読書日記

INDEXページへ

森博嗣「女王の百年密室」 2001年01月20日

 舞台は22世紀の近未来。世界から隔離された人口数百人の街に迷い込んだサエバ・ミチル。そこは百年も前から外界との接触を断ち独自の世界観で自給自足の生活を送ってきた女王のいる世界だった。

 密室と題が付いているが、密室殺人事件をメインに据えた本格推理小説と思ったら間違いだ。一応密室も出てくるし、題名には街全体が密室のようなものであるという意味も込められているのだろうが、これは推理小説とは言えまい。半分SF、半分ファンタジーと言った方が近い気がする。序盤ではなぜか星新一のSF短編を連想した。街に迷い込んだミチルと街の人との会話が、他の星にたどり着いた地球人と異星人の間の、あの星新一独特の会話を思わせた。

 しかしはっきり言って全般につまらない。めぼしい事件も無いし、読者に示される謎も魅力的とは言えない。文章も退屈である。とくに頻繁に改行を繰り返す手法、よく混乱した心理を表現するのに使われるが、あれが頻繁に出てきたりでつい読み飛ばしてしまう。ラストは少し緊迫した雰囲気が盛り上がるが、そこで次々に明かされる謎もやはりあまり意外性があるとは言えず不満が残る。独特の森ワールドで好きな人は好きかもしれないが、私は好みじゃない。5.5点。
 
(追記)ところで読後に他の人の感想を読んで初めて気付いたのだが、この閉鎖世界を作り上げたふたりの名前がマイカ・ジュクとビー・ジー(ネタばれになるので文字色を反転しています)というのは面白い!単なるお遊びなのだが、一人は100年前にソフトウェア会社で世界一の資産家となった男でもう一人はやはり世界一と言われた資産家のミュージシャンだというのだ。名前をよく見ると実在の人物と相関があることが分かる。
 

宮部みゆき「天狗風 霊験お初捕物帖<二>」 2001年01月16日

 うーん。2度目だ。何がって? ・・2度目なんですこの本読むの。そんな気はしたんだけどパラパラっとめくって覚えていなかったから図書館で借りてしまった。でも読み始めたらやっぱり読んだことがあった。。だんだん筋も思い出してきたんだけどせっかくだから最後まで読むことにした。

 宮部みゆきは好きな作家なんだけど馴染めない部分もある。前にも書いたけど登場人物が人情に厚いのはよいのだけど真面目すぎるところがあって、いい加減な性格の私としてはもっと肩の力を抜けばよいのに、と感じてしまう。あと彼女が好んで書く超能力ものも全般に好きではない。何というか、わざわざ超能力なんて持ち出して来たわりに超能力をめぐるエピソードに目新しさが感じられないのだ。超能力者である故の悩みなんてこれまでにもたくさんの人が描いている。超能力や心霊なんて非日常的なものを持ち出さなくても良いものを書けると思うのだが。

 さて、本書の主要人物は人情に厚い真面目な人ばかりだし、主人公のお初は超能力者だし、オカルトな「もののけ」を敵に回す話である。じゃあこれは嫌いな話かというと違うのだ。これも前に書いたことあるが、宮部みゆきの作品では時代物ジャンルの話がいちばん好きである。なんでだろう。例えばわざとらしいセリフや仕草が舞台の上だと見映えがするように、好みでない設定でも時代物という舞台の上では自然に見えるのかもしれない。変にリアリスティックにしないで架空の物語ですってのがはっきりしているのが良いのだと思う。

 ところで本書のキャラNo.1は文句無く子猫の鉄。ここぞと言うときに化けて敵を蹴散らす場面がなんともユニークだ。フィクションとは言えここまでやるとシュールになって雰囲気を損ねかねないのものだが、実際はそんなこともなく楽しい気分で読めた。また鉄のこの能力はラストにもちゃんと生かされている。7.5点。
 

帚木蓬生「臓器農場」 2001年01月12日

 この人の本は初めて読んだ。そもそも理不尽ではあるが図書館などで名前を見かけても名前が読めなかったので敬遠していた嫌がある。作家の名前って政治家同様(?)分かりやすい方がお得だと思うが実際はどうなのだろう?ATOKで変換しないぞ、この名前

 それはともかく、本書は病院を舞台にした長編サスペンスである。題名から容易に想像が付くように不正な移植用の臓器をめぐる話だ。主人公はふとしたことから、自分が看護婦として勤める病院の陰の部分で行われているあることに気付いてしまう。仲間とともに真相を探り出そうとするのだが、その結果生命の危険にまでさらされることになる。

 良くできている話だが不満点もある。まず会話が不自然だ。もちろん全部が全部ではないが何となく文語体で堅苦しいセリフが多い。明治期の文学のようだ。あと主人公らが警察に届け出ないのも不自然であろう。一応作中では、不確かな段階で届けても警察は動いてくれないから、という理由が書かれている。しかし相当確かな事実をつかみ、また自分たちに犠牲が出るようになってさえも届けずに自ら調べようという姿勢は現実的に思えない。最後の方では病院と警察がつながっているらしい、という理由も加わるのだが。。もちろん警察に届けてしまえば物語にならないわけでこうなったのだろうが、より尤もらしい理由を付けておいて欲しかった。そのほかにもリアリティに欠く不自然な描写が散見された。

 とまあ、不満はあるもののサスペンスの力作であることに文句を付ける気はない。雰囲気が重く好みではないのだが、またこの人の本を読んでみたいという気にさせるだけの魅力はあった。7点。
 

殊能将之「美濃牛」 2001年01月05日

 先日読んだ「ハサミ男」に続く作者の第2作目。講談社ノベルの新書本だが分厚くて読み終わるまでけっこう時間がかかった。そのためか知らないけどエピローグにたどり着くまで最初に読んだプロローグのことを忘れていた程だ。しかし途中で飽きることもなく面白い。新人作家とは思えぬ筆の冴えであるが、どうやら作家デビューする前から物書きを生業にしていたようで納得した。

 万病を治す奇跡の泉を取材することになったフリーライターが、カメラマンやその企画を雑誌に持ち込んできた張本人・石動戯作とともに山奥の村に乗り込む。人口の少ない山奥の村にしては、いやそんな村だからこそか、複雑な人間関係が渦巻いており、そんな村を舞台にして物語は進む。やがて村に伝わるわらべ唄に見立てた連続殺人事件が起こり・・。

 前作ほどの衝撃はないが面白い。文章自体が面白く、全体の雰囲気もよい。本格推理小説向けにいかにも作られた匂いがする舞台設定だが、そこが逆に雰囲気を盛り上げてくれる。決して明るい話ではないはずだが、重くならずに読めるのもそんな雰囲気のせいだろう。

 難を言えばプロローグとエピローグの話は余計ではないだろうか。ここだけ暗くなっている(まさか次回作への伏線ではないよなあ?)。あと奇跡の泉の最後のエピソードも必要ないと思う。奇跡は滅多なことで起こさない方が良い。7.5点。
 

松岡圭祐「煙」 2000年12月31日

 「催眠」シリーズとはまったく趣の異なる作品だ。こんな作品も書けるのかと正直驚いた。
主人公は陰を背負った無気力な中年男。不本意ながらも成り行きから土地の奇祭「諸肌祭り」の立役者「神人」に選ばれるところから物語が始まる。そしてここから途中までは時代を遡りながら、彼の背負った過去が明らかになっていく。ここまでは重厚な人間ドラマであり、ハードボイルドの香りも漂う

 時間が戻り祭り本番に突入して、このまま盛り上がって感動のクライマックスになるのかと思いきや!!最後に思いも寄らぬどんでん返しが待っていた。吃驚!!!

 しかしなあ。。感動の人間ドラマがひっくり返って見えてきたのは悪意むき出しの真相である。せっかく感動的に盛り上がっていたのに悪が栄え正直が滅びる結末はひどく後味が悪い。前半も飽きさせなかったし、最後の仕掛けも見事に決まっていて非常に良くできた小説だとは思うのだが、、やはり結末には納得がいかないのである。7点。
 

ダフネ・デュ・モーリア(翻訳:務台夏子)「鳥 デュ・モーリア傑作集」 2000年12月28日

 「レベッカ」でも有名な作者の短編集。原書は1952年の刊行。再翻訳されて創元推理文庫から先月上梓された。以下各話ごとの感想。

「恋人」映画館の受付の女性に一目惚れした男性のはなし。しかし実はこの女性は。。でも、だからどうしたという気がしないでもない。6点。
「鳥」本書の表題作にしてヒッチコックの有名な映画の原作。映画を観たことは無いが、ストーリーは原作とはまったく異なるらしい。ある日突然ふつうの鳥たちが人間を攻撃し始める。鳥の攻撃といって馬鹿には出来ない。激突して死に至るのも構わず鋭い嘴を先に全速力でぶつかってくる鳥はまさしく脅威である。ましてや中型から大型の鳥ならば致命傷になる。なぜ鳥が襲うようになったのかは最後まで謎だが、緊迫感があって面白かった。7.5点。
「写真家」刺激に飢えた貴婦人が図らずも足を踏み入れた人生の岐路。容易に予想が付く単純なストーリー。5点。
「モンテ・ヴェリタ」高山モンテ・ヴェリタの山頂にある神秘的な僧院(?)にまつわる物語。冒頭に結末が描かれる構成はなかなか効果的。不思議な雰囲気が全体を覆う作品。6.5点。
「林檎の木」死んでなお束縛する妻に苦しむ夫の話。ややオカルティック。6点。
「番」古典的手法で作られた話。小説を読み慣れている人なら途中で仕掛けに気付くだろう。5.5点。
「裂けた時間」前半を読んで他と同じくメロドラマ的な話かと思ったら、おおっ、なんとSFだ。後半にもとくにひねった展開があるわけではないのだがとても面白く読めた。最近でこそ同様の設定のSF小説はいくつか思い浮かぶが、当時はかなり目新しかったのではないだろうか。7.5点。
「動機」おおおっ、今度は立派な推理小説だ。幸せに暮らしていたはずの女性が突然自殺した。夫に依頼された探偵は動機を探り、たどり着いた真実は。。ヒューマンドラマもあり出来はよい。7点。
 

新野剛志「八月のマルクス」 2000年12月21日

 第45回江戸川乱歩賞(1999年)受賞作

 ほとんどの人がマルクスといって連想するのはやはり19世紀の偉人、経済学者・哲学者にして科学的社会主義の創始者カール・マルクスだろう。マルクスがどう関わるのだろうと思いながら読んでいくとぜんぜん出てこない。やっと出てくるのはほぼ終盤である。そしてマルクスはカール・マルクスのことではない。と言えば、じゃああのマルクスかな?と思いつく人はなかなか博識だ。カール・マルクスの次に有名なマルクスだと思うがこちらは知らない人も多いだろう。

 主人公は5年前にある事件がきっかけで引退してしまった元人気コメディアン笠原雄二。あるとき今でも人気がある元相方・立川が五年ぶりに訪ねてくる。しかしその後、立川は行方が分からなくなり、芸能記者の殺人事件まで起こる。笠原が立川の行方を追ってたどり着いた事件の真相は。。

 ハードボイルド風味のストーリーも文章も良くできている。明かされる真相も適度に複雑で、物足りないことも理解しにくいこともなかった。納得の乱歩賞受賞である。カバー折り返しにある著者紹介を読むとなかなか個性的な作者のようだ。今後どんな作品を書いてくれるのか楽しみ(^.^) 8点。
 

西荻弓絵(ノベライズ 市川亮・緒川薫)「ケイゾク/小説 完全版」 2000年12月16日

 良くも悪くもTVドラマっぽい。TVドラマのノベライズなのだから当たり前であるが・・・。TVドラマは見ていないのでまったく予備知識のないまま読んだ。西荻弓絵は脚本家。なんか「ケイゾク」のノベライズは異なる人の手によるものが何種類か存在するようだ。。。

 TVは(映画も?)けっこう話題になっていたようだし、そんなわけで名前は知っていたのだが"ケイゾク"の意味は知らなかった。"ケイゾク"は"継続(捜査)"、つまり捜査は終了していないが何の進展も無くなった実質お宮入りの事件のことだ。ドラマの筋立ては、風変わりで感覚はずれているが推理力だけは優れたキャリアの女性刑事(←ぜんぜん刑事らしくない)が毎回、過去の未解決事件に首を突っ込んで謎を解いていくというものだ。「・・・あの、犯人わかっちゃったんですけど

 小説としての出来は、うーん。良くできているものもあるが薄っぺらな感じがするのもあった。後者でもわりと面白く読めるのだけど、TVをそのまま文章にしただけという感じで読後に残るものがない。そもそも元となったTVドラマが問題なのかもしれない。締め切り優先で出来が悪くても採用してしまったこともあったのではないか。良かったのは4章と6章。これは立派な推理小説だ

 前半は一話ごとに完結だったが終盤は謎めいた敵を相手にした命がけの戦いになる。しかし前半は曲がりなりにもあった現実味が薄れてホラーもどきの荒唐無稽な話になってしまった。盛り上げようとしてかこの手の仕掛けはTVドラマにはよくあるが止めて欲しかった。

 あまり見たことがないので偉そうには言えないがf(^^;)この手のドラマって安っぽいギャグを入れて笑わせようとしたり安易にオカルトを入れてみたり、ちゃちな作りのものが多いと思う。筋だってもう一工夫すれば重みも出て面白くなりそうなものが、詰めが甘くて軽いままで終わってしまう。安物の笑いもお涙頂戴もない、もっと本格的なドラマがあったらきっとテレビを見る時間が倍増するのだけどなあ。6.5点。
 

殊能将之「ハサミ男」 2000年12月13日

 私にとって鬼門の(?)メフィスト賞受賞(第13回)作品今まで読んだメフィスト賞受賞作の中ではいちばん面白かった

 物語は無軌道連続殺人犯の"ハサミ男"は3人目の被害者になるはずだった少女を自分以外の誰かに自分とそっくりの方法で殺されてしまう。犯人は誰なのか。物語は真相を探ろうとする"ハサミ男"と事件を追う刑事の二つの視点から描かれている。"ハサミ男"の特異なキャラが興味をひく。

 そして終盤に待ち受けるのは目眩く世界の逆転!これには完全に意表を付かれた。すぐにはどういうことか理解できず何度も前に戻って読み直さなければならなかった。しかしそれが楽しい作業であったことは言うまでもない。面白いっ! ここからは前半に伏線がたくさん張られていたことを発見しては嬉しくなりながら一気に読み進んでしまった。

 文句があるとすれば本文中にも書いてある「何万分の一」の確率(いや、実際にはもっと小さいはず)の事件だったこと。やはりそこには必然性がなければ納得できない。あと読者のミスリーディングを誘う記述にも必然性のないご都合主義が少しだけれど見え隠れしていたのは残念。でもともかく読み終わってみれば非常に印象に残る本で面白かった。次回作への期待も込めて7.5点。
 

ハリイ・ケメルマン(翻訳:深町眞理子 永井淳 岩田迪子)「九マイルは遠すぎる」 2000年12月06日

 おそらくミステリマニアには有名な、安楽椅子探偵ものの連作短編集だ。これに触発されたという西澤保彦「麦酒の家の冒険」などで存在を知って以来、読もうと思っていたのだが古本屋で安く入手しようとしてたら遅くなってしまったr(^^;)。ハヤカワ・ミステリ文庫に収められているのだが案外新刊の本屋さんでも置いているところは少ない。初版が1976年だから無理もないが、逆にそれだけ長い間絶版にもならず読み継がれてきているわけだ。

 表題作「九マイルは遠すぎる」では「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ」という街で偶然耳にした短いセリフから殺人事件の発生と事件の概要をすべて推理してしまう。ほかの話ではあらかじめ起こっている事件に推理をめぐらすのに対して、事件の存在そのものまで推理で導いているのがよい。短編としてスッキリと仕上がっているし、ラストにも気が配られていてやはりこれがこの作品集の中のベストだろう。邦題もgood!(原題は"The Nine Mile Walk")

 この手の話では苦しい推理でこじつけるという展開で不満が残ることも多いのだが、この作品集ではどれもそんなこともなくなかなか理路整然とした推理が展開されていて気持ちがよかった。とにかく本格推理好きには自信を持ってお薦めできる。敬意を込めて7.5点。
 

INDEX