読書日記

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柳広司「ジョーカー・ゲーム」 2009年11月19日

ジョーカー・ゲーム

 著:柳 広司
角川グループパブリッシング 単行本
2008/08/29

 2008年の「このミステリーがすごい!」第2位「文春ミステリーベスト10」で第3位第30回(2009年)吉川英治文学新人賞第62回(2009年)日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)を受賞。
 
 戦争に突き進む大日本帝国の陸軍内に設立された異端の組織「D機関」。養成学校を兼ねたスパイ組織である。伝説的なスパイであった結城中佐によって設立されたが、その性質故、陸軍内部からも猛反発に合い、疎んじられている。精神論でむやみに突き進む日本軍の体質とはまったく異なって、合理性をもっとも重視し冷徹な戦略の上に立ち、優れた頭脳と運動能力を持つスパイたちが暗躍する熾烈な諜報戦の世界が描かれる。
 
 各話の登場人物で共通するのはD機関設立者の結城中佐のみで、主役は各話ごとに変わって行く。典型的な「日本軍人」の視点からD機関立ち上げと初仕事を描いた「ジョーカー・ゲーム」。英国大使にかけられたスパイ容疑の真偽を探る「幽霊(ゴースト)」。敵地で正体が露見し囚われの身となったスパイの脱出劇「ロビンソン」。D機関の人間ではなく上海駐在の憲兵が主人公の「魔都」。そして、異色のドイツ人スパイの死をめぐる調査を命じられた悩める新人スパイの話「XX(ダブル・クロス)」
 
 物語で、そこに存在するのは悪や正義ではなく、単なる敵と味方である。登場するスパイたちは国家のためではなく自尊心を満たすために活動している。ある意味で浮世離れした、ニヒルでシビアなスパイの世界で起こる出来事・事件の数々はシャープで小気味よく、なるほど人気が出るはずだ。続編「ダブル・ジョーカー」も好評を得ているらしい。7.5点。
 

藤原伊織「名残り火 - てのひらの闇II」 2009年11月14日

名残り火 (てのひらの闇 (2))

 著:藤原 伊織
文芸春秋 単行本
2007/09

 これで著者の作品はすべて読んでしまったことになるだろうか。著者のご逝去から2年が経つが、読もう読もうと思っていて残ってた本作品は著者の遺作となった長篇ミステリーだ。『別冊文芸春秋』で連載の後、全38章中の第8章までは著者が加筆修正を完了していたそうだ。改稿作業が未完となったが、2007年9月に単行本として出版された。
 
 タイトルから分かるとおり、「てのひらの闇」の続編である。同じ主人公が活躍し、時系列的にも前作の物語のあとの物語だ。とは言え、まったく独立したストーリーなので、前作を読んでいなくても問題はない、…と思う。ちょっと自信がないのは、前作が傑作と呼ぶにふさわしい作品だったことは覚えているのだが、ストーリーの細部は完全に忘れているからだ。本作を読むのに支障はないが、前作のエピソードとのリンクもあり、知っていればまた別の感慨も得られそうだ。「てのひらの闇」を再読リストに加えておこう。
 
 さて本作では、主人公堀江雅之の信頼する友人・柿島隆志の死から幕を開ける。不可解な状況で殺された友人の死には何か裏があるのではないかと疑う堀江は、独自の調査を始める。柿島は変革を目指して転職した先の大手コンビニチェーンの役員を退職したばかりだった。加盟店に苛烈な負担を強いるコンビニ業界の実態を背景に、何か仕事にまつわるトラブルがあったのではないかと疑われる。
 
 物語はラスト直前までは全般に淡々と進む。その展開を振り返れば、人類を脅かす巨大陰謀があるわけでも無し、目を見張るアクションがあったわけでも無し、外連味は少なくて平凡にも見えてしまう。しかし凡人が同じプロットをもとに書けば平凡になってしまいそうなストーリーが、稀代の作家であった藤原伊織氏にかかれば、かくも見事な小説になってしまう。常に読者を引き込みながら展開する描写力とストーリーテリング術は、ぜんぶ読んだ後でプロットを思い出しながら同じように書けと言われても、とても真似できそうもない。プロ作家でさえ、それができる人は多くないのではないか。
 
 作者存命であれば、さらにシリーズが続くこともあったのだろうか。堀江や、元部下である大原真理のその後が読みたい。バー「ブルーノ」のオーナー・ナミちゃんと、サンショーフーズの三上社長のその後も。だがそれは叶わぬ夢となってしまった。しかし幸か不幸か昔読んだ作品はだいぶ忘れている。「てのひらの闇」だけではなく、いずれ「テロパラ」をはじめ、作者の全作品を読み返してみたいと思う。8点。
 

道尾秀介「ラットマン」 2009年11月05日

ラットマン

 著:道尾 秀介
光文社 単行本
2008/01/22

 2008年の「本格ミステリ・ベスト10」で第2位「このミステリーがすごい!」第10位「文春ミステリーベスト10」第4位「ミステリが読みたい!」(早川書房)で第6位。ちなみに同じ年のランキングには作者の「カラスの親指」も軒並みベストテン入りしている。
 高校時代から仲間と続けているエアロスミスのコピーアマチュアバンドが、来るべきライブに向けてスタジオを借りて練習中に、主人公・姫川亮の恋人でもあり、今はバンド活動を止めてスタジオで働く小野ひかりが、スタジオ倉庫で重量級のアンプに挟まれて死んでしまう。これは事故なのか?それとも殺されたのか?
 
 最後の方に差し掛かるまでは、単純な倒叙ものに、ホワイダニットの味付けがされている作品かと思っていた。しかしこのラストの展開!謎と真相のミルフィーユである。幾重にも巡らされた仕掛けが炸裂し、エピローグに至ってもまた新たな真相が明らかにされて、最後の最後まで気が抜けない。タイトルの「ラットマン」とは何なのかは序盤で説明されるが、それがストーリーにどのような意味を持ってくるのかも、読み終わってようやく腑に落ちる。
 
 伏線の使い方や、人間模様の活かし方がうまい。厳しく言えば、ストーリーテリングは充分な水準ではあるが、他の綺羅星のごとき売れっ子作家たちに比べて、飛び抜けているわけではない。しかし、ミステリであることにこだわったこのような作品は、少なくとも本好き、ミステリ好きの立場からはたいへん好感が持てる。たとえば東野圭吾の初期の頃などに同じような印象の作品が多い気がする。東野圭吾に続く作家を挙げろと言われれば、間違いなく名前が挙がるひとりだろう。7.5点。
 

貴志祐介「新世界より」 2009年10月28日

新世界より (講談社ノベルス キJ-) (講談社ノベルズ)

 著:貴志 祐介
講談社 新書
2009/08/07

 2008年の第29回日本SF大賞を受賞「このミステリーがすごい!」第5位「文春ミステリーベスト10」では第9位
 
 もとはハードカバーの単行本の上下巻で2008年1月に刊行された作品が、2009年8月に講談社ノベルスから出てきたらば一冊にまとまっていた。約950ページ、本の厚みが5cmほどもある。2冊に分かれていないのは、別々に入手する手間が無く、ありがたくもあり、でも、電車で読むのに持ち歩くには、カバンに入れるとかさばって難儀した。
 
 1000年後の日本が舞台という、ファンタジーSFだ。日本には点在する町が九つしか無くなり、日本全体の人口が5万人から6万人と推定されている世界である。それぞれの町はほぼ隔絶しており、実質上、住人にとっての世界とは町であり、物語もほぼひとつの町だけで完結している。未来世界と言うよりは、明治時代かそれ以前の日本的な伝統文化や風俗を感じさせるような習慣や生活風習の色合いが濃く、異世界ファンタジーっぽい
 
 カバー折り返しには作者の言葉として、「過去最長の作品となりましたが、一気読みのエンターテインメントに仕上がったという自負があります」という自信満々の言葉が載っている。しかし本格SF、本格ファンタジーの常として、世界設定の描写が細かく、漢字で書かれた昔風の言葉なども大量に出てくるし、その舞台設定がストーリーに絡むようなものなのか、単なる舞台描写なのかわからず、最初はあまり読書が進まない。また、前半は冒険譚を中心とした、指輪物語を思い出させるストーリー展開で、指輪物語ほど長く感じられるわけではないが、ページをめくる手が止められずに一気読み、とまでは行かなかった、残念ながら。「指輪物語」のような本格ファンタジーは、厳密で壮大な世界観がコアなファンをつかむ一方で、とっつきにくい面があるのだ。
 
 「指輪物語」との類似性と言えば、西洋ファンタジーの作品では例えばゴブリンとかドワーフのような、人語を解し、コミュニケーションも可能だが、まったく違う種別の生物の登場が定番だ。本作品では時には味方に、時には敵になるバケネズミという存在が重要なキーとなっている。魔法ならぬ「呪術」を学校で学び、クィディッチではないが、呪術を使ったオリジナル競技があったりして、「ハリー・ポッター」シリーズのような趣もある。過去と未来をミックスしたような世界は「ナウシカ」っぽいし、それが日本風なところは「千と千尋の神隠し」だ。
 
 後半になると、いよいよこの世界の歪みから亀裂が走り出し、人類の存亡を脅かすサスペンスフルな展開となっていく。この世界に自分が慣れたのか、舞台説明が少なくなったためか、前半に比べると読み進めやすく、後半に関しては作者の宣言通り一気読みの興奮が味わえた
 
 若干ながら、最初のうちに種は蒔いておいたが花を咲かすまでは行かなかった、と思われるようなところがいくつかあったように感じた。存亡の危機をかけた事件の後でも人類社会は結局変わっていないというのも、ちょっと期待していたのと違う。ということで、大作故にすみずみまで力が及ばなかった面もあったかな、という不満はあった。とは言えしかし、冒険ファンタジーSF作品として後々まで名を残す労作であろうことに異論はない。7.5点。
 

東野圭吾「夜明けの街で」 2009年10月14日

夜明けの街で

 著:東野 圭吾
角川書店 単行本
2007/07

 何ものにも代えられない宝だと思っている幼い娘と、良い母親でもある良くできた妻を持ち、不倫する奴なんて馬鹿だと思っていた渡部。そんな彼が、偶発的な成り行きが重なった末に、派遣社員としてやって来た仲西秋葉と不倫の恋に落ちる。
 
 前半はずっと、恋愛小説というか不倫小説の趣で、東野圭吾にはめずらしいストーリーである。夫婦の間の関係や結婚の持つ意味、不倫にまつわる心理などに対して、含蓄のある言葉や示唆的で教訓めいた話が連なり、不倫の苦しみや、恋愛に付きものの嫉妬心や焦燥感などが描かれる。手練れの作者らしく読みやすく、さすが不倫小説を書かせても上手いなとは思ったが、ほかの恋愛小説や不倫小説(ってあまり読んだことないが)と比べて、とくに斬新なところがあるわけではなく、そこそこの出来映えと言ったところだ。
 
 このまま普通の(?)不倫小説として終わるのかと思ったら、後半には作者本来のフィールドであるミステリ色がどんどん濃くなってきた
 
 秋葉が高校生だった過去に関わった殺人事件。事件は犯人も真相も不明のまま15年目の時効を迎えようとしていた。時効成立を目前にして、犯人逮捕に意欲を見せる刑事と、真相解明に執念を燃やす被害者の妹が現れる。事件の真相は?そして秋葉の謎めいた言葉が意味するところは?
 
 最後に明らかにされる真相は、核心部分の現実性に疑問があったり、細かいところで気になるところはあるが、真相の意外性なども含めてなかなかよくできていた。読んでいて、オチをどう付けるのかと心配していたが、強引な面はあるものの、あまり不自然さを感じさせずにまとめ上げているのはさすがである。それなりに収まるべきところに収まって、万々歳ではないがハッピーエンドと言えないこともない結末で、さらにちょっとだけ怖い余韻を残す幕切れまで入っていた。
 
 最後にスピンオフ短編として、本編の中で渡部に対して、はやまった行動を取るなと熱心に諭していた友人の物語「番外編 新谷君の話」が収められている。7.5点。
 

水森サトリ「星のひと」 2009年09月29日

星のひと

 著:水森 サトリ
集英社 単行本
2008/04

 「でかい月だな」で第19回小説すばる新人賞を受賞した作者の受賞後第一冊目前の物語から次の物語にスピンオフして主人公をリレーしながら続く4編からなる連作短編集だ。
 
「ルナ」仲良しごっこでベタベタしたがる同世代の女子に違和感を持ちつつも、そこからはみ出すことを恐れる女子中学生はるきの物語。7.5点。
「夏空オリオン」無防備にやさしくて、底抜けにお人好しな草一郎さんは如何にして家庭を築き、そして失ったか。そして最終的に彼に残ったものは。底抜けぶりがはがゆく苛立たしくもあったが、結末への持って行き方が巧いなあ。7.5点。
「流れ星はぐれ星」草一郎の幼なじみの耕平ことビビアンの物語。ラストがめずらしく唐突というか突飛だった。7点。
「惑星軌道」前の三作品を通して重要な登場人物だった草太を中心に、はるきや草一郎やビビアン勢揃いで直面した事件、そして迎える大団円。7.5点。
 
 本書でも「でかい月だな」のテイストを高いレベルで維持している。あらすじにしてしまえば必ずしも起伏にとんでいるわけでもなく、複雑なところはない、平凡なストーリーなのに、その中に不思議な魅力があふれている。みずみずしく透明感のある文章が絶妙である。
 
 ところで前書ではあまり意識はしていなかったのだけど、なんとなくて男性かと思っていたが、この作者は女性?いや、そう思って読むとかなり女性ならではの感性と視点が感じられる。もちろんただ女性の視点と言うだけではなく、作者ならではの視点の鋭さがまずあるわけだが。
 

石持浅海「まっすぐ進め」 2009年09月15日

まっすぐ進め

 著:石持 浅海
講談社 単行本
2009/05/29

 大がかりな犯罪とかは絡んでこない、日常の謎系の連作短編集だ。奇妙な日常の謎にああでもないこうでもないと推理するパターンは西澤保彦ちっく。かなり強引な謎解きになるのも似てる?いや、というかしかし、強引という以上にかなり無理があるのが多かった。安楽椅子探偵ものなどはたいてい無理があるものだが、さらに輪をかけて説得力がない。この作者の作品としてはかなり残念。以下、各話ごとに。
 
「ふたつの時計」片腕にはめたふたつの腕時計に対する謎解きは、ミステリ的には相当飛躍がある。しかしシリーズ幕開けの作品として美しさを感じる物語ではある。6.5点。
「ワイン合戦」居酒屋で見かけた美男美女カップルが、それぞれ同じボトルワインを注文した理由は?謎は面白いのだが、謎解きは無理矢理。6点。
「いるべき場所」迷子の小さな女の子を巡っての事件。推理は明らかに的を外して暴走しているとしか思えないのだが…これでよいの?5.5点。
「晴れた日の傘」中学生の娘を残して亡くなった父親が、将来の娘の結婚相手に残した傘に込められたメッセージとは。迂遠なメッセージでリアリティは乏しい。6点。
「まっすぐ進め」衝撃的な告白で明かされた過去の事件。そこに隠れいていた真相とは。あまり意外性もないし、締めくくり作品として後味も良くなかった。6点。
 

ジェフリー・アーチャー(永井淳・訳)「百万ドルをとり返せ!」 2009年09月08日

百万ドルをとり返せ! (新潮文庫)

 翻訳:永井 淳
新潮社 文庫
1977/08

 とくに理由もなく、特定のジャンルの小説を読みたくなることがある。タイムトラベルものが読みたいとか、冒険小説が読みたいとか。ということで、とくに理由はないのだがコン・ゲーム小説を読みたくなって探したら、本作品がコン・ゲーム小説の傑作である、というのを目にして、読んでみることに。図書館で探したらあっさり見つかった。借りたのは新潮から出ている、初版が1977年で、1990年発行の第四十二刷の文庫本だ。増刷の数にびっくり。なるほど人気小説なのだ。
 
 最初の出版が古いと言うことで、訳文の読みやすさがどうかを心配したが、それほど抵抗はなかった。ただ、印刷の文字が薄くて若干読みにくい。文字の書体も昔風だ。新聞の文字なども、何回も改訂され、サイズは大きくなり、書体も読みやすいものに変わってきているが、文庫本の文字なんかもきっと時代につれて変わってきているのだろう。
 
 さて、代表的なコン・ゲーム小説ということだが、読んだ感想としては、盲点を突く頭脳戦で意外な仕掛けを見せてくれるというよりは、用意周到な準備がものを言う、力業で相手を騙すストーリーだった。どちらかと言えば前者が好みで、そういうのを期待していたのであるが、あいにくそうではなかった。ただ、頭脳が導いた必然ではなく偶然の産物ではあるが、ラストは意外な展開を見せる。ということで、不満も残るが、後味の良い爽快な物語であることはたしかだ。7点。
 

歌野晶午「舞田ひとみ11歳、ダンスときどき探偵」 2009年08月31日

舞田ひとみ11歳、ダンスときどき探偵 (カッパ・ノベルス)

 著:歌野 晶午
光文社 新書
2007/11/20

 刑事の舞田歳三は、仕事の合間に父娘二人で暮らす兄の家(自分の実家でもある)に立ち寄って、食事にありついたり、小学五年生になる姪のひとみとテレビゲームに興じたりするのを楽しみにしている。本書のタイトルがかなりミスリーディングになっているが、別にひとみが名探偵ぶりを発揮するわけではない。かわいらしくて生意気で、子供らしくもおしゃま(おしゃまって言葉、今どきあまり使わない気がするが、ここではぴったりな言葉だ)な、ひとみとの何気ない会話や彼女の言動から、歳三がその時抱えている難事件の真相にぴんとくるというパターンである。
 
 タイトルがミスリードしているのは「探偵」の部分だけではない。ひとみがダンス教室に通っているのはたしかだが、それは物語の上で重要でもないし、あまり出てくることもない。ということで、ダンスや探偵の要素はあまりない、題名に偽りあり(?)な連作短編である。
 
 作者いわく"ゆるミス"だが、けっこうちゃんとした事件が起こってミステリ自体は案外ゆるくない。連作短編の各話は基本独立しているが、それぞれの間は微妙な伏線でゆるくつながっている。歳三の姉などインパクトのあるキャラが揃っていたり、要素要素はなかなかインパクトを持っているのだが、それらの要素があまり有機的につながっていないのが残念だった。その辺がゆるい"ゆるミス"? 7点。
 

新野剛志「あぽやん」 2009年08月22日

あぽやん

 著:新野 剛志
文藝春秋 単行本
2008/04

 第139回(2008年上半期)直木賞にノミネートされていた作品だ。乱歩賞を受賞してデビューした作者の、これまでのハードボイルド風な作風とは異なり、どちらかというとコメディ系だ。ほのぼの、というわけでもないが、シリアスではなく、身の回りのドタバタ劇である。タイトルからしてそれはうかがえるわけだが、直木賞ノミネート時に概要を読んで意外に思ったのを覚えている。ちなみに「あぽやん」とは空港を表す略語である APO から出た隠語で、旅行会社の空港勤務社員のことを指すのだそうである。
 
 連作短編になっており、不本意ながら成田空港勤務になったツアー旅行会社の遠藤慶太が主人公である。まわりには一風変わった先輩や、ほかにもわりとはっきりとしたキャラクターの同僚や部下がいる。各話では何かしら事件というかトラブルというかイレギュラーが起こり、右往左往しながらも、お客様を気持ちよく送り出すという職業意識を第一に決着していく。
 
 イレギュラーの発生やその後のトラブルの連鎖などには、いささか強引に話を作ったなという印象が否めない。しかしラストのまとめ方はなかなか秀逸で、そこが評価されて直木賞ノミネートとなったのだろうか(文藝春秋刊でもあるし…)。
 
 各話ごとにまとまったドタバタ劇になるストーリーは、連続テレビドラマなんかにはぴったりな気がする。脇役もそれぞれキャラが立っており、そこもテレビドラマ向きだろう。それを狙って書かれたというわけでもないだろうが、ドラマ化という話は無いのかな?ドタバタを強調しすぎないで、人間ドラマの部分をうまく描ければ良いドラマになると思うのだけど。点数はちょっと厳しめで7点。
 

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