読書日記

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我孫子武丸「たけまる文庫 謎の巻」 2000年08月07日

 たけまる文庫第2回配本にして堂々の完結!ということで「たけまる文庫 怪の巻」に続く個人文庫である。謎の巻ではあるがどちらかというと怪の巻向きとも思われる話がたくさんあった。今回は全編に共通した隠されたテーマといったものが無い(無いんだよね? 気付いていないだけじゃないよね?)のはちょっと寂しい。

 嬉しかったのは「裏庭の死体」速水3兄弟が復活していることだ。速水3兄弟シリーズは言うまでもなく我孫子武丸のデビューを飾った作品群で講談社文庫から3巻が出ている。私が新本格なる言葉を知り推理小説を好んで読み始めるようになったのは綾辻行人の館シリーズと我孫子武丸の速水3兄弟シリーズがきっかけだった。大学3年か4年の頃だったかな、たしか? その後の我孫子武丸はどんどん作風を変えていったが、このシリーズで我孫子武丸にハマってしまった私としてはぜひともまた書いて欲しいシリーズだったのだ。お願い、また書いて>武丸さん。ちなみにこの作品が全8編中いちばん"謎"っぽいと言うか、オーソドックスな推理小説っぽかった。7点。
 

小峰元「ソロンの鬼っ子たち」 2000年08月05日

 古本まとめ買い最後の本。これは1冊100円だった(^^) この作品はたぶん初読だと思う。本書は題名こそ哲人シリーズの系譜をひくが、作風的にはかなり異色の作品だった。出版元も講談社文庫ではなく文春文庫、発行は1988年だ(もしかして小峰元最後の作品か?)。彼の代名詞である青春推理の枠を外れて社会派ミステリである。青春推理ものに見られる小峰元らしさはところどころにうかがえるし題名の凝り方なんかもいかにも小峰元だが、新聞社と政界・財界・国家の裏世界を舞台にしたシリアスな本作は、小峰元はこんなのも書けるのかとまずは驚いた。しかし巻末の解説を読んで納得。彼はもともと新聞記者なのね。昭和18年に毎日新聞に入って、「アルキメデス」で乱歩賞を受賞したのは定年の2年9ヶ月前だったのだからベテラン新聞人なのだ。それを知ればむしろ本作の方が小峰元らしいということになるのだろうか。もっともやはり青春ユーモアものの方が好みではあるが。

 しかし何せ小峰元にはもっと書いて欲しかった。新作がもう出ないのが残念でならない。今回まとめて読んでみてさらに読みたくなった。また古本屋でチェックしよう。7点。
 

小峰元「ヒポクラテスの初恋処方箋」 2000年08月01日

 古本で3冊まとめて購入した小峰元の第二段。なんと50円で購入してしまった1冊だ。「ピタゴラス豆畑に死す」からは時代が下って文庫版の初版の発行が1980年。初出は1976年度の螢雪時代に1年間に渡って連載されたものだ。「ピタゴラス」に比べると文章はだいぶ読みやすくなっていた。もちろん小峰元らしいユーモアと知性は全開バリバリである(うぅ、何て古い表現)。

 物語全体の筋こそ覚えていなかったが、ところどころに覚えのある場面が出てきて懐かしい。小峰元はけっこう印象に残る文章が多くて十数年前に読んだものの割にはよく覚えている。解説で触れられているが、連載もの故だろう、長編ではあるが連載前半で退屈したりしないように随所で楽しめるように書かれていた。一気に読めてしまう一冊である。7.5点。
 

小峰元「ピタゴラス豆畑に死す」 2000年07月29日

 んー(>_<)すごく非常にとっても懐かしい作家である。このひとの本は中学生か高校生だった頃に気に入って、ひととおり図書館で借りて読んだ。そのころとくに推理小説ファンだったわけではないので、同じ人が書いた推理小説をある程度まとまって読んだというのは私の人生の中で小峰元か赤川次郎が最初だろう(そういえば赤川次郎を読まなくなって久しいな)。あの東野圭吾が推理小説に出会い作家を目指すことになった理由は何を隠そう(そりゃ私が隠してもしょうがない)小峰元なんだそうだ。岡嶋二人が作家を志したのもやはり小峰元がきっかけになっているらしい。いまとなっては珍しくないタイプの小説かもしれないが(というか古くさく感じる向きもあるだろう)彼の推理小説にはそれだけのインパクトと影響力があったわけだ。同じものを読んでも私は作家を目指すことはなかったが(^^;)、いまでもやはり好きな作家のひとりである。

 そんなことを考えながらちょっと検索をかけたら、彼はもう亡くなっているらしい。そうかあ(;_;) たしかデビューしたのもだいぶお年を召してからだったものなあ。そもそも彼の本はすでにほとんど(みんな?)絶版になっているらしい。えーっっ、絶対いま読んでも面白いと思うぞ。そういえば図書館に揃っていたのもだいぶ数が減っていた。なんとか復活できないものですか>講談社文庫(彼の作品を一番多く出していた)。そのかわり古本屋ではまだまだ見かけるので今回お安くなっていたところを3冊まとめて買ったのだった。もちろん再読だが詳細は当然ほとんど覚えていない。

 「ピタゴラス豆畑に死す」はデビュー作で乱歩賞受賞の「アルキメデスは手を汚さない」に続く彼の2作目の作品。正直言って推理小説としての出来は今ひとつか。しかし彼お得意の愉快で軽妙な展開はもちろん本作でも十分に堪能できる。小峰元を楽しむツボは"推理"の部分にあるのではない。青春ユーモアミステリの分野に限れば未だにこの人を越える作家はいないのではなかろうか。

 書かれた年代(文庫の初版が1975年)がもろ反映された記述もあるのだが、古くさいと思うよりは逆に楽しめた。例えばこんな一文。
 「(女の子のセリフで)『あの子、見た?』(中略)『感じから言えば、郷ヒロミ』とは可愛い子歌手である。歌唱力よりも中性的な美貌でローティーンの人気を集めている」
 ...思えば郷ひろみも芸能界の荒波を乗り越えてよくぞいまの地位を築き上げたものである。そう言えばヒロミは知っているだろうけど最近の子供はツチノコなんてのは知っているのかしら。7点。
 

渡辺容子「左手に告げるなかれ」 2000年07月27日

 第42回江戸川乱歩賞受賞作(1996年)
 どういうわけか女性が書いた女性を主人公にしたハードボイルドは感心しないものが多い。いやそんなにたくさん読んだことがあるわけでもないのだが、例えば桐野夏生の探偵ミロのシリーズもそうだった。ハードボイルドの主人公にしては精神的に弱いし、わざわざ自ら泥沼に足をつっこむようなところがある。これは(下手な)少女マンガなぞによくあるパターンで、読んでいてイライラするので好きではない。同じ女性主人公でも男性作家が書いたものの方が好みなのが多いのだが、やはりホントのところは女性作家が書く方が実際の心理に忠実なのだろうか? 謎である。

 さらに言えばハードボイルドを意識してかちょっとひねったと思われる表現・セリフがそこかしこにちりばめてあるが、これも外しまくってると思う。さりげなさが必須なのに取って付けたような印象を拭えないし、ピント外れでもある。人物描写も違和感があるところが多い。タフなのかヤワなのか、大胆なのか臆病なのか、さらに言えば賢いのか愚かなのかさえどっちつかずでキャラが定まっていない。だからセリフや行動も不自然になっている。ベテランの作家や漫画家はキャラが勝手に動き出すなんてことを言うが、まだそこまで人物を捕らえ切れていないのだろう。

 仮にも乱歩賞を受賞した作品だけあって筋書き自体は面白いと思う。だから余計に残念だ。良い作品は読み進むにつれ否応なしに作品世界に引きずり込まれてしまうものだが、本作では集中しようとするたびにその意識が断ち切られてしまった。まあしかしこれがどれだけ気になるかは個人差が大きいだろうから、気にならない人には面白い作品かもしれない。6.5点。
 

藤原伊織「てのひらの闇」 2000年07月23日

 藤原伊織はますますハードボイルドに磨きがかかってきた。セリフの使い方や主人公の性格などハードボイルドかくあれかし、といった出来映えだ。自分的には原りょうが書いた沢崎探偵のシリーズに匹敵するハードボイルドベスト作品だ。

主人公の堀江雅之はリストラされかかったさえない中年サラリーマンかと思いきや、とんでもない経歴の持ち主であることが少しずつ分かる。ハードボイルドの主人公らしく非常にタフで(普通40度も熱を出したら動けないって)、淡々と生きているわりに情に厚い。実写かと見まがうような謎のCGフィルムとそれに関わるひとりの男の死を巡る真相を知るべく調査に乗り出す。

「てのひらの闇」という題名もまた良い。このフレーズはラスト近くに出てくるのだがしみじみと心に残った。雑誌連載時には「ホワイトノイズ」という題だったそうだが、改題されたこっちの方が断然よい。

あとこの手の物語ではクライマックスを迎えたあとスパッと終わるパターンが多いのだが、どちらかというと私には消化不良気味なことが多い。その点で本作はエピローグ的な話がちゃんと描かれていてスッキリとして読み終えることができた。9点。
 

坂東眞砂子「山妣」 2000年07月19日

 第116回直木賞受賞作。読み始めは途中で投げ出そうかと思ったのだけど最後の方ではけっこう惹きつけられた。なにせ厚めのハードカバー本にぎっしりと文字が詰まっている。文庫本ではもちろん上・下巻に分かれていた。セリフはなじみがない方言だし、しかも昔の言葉だし、どうしたって読みやすいとは言い難い。最初の方は物語のテンポもゆっくりなものだからちょっと退屈してしまう。でも一章・二章と読み進めていくうちに文章にはだんだん慣れてきて物語も面白くなってくる。一・二章の話が最後にどうまとまるのか大いに期待が高まる感じだ。そしていよいよ三章に入ると意外なところで一章と二章の話がつながってきて完全に引き込まれてしまった。

読後はまるで大河ドラマを見た後のような気分になった。それぞれの事件は割合短い時間の間に起こるのだが、一・三章と二章の間に二十数年の間隔があるので、時の重みを感じさせるようになっている。また山妣がなぜ山妣になったのか、山妣になったもと花魁は一体どのような境地を開いたのか、読む者ごとに感想は異なると思う。外国人だとさらに違うかもしれない。ある意味「もののけ姫」とと共通するものもある(?)。7.5点。
 

井上尚登「C.H.E.」 2000年07月11日

 いやー、やっぱりこの人の小説好きだなあ。この読書日記の記念すべき最初の感想が横溝賞受賞のデビュー作「T.R.Y.」ですっごく面白かったのだけど、この作品でもそのパワーは衰えていない。これからもどんどん面白い作品を書いてくれそうで期待が膨らんでしまう。お気に入りの作家が増えるというのはとても嬉しいことだ\(^0^)/

「T.R.Y.」同様ハラハラドキドキのジェットコースター冒険小説で、歴史的な有名人が登場するところも同じだ(今回の舞台は現代だけど)。キューバ革命の英雄チェ・ゲバラが物語の大きな鍵を握り(もちろんゲバラ自身は出てこないが)、プロローグとエピローグに登場するのはキューバの最高指導者フィデル・カストロだ。現実のラテンアメリカ世界の現状をふまえた上で、リベルタという架空の国で主人公らは支配者を相手に奮闘する。

登場人物がとても魅力的なのも「T.R.Y.」同様。ゲバラやカストロという現実のビッグネームと十分に渡りあっている。波瀾万丈の生涯を送ってきた革命家の婆さんマリーナ・ペトリッチは秀逸である。ただマリーナや元ゲリラで同志のアルマンドが強烈な分、ヤザワとか他の登場人物の影が薄くなっている気がする。ヤザワは最初の方ではへんてこな日本の格言を連発したりして飛ばしていたのに後半の活躍ぶりはもう一つ物足りない。作者ももっと活躍させるつもりで書き始めたのがだんだんもっと個性が強いキャラに食われちゃったのじゃないかな。智恵もせっかく登場させたわりにはやはり影が薄いし。登場人物が多すぎて手が回りきっていない感じがする。

とは言え、面白いことには間違いない。まだ2作目の作品であることを考えると、今後小説書きの手練手管を学んでさらに中身の濃い作品をものしてくれそうだ。とにかくこれから注目していたい作家だ。8.5点。
 

篠田節子「女たちのジハード」 2000年07月08日

 第117回直木賞(1997年)受賞作品。ミステリでは全然ない。背表紙に貼ってあったラベルの直木賞の文字につられて図書館で借りてきたのだがなかなか面白かった。

保険会社に勤めるOL数人の視点を切り替えながらそれぞれの生き方を追いかけていく構成になっている。有利な結婚をして1ランク上の生活を手に入れようとする女や、自立した仕事に就くことを目指す女。今している仕事は同じでも登場する女性の性格は様々だ。最初の方の話ではどうも彼女らの性格が強烈すぎて感情移入するのは難しい。恋愛の駆け引きなんか恐ろしいほどである(こりゃかなわん、というのが感想)。さらに周囲の人物も一癖も二癖もありそうな連中ばかりで良い人はほとんど出てこない。北村薫の小説とは正反対にあるような世界である。しかし後半に入るととにかくひたむきな彼女らの性格が前面に出てきてだんだん応援したくなってきた。同時に周囲にも好感が持てる人が現れてきてそれぞれが落ち着くところへ落ち着いてハッピーエンドで気持ちよく終わった。8点。
 

若竹七海「名探偵は密航中」 2000年07月01日

 昭和初期の時代に一月半もかけて横濱から倫敦まで航海する豪華客船・箱根丸の船上を舞台につぎつぎと事件が起こる。共通の登場人物が関わり、それぞれの事件の間で関連が無くはないのだが基本的には別々の事件がオムニバス形式で書かれている。同作者の「ぼくのミステリな日常」のようにバラバラに見えたすべての事件が最後にくっついて新たな真相が、という仕掛けがあったらなお良かったのだけどそれは無し。一応、雑誌初出時の各話に加えて全編にまたがる話もあるのだが影が薄い。

 若竹七海には「海神(ネプチューン)の晩餐」というやはり同時代の豪華客船・氷川丸を舞台にした長編がある(そういえばそれを読んだのはちょうど映画「タイタニック」が流行っていた頃だったので印象がダブっている)。もしかして作者は豪華客船の船旅に何か思い入れがあるのだろうか。たしかにちょっと憧れるものはあるかな。本作品の時代でも陸路(鉄道)を使えば倫敦まで約半分の時間で行けたみたいだが、現代ではそれこそ飛行機であっと言うまである。そこをわざわざ時間をかけて船旅をするというのはかなり贅沢なはなしだ。現代の豪華客船にはお金と時間がある老人ばかりが乗っているとか聞いたことがあるがさもありなん。7点。
 

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