読書日記

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貴志祐介「青の炎」 2000年10月31日

 これまでの貴志祐介作品とはずいぶん趣の異なる作品に仕上がっている。ホラーではないし特異な設定もない。それどころか現代社会を等身大で映した社会派小説と言える作品になっている。

 折しも少年法改正案が衆議院を通過したところだが、虚構の世界とは言え本作品を読むと、やはり厳罰化に重点を置いた改正は意味がないのではないかと思う。それぞれに複雑な事情を抱えていることが多い少年犯罪では、成年犯罪以上に、ただ罰を与えて良しとするのではなく前向きな取り扱いが必要なはずだ。また本書にも出てくるマスコミの無分別な対応や、野次馬の無責任な行動こそよく考えなければならない事だろう。場当たり的な少年法改正をしている場合ではない。

 さて現代日本の社会状況を背景にして書かれた本作品であるが、そんな社会が抱える問題を避けられなかったためだろうか悲しい結末を迎える。ありきたりと言えばありきたりな結末だ。はじめから容易に予想が付いてたし、それ故に避けて欲しいと思いながら読んでいたのだがやはり他に方法が見つからなかったのか。7.5点。
 

恩田陸「月の裏側」 2000年10月27日

 舞台になっている箭納倉(やなくら)とはそのまんま福岡県の水郷・柳川である。柳川を知っている人ならばすぐに気付くだろう。私も何度か訪れたことがある場所なので描かれる情景はかなり具体的に思い浮かべることができた。タニシの卵なんて見たことない人には想像付かないだろうなあ。タニシと言ってもジャンボタニシと呼ばれるやつで、最近急激に増えたらしい。田圃に害をなすということで、堀の壁面に産み付けられた卵は水中に落としして駆除しているらしいが(落とすと死んでしまう)なかなか猛威を振るっているようだ。話がそれたな。そうそう、で、柳川が舞台なのは丸分かりなのに"柳川"とか、ゆかりの大詩人の名前などはなぜかわざわざ変えてある。何でだろう。そのくせ相川七瀬とかB'zなんて普遍的ではなさそうな固有名詞はそのまま出てくるし。

 ストーリーはそこはかとなくホラーっぽい。でも恐くはないしそこに重点を置いているわけでもなさそうなのでホラーという分類には入らないのかな?けどどうせなら徹底したホラー小説にした方が面白くなりそうな気もした。結末も何やらはぐらかされたような感じで気に入らない。設定自身は面白いだけに残念だ。題名の意味も結局よく分からない。

 そうそう、この展開は藤子・F・不二雄のとあるSF短編を思い出した。どちらかと言えばあのくらいスッキリまとめた方が好みである。6.5点。
 

東野圭吾「宿命」 2000年10月23日

 近くの図書館に東野圭吾の文庫本がまとめて入った。既読のものが多いが、嬉しいことに読んでいないのも少しだけ入ってる。そんなわけで「学生街の殺人」に続いて東野圭吾を連チャン(変換しないなあ。。チャンってなんだ?)である。

 宿命の意味は読み出してすぐ分かる。主人公勇作には幼い頃からの宿命のライバルがいた。互いに切磋琢磨しあうようなライバルではなく意識しつつ反目しあうようなライバルである。彼らの出会いは小学校に上がる前であり、ライバルとして強く意識する過程も小学校時代のエピソードがおもに描かれている。しかし小学生としては不自然なほどしっかりとしているし、幼い頃の記憶力も抜群に良すぎる気が・・/(-_-)\。普通の小学生ってもっと子供らしいと思うんだけどなあ。ライバル関係も中学生くらいからの話にしても良かったのではないかと思う。

 それはともかく彼らの宿命の関係はさらに続く。取りようによっては単なるご都合主義だが(^^;)、それが宿命というものなのだから受け入れるしかない。でしょ?そして最後にはうーんと唸ってしまう宿命の意外な真相が明かされる。実はここまで読むと改めて題名の「宿命」の意味がひしひしと胸に伝わる仕掛けなのである。そういえばこういう言葉の使い方は最近作「秘密」とかも同じですね。

 作者はインタビューに「別のタイプの意外性を創造したいと思って…」「犯人は誰かという意外性ではなく、二人の宿命とはどんなものかにポイントを絞り込みました」と答えている(巻末の解説参照)。本作品は殺人事件を軸に真犯人を捜すオーソドックスな推理小説としても十分なレベルにあるが、さらにそれを越えたところに肝を置くのはさすがである。東野圭吾は作風が豊かなことで知られているが、こんな昔からその実力を遺憾なく発揮していたことが分かる作品だ。7.5点。
 

東野圭吾「学生街の殺人」 2000年10月18日

 東野氏の作品の中ではけっこう初期のものになるのだろうか。気になるタイトルだし前々から惹かれてはいたのだが今回が初読である。華はないけどどっしりとした骨太の推理小説だ。

 学生街を舞台に連続殺人事件が起きる。最初はバイト先の知人。そして恋人。さらに真相を求めて探る途中で出会った人物も殺される。1/3ほどのページを残して犯人が明らかになり事件はすべて解決したかに見えるが、その犯人は3人目の殺人の真犯人ではあり得なかった。そして事件の背景のさらに背後にあった意外な真相が明らかになる。

 さすが東野圭吾。盛りだくさんでページ数も多いのだが中だるみすることなく最初から最後まで楽しませてくれる。派手さも無いし、もしかすると全くの推理小説嫌いには面白くないかもしれない。しかし推理小説好きはもちろんだが、とくに推理小説を読まない人でもきっと楽しめると思う。というのは推理小説でありながらそれだけに寄っ掛かっていないのだ。最近の東野圭吾作品ではその辺にますます磨きがかかってきているが、初期の頃から素晴らしい作品を書いていたのだね(^0^) 7.5点。
 

倉知淳「星降り山荘の殺人」 2000年10月14日

 解説によると倉知淳は自らを本格ミステリ作家ではなく本格ミステリパロディ作家であると称しているのだそうだ。なるほど本作も本格のパロディと言えばパロディである。随所に「ここには重要な伏線がある」とか「ここで披露される推理は正しい」とか「この人は犯人ではない」などと懇切丁寧な解説が挿入されている。そうやって本作品が本格推理小説の枠組みを厳密に守っていることを読者に高らかに宣言しているのである。そしてそれ故にパロディであると同時に上質の本格ミステリ世界を構築している。

 騙されまいと思いつつやっぱり騙されてしまって悔しくも嬉しい思いをする本格ミステリの愉しみを見事に味わうことができた。きっと同じ思いで膝を叩いた人はたくさんいることだろう。推理の部分自体はあまり魅力的なものではなかったが、このどんでん返しのカタルシスこそがやはり推理小説の醍醐味なんである。少なくとも私にはσ(^^)

 ただ欠点も無くはない。ラストでそれまで描かれていた人物像を打ち破る人物がふたりほどいるが、ひとりは意外ながらも思わぬ発見にニヤリとしてしまうのだが、もうひとりの方は不自然すぎないかと引っかかりを覚える。まあ本格推理小説だからってことで(^^;)良しとしてもいいのだけど。そこが重要な部分なのでネタばれにならぬようこれ以上触れるまい。あと、前半で語られる星園の過去の話が結局意味を持たないのも(あ、これもネタばれになるかな)不満である。きっとこれも重要な伏線になっていると思っていたのにい(x x;)

 まあしかし総体としては十分に楽しめた一冊であった♪d(^o^)b♪ お薦めである。8点に近い7.5点。
 

桐野夏生「柔らかな頬」 2000年10月11日

 第121回直木賞受賞作
 桐野夏生は以前にも書いたが苦手である。それでも読んでしまうのはそれなりに楽しめる部分もあることと、世間の評判が高いので今度こそはと期待するからである。しかしやっぱり直木賞作品の本作も苦手意識は最後まで残った

 苦手とする原因の一番は主人公に共感できないことにある。何となれば主人公の取る行動がほとんど論理的ではないし理性的でもないからだ。完全に理詰めの行動をとる人物像というのも味気ないが、ここまで本能的なのも理解できない。このような感情の動きと行動をリアルな人間像として感覚的に理解できる人もいるのかもしれないが(いや、きっといるのだろう。こんなに人気があるのだから)私にはどうしても馴染むことができないのである。

 あと今回の話には幾分の間怠っこしさも感じた。ストーリーが進行するのは前半1/3くらいまでで、その後は登場人物の視点を変えたフラッシュバック的サイドストーリーが多くなる。さらには再三に渡って夢の中のアナザーストーリーまでが出てくる。本筋に使おうと思って考えた内容をただ再利用しているだけではないかと疑ってしまう。サイドストーリーは人間模様を描いているということで分からなくもないが、夢オチは止めて欲しかった。

 そしてラスト。あれだけ?・・なんかよく分からない。私の読み方が浅いせいなのだろうか。誰か教えて(T_T) スッキリしない終わり方である。

 結局のところ本作品では、夢の中のはなしも含めてそれぞれの心の内と人間模様を描くことが主題になっているのだろう。従ってそこが理解できない・共感できないということになると価値が見いだせないわけである。6.5点。
 

真保裕一「ボーダーライン」 2000年10月06日

 最初の方の雰囲気は典型的なハードボイルドって感じ。これまでの真保作品にもハードボイルド的要素は入っているけど今回は徹底的にハードボイルドにするのかな?と思いながら読み出した。主人公はアメリカで永住権を獲得した日本人の私立探偵だ。でも信頼できる上司や友人に囲まれているところが一匹狼が多いハードボイルド探偵とは違う。そんなわけでだんだんといつもの人情味あふれる真保作品に戻ってきた(^.^) もちろん悪いというわけじゃない。ハードボイルドも好きだし、いつもの真保ワールドも好きですから。

 挿入されるサイドストーリーが多いのだけど、それぞれが結構考えさせられたりするものだった。そしてメインテーマも、、やはり考えさせられる。犯罪、そして犯罪者とどう向き合うべきか。たぶん決まった答えなど無いだろう。だからその度そのたびに真摯に向き合わなくてはいけない。昨今世間では少年法改正だのなんだのも騒がしいところだが、犯罪に対して復讐もどきの刑罰で対抗するのでは建設的な意味が何もない。やはりひとつひとつのケースに丁寧に対処できるようにすることが必要だ。8点。
 

小峰元「ポセイドンの青春抒情死抄」 2000年09月30日

 BOOKOFFで50円!(^O^)/ 読んでみてもぜーんぜん覚えていなかったところを見ると初読かもしれない。小峰作品の中ではかなり新しい方で、文庫の初版は昭和61年、えーっとつまり1986年だな、ハレー彗星回帰の年だ(^^) ただし講談社ノベルズに書き下ろされたのは昭和58年。その時の題名には"ポセイドン"は付いていなかった。実はポセイドンなる語は最後の最後でおまけみたいに出てくるだけでぜんぜん本筋と関係なかったので「なぜ?」と思っていたのだが、なるほど。たぶん文庫に落とす際に他の小峰作品(哲人シリーズ)と題名の趣向を合わすために編集部の意向かなんかで急遽取って付けたのかな?

 相変わらず各章の題名には凝っている。全部で5章から構成されており基本的にはそれぞれ別の事件が起こるのだが、内容的にもけっこうしっかりとした推理小説だ。もちろん青春ユーモアの味付けもばっちりだし知性も光っており小峰元風味100%のお薦め品である。7.5点。
 

小峰元「イソップの首に鈴をつけろ」 2000年09月28日

 またしてもBOOKOFFで100円で入手した(^.^)

 現代の(といっても書かれたのは昭和53年)三四郎こと今井章之が東大に合格して上京の途中、新幹線で隣り合わせた謎の女に連れ出され名古屋で途中下車するところから話は始まる。しかし夏目漱石と違うのはここから連続殺人事件が始まってしまうのだ。

 巻末の解説によると本作品は"推理小説としての部分より青春小説としての色が濃い"通常の小峰の作品群とは異なり、堂々たる本格推理小説である。なるほど確かに。もちろん青春小説の面もあるがいつもほどはユーモアがまぶされていないし、主人公のタイプもいつもと違う。どちらかというと周囲を固める脇役陣の方がアクティブでいつもの小峰が描く若者らしい。

 んー、どちらかと言えばいつもの青春ユーモア小説の方が好みではあるが(小峰元というと頭からそれを期待してしまっているせいかもしれないが)、イソップ物語が効果的に使われたりしてなかなか含蓄のある小説だった。イソップ物語って大人向けにも出ているのだろうか?なんかとっても読みたくなったのだけど。今度捜してみよう。7点。
追記:イソップ物語は岩波文庫から上梓されていた。早速購入。実は最近全面改稿されたらしく、古本屋で同じ岩波文庫で通し番号も同じだがまったく別の翻訳者によるものを手に入れた。こちらの初版はおそろしく古い。新版と比べて読むのもまた面白い。
 

アーサー・C・クラーク「宇宙のランデヴー」 2000年09月24日

 1973年の作品でヒューゴー賞・ネビュラ賞を同時受賞したSFの傑作。(もっともそれらがどれだけ権威のある賞なのか、私は寡聞にして名前くらいしか知らないのだけど。。) 2130年のある日、太陽に向かって飛んでくる小惑星が発見される。しかしよくよく調べるとそれは巨大な円筒形の人工物でおそらくは異星人の宇宙船と思われた。付近を航行中の宇宙船エンデバー号が急遽、調査のために派遣される。

 なんとなくウェルズの「タイム・マシン」とかコナン・ドイルの「失われた世界」を思い出した。本書もそれらの秘境探検もの、すなわち異世界に入り込んだ人(たち)が常識を超越した事件に次々と遭遇するという物語の仲間だといってよいだろう。もちろんクラークの未来SFらしく、太陽系内を自由に行き来できるようになった未来社会の描写もたくさん盛り込まれていて興味深い。しかしやはり円筒内部の不思議な世界が本書の中心である。

 ただ魅力的な世界は十分に楽しめたのだが、結末がもっと盛り上がるとずっと面白くなるのだがなあ、という感想も持った。起承転結の結が弱いのだ。やはりSFだろうとミステリだろうと物語として起承転結がはっきりした方が好みなんである。例外もあるけど。ところで本書は続編が4まで出ている。それが物足りなかったところを補ってくれるものなのか、まったく別個の話になるのか分からないが機会を見て読んでみたい。7点。
 

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