読書日記

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大森望、豊崎由美「文学賞メッタ斬り! 2008年版 たいへんよくできました編」 2008年11月27日

文学賞メッタ斬り!〈2008年版〉たいへんよくできました編

 著:大森 望 , 他
PARCO出版 単行本
2008/05

 年に一冊の刊行が定着した「メッタ斬り!」。今年の内容はというと、長嶋有(芥川賞作家)、石田衣良(直木賞作家)をゲストに迎えたトークショー、芥川賞・直木賞の定点観測(リアルタイムでWeb上に公開されたものの収録)、各文学賞の選評を評する「選考委員メッタ斬り!」に、第三回「文学賞メッタ斬り!」大賞、そして今回が初めてとなる「文学賞メッタ斬り!」新人賞である。
 
 今回収録分の直木賞は、137回で両名が北村薫「玻璃の天」に本命を付け、巷の予想でも鉄板と思われたのだがあえなく落選。ブーイングの嵐となったが、一転、第138回では、直木賞が桜庭一樹「私の男」、芥川賞が川上未映子「乳と卵」と本命指定の読み通りで、これが本書のサブタイトルとなっている。「よくできました」というのは予想を当てた自分たちに対してではなく、ようやく適切に授賞できた芥川直木両賞の選考委員に対する言葉である。
 
 さて、ネタは途切れないとは言え、どうしてもマンネリ化は避けられず、amazon とかでの読者評価は回を重ねるごとにだんだん下がってしまっている様子だ。たしかに、「選考委員メッタ斬り!」でも、自分は「てにをは」もまともに使えていないくせに偉そうな石原慎太郎とか、なにかと文句が多い渡辺淳一とか、突っ込みどころには事欠かないものの、いつものことであり、なかなか目新しいことは出てこない。
 
 しかし、新鮮さこそ無くなったが、その時々の文学賞事情を素人が窺い知るのには絶好の本だ。以前はそれほど興味を持っていなかった芥川賞・直木賞も、最近では毎回 Web 上にリアルタイムで掲載される二人の評と予想をとても楽しみに待っていたりする。今後もぜひ続けて欲しい。7.5点。
 

東野圭吾「使命と魂のリミット」 2008年11月14日

使命と魂のリミット

 著:東野 圭吾
新潮社 単行本
2006/12/06

 作品のドラマ化や映画化が相次ぎ、すっかり国民的人気作家になってしまった東野圭吾。10年くらい前は彼の作品が図書館で、入れ代わり立ち代わり借り出されながらも、だいたい常時5、6冊は並んでいたものだが、最近ではすっからかんで、新作ともなればなかなかお目にかかれない。本書の刊行は2年前だが、ようやく図書館で借りることができた。
 
 医療とヒューマニズムを背景にしつつ、病院への脅迫事件を絡めた秀逸なサスペンス作品となっている。ある病院で研修医をする夕紀が主人公。夕紀が心臓外科医を志すきっかけでもある、彼女がずっと持ち続けている疑念。そして、ある入院患者に恨みを持つ青年による用意周到な計画。緊迫した状況の中でそれらがぶつかり合いながら、医者や看護師あるいは刑事が、それぞれの人が自らの使命を果たそうと懸命に努力する姿がテンポ良く描かれていく。題名はなんか野暮ったい感じがするが、すべての人が持っている果たすべき「使命」というのが本作品のテーマである。
 
 作者の作品群の中で比較すると、これは代表作と呼ぶような大傑作ではないかもしれないが、普通のレベルからは十分な傑作である。超売れっ子作家になってからもこういうレベルの高い作品を次々と生み出している作者はやはりすごい。今後も新作は図書館ではなかなか読めないのだろうなあ。7.5点。
 

三崎亜記「失われた町」 2008年11月06日

失われた町

 著:三崎 亜記
集英社 単行本
2006/11

 これまで読んだ作者の本、「となり町戦争」や「バスジャック」と同様、まず奇抜で不思議な設定が用意され、その上に立って紡ぎ出された物語である。舞台は日本に似ているが、どうやらまったく架空の世界。「町」が人には計り知れぬ「意志」を持ち、その意志が数十年に一度、町全体を「消滅」させる。物理的な消滅と言うよりは観念的な面が強いが、建物等はそのままで住人のみが忽然と「失われる」のだ。また、この世界で町の消滅は穢れとして扱われ、事実、関わる者は「汚染」を受ける。
 
 設定から見ると、ファンタジーとも言えるしSF的な面もある。ただし舞台設定やその中の世界観は必ずしも明確に定義されているわけではなく、輪郭はやや曖昧にされている。荒唐無稽で茫洋としたところからは、むしろ不条理ものと言えるかもしれない。
 
 この架空世界に住む人々の感情が分かりにくい部分もあって、ダイレクトに感情移入するのがやや難しいところがあった。また、ラストにはっきりとした結末が付かないのは、ちょっと不満が残った。だが、町の消滅とそれに関わる人々のエピソードが多視点的に描かれながら、時代を超えてお互いに有機的な繋がり合って行くドラマ作りはさすがで、本作で作者二度目となる直木賞ノミネートとなったのも伊達ではない。7点。
 

大崎梢「配達あかずきん−成風堂書店事件メモ−」 2008年10月23日

配達あかずきん (ミステリ・フロンティア)

 著:大崎 梢
東京創元社 単行本(ソフトカバー)
2006/05/20

 東京創元社のミステリ・フロンティアから出版されており、シリーズはすでに3冊が上梓されているようだ。本書が作者のデビュー作。書店をおもな舞台にして、書店員が活躍するという物語で、「本格書店ミステリ」と銘打たれている。本屋さんというお仕事の舞台裏が伺えるところや、本に対する思い入れや愛情みたいなのが感じられるところが魅力になっている作品である。物語作りには、やはり作者の書店勤務経験が下敷きにあるようだ。
 
 また、いかにも東京創元社好みの作風である。すこし専門的な業界を背景に据えて、ちょっとした謎を解いていくところとか、大倉崇裕の落語シリーズなんかと似ている。そして雰囲気が良い。主人公は「しっかり者の書店員」杏子、そして謎解きをおもに担当するのは「勘の良いアルバイト店員」の多絵だ。ただ、ちょっとばかり、人物造形が不自然で、キャラがまだ定まっていないような印象も受けた。でもそう言えば、落語シリーズも最初の方の短編は小説的にこなれていなかったのが、その後どんどん良くなった。
 
「パンダは囁く」近年の話題作がたくさん実名で出てくるのも楽しい。内容は判じ物で面白いが、謎解きのために用意されたストーリーの方は無理矢理な感がある。6.5点。
「標野にて君が袖振る」源氏物語を漫画化した「あさきゆめみし」のコミックを購入後に姿を消した老婦人の謎。やはりストーリー作りは強引だが…。ラストは爽やか。6.5点。
「配達あかずきん」得意先の美容院で起こった不穏な事件と、おっとりとしたバイトの女子学生が本の配達中に巻き込まれたトラブルの真相は。7点。
「六冊目のメッセージ」店員以外で、客に最適な本を薦めていたのは誰だったのか。最後の部分はわざとらしい気がするが、それ以外は自然で納得がいく、典型的な日常の謎ミステリ。7点。
「ディスプレイ・リプレイ」ディスプレイコンテストって知らなかったな。今度本屋で見かけたら観察してみよう。事件の原因である、人気マンガ(これは架空作品)をめぐる論争の結末は? 7点。
 
「書店のことは書店人に聞け」実際の書店員を集めて開かれた座談会の模様が納められている。難しい注文とか困ったお客さんの話とか、お話の中だけではなくて実際に結構たくさんあるのだなあ。
 

綾辻行人「びっくり館の殺人」 2008年10月14日

びっくり館の殺人 (ミステリーランド)

 著:綾辻 行人
講談社 単行本
2006/03

 子供向けに展開している(でも読んでいるのはむしろ大人が多い?)講談社ミステリーランドシリーズから出た「館」シリーズの番外編である。いや、番外編ではなくて正式なシリーズの一冊(8作目)なの、か?2008年11月には新書サイズ(講談社ノベルス)でも発売される。手掛けた建物では宿命的に事件が発生する建築家・中村青司が若かりし頃に作った、通称「びっくり館」。そこには病弱で内気な少年トシオとその祖父が住んでいた。トシオと友達になり、クリスマスの夜に「びっくり館」に招待された主人公の少年がそこで密室殺人に出会う。
 
 残念ながら謎の解決に特筆すべき事はない。ほとんどが主人公の当て推量に終わってしまっていて、読者のカタルシスを誘うようなものではなかった。ラストシーンは、その次に何があるのかという余韻を残す企みなのだろうが、取って付けたような感じで、むしろ蛇足のような気がした。傑作とは言えないので、ミステリ初心者の子供が読んだときに、ミステリーランドシリーズの狙いの通りに感じてくれるかどうかは微妙だが、ミステリ的な雰囲気はうまく出ていた。6.5点。
 

アダム・ファウアー(矢口誠・訳)「数学的にありえない 上・下」 2008年10月08日

数学的にありえない

 原著:Adam Fawer
文藝春秋 単行本
2006/08

 大学で統計学を学んだという作者のデビュー作で、第1回世界スリラー作家クラブ新人賞を受賞している作品。16か国あまりで出版されてベストセラーになっているというのが売り文句で、実際、国内でも2006年(2007年版)の海外部門ランキングでは「このミステリーがすごい!」で第5位「週刊文春ミステリベスト10」第3位である。
 
 基本的には、量子論などの知識を下敷きにした SF 作品だ。ただ、途中に出てくる物理学の話は、おおむね正しいが、初歩的なところで明らかに間違っている箇所もあって、詰めの甘さがある。題名からは、確率論などの数学や物理の、もっと厳密な設定にもとづいた物語になるかと思っていたのだが、そのあたりはわりと大雑把と言うか、不確定性原理や量子論を題材にしたSFとしてはとくに目新しいものはなく、ありふれた設定だった。題名に「数学的に」などとわざわざ入っている意味はあまり感じない。逃走の途中で、線路にポテトチップスを撒き散らすくだりとかは題名に沿っていて上手いと思ったが、残念ながらそういうシーンは主要プロットを含めてあまり無かった。
 
 未来を予知し選び取る能力という、ラプラスの魔という物理学上の思考実験を具現化した能力に、主人公の元大学講師ケインが目覚め、うまい具合にそのことに気付いた悪用を企む人物たちに狙われるという、よくあるパターンのストーリーである。SF としてはともかく、逃亡劇や戦闘シーンなど、アメリカンでハリウッド映画的な展開は盛りだくさんだ。同系統のマイクル・クライトンやダン・ブラウンに比べるともうひとつだが、新人作のジェットコースター・アクションサスペンスとしてはまあまあの出来。7点。
 

西澤保彦「収穫祭」 2008年09月27日

収穫祭

 著:西澤 保彦
幻冬舎 単行本
2007/07

 過疎の村で起こった悪夢のような惨劇。せっかくの夏休みも厳しい祖母と母に畑仕事を毎日手伝わせられて不満がたまっていた中学3年生の伊吹省路は、台風が接近する中ようやく解放されて町に映画を見に出掛ける。しかし村に帰ってきた省路を待っていたのは、村民のほとんどが無差別に皆殺しにされるという陰惨な事件だった。地区で生き残ったのは省路を含めた中学生3人だけ。
 
 単行本はけっこう分厚く、本格ミステリの力作である。一方で、ドロドロでグチャグチャの妄執や人間模様が繰り広げられていて、最近の西澤保彦ワールドが全開である。妄想や衝動(性的なものが多い)に駆られるエキセントリックなキャラ付けとか、これらは最近の作者の作風としてお馴染みになっている。この作風はどちらかと言うとちょっと付いて行けないところがあって、苦手である。西澤保彦ワールドと言えばかつては奇抜なSF設定だったのだが、最近はそちら方面の作品が無くなって寂しい。
 
 とは言え、時代を超えて真相が明らかになっていく構成は重量感があって、なかなか読み応えがあった。「収穫祭」という題名も、存外に重い意味を持っていたことが最後に明らかになる。7点。
 

五十嵐貴久「相棒」 2008年09月18日

相棒

 著:五十嵐 貴久
PHP研究所 単行本
2008/01/12

 作風が幅広い五十嵐貴久の歴史小説。幕末の有名人、新選組副長の土方歳三と、薩長同盟の立役者の坂本龍馬を組ませるという、あり得ない設定で挑んできた。
 
 文章は全般的に歴史背景の解説に多く割かれており、繰り返しも多いのが気になったが、歴史知識に疎い自分のような読者にとってはこのくらいでまあ良いか。大政奉還阻止を狙ったと思われる徳川慶喜狙撃事件の下手人捜しのために、大政奉還を実現したい龍馬と、幕府の命を受けた土方の仇敵ふたり(龍馬の方は最初からほとんど気にしていないが)が、一時的に手を組んで捜索に当たる。
 
 剛胆な性格の土方歳三と、破天荒でのんびりとした自由人の坂本龍馬というキャラ付けは基本的に一般に流布しているイメージに沿っており、このイメージはやはり小説的にも魅力的な設定である。
 
 前半は各方面を尋ねて回るという感じで下手人捜索が続き、歴史上の有名人がいろいろ出てくるのは楽しいのだが、ストーリー的には淡々としていて、盛り上がりにかけるきらいがあった。しかし下手人が明らかになったあたりから後の、歴史の縛りから離れてフィクション要素が強くなった最後の方の展開は面白かった。7点。
 

有川浩「図書館戦争」 2008年09月11日

図書館戦争

 著:有川 浩
メディアワークス 単行本
2006/02

 『図書館戦争』シリーズは本書(2006年)を皮切りにして、現在までにすでに6冊(外伝の「別冊」2冊を含む)が上梓されている(たぶんそれで完結)。本書は「本の雑誌」2006年上半期エンターテインメントで第1位2007年度本屋大賞で第5位になっている。また、先頃、第39回星雲賞日本長編作品部門(2008年)をシリーズとして受賞した。
 
 作者は第10回電撃小説大賞受賞(2003年「塩の街」)でデビューした方だそうで、そのためライトノベル出身作家ということになっているが、当初から必ずしもラノベの枠には収まらない作品を書いてきたようである。名前の浩は「ひろし」ではなくて「ひろ」と読む。女性だ。最近は男性か女性か区別が付かない名前の作家さんが多い。
 
 ハード SF のそれと比べると世界設定は荒唐無稽で粗も多いのだが、星雲賞を受賞していることからも知れるように、言われてみればなるほど設定は SF 的である。SF 者ならば誰しも、本の所持や読書が禁じられた社会を描いたレイ・ブラッドベリの「華氏451度」という先例を思い出すことだろう。
 
 人権と公序良俗を守るという大義名分を振りかざして、実態はむしろ逆、という制度。この手のことはフィクションばかりではなく、国家の施策や法律として現実社会にも実際にあったりするわけだが…。「公序良俗を乱し人権を侵害する表現を取り締まる」名目で成立した『メディア良化法』のもと、良化特務機関による武力行使を伴う検閲に対抗するために図書館に編成された防衛組織が図書隊である。
 
 ところで、この作品は近未来のパラレル世界と思える舞台設定はSF的であるが、中身はというとむしろ、キャラ設定や恋愛ストーリーが少女マンガ的なノリである。世の中ではすでにベタ甘ラブストーリーという評価が定着しているようだ。少女マンガで連想したのは「エースをねらえ!」。堂上と小牧のコンビが藤堂&尾崎を思い出させた。もっとも鬼教官・堂上は鬼コーチ・宗方の配役も兼ねている。主人公の笠原郁は、高校生の時に自分を助けてくれた図書隊の隊員(ただし名前も知らず、顔も覚えていない)に憧れて自分も図書隊に入った。郁は頭で考える前にまず行動に出るという単純キャラ。正義感が強くて、感情が激しい。うーん、ベタである。ベタもベタなストーリーに拒否反応さえ出なければ面白い作品である。今後の図書隊の活躍と、ベタ甘ストーリーの行方も含めて続きが気になるところである。7.5点。
 

道尾秀介「ソロモンの犬」 2008年09月08日

ソロモンの犬

 著:道尾 秀介
文藝春秋 単行本
2007/08

 男女4人の大学生グループ。メンバーはひと組のカップルともうひと組のカップル未満。カップルになりたくてまだなれない、日々を自転車便のアルバイトに励む学生、秋内静の目前で、その悲劇は起こった。そしてそのとき、道を挟んだ反対側にはいつものグループの残り3人がいた。事故は偶然だったのか。それとも仕組まれたものだったのか。青春小説の味付けも施しつつ、読者を欺く作者の手練手管を遺憾なく発揮したミステリである。
 
 結末に至る過程は、その序盤からして読者が予想していたような展開にはならず、かなりトリッキーな仕掛けが炸裂する。あるところで、ええーっと仰け反ってしまう。しかし実はそれも、そのままラストに至るわけではなく、さらなるどんでん返しが待っているのだ。事件の謎解きそのものは、落ち着いて解きほぐしてみれば、それほど込み入っているというわけではないのだが、謎解き過程の構成がとにかく手が込んでいた。7.5点。
 

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