読書日記

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伊東乾「さよなら、サイレント・ネイビー - 地下鉄に乗った同級生」 2009年02月18日

さよなら、サイレント・ネイビー―地下鉄に乗った同級生

 著:伊東 乾
集英社 単行本
2006/11

 第4回開高健ノンフィクション賞受賞作。amazon で内容紹介を見ると、「選考会騒然、評価二分」などと書かれている。それを裏付けるように、読者レビューでも評価が割れているようだ。
 
 題材的には興味深い。オウム真理教で地下鉄サリン事件の実行犯となった人物と東大物理で同級となり友人であった作者による、事件の分析とそれを繰り返さないためにはどうしたらよいかという考察が(どうやら)本論である。実行犯の真面目で誠実な人となりを知る友人としての貴重な視点から事件を見ることで、単純な糾弾に傾きがちな世間一般とは一線を画している。
 
 しかし、その本論になかなか行き着かず、本書は最後の2、3章くらいを読めば十分という気がした。文のひとつひとつ、文章、全体の構成。全般的に必要のない修飾や肉付けが過剰であるように感じた。肝心の論考も、後半の、事件をかつての戦争の心理と結びつける辺りはそれなりに的を射たところがあると思ったが、前半などは根拠の乏しい連想を書き綴ったようなものばかりで、あまり説得力を感じなかった(あるいはそもそも何を主張したいのか分からなかった)。題名からして上滑り気味で(しかも装丁では「な」と「ら」の間に隙間を作ってあったり)、小説的なキャラの強い「相棒」とのいささかわざとらしい会話で話を進めていく構成など、商業的な話題性を狙ったのかもしれないが、あまり成功している気がしない。いっそのことノンフィクションではなく、私小説として仕上げた方がすっきりと収まったのではないだろうか。6.5点。
 

大崎梢「平台がおまちかね」 2009年02月07日

平台がおまちかね (創元クライム・クラブ)
著:大崎 梢 東京創元社 単行本 2008/06

 先日読んだ「配達あかずきん−成風堂書店事件メモ−」でデビューした作者の別シリーズ。「出版社営業・井辻智紀の業務日誌」シリーズ第一弾だ。書店員の次は出版社営業部員ときたか。
 
 この作者の創作スタイルを推測すると、おそらく、ミステリの核となるトリックや仕掛けを先に考えて、それに合わせてストーリー作りをしているのではないかと思う。そのせいか、若干ストーリーの流れや登場人物のリアクションが不自然になっているように思うところもあるが、基本的な作品の雰囲気は好ましい感じで、良い出来の作品はもちろんそうでない作品もそれなりに楽しめる。キャラクターもいろいろ揃っていて、愛着がわきやすい
 
 自社の本をたくさん売ってくれている書店の店長さんに挨拶したら何故か機嫌が悪くて…というところから幕を開け、心温まる真相で終わる「平台がおまちかね」を始めとして、「マドンナの憂鬱な棚」「贈呈式で会いましょう」「絵本の神さま」「ときめきのポップスター」の計5編の短編を収録。各話の間に「新人営業マン・井辻智紀の一日 1〜5」の5つの短い小文が挟まれているが、とくに仕掛けはない。
 
 「成風堂書店事件メモ」シリーズもまだ1冊しか読んでいないが、シリーズ外でもどんどん作品を発表しているようだ。今後ますます注目していきたい。7点。
 

門田隆将「なぜ君は絶望と闘えたのか -本村洋の3300日-」 2009年02月05日

なぜ君は絶望と闘えたのか

 著:門田 隆将
新潮社 単行本
2008/07/16

 社会的にも大いに騒がれた「山口県光市母子殺害事件」を、被害者遺族である本村さん側の視点から記録したノンフィクションである。まず正直に言うと、感情的には理解できるが、著者や本村さんの考え方やもののとらえ方には、あまり共感できない部分が多かった
 
 違和感は冒頭から感じた。例えば「死刑判決を勝ち取った」という表現。死刑は勝ち取るものなのだろうか?あるいはこれは「復讐を成し遂げた」という意味なのだろうか?「日本人としての毅然たる姿勢」とは何なのか?日本人であることがここで関係あるのか?日本人にしか通用しない判決だったということか?
 
 あるいは例えば「裁判官というものは、被害者や遺族になりかわって犯人を断罪してくれる存在だと思っていた。裁判官のことを勝手に被害者や遺族の味方だと思い込んでいたのである。」と不満に思うところ。もちろん裁判官は被害者側の味方ではないし、むしろそうであってはならないはずだ。
 
 あるいはまた、「少年が将来更生するんではないかという点ですが、それは、可能性であって、逆にまた人を殺す可能性もあるわけです。」「(社会復帰して)また同じ犯罪を犯すかもしれない。その時に、こういった判決を出した裁判官、もしくは弁護人というのは責任を取れるのか。」犯罪を裁くときに、白か黒かはっきりしない場合には無罪とする「推定無罪」の原則があるが、これは将来の犯罪に対しても推定有罪という主張であり、よくよく考えてみれば恐ろしい主張だ
 
 この事件ではタレント活動をしていた橋下徹弁護士(現大阪府知事)が TV で弁護士への懲戒請求を公衆に呼びかける発言をしたこともあった。その後、広島地裁は、弁護団が被告人の弁解として虚偽の事実を創作したと(視聴者に)思わせる発言について、その事実はないとして名誉棄損を認定し、懲戒の呼びかけは「不必要な心理的、物理的負担をさせて損害を与えるもので、懲戒制度の趣旨に照らして相当性を欠き、不法行為に当たる」との判決を出した。しかし当時、この扇動的な呼びかけに応じた多くの人が、それが正義のつもりで、弁護活動に対する威圧的、暴力的な抗議行動を取ることになった。
 
 このように、一方的な流れとなった大きなうねりのような大衆の声に押されるようにして出された死刑判決が、公正で妥当なものだったのか今でも疑問が残る。その疑問は本書を読んでもやはり解決することはなかったし、疑念はますます強まった。
 
 犯罪において、被害者保護の施策がまだまだ遅れているのは事実である。この事件を通して、木村さんらの活動がその一部の見直しと改善につながったことは評価できる。しかし一方で、「被害者の人権が守られていない」という声が、「被害者に対する手厚いケア」を求める方向ではなく「加害者の人権を剥奪せよ」という方向に流れてしまっていることが多いと思う。被害者側が犯人を憎み許せないと思う感情は理解できる。しかし第三者までもがみな一方的な視点しか持てなくなったり、社会全体として人を許すことができない社会になってしまうのは怖いことだと思う。
 
 復讐心も含めて、人が人を殺したいという感情は、心情として理解できたとしても法で保証すべきものではない。
 
 また、こうして文字にして通して読むことで、本村さんの言葉(著者のフィルターを通したものだが)の中にはいくつも矛盾があるように見えた。仇を討つ、すなわち犯人を死刑にする、という信念だけが常に揺るぎなく存在し、ほかのことはその結論に合うようにその時その時で考えたものだったのかなと思う。もちろんそれは様々な悩みと葛藤があった故でもあり、責められるべきものではまったくないが。心情の矛盾ということで言えば、加害者である F にも悔悛と開き直る気持ちが同居し、揺れ動いていたように感じた。
 
 本書の最後は次のような言葉で締めくくられていた。「この世の中から死刑がなくなったら、どのくらい怖いか分かりません。(中略)社会にとって死刑はどうしても必要なんです」(母・由利子さん)「死刑があるからこそ、Fは罪と向き合うことができるのです」(本村さん)
世界の多くの国ではすでに死刑制度は廃止されている。それらの国は怖い社会になったのだろうか?人は罪と向き合うことができなくなったのだろうか?冒頭から感じ続けた違和感は最後でますます強くなった
 
 実名報道は必要なのか。厳罰化は良いことなのか。教育刑ではなく応報刑で良いのか。死は罪を償うことになるのか?では犯人が自殺すればよいのか。より残酷な刑罰があればあるだけそれを望むことになるのではないか?死刑制度の存在が死刑を望ませるのではないか。犯罪をめぐる状況にはいろいろ考えることが多い。
 
 犯罪事件がどのように起こり、どのような経過をたどるのか。脚色も多いかもしれないが、本書を読むことでそれらの一例を知ることができるだろう。理不尽な犯罪は他人事ではなく、自分や身近な人にいつでも起こりうる。またそれは、被害者の側とは限らず、自分や身近な人が加害者の立場に立つことだってあり得る。そこまで想像の幅を広げて犯罪に対してどう向き合うかじっくりと考える契機になればよいと思う。実際自分はこの本で、いろいろなことを、これまでになく深く考えされられたのは確かである。6.5点。
 

井上夢人「あわせ鏡に飛び込んで」 2009年01月29日

あわせ鏡に飛び込んで (講談社文庫)

 著:井上 夢人
講談社 文庫
2008/10/15

 最近めったに新刊を出さない作者の「もしかして新作?」と本屋で手に取った、平積みされていた講談社文庫。新刊ではあったが新作ではなかった。1990年代前半に発表された短編をまとめた一冊。巻末には井上夢人と大沢在昌の特別対談が掲載されている。
 
「あなたをはなさない」(週刊ポスト1992年9月4日号) これはたしか再々読だ。でもどこで読んだのだったか…。瞬間接着剤を使った奇抜で斬新な仕掛けが強く印象に残る作品。7.5点。
「ノックを待ちながら」(別冊小説現代1992年6月増刊号)疑心暗鬼になる男の心理を描いているが、いささか凡庸。一捻り加えたオチが欲しかった。6点。
「サンセット通りの天使」(IN☆POCKET1994年7月号) 窮地を脱するために、配送業者を襲って逃亡を図った男を待っていたどんでん返し。7点。
「空部屋あります」(小説すばる1993年8月号) 下宿人の失踪が続く大家のお婆さんによるひとり語り形式のホラー。6.5点。
「千載一遇」(オール讀物1993年11月号) 完全犯罪もの。作者曰く、完全犯罪小説の肝は「どのように計画が崩れるか」である。なるほど。7.5点。
「私は死なない」(海燕1994年新年号) これも既読だったが、いつどこで読んだかは覚えていない。"地獄"を科学で現実化するとこうなる、という感じの恐怖小説。7点。
「ジェイとアイとJI」(小説推理1992年11月号) 16年前のPC事情が古臭くも懐かしい話。でもアルゴリズムを試行錯誤するところなどは今も昔も変わらず、面白い。しかしオチはありきたり。7点。
「あわせ鏡に飛び込んで」(JIGPUZZ BOOKS 1992年) 「幻の作品」と呼ばれてたらしい。もとは珍妙な企画の上で書かれた作品らしいが、作品自体はどんでん返しありの正統派ミステリだ。7.5点。
「さよならの転送」(小説現代1995年3月号) 仕掛けは早い段階で見当が付いてしまうものの、アイデアは面白い。7点。
「書かれなかった手紙」(アンソロジー『やっぱりミステリーが好き』1990年6月)にて既読。よくできている。
 

有栖川有栖「女王国の城」 2009年01月21日

女王国の城 (創元クライム・クラブ)

 著:有栖川 有栖
東京創元社 単行本
2007/09

 学生アリスが主人公の江神シリーズ、書き下ろしの第4長編である。本作は第8回本格ミステリ大賞(本格ミステリ作家クラブ主催)小説部門を受賞。このほか、2007年の「本格ミステリ・ベスト10」と「文春ミステリーベスト10」で第1位、「このミステリーがすごい!」で第3位に輝いている。
 
 はっきりとした理由を言わずにふらっと姿を消した部長の江神二郎を心配して、推理小説研究会の面々が、江神が向かったらしい神倉という僻地を訪ねる。神倉は宇宙からの使者の再臨を信じる宗教団体“人類協会”の聖地として有名な土地だった。一苦労して部長に再会したものの、さらに思いがけない事件に巻き込まれ、一行は神倉の「城」に閉じ込められてしまう。
 
 このシリーズ、作者デビュー作でもある「月光ゲーム」(1989)から第3弾「双頭の悪魔」(1992)まではそれほど間を置かずに上梓されていたが、それからなんと15年ぶりとなる新作長編ということだ。そうか、そんなになるのかあ。。作者が書き始めた頃はリアルタイムな舞台設定だったのだろうが、今となっては一昔以上前の、バブル景気の終わり頃が作品の時代である。
 
 ともすれば乾いた感じもする火村シリーズと違って、江神シリーズは懐かしさを感じる青春物語になっているところがとても気に入っている。作者の思い入れも強いのか、シリーズ各作品はどれも力作で、素晴らしいシリーズになっている。本作も、めずらしくアクションシーン的な見せ場もあったりして、もちろん本筋も骨太に仕上がっており、たいへん内容が濃い。巻末のあとがきによれば、このシリーズは、次の第5長編で完結となるそうだ。(短編は別にまとめられる予定。) 次作が楽しみではあるが終わってしまうのは寂しい。7.5点。
 

奥田英朗「サウスバウンド」 2009年01月10日

サウス・バウンド

 著:奥田 英朗
角川書店 単行本
2005/06/30

 「空中ブランコ」で第131回直木賞を受賞した作者の、これが受賞第一作となった作品である。豊川悦司主演で映画化もされている(2007年10月6日公開)。見てはいないが、豊川悦司はイメージぴったりで良さそう。二部構成になっていて、第一部と第二部は一応ストーリーとしてはつながっているが、基本的に別の物語と考えてもよいだろう。
 
 小学6年生の上原二郎の悩みの種は、作家になると豪語しているが今はただの穀潰しで、勝手気ままに家族を振り回す父親・上原一郎の存在だ。破天荒で常識外れな一郎は、若い頃は過激派の活動家として名を馳せた過去を持つらしい。さらに悩みの種はほかにもある。二郎は小学生ながら、周りには不良がいたり、凶悪な中学生にカツアゲされたり、子供の世界らしからぬシビアな生活を送っていたのだ。そんなところに舞い込んできたのが父の知り合いのアキラおじさん。やがて事件が起こる。
 
 第二部では事件の影響やらなにやらで、一家は東京から沖縄の西表島に移住する。しかしそこで待っていたのはさらなる一波乱だった。地元の長老に紹介されて一家が落ち着いた廃屋が建つ土地が、リゾート開発業者から立ち退きを要求されるのだ。上原一郎が黙っているはずがない。第一部ではひたすら世間からずれまくり、働きもせず口ばかりのダメ親父だったのが、西表に移住してからは水を得た魚のような活躍ぶりをみせる。さらに常識人のように見えた母親も、何かが外れたように、型破りな父親に歩調を合わせて…。二郎は急激な生活の変化にとまどいながらも、いろいろな困難をひとつひとつ乗り越えていくうちに、父親と母親、そして姉と妹との間の家族の絆を深め、周囲の人々ともふれあう中で成長していく。
 
 ひとつの作品としては若干まとまりに欠けるのが難点だが、強烈な個性を通して描いたビルドゥングス・ロマンの佳作である。7点。
 

広瀬正「ツィス」 2008年12月16日

ツィス (集英社文庫)

 著:広瀬 正
集英社 文庫
2008/08

 はじめは神奈川県のある市の中だけでかすかに聞こえた謎のツィス音。ツィス音とはある高さ(周波数)の音に付けられたドイツ語の名称である。やがてツィス音は大きくなり、東京の都市部一帯に広がっていく。周囲の音を覆い隠すほど大きくなり、生活にも健康にも支障を来すようになったツィス音の正体はいったい何なのか。
 
 以前、タイムトラベルものを読みたくて探した作者の第一長編である「マイナス・ゼロ」を図書館で借りて読んだが、そのときはそちらも含めて作者の作品はすべて絶版状態ということだった。それが先頃、改訂新版の「広瀬正・小説全集」として集英社文庫から全六巻が復刊された(7月から月一冊ずつ刊行されて、今月で完結)。本書はその2冊目になる。
 
 この作品は「マイナス・ゼロ」に続いて直木賞候補にもなったということで、本書の解説では当時審査委員だった司馬遼太郎が本作を含めた彼の候補作について、当時の選評を引用しつつ振り返っている。いずれも受賞には至らなかったわけだが、作者の想像力の豊かさなどが高く評価されている。
 
 本作はツィス音による騒音という前代未聞の災害を描いたパニック小説と紹介されているが、物語は比較的淡々と進行する。ラストも正直に言えば、膝を打つというようなものではなく、消化不良気味に終わった。だが、着想の独自性がやはり目を引く作品だ。せっかく復刊された作品群である。ほかもぜひ読んでみたい。6.5点。
 

石持浅海「ガーディアン」 2008年12月05日

ガーディアン (カッパ・ノベルス)

 著:石持浅海
光文社 新書
2008/08/21

「勅使河原冴の章」幼い頃に亡くなった父親の「死んだあともお前を護っているからね」という約束どおり、冴に危険が迫れば超常的な力で彼女を守り、悪意を持って危害を加えようとする者に対しては利子を付けて報復する「ガーディアン」。あるとき、それまでは日常的な危険を回避するだけだったガーディアンの力によって人がひとり死んでしまう。彼は冴に殺意を持っていたのか?それはなぜ? 冴を守るという目的に対して絶対的な存在(現象)であるガーディアンの存在は、冴の考えを超えて、周囲の人々に何をもたらしたのか。
「栗原円の章」冴からガーディアンを受け継いだ娘の円。親の教育に加えてガーディアンに守られて育った環境の故か、彼女は中学生離れした理性と風格を備えるクールビューティーに育っていた。その円が銀行強盗事件に巻き込まれる。前章では多少感じられたガーディアンの人間味は、ここではほとんど無くなって、ガーディアンは円の身に降りかかろうとする危害に対してまったく機械的に発動し、情け容赦なく相手を排除して行く。そのガーディアンのルールを利用しようとする銀行強盗犯と円との頭脳戦の行方は?
 
 どちらの話も、周りの人間がガーディアン現象の規則性を素早く、かつ正しく理解してしまうところなどはちょっとリアリティーが無いが、ともかくも、その厳密で揺るぎないルールを前提にすることで生み出された、しかもそれぞれに方向性を違えたトリッキーな物語となっていた。こなれていない面はあるが、作者らしい独自性の高い発想による佳作である。7点。
 

近藤史恵「サクリファイス」 2008年12月3日

サクリファイス

 著:近藤 史恵
新潮社 単行本
2007/08

 第10回(2008年)大藪春彦賞受賞作品第5回本屋大賞でも2位になっている。
 
 以前、斎藤純「銀輪の覇者」を読んだが、たぶん自転車競技を題材にした小説というのはあまり無いだろう。自転車ロードレースはヨーロッパではポピュラーなのだそうだが、日本で自転車競技と言えば、競輪は別として、まったくのマイナー競技である。本作品の読者も、ルールからしてよく分からないという人が大半ではないか。もちろん自分もそうだ。単純に個人でスピードを競うものかと思えば、たしかに記録は個人に付けられるものなのに、実はチームで競技するものであるというところが難しい。
 
 冒頭、不穏でショッキングなシーンが提示されるが、それ以降の前半部分はわりと穏やかで、ふつうのスポーツ小説か青春小説かと思えるような雰囲気でロードレースの様子が描かれていく。しかしだんだんときな臭いにおいが立ちこめ、終盤では見事なミステリ的展開を見せる。文章はサクサク読めるし、全体も比較的短めなこともあって、後半は一気読みだった。いったん判明した事実をさらにひっくり返す真相が明らかになったとき、タイトルである自転車競技ならではの"sacrifice"(「犠牲(的行為)」)が痛切な意味を持って読者の胸に刺さる
 
 正直に言えば、何故それが起こったのかという理由に関しては「いくら何でもそれは…」と思うのだが、少なくともそれは自分にとって作品の評価を損ねるものではなかった。事件はシリアスで、それ自体は決して後味の良いものではないのだが、さっぱりと清々しさを感じさせるエピローグが巧く、意外に爽やかな気分で読み終えることができた。7.5点。
 

R.D.ウィングフィールド(芹澤恵・訳)「フロスト気質 上・下」 2008年12月01日

フロスト気質 上 (創元推理文庫 M ウ)

 原著:R.D. Wingfield
東京創元社 文庫
2008/07

 待望のフロストシリーズ第4弾。書店に並ぶ文庫の帯の「年末ベスト1位シリーズ」なる惹句が目を引いた。なんとなれば、これまで出た長編三作はどれも必ず年末恒例の「このミス」などいずれかのミステリーベスト海外部門で第1位を獲得するという快挙を成し遂げているのだ。
 
 フロスト警部は相変わらずだった。不精者でがさつでだらしがなく、いつも下品なギャグをとばしている。捜査方針は行き当たりばったりが多くて、推理も外すときには見事に外す。とこう書くと、おおよそ共感を得られそうにないキャラなのに、一方では人情味にあふれていて、面倒な仕事も(書類仕事みたいな面倒なだけの仕事は除いて)寝食を忘れて取り組むし、推理だって当たるときは当たる。こういう難しい人物像を書ける作者の手腕はすごい
 
 すごいと言えば、お馴染みのパターンである、同時多発的な事件の進行をカオティックに描きながら最後にはうまくまとめてしまうと言うストーリー構築術もすごい(なんでもこのような複数の事件が同時進行していくタイプの小説をモジュラー型と言うそうだが、フロストシリーズほどの小説は他で読んだことがない)。これまでも分厚かったが、とうとう上下二巻に分かれた大長編にもかかわらず、数ページごとに新たな展開が持ち上がって退屈する暇が無いというのもすごい。今回も、子供の殺害事件や誘拐事件、母子殺人事件など重たい事件からわりと小さな事件まで、これでもかというくらいにフロスト警部に降りかかる。人手不足のデントン警察署で、事件の間にはいつものマレット署長との闘い(?)も挟みながら、フロスト警部の驚異的な不眠不休の捜査が始まる。
 
 作者もすごいが、訳もたいへん優れている。原文を知らないが、翻訳にまったく不満はない。いや、ただひとつ不満を挙げるなら、これだけの人気作品なのに翻訳ペースが遅いということだ。シリーズ第3巻の「夜のフロスト」が翻訳出版されたのは2001年だから7年ぶりだ(間に中編「夜明けのフロスト」があったが)。本作は原題が「Hard Frost」。イギリスでの刊行は1995年のことである。まあ完璧な訳で読めたのだから文句を言ったら罰が当たるというものか。
 
 実は大変悲しいことに、作者ウィングフィールド氏は2007年7月ご逝去された(享年79歳)。新作が読めなくなったということはこの上なく悲しいことだが、幸か不幸か日本の読者は未訳の2作をまだ新たに読むことができる。第5巻「Winter Frost」(1999年発表)と遺作となった第6巻「A Killing Frost」(2008年)である。もちろん早く読みたいが、すぐに読んではもったいないような複雑な気分なのである。8点。
 
追記:「フロスト気質」もまた今年の「文春ミステリーベスト10」にて見事に第1位を獲得した(ちなみに「このミス」でも第2位)。
 

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