矢理な感じがして、そこが不満ではあったが、相変わらず読ませ上手である。7.5点。
 

近藤史恵「キアズマ」 2013年06月09日

キアズマ

 著:近藤 史恵
新潮社 単行本
2013/04/22

 サイクルロードレースを題材に採った小説で、「サクリファイスシリーズ4作目とされている。ただし、赤城がチーム・オッジのマネージャーとして後半にちらりと顔をのぞかせて世界のつながりが分かるくらいで、それ以外はまったく別の物語である。舞台が新たに大学自転車部となり、苛烈なプロの世界を描いた前3作からは雰囲気がずいぶん変わっている。「サクリファイス」のようなミステリ的要素も無く(思わせぶりな短いプロローグがそれを予想させたが、さほど意味はなかったようだ)、スポーツ青春小説の色が濃い作品になっていた。
 
 主人公の岸田正樹は大学入学早々に、ちょっとしたトラブルから成り行き上、自転車部に入ることになって、それまでまったく経験の無かった自転車競技を始めることになる。少人数の弱小クラブだが、チームにはトップレベルの力を持つ、一見ヤンキーにしか見えない櫻井がおり、また、飄々として面倒見の良い部長の村上や、性格はまるで違うが櫻井の良い相棒である隈田がいた。
 
 ちなみに、耳慣れない変わったタイトルは生物学用語だ。本書の帯に描かれている「決して交わるはずのなかった、俺たち」という、物語の大枠の設定からの着想だろう。
 
 ロードレースの面白さに目覚め、めきめき実力を付けていく正樹の活躍と成長の物語でもあるが、そこに自転車部内の人間関係や出来事、インカレなど学生競技大会、柔道をやっていた中学時代の友人との関係、櫻井が隠している秘密などの物語が、多層的に織り込まれている。大事件があるわけではないが、充実した内容で、読みやすい。「サクリファイス」シリーズにこれまで描かれてきたプロ選手の世界の、独特のシビアさ、シリアスさも、それはそれで魅力的だったが、どこか別世界の話であったのに対して、本書の雰囲気は親しみやすく、理解もしやすい。後半は一気に読んでしまった。消化不良気味に感じた部分もあった(プロローグとか)にもかかわらず、読み終えたあとの充足感は最近読んだ中でも一、二を争う傑作だった。8点。
 

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