読書日記

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海堂尊「螺鈿迷宮」 2008年09月03日

螺鈿迷宮

 著:海堂 尊
角川書店 単行本
2006/11/30

 映画化に続いてTVドラマ化も決定し、ますます勢い付く「チーム・バチスタ」ブーム。ちなみにTVドラマで主人公・田口を演じるのは伊藤淳史で、白鳥が仲村トオルなのだそうだ。うーん、ちょっとイメージが合わない。まあ筋書き(オチ)にも大幅なアレンジが加わるようだし、原作とは別の物語として面白くなれば良いが。
 
 さて、そのバチスタシリーズで、本書は現時点で出版されている最後の作品ということになるだろうか。ただしシリーズといっても番外編である。いや、番外編ということなら、田口や白鳥は活躍しないが世界は重なる作品がほかにもあるようだし、どこまでをシリーズといって良いのやら。ともかく本書では、田口は途中で名前だけ出るのと、最後にちょこっと顔を出す程度でほとんど出てこない。白鳥と姫宮は大いに活躍するが、主人公をつとめるのは留年を繰り返している東城大の医大生である。行きがかり上というか成り行きというか、彼が桜宮病院に潜入調査することになって物語は始まる。
 
 桜宮病院で進行しているのはけっこう壮大な「企み」で、前作がわりとリアリスティックにまとめられていたのに対して、こちらはマンガチックな陰謀との対決が主軸になっていた。その分絶対評価としては下がってしまうのだが、番外編ということでこういうのもそれなりに楽しい。最後は不穏な余韻を残しつつ終わったのだが、これは将来作の伏線となるのだろうか。7点。
 

大倉崇裕「丑三つ時から夜明けまで」 2008年08月26日

丑三つ時から夜明けまで

 著:大倉 崇裕
光文社 単行本
2005/10/20

 なんと未解決事件の多くは幽霊が起こした事件であるということが判明。全国に先駆けて静岡県警に、幽霊による犯罪を取り締まる捜査五課が、試験的に設置される。幽霊が関わる事件の謎解きを行う全5編の短編集。
 
 それぞれが幽霊相手の特殊能力を持った、癖のある連中で構成される捜査五課は、通常の犯罪捜査に当たる捜査一課とは当然のように対立している。決して幽霊の存在を認めようとしない直情的で単細胞な刑事、米田警部補と、捜査五課のリーダーであるニヒルな七種警部補は現場でことごとく衝突する。米山の部下で霊感が強い「私」が捜査五課との間に立って苦労しながら、本作品の狂言回し、そして密かな探偵役を努める。
 
 密室事件などは幽霊の仕業、という設定が異色のミステリにしている。ただ、設定の奇抜さが先行して、謎解きの妙そのものはもうひとつだった。アイデアは良かったが、いまひとつ生かせていないように感じた。各話の事件のほかにも、本書の全体に、探知機が誤動作するなどの伏線が張ってありして、最後にその謎が解かれることになる。6.5点。
 

海堂尊「ジェネラル・ルージュの凱旋」 2008年08月20日

ジェネラル・ルージュの凱旋

 著:海堂 尊
宝島社 単行本
2007/04/07

 シリーズ第三弾は主人公・田口の同級だったジェネラル・ルージュこと速水救急救命センター部長の収賄疑惑を軸にした物語だ。それにしてもこのシリーズ、ミステリかといえば一応広義のミステリではあるのだが、実のところミステリ色は弱い。サスペンスでもない。白鳥のシーンなどはコメディでもある。ひと言で言うならばエンターテインメント小説という言葉が一番似合っているだろう。本作では、とりたてて目を引く事件が展開するわけでもないのだが、院内政治の世界を中心に、たいへん面白く描かれている。
 
 時系列的には前作「ナイチンゲールの沈黙」のストーリーと同時進行となっていた。同時進行であることにとくに必然性はなく、両者のストーリー間に強い結びつきがあるわけではないのだが、ちょっとしたエピソードのリンクがしばしば前作の物語を思い起こさせる。基本的にこの作者は、異なる作品にさりげない伏線をちりばめるが好きなようであるが、この構成もその現れのひとつなのだろう。
 
 作品の魅力のひとつがキャラクター設定である。おなじみ白鳥や、本書で大活躍(?)の姫宮はもちろんだが、悪役側もなかなかのものである。皮肉や当てこすりを言うどころか、完全に面罵の域に達している悪役の悪役ぶりが分かりやすい。一方で、普通の悪人なら筋を通したりなどせず、傲然と振る舞いそうなところも、本書の悪役はあくまで論理性を尊重する姿勢を見せる(あくまで物語上の論理であるが)。リアリスティックではないが、論理の応酬による丁々発止のやり取りが痛快で、これこそが作品の最大の魅力になっている。ところでキャラといえば、白鳥ってどことなく倉知淳のシリーズキャラ猫丸先輩を連想してしまうのだが。。
 
 ラストを盛り上げる災害事件の発生はご都合主義ではあるが、まあ物語の締めくくりとしてはこのくらいあっても良いだろう。前作ではプロットにいささか無理を感じるところもあったが、本作品は無理のない展開で、第一作目をも凌駕するシリーズ最高傑作だといって良いのではなかろうか。7.5点。
 

安斎育郎「だまし博士のだまされない知恵」 2008年08月17日

だまし博士のだまされない知恵

 著:安斎 育郎
新日本出版社 単行本
2007/12

 エセ科学や詐欺商法などに対して警鐘を鳴らし、簡単に騙されないような知恵と分別を身につけようという読み物。著者はこれまでにも同種の啓蒙書を多数書いており、その方面では有名な学者さんである。
 
 取り上げられているトピックスは多岐に渡っている。血液型性格判断とか霊魂といった古典的なもの(しかし未だに猛威をふるっている)から、スピリチュアル・カウンセリングや振り込め詐欺のような、イマドキの、そして比較的身近なはなしまで広くカバーしている。ただし、もともと雑誌「上方芸能」に連載されていた文章をまとめたものということで、本文ととくに関係のない写真が挟まっていたり、本文も余談が多くて食い足りないところもある。とくに後半は余談の占める割合が多い。
 
 エセ科学にもいろいろあるが、改めて見渡すと相当日常に食い込んでいることに驚かされる。血液型などは疑問にも思わない人も多いだろう。まあそれでも血液型性格判断などは多くの場合さほど実害を出しているわけでもなさそうだが、最近出てきたものの中にはけっこう害があると思われるものも多い。いずれにせよ騙されないための知識と知恵は共通であり、こんな世の中ではぜひ身に付けておきたいものだ。
 
 ということで、同様のテーマの本を他でも読んでいる人にとっては本書は物足りないところもあるだろう。とは言え、貴重な話も多く、さっと読めてしまうので、読んで損はない。また、この手の本にこれまで接していない人にはぜひお勧めしたい。7点。
 

海堂尊「ナイチンゲールの沈黙」 2008年08月13日

ナイチンゲールの沈黙

 著:海堂 尊
宝島社 単行本
2006/10/06

 このミス大賞を獲った第一作目「チーム・バチスタの栄光」を読んでからずいぶん間が空いてしまった。なんとなれば、あまりの人気ぶりに図書館の蔵書が予約待ちでいっぱいなのである。今年になってバチスタが映画化された影響もあってか、人気(予約数)は衰えるどころか増えている。ということでなかなか読めなかったのだが、人に借りて読むことができた。なんか最近、私の周囲ではプチ・バチスタブームが起こっているみたいだ。
 
 カリスマ的な伝説の歌姫の緊急入院。そして彼女に負けない歌の素質を持つ小児科病棟の看護師・浜田小夜。小夜が受け持つ難病を抱えた子供たち。いろいろな話がバタバタと一斉に始まる。しかし前半となる第一部では物語全体がなかなか動き出さない。最後でようやく殺人事件が起こって第二部に突入する。第二部は半倒叙ものの趣で描かれていた。
 
 設定的には現実的でないというか荒唐無稽なところも多い。描写や登場人物の反応にもいささか突飛なところが見られる。しかしどういう訳だか全体的にそれらの不自然さはあまり気にならない。文章も読みやすいが、まず何より物語作りが非常に上手いのだと思う。語り口が巧妙で、荒唐無稽な要素が気にならない。前作の感想に書いたように「複合的なエピソードと個性的なキャラによる肉付け」が光っており、最後まで飽きずに楽しく読めた。ちなみに本作品で重要な位置を占めているのが「歌」なのであるが、歌が引き起こす不思議な現象は荒唐無稽で、これが事件の本質に絡んできたらちょっとどうか、と心配していた。しかし結局、事件そのものに不可思議な要素はなく、「歌」はあくまで物語に添えられた彩りだったようだ。
 
 それにしても、作者は現役のお医者さんだと思うが、相当なハイペースで作品を上梓している。すでにこのシリーズ以外の作品も多い。どれも読んでみたいが、図書館の状況は最初に書いたとおりである。ただ、バチスタシリーズはこのあと続編も貸してもらえる予定である。楽しみだ。7点。
 

三崎亜記「となり町戦争」 2008年08月05日

となり町戦争 (集英社文庫)

 著:三崎 亜記
集英社 文庫
2006/12

 第17回(2004年)小説すばる新人賞を受賞した作者のデビュー作かなり奇抜、そしてシュールな設定で、けっこうあちらこちらで話題になり、高い評価を得ていたと思う。作者の第二作目となる「バスジャック」は以前に読んだが、そちらも奇妙な設定ばかりの短編集だった。つい先日、「鼓笛隊の襲来」(未読)が第139回の直木賞候補になっていたが(受賞はならず)、現時点で4冊の作品を上梓して、そのうち三つが直木賞にノミネートされるという高打率を誇っているそうだ。
 
 さて、町の事業として始められた戦争。役所の役人が「事業」の計画を行って、計画に沿って淡々と進められていく戦争である。戦争という人類が自ら生み出す最大の災厄と、平々凡々な日常生活がどう繋がるのか。想像を超えているのだが、実際、想像を超えたところでストーリーはあくまで静かに進んでいく。町の広報で戦死者が増えていることは分かるが、直接的に死や戦闘が描かれることはなく、主人公の目にも入ってこない。最後の方でようやく戦争が残した残酷な爪痕に触れることになるが、それさえも間接的である。
 
 正直、主題がどこにあるかは謎のままだった。戦争と日常とを本当に切り離して考えられるのかを問うているようにも思えるし、非日常が影を落とす日常生活の中であぶり出される個人的で叙情的な物語ともとらえられる。文庫で読んだのだが、「文庫版特別書き下ろし」として、元には無かった「別章」が付いていた。その中の一文「戦争は、日常と切り離された対極にあるのではなく、日常の延長線上にあるのだ。」というのが作者が描きたかったことだろうか。とにかく不思議な感覚(決して悪くはない)が最後まで残る作品だった。7点。
 

東川篤哉「もう誘拐なんてしない」 2008年07月30日

もう誘拐なんてしない

 著:東川 篤哉
文藝春秋 単行本
2008/01

 ひょんな事から行き逢った、ヤクザの組長の娘である女子高生・絵里香と、普通の男子大学生である翔太郎。このふたりが、絵里香とは父親違いで難病を患う妹の手術代を捻出するために「狂言誘拐」を企む。そこに偽札事件が絡んだり、さらには思いもよらない展開になっていく。
 
 舞台は海峡を挟んだ下関と北九州。(なぜかこの前に読んだ本「少女には向かない職業」から下関舞台が続く……。ただの偶然だけど) 作者はどうもこういう地方都市(架空の土地を含めて)を舞台にするのが好みのようだ。ちなみに登場する人物像もわりかし似ている。男性はお調子者の三枚目。女性は活発で奔放なタイプでもちろん美人。本作品だと絵里香もそうだが、もう一方の主役級の役を務める、絵里香の姉の皐月なんかが典型的なキャラだ。ワンパターンと言えばワンパターンだが、作風にばっちりマッチしているのだから、もちろん何の文句もない。
 
 ユーモアミステリの雄、東川篤哉の書き下ろし作品とあって、ドタバタ劇やセリフ回しが最初から最後まで面白かった。ミステリ・サスペンス的には、結末があっさり気味だったが、身代金受け渡しの方法とか、真相に迫る道筋とかはなかなか良くできていた。クライマックスである"犯人"との対峙と対決といった緊迫の場面でさえ笑いを忘れないのはさすがだ。肩肘張らず読める娯楽作品の王道たる作品と言えよう。7点。
 

桜庭一樹「少女には向かない職業」 2008年07月24日

少女には向かない職業 (創元推理文庫 M さ 5-1)

 著:桜庭 一樹
東京創元社 文庫
2007/12

 「赤朽葉家の伝説」で第60回(2007年)推理小説協会賞を受賞し(ちなみに同書は「このミステリーがすごい!」第2位、「文春ミステリーベスト10」第4位)、「私の男」で第138回(2007年下半期)直木賞を受賞した、最近注目の実力派作家の作品である。もともとはライトノベルで活躍していた人なのだそうだ。名前からは判然としないが女性である。初めて読む。
 
 本作「少女には向かない職業」も刊行当初からけっこう話題になっていたと思う。ともかく自分もどこかで見たのが記憶に残っており、そのうち読もうと思っていた作品だった。記憶に残っていた理由には他に、印象に残る題名のこともあるかもしれない。もちろん「女には向かない職業」(P.D.ジェイムズ)のもじりだ。もっともそれは未読なので、むしろ、いしいひさいち作の「女には向かない職業」の方を連想してしまうのだが。
 
 閑話休題。多くの場合、小説に出てくる子供というのは、利口すぎたり純粋すぎたりして、あまりリアルな子供っぽくないものだ。しかし本作品に出てくるのはかなりリアルな13歳だと感じた。もっとも自分が13歳だったのははるか昔だから、本当のところは分からないが。とにかく、主人公はまだまだ子供ながら大人の入り口におり、大人に近い行動力と子供っぽい浅はかな知恵とが同居する。そしてまさにそれが(現実の事件でもあるように)悲劇や失敗を生むことになる。もっと子供であったらこんな事はしないだろうし、もっと大人の知恵を身につけていたなら、ずっと上手く立ち回れるだろう。「少女の魂は殺人に向かない。誰か最初にそう教えてくれたらよかったのに」。プロローグに出てくるこの言葉が、この作品のエッセンスを巧く表現していたと思う。7点。
 

五十嵐貴久「交渉人 遠野麻衣子・最後の事件」 2008年07月19日

交渉人 遠野麻衣子・最後の事件

 著:五十嵐貴久
幻冬舎 単行本
2007/09/11

 以前読んだ「交渉人」の続編である。前作の石田修平の二審の裁判があった3日後、石田の携帯番号から(こういうことが現実に可能なのか分からないが…)遠野警部の携帯に掛かってきた一本の電話。それはシヴァと名乗る人物からの、地下鉄爆破テロの首謀者として逮捕された新興宗教教祖の釈放を要求する脅迫電話だった。この電話を皮切りに都内で始まる連続爆弾事件。警察は、そして遠野警部は、都民のパニックを阻止して真犯人を突き止めることができるのか。
 
 スリリングでサスペンスフルで、最上級の娯楽小説である。加えて、組織の論理で動く警察が抱える問題点なども絡ませて、物語に深みを出している。若干、細かい設定においてリアリティに欠けるきらいはあるが、そういう細かい点は読み進むうちに全く気にならなくなった。つまりそれほどのめり込んで読んでしまうような面白さがあった。さらに最後の犯人を追い詰める場面の、たたみかけるような展開が秀逸だ。前作を超える出来映えと言えるのではないか。
 
 「最後の事件」とあるから今後は続かないのかと思っていたが、ラストを読むと、もしかしてさらなる続編があるかもしれない。大いに期待したい。8点。
 

大倉崇裕「福家警部補の挨拶」 2008年07月14日

福家警部補の挨拶 (創元クライム・クラブ)

 著:大倉 崇裕
東京創元社 単行本(ソフトカバー)
2006/06/27

 『本格ミステリ・ベスト10』(2007年版)で第8位。カバーの折り返しには、「刑事コロンボ、古畑任三郎の系譜」と大きく書かれている。実はコロンボも古畑も、自分はほんの少ししか視聴したことはないのだが、大体どういう構成かは知っている。すなわち本書に収録されているのはすべて倒叙形式のミステリである。ということで、まず冒頭で犯人による犯行の一部始終が描かれる。そして事件現場に赴いた福家警部補との息詰まる攻防が幕を開けるのだ。
 
 なんでも作者は刑事コロンボのノベライズも担当したことがあるコロンボ・マニアなのだとか。その作者の手によるこだわりが詰まった倒叙ミステリ4編「最後の一冊」「オッカムの剃刀」「愛情のシナリオ」「月の雫」が収録されている。巻末の解説の中で「名犯人」という言葉が出てくるが、よい表現だ。そう、倒叙ものとはつまり「名探偵」と「名犯人」の対決小説である。
 
 この手のドラマではそれがお約束になっているのだろうか、コロンボや古畑同様、本書の主人公の福家警部補も相当の個性派である。一見してまず刑事には見えない。到着した事件現場になかなか通してもらえず、警察バッジを探してカバンをかき回すがなかなか見つからないのが毎回のパターンだ。何日も寝ないで仕事をしてもケロリとしており、酒にはめっぽう強い。意図してかそうでないのか、話がよく飛ぶ。表紙がすり切れたメモ帳を愛用している。こういうキャラによって、回を重ねるごとに読者の愛着もいや増してくるという仕掛けである。今後、シリーズとして続くのだろうな。楽しみなシリーズが増えた。7.5点。
 

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