読書日記

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奥田英朗「最悪」 2002年04月01日

 まだ雨は降っていない。しかし今にも降り出しそうな憂鬱な曇り空。そんな感じがする毎日の生活に疲れた三者が交互に描かれる。無理難題を押しつけられる、吹けば飛ぶような零細町工場の経営者。一流銀行に勤めるが煩わしい人間関係などに悩まされるOL。そしてパチンコとカツアゲで生活する不良青年。彼らの日常はこれまでも決して恵まれたものではなかったのだが、やがてポツリポツリと水滴が落ち始め、気が付けば土砂降りに。。
 
 不良青年は後先考えないタイプで自業自得の面もあるし、町工場のおじさんは善良なんだけどパニックになりやすく頼りない。けどそういう要素があるにしても、やはり最悪としか言いようのない、巡り合わせが悪いときってあるものだ。雪だるま式で膨らみ上がった不運は、一旦坂道を転がりだしたらもう止まらない。そして三人の邂逅のとき、最悪の事態が誰の目にも明かなものとなる。
 
 このままバッドエンドはいやだな、でもこんな状態になってまだ救えるのだろうか、とハラハラしながらラストに突入した。まあまるきりのハッピーエンドにはならなかったが、どうやら最悪の状態はみな脱したようで、前向きのラストである。良かったホント。7.5点。
 

森博嗣「墜ちていく僕たち」 2002年03月27日

 表紙が目を引く連作短編集。
 
「墜ちていく僕たち Falling Ropewalkers」インスタントラーメンを食べた僕・相沢愛樹と先輩の体は女に変化してしまった。散文的に思いつくまま綴ったという文章で、フィーリングが合わなければ面白くもない。5点。
「舞い上がる俺たち The Beautiful in Our Take off」ああ、この話でもインスタントラーメンを食べて性別が変わってしまった。なるほどそういう設定の話ばかりなのか。最後にちょっと切ない展開はあるが、けどやっぱり「それで?」という感じが強いまま終わってしまう。5点。
「どうしようもない私たち The Beat of Rolling Rubbish」変身する前の事情に重きがある分、前の二つよりは楽しめる。前の話が伏線だと思えばよい。逆にその伏線がなければ分からないが。しかし一人称で語るキャラがみな同じに見える(←最近の陽気な森博嗣キャラ)のはどうにかして欲しいぞ。6点。
「どうしたの、君たち Pretty You and Blue My Life」キャラが変わった。この話は第一話を読んでいないと分からない。一話目を別の視点から見た話だ。その分ちょっとだけ深みが出ていると言えば出ている、か?6点。
「そこはかとなく怪しい人たち The Phantom on Peaple's Head」文章や話の流れは一番まともだが、結局何が言いたいのか。ラーメンの役割は?もしかしてこれまでの話がミスリードを誘う伏線になっている、という風に読めということなのかなあ?だとしたら失敗している。5.5点。
 
 森博嗣のコアなファンにはウケるのかもしれないが、一般人にとってはあまり意味のない作品。森博嗣って面白いのも書くのだけど、いきなりこういうマニアックな作品を出してきたりするから油断ならない。高度に文学的なのか、やっぱり意味のない駄文なのか。。少なくとも森博嗣のネームバリューが無ければ売れないに違いない。
 

綾辻行人「四○九号室の患者」 2002年03月25日

 いつもは行かない図書館で見つけた。普通の単行本にしては薄くて小さいし、ノベルスよりは大きなサイズのハードカバー。奥付を見ると93年発行で、えっなんで今まで知らなかったの?と思ったが、どうやらその後、中編集『フリークス』にも収録されている作品だ。『フリークス』は読んだはずだから、まったく忘れていただけだ。読み始めても内容を思い出せず、おかげでまた楽しめた(^o^)
 
 この作品は綾辻行人の原点なのだそうだ。発表はもちろんデビュー作『十角館の殺人』の後だが、書いたのはその前。綾辻氏が子供の頃以来でミステリ創作に復帰した最初の作品でもあるということだ。
 
 何が良いって、一旦謎が解かれ真相に到達したかに見せかけておいて、いきなり天地をひっくり返す足払い。こういう驚きってミステリの原点でもあるよなあ、と思い出した。最近そんな純粋な作品を読んでいない気がする。ちょっと違う方向へいってしまってさらに寡作になってしまった綾辻さん、またこんな作品を書いて欲しい。そういえば"館シリーズ"の最新作がどこかで連載されていたはずだがどうなっただろう? なんか古い作品を引っぱり出してきて読み返したくなった。7.5点。
 

西澤保彦「仔羊たちの聖夜」 2002年03月24日

 タックこと匠千暁のシリーズの第三作目。ただし今回の探偵役はタカチこと高瀬千帆が一手に引き受け、タックはワトソン的役回り。本筋への関連からいえば脇役だが、辺見祐輔ことボアン先輩の存在感はもちろん大きい。ウサコこと羽迫由起子は完全な脇役?
 
 ボアン先輩とタック、タカチが初めて出会った一年前に偶然行き会った、ビルからの飛び降り自殺事件。その際にボアン先輩の所に紛れ込んでいた死者の持ち物を返そうと調べ始めたところ、5年前にも同じビルから同じような自殺者がいたことが分かる。偶然か、それとも?そして事件は他人事ではなくなり。。
 
 長編第一作「彼女が死んだ夜」でも感じたように、このシリーズはキャラがめっぽう個性的でユーモラス(とくにボアン先輩)なわりに、ストーリーは妙にシリアスなのである。本作品もずっしり重い。こういうのって駄作ならもちろん佳作でも途中で読むのがいやになりがちなのだが、本作品はなぜか飽きずに読めてしまうところが不思議。7点。
 

コリン・ブルース(布施由紀子 訳)「ワトスン君、もっと科学に心を開きたまえ -名探偵ホームズの科学事件簿-」 2002年03月20日

 1999年発行のハードカバーだが、最近になって「ワトスン君、これは事件だ!」と改題され角川文庫に収録されている。題名から予想できるようにシャーロックホームズのパスティーシュ小説になっている。舞台も一応オリジナル通り19世紀後半のようだが、後で書くように時代設定はあまり厳密ではない。ホームズのもとに次々と難事件が持ち込まれるのもやはりオリジナルと同じだが、科学知識こそがすべての謎を解く手がかりとなる。そう言うと理科は苦手だという人には敬遠されるかも知れないが、解説が分かりやすく物語の中に混ぜ込まれているので臆するほどのものはない。それに科学史のエピソードなんかも出てきて興味深い。分かりにくい所もないではないが、別に十分に理解できなくともちゃんと楽しめる作品だ。
 
 ただ、古い時代が舞台だというのに後半のかなりの部分で主役となるのは相対論や量子論だ。アインシュタインやプランクなど名前も出てこないのだが、代わりに主要登場人物であるチャレンジャー博士やサマリー博士が大活躍する。もちろん現実とは異なるし、作中の実験に使われる技術なんかを見ても19世紀から現代的なものまでがごっちゃになっているのだが、そこはご愛敬。最後は現在でも議論の対象である量子論の不可思議な世界を垣間見ながら、当然すっきりと解決などせずに、やや発散気味で終わるのだが、まあそれも仕方があるまい。
 
 現代科学の一端に触れるという以外の本書の楽しみ方はもちろんホームズ小説としての楽しみだ。コナン・ドイルのオリジナルを踏まえた仕掛けが凝らされている。もっとも私が読んだオリジナルの数など実は限られているので、気付かずに見過ごした仕掛けがたくさんありそうだ。て言うか、大体、それどころか私がホームズをイメージしようとすると、どうしても「いしいひさいち」のホームズになってしまうテイタラク(*_*;) シャーロキアンへの道は遠いのだった。7点。
 

黒川博行「文福茶釜」 2002年03月14日

 何年か前にどこかの書評で見かけて読みたいと思っていた。美術業界、しかもその裏側を舞台にした連作短編集。絵画や骨董品などはしばしばとんでもない価格がついて、それ故に贋作もあとを絶たない。読み所は美術業界で濡れ手に粟の一攫千金を狙う狸どもの化かし合い。また、贋作の仕立て方や騙しの手口などは、極上のミステリのトリックにも通じて非常に面白い。知らなかったがこの作者は美大出身だそうだ。本書は第121回直木賞(1999年)の候補にもなった。
 
「山居静観」品は水墨画。何を隠そう、書評で興味を惹かれたのが本編に出てくる"相剥"だった。和紙に描かれた水墨画を薄く二枚に剥いで、下から得られるのが相剥本だ。上側の真本に比べて若干色が薄くなったり掠れたりするが、贋作では無くあくまで本物なわけである(もちろん価値は落ちるが)。驚くべき技法である。題材が良いだけに話の筋が単調なのが残念だった。もう一捻りが欲しいところ。7点。
「宗林寂秋」品は茶道具。由緒ある茶碗と茶杓をまんまと安く手に入れた表具師と道具屋。しかしそれらは巧妙な手口による贋作だった。。7.5点。
「永遠縹渺」品は彫刻。亡くなった彫刻家の息子が父親の作品を処分したいという。鑑定に出向いた美術商はそこで思わぬ大物を見つけた。札付きブローカーも絡んですったもんだの末になんとか手に入れるのだが、そこには例によって落とし穴がある。本編はほかと違ってオチが効いている。8点。
「文福茶釜」品は茶釜とマンガ。冒頭の場面はコミケの会場。続いて場面はガラリと変わり、古民具を安く買いたたいてはボロ儲けをたくらむふたり連れが、田舎の旧家から値打ち物の茶釜を騙し取ってしまうが。。茶釜の仇をマンガで討つ。7.5点。
「色絵祥瑞」品は焼き物。新興宗教の教祖様のコレクションが市の展覧会に出品される。しかしそれらの真贋は疑わしくて・・。贋物っていうのも奥が深い。7点。
 
 あとがきもお薦め
 

鯨統一郎「九つの殺人メルヘン」 2002年03月13日

 日本酒バーで雑談を繰り広げる厄年トリオのマスター・刑事・犯罪心理学者。そこへふらりとやってくるのが大学ではメルヘンを専攻しているという美人女子大生。厄年トリオの3人が語る巷の難事件の話を聞いただけで、堅固なアリバイを崩し事件の真相を言い当てる安楽椅子探偵物だ。どの事件もグリム童話になぞらえてあるところがポイント。
 
 収録作品は「ヘンゼルとグレーテル」「赤ずきん」「ブレーメンの音楽隊」「シンデレラ」「白雪姫」「長靴をはいた猫」「いばら姫」「狼と七匹の子ヤギ」「小人の靴屋」
 
 謎解きに破綻らしい破綻はないが、犯人の心理や蓋然性の高さと言う点からは現実的とは言い難い解決が多いのが難点。それにあれだけの話からじゃあんな推理は出て来ないだろう。でもまあこういう雰囲気の話は嫌いではない。事件の話題になる前に、前座的に語られるマニアックな雑談やちりばめられた小ネタも結構面白かった。ところで最後にちょこっと登場した「天才歴史学者」と自称する美女ってもしかして・・? 7点。
 

西澤保彦「転・送・密・室」 2002年03月09日

 チョーモンイン神麻嗣子シリーズの五冊目に当たる。「念力密室!」「夢幻巡礼」はまだ未読。いつの間にか保科匡雄の元妻・聡子なるこれもかっとんだ個性の持ち主が主要人物の仲間入りをしている。
 
「現場有在証明」リモダルことリモート・ダブル(と書いてもわからんが)という分身のイメージを離れた場所に出現させる超能力。これを使えばアリバイ(現場不在証明)は完璧のはずだが、犯人と目される人物はなぜかアリバイを主張しない。7点。
「転・送・密・室」これは能解警部の視点から書かれている。最後の方の会話で成り立つ場面まで至れば視点が誰でも同じだけど。密室を構成したのは時間をジャンプする超能力。しかしすごい動機だ。伏線はちゃんとあるが、うーん。。6.5点。
「幻視路」今度は保科の別れた妻・聡子が主役の話。精神的にたくましい聡子のもとに持ち込まれた頼み事の裏事情とは。7点。
「神余響子的憂鬱」うわい、また登場人物が増えた。この話はチョーモンインで神麻嗣子と同期の神余(かなまり)さんメインの話。後半の謎解きよりも、どちらかというとシリーズの読者にとっては「チョーモンイン」が如何なる組織であるかの片鱗を見せてくれる部分が重要!やっぱりSFマンガチックな組織なのね。7点。
「<擬態>密室」むむっ、また新しい登場人物か? でもこの新編集者・阿呆梨稀についての謎は結局明かされずじまい。それにしても能解さんの後輩刑事のモモちゃんも加わってレギュラーキャラ増えすぎじゃない?6.5点。
「神麻嗣子的日常」最後は書き下ろし。通常の事件の謎解きはいっさい無し。しかしこの物語(チョーモンインシリーズ)に対する謎はますます深まる。。阿呆梨稀は何者? 神麻さんは? いったい何がどういうこと? どうなってしまうのお?? あとがきによると「念力密室!」に伏線となる個所があるらしいけど、うーん、それで意味が分かるようになるのだろうか。とにかく読んでみなきゃ。これは点数付けは無理。
 

天藤真「大誘拐」 2002年03月06日

 1979年に第32回日本推理作家協会賞を受賞した傑作。1991年に北林谷栄、風間トオルらの出演で映画にもなっておりこちらも好評を博したようだ。私は作者も作品名も何となくしか知らず、天藤真の作品を読むのはこれが初めてだ。作者はすでに1983年、肺癌のため死去しており、もはや昔の人。そんなわけであまり馴染みがなかった作家だったのだけど、いや面白かった。なぜ今まで読んでいなかったのだろう。
 
 ちょっとどうでも良いことを最初に。文庫(角川文庫)カバーの折り返しには「さらわれたのは、持ち山だけで全大阪府の二倍以上もある、紀州在住の超大富豪のおばあさん」と書かれていて、そんな無茶な金持ちがいるのか!とびっくりしたのだが、本文では「全大阪府の二掛以上」となっていた。一桁違う。大金持ちには違いないが、まあそれなら納得(でもホントにいるのかな?そんな大富豪って)。
 
 どうでも良いことその二。誘拐とは人をだまして誘い出すことで、脅迫したり力ずくでさらうのは略取なのだそうだ、厳密に、法律的には。たしかに字面から見ればその通りだよねえ。知らなかった。。
 
 閑話休題。内容は刑務所から出獄したばかりの三人組が大富豪のお婆さんを誘拐(と言おう)して見事に身代金を手に入れるまでの物語である。と言って三人組はそれほど悪党ではない。というか、どちらかというと多少抜けたところもある良い人だったりする。そんなものだからさらわれたはずのお婆さんがいつの間にか主導権を握り、五千万を予定していた身代金は百億円につり上げられ、一部始終はTVで中継されるなど前代未聞の誘拐劇になってしまったのだった。ハラハラのサスペンス小説でもあるのだけど、一方でほのぼのとした雰囲気が強い作品だ。全くの悪人が出てこないというのもその理由のひとつ。
 
 細かいところを探せば現実味に薄い部分も見られるが、全くの空想ものとは言えない迫力もあった。そして身代金も無事手に入れた後のラストシーンがまた良い。お婆さんが誘拐劇を手伝った動機について真相が明かされる。お薦め。8点。
 

恩田陸「六番目の小夜子」 2002年03月02日

 日本ファンタジーノベル大賞の最終候補(1991)となった恩田陸のデビュー作。さらに本作品は、2年ほど前に大幅にアレンジされてNHKでドラマ化されていた様だが私は未見。
 
 そんなわけで結構名の知れた作品だ。私も題名だけは何となく知っていた。ただ恩田陸初体験だった「月の裏側」がイマイチだったので、これまであまり積極的に手を出さなかった。本作品はファンタジックホラーのようでもあるが(というかそうなんだろうけど)、どちらかというと私は青春小説として読んだ。地方の進学校が舞台になっており主な登場人物も高校生である。なるほどドラマ化するのに向いている設定なのだ。で、学園ものとしては良くできていると思う。キャラも魅力的だし、それが生き生きと描かれている
 
 しかし。。
 
 はっきり言って展開は大変面白いのである。読者を引き込む力を十分に持っていた。あちらこちらに挿入されたエピソードも、いったいその後どう展開するのか、真相は何なのか、そしてどんな結末に結びつくのか、いやが上にも期待を盛り上げる。ところが、そうやって物語にちりばめられた謎の多くは結局収束しないで終わってしまう。それは謎のまま余韻を残して、というのとも違う。さらに矛盾していると言える個所もある。うーん。とても魅力のある物語なのだが、完成度の高さから言えば未完成この上ない。そう言えば「月の裏側」もそうだった。作者の力が途中で尽きたのかという感じで惜しい。7点。
 

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