読書日記

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東直己「札幌方面中央警察署南支署 誇りあれ」 2012年09月01日

札幌方面中央警察南支署 誇りあれ

 著:東 直己
双葉社 大型本
2011/05/18

 シリーズの第二作目。南支署の面々はおおむね同じだが、支署長が交代している。一作目の支署長はなかなか存在感があって良かったのだがなあ。しかし新しい署長も、まだ茫漠とはしているが、どうやら新しい個性を発揮してきている。
 
 主人公(らしい)通称キゼツこと梅津康晴巡査は、前作よりは存在が大きく描かれていた。とは言っても、ストーリーの中心で大活躍というわけではなく、事件捜査という中ではやっぱり脇役的な位置にいる。むしろ早矢仕警部補が中心。そんなわけで、前作同様、覚えきれないほどの非常にたくさんの人物が登場して話は進んでいく。
 
 産廃施設問題で揺れる郊外の小さな町の町長狙撃で事件は始まる。真相を闇に葬ろうとする勢力、それと癒着する警察の腐敗、そうはさせじとする南支署という構成で展開していくが、やはり前作同様で見通しが悪い。作者の筆力で、つまらなくはならないのだが、やや散漫に感じる。
 
 最後はそれでも実は隠されていた伏線を一気に回収して事件はすっきりと解決する、のかと思いきや、一段落はするが決して解決などしないまま終わってしまった。勧善懲悪的な分かりやすい決着にもならず、まあ現実ってなかなかうまくいかないものだよねえ、的な、なんとも宙ぶらりんな終わり方になってしまった。これは計算ずく?それとも思いつくままに書いてきたらこうなったのか?おそらくシリーズは続くのだろうから、次作以降にどうつながるのか期待したい。6点。
 

新野剛志「恋する空港 あぽやん2」 2012年08月22日

恋する空港―あぽやん〈2〉

 著:新野 剛志
文藝春秋 単行本
2010/06

 今回も主人公の遠藤慶太は成田空港を舞台に、優秀とは言えない新人の教育に苦労したり、職場の人間関係とか会社組織の事情だとかに振り回されたり、旅客が引き起こす様々なトラブルやクレームに骨を折ったりと忙しい。さらに、しっかり者の同僚(部下)に対する恋心もあって。。
 
 物語は面白い。のだが、どこがどうと簡単に言うのは難しいけど、何かがちょっと足りなくて、何かがちょっと余計なような、少しばかりの違和感も感じた。人物設定の面でも、わりと個性が強い人物が多いのだが、性格付けと行動がしっくりと来ないことが時々あった。まあでも、全体的にはきちんと楽しめる作品である。
 
 物語の中心はどちらかと言えばわりと日常的なエピソードなのだが、とくに前半では、各話の最後に思わせぶりでインパクトのあるシーンを挿入して次章に繋げるという造りが目立った。テレビドラマだったら画面に「次回に続く」と大きな字幕でも出てきそうな感じである。前作を読んだときにも書いたが、実際のところ、このシリーズはテレビドラマに向いていると思う。
 
 さて、いろいろあったトラブルは、ほぼ丸く収まってラストを迎えたのだが、空港の職場存続問題だけは決着が付かずに残された。結局どうなるのだろうか?これはさらにシリーズ続編へと持ち越されるということなのかな?7点。
 

東直己「札幌方面中央警察署南支署 誉れあれ」 2012年08月09日

札幌方面中央警察署南支署―誉れあれ

 著:東 直己
双葉社 単行本
2009/08/19

 ススキノ便利屋探偵<俺>シリーズはコンプリートに読んできているが、作者の他のシリーズはあまり読んでいない。読みたくないわけではなく、読みたいと思っているのだが、ちょっと手を付けそびれたままになっているのだ。この新しいシリーズもなんとなく読み損ねていたのを、ようやく手に取った。本書の発売は3年前で、シリーズ第2作「誇りあれ」もすでに上梓されている。
 
 札幌を舞台にした独特のハードボイルドを書き続けてきた作者による、初の警察小説だ。警察ものも書いていたようなイメージがあったが、そうかこれが初めてなのか。はじめは、わりと暢気な感じで進むのかと思ったら、1章の終わりから急にどこの無法地帯の話かと思うような展開になって面食らう。
 
 登場人物が多い。一応、最初に出てくるキゼツこと梅津康晴巡査が物語の中心になるらしいが、とくに中盤辺りでは影が薄い。むしろ南支署全体が主人公と理解すべきか。南支署は支署長を筆頭にして、ちょっと警察としては珍しい個性を持っているようだ。これがどういうことかと言うと、警察組織の暗部や根深い腐敗に対抗する目的で、全国に散らばる「善い警察」の実現を目指す一派が集めた警官の集団がこの南支署ということらしい。
 
 現実に起こった北海道警裏金事件が、物語の背景のひとつになっている。警察機構を震撼させたこの事件について、自分に詳しい知識は無く、むしろフィクションの世界で話を知っているくらいだが(佐々木譲「笑う警官」など)、現実世界で芦刈だった事件当時の警察本部長の名前が、この作品の中では有樫ともじって登場したりしている。
 
 今回南支署が対峙するのは、けっこう大きくて組織的な謀略・犯罪なのだが、登場人物の多さもあって見通しが悪い。しかしそれでつまらないというわけではなく、なかなか面白かった。「善い警察」一派なる存在からして、設定は荒唐無稽で現実離れしているが、面白味はある。最後に正体が明らかになる某人物は、この先も出てくるのだろうか。とにかく第2作も読んでみよう。7点。
 

宮部みゆき「あんじゅう 三島屋変調百物語事続」 2012年07月31日

あんじゅう―三島屋変調百物語事続

 著:宮部 みゆき
中央公論新社 ハードカバー
2010/07

 シリーズ一冊目の「おそろし 三島屋変調百物語事始」は「家の光」誌の連載をまとめたものだったが、本書は読売新聞の連載をまとめたものだ。さらに、続く「参之続」が「オール読物」誌上で連載されているようだ。よく見ると単行本の一冊目と二冊目で発行元が違っている。各ページには、連載時に掲載さたものだろうか、挿絵のイラストがふんだんに使われている。そうか、南伸坊さんの絵なのか。
 
 「おそろし」ではタイトルの通り、恐ろしくて悲しい怪談話が基本であったが、本書では趣が変わってきた。怪異譚・不思議話ではあっても、怨念がこもった背筋を凍らせる類の物語ではなく、しんみりと胸を打つ切なさを前面に出したような話が主である。第一話「逃げ水」に出てくる周りの水を干上がらせてしまう神様"お旱(ひでり)さま"なんかは可愛くも生意気な女の子の格好をしていて、むしろ微笑ましい。第三話に出てくる妖怪(?)も可愛らしくて親しみが湧く。ちなみに本書のタイトルはどういう意味だろうかと思っていたが、この第三話の「暗獣」か。
 
 細切れな新聞連載だったこともあってか、構成は、起承転結がはっきりとした感じではない。言い方は悪いが、わりとだらだらと続いていく。かと言って退屈させるようなだらだらさではなく、それこそ目の前の誰かの話を、ときおり会話を挟みながら聞いているような感じになっていた。
 
 最後に短い章が収録されていて、エピローグ的なものかと思ったら、怪異譚でこそ無いが、存外にしっかりとした事件が起こるエピソードになっていて、最後までしっかりと楽しめた。周囲を彩るキャラたちも増え、面白味が増してきて、先の楽しみなシリーズになってきた。7.5点。
 

井上夢人「ラバー・ソウル」 2012年07月23日

ラバー・ソウル

 著:井上 夢人
講談社 単行本
2012/06/02

 タイトルは "Rubber Soul"。ビートルズ中期の名アルバムから採られている。さらに各章のタイトルがこのアルバムの曲名になっており、"Track.1 Drive My Car", "Track.2 Norwegian Wood" とアルバム通りの配列で並んでいる。SIDE A, SIDE B に分かれているところも良い(でも内容とは関係ないようだが)。レコードがCD化されて久しく、A面、B面なんていう概念が忘れられかけているが、アルバム発表時はもちろん裏表に分かれていて、曲の順番もそれを意識して配置されていたはずなのだ。
 
 さて、物語は冒頭から終盤まで、淡々と、すでに終わったらしい過去のある事件に対する関係者による証言、そして鈴木誠の回想で綴られていく。
 
 鈴木誠は、幼い頃の病気が原因で周囲に不快感を与えるような容貌を持つ、小学生の頃からの筋金入りの引きこもりという男だ。実家は富豪で経済的には何不自由のない生活をしているが、音楽、とくにビートルズに詳しく、音楽誌に時々評論などを書いて好評を得ていた。そんな彼がある時、雑誌の写真撮影に協力して所有するクラシックカーを貸すため珍しく外出をした際に、目の前で大きな事故が起こる。そしてその場に居合わせたモデルの女性を車で送ったことがきっかけで強烈なストーカーと化してしまう。
 
 ストーカーとなった鈴木誠が何を行っていたのか、当時を振り返る証言がサイコサスペンスな雰囲気で物語は進んでいく。ただ、途中で殺人なども起こるが、あまり大きく盛り上がるようなところは無く、単調に、ひたすらおぞましいストーカー犯罪が描写されていく。また、鈴木誠の主観によるストーカーの論理が何度も繰り返し描かれるので、正直なところいささか嫌になるほどだ。もしかしたら途中で読むのを止めてしまう人もいるかもしれない。
 
 しかし!本作はそんな凡庸なサイコサスペンスではなかった!!なんと、意外性を旨としたどんでん返しのミステリだった。こう書くのはネタバレになるかもしれないが、本書を読むならとにかく最後まで読むべきで、途中で止めてしまったら作品の正しい評価はできない。知っていて読んでも構わないだろう。最終章に至る物語の大半が壮大なる仕掛けになっており、最終章によって世界が一気にひっくり返される。嫌な気持ちにさせられる異常犯罪の話が、切なさのあふれる物語へと姿を変える。いやそれにしたって前振りが長すぎるだろうという意見もあるかもしれないが、こういう思い切った仕掛けも、ミステリとしてはもちろん有りだろう。7.5点。
 

東野圭吾「ナミヤ雑貨店の奇蹟」 2012年07月13日

ナミヤ雑貨店の奇蹟

 著:東野 圭吾
角川書店(角川グループパブリッシング) 単行本
2012/03/28

 何をやらかしたのか逃亡中の若者三人が、空き家になって久しいあばらやに忍び込むところから物語は始まる。周囲の建物もまばらな場所に建っていたそのあばらやは、もとは雑貨店で、中に残されていた古い雑誌の記事によると、店主のお爺さんがあらゆる悩みの相談にのってくれることで知られていた店だった。
 
 三人が店に潜んでいると、シャッターの郵便受けから手紙が差し込まれる。それはなんと過去から届いた悩み相談の手紙だった。訝りながらも気になった三人は返答の手紙を書く。表の牛乳箱に入れると、過去に届くらしい。この第一章は、それなりのドラマにはなっていたが、作中に述べられている通り結果オーライなだけで、そんな感心するほどでもない。各章ごとに雑誌で隔月連載されたらしい本作は、手紙が過去と現在を行き来するという不思議な味付けはあるものの、このままこんな形の悩み相談とそれに伴うドラマが同じパターンで続くのかと思った。本屋で平積みされていた本書のポップには「東野圭吾作品史上もっとも泣ける感動作!」なんて書いていたけど、大したこと無さそう……。なんて思っていたら、さすが!ナミヤ雑貨店が中心にあることは変わらないが、物語の視点も焦点も、描き方がどんどん変えられて変化に富んだ展開で飽きさせない。しかも、時間を超えると言う設定をうまく活かした仕掛けが施されて、なかなか凝った構成になっており、"時間もの"としても優れた作品になっていた。
 
 店主の浪矢雄治がどうして悩み相談を始めたのか、どのように相談者の期待に応えてきたのか、そして奇跡の源はどこにあるのか、といったことが次第に明らかになって来て、様々なドラマが展開されたのちに話は再び最初の三人の所に戻ってくる。傑作揃いの東野作品史上で「最大の感動作」かどうかは分からないが、なにしろ良くできた素晴らしい作品であったことは間違いない。7.5点。
 

宮部みゆき「おそろし 三島屋変調百物語事始」 2012年07月04日

おそろし 三島屋変調百物語事始

 著:宮部 みゆき
角川グループパブリッシング 単行本
2008/07/30

 宮部みゆきの時代物だ。十七歳の娘おちかは、ある事情があって実家から離れ、叔父叔母が江戸で商う袋物屋の三島屋に、行儀見習い奉公として暮らしていた。過去の事件によって心に深い傷を持つおちかを立ち直らせるための荒療治なのか、叔父・伊兵衛の計らいによって、奇妙で珍しい話、不可思議な話を持つ客を迎えては、おちかを聞き役として話をしてもらう百物語が始まった。
 
 三島屋に客が携えてくる不可思議譚の基本は人情話で怪談話となっている。怪談がベースにあることもあり、寂しく切ない悲劇テイストの物語が多い。人間の業だとか、抗いがたい運命に流されててしまった人々の悲しみといったものが描かれていく。
 
 本筋ではないが、中に出てくる叔母のお民の言葉が印象に残った。客の物語の中に出てきた、悲劇に巻き込まれた愛想良しの嫁や忠義ものの使用人はどうなったのか、最後が語られることなく忘れられてしまうのが哀れだと話す。小説や映画のストーリーで多くの人が死ぬことは珍しくないが、脇役やその他大勢については、ふつう顧みられることがない。主人公だって脇役だってひとりの人間なのにだ。小説ならば仕方の無い面はあるが、現実社会でもそれは大いにあることである。大々的に注目される死もあれば、同じような死に方をしても余人の関心を持たれぬ死もある。すべてに同じだけの関心を払うことなど土台無理な話ではあるが、多少はそういう方向に思いを致すというのは大切なことのように思う。
 
 さて、やって来た客の話や、おちか自身の物語が語られた後、この百物語が媒介となり互いの人々が結びついて、最終章を迎える。最終章は時代小説とか怪談だとか言うよりも、どちらかと言えばファンタジー小説のような展開になった。道々で仲間を増やし、力を合わせてラストのボスキャラをやっつけるという冒険ファンタジーである。宮部みゆきの時代物は外れ無しと思うほど好きなのだが、宮部みゆきのファンタジーは個人的にはどうも外れ気味が多い。本書も最後は、クライマックスで壮大に盛り上がるわけでもなく、細かな押し引き(ドキドキのピンチや危機一髪と言うほどではない)のみが続き、いまひとつすっきりしなかった。
 
 ラストでは、今後の敵となる(?)あやしげな人物(?)が出てきて、物語はさらに続いていくようである。二巻目(事続)はすでに上梓されており、三巻目(参之続)に収録される話も雑誌に不定期連載中らしい。百まで続くのだろうか?おちか自身については本巻で一応の決着が付いたように見えるが、さて、続刊以降ではどのような物語となるのだろうか。7点。
 

井上尚登「事件でござるぞ、太郎冠者」 2012年06月25日

事件でござるぞ、太郎冠者

 著:井上尚登
祥伝社 単行本
2012/05/15

 太郎冠者と言えば狂言の代表的な役柄である。ということで本書は、狂言の曲目(演目のこと)が各話のタイトルで、それをそれぞれプロットのモチーフにしたミステリとなっている。狂言なんて一、二回見たことがあるくらいで、本書に出てくる中でも「附子」くらいしか筋をまともに知らなかったが、なるほど狂言には面白い話が多い
 
 主人公は人気の狂言師・峰村みの吉であるが、探偵役となるのは、みの吉の「狂言教室」に生徒としてやって来た女性、松永夏十(なつと)だ。パンクスタイルの奇抜なファッションで身を包む夏十の性格は、愛想が無くて傍若無人で唯我独尊。ネットで本書に対する感想をいくつか見ると、夏十の最初の印象がどうも悪いようだ。たしかに、悪意は無いのだが共感しにくい性格である。しかしそんな彼女は、物事や出来事の本質を見通して、真相を鋭く見抜くという能力を持っていた。
 
 話が進むにつれて、初めは無機質的な性格に描かれていた夏十も、しだいに人間味が出てくるようになる。また、いきなり「狂言教室」にやって来たかと思えば、そのまま強引に内弟子として峰村家に居候を始めた謎の部分が興味を引く。各話のミステリ部分だけを純粋に見ると、そこそこよく出来てはいるのだが、正直なところサプライズ感だとか面白味には欠けている感じがする。しかしそこを夏十のキャラなどがうまくカバーしていて、全体としてなかなか楽しめる作品になっていた。まあそのキャラ造形も「これってアリですよね」の決めゼリフとかいささか浮いているし、ちょっと勇み足というか気負い過ぎなところも感じられたが、話が進むにつれてだんだん方向性が定まってきて、後半ほど良くなっていた。おそらく、これで完結なのだろうが、このままもうすこしシリーズで読みたかった。7点。
 

加納朋子「七人の敵がいる」 2012年06月19日

七人の敵がいる (集英社文庫)

 著:加納 朋子
集英社 文庫
2012/03/16

 読み出してから知ったのだが、いまこの作品は、今年の4月からお昼時間帯のテレビドラマ化されて放送されているところだった。テレビのタイトルは、サブタイトルが付いて「七人の敵がいる! 〜ママたちのPTA奮闘記〜」。
 
 「男は外に出れば7人の敵がいる」という言葉があるが、それをもじって付けられたタイトルである。主人公の山田陽子は小学生の息子を持つ母親であり、第一線の編集者としてバリバリとハードな仕事に明け暮れる敏腕ビジネスウーマンだ。性格は勝ち気で、思ったことはずばずば言い、他人に対して必要以上の気を遣うよりは合理性を好む。そんなわけで敵を作りやすい彼女が、PTAや子供会や自治会と言った雑用の類が実に多いコミュニティの中で奮闘する姿を描いていく。
 
 全7章から構成されているが「女は女の敵である」「義母義家族は敵である」「男もたいがい敵である」と、各章のタイトルを見ていくだけで、たいへん関心が引かれる。ドタバタコメディー風になるのかと思ったら、イヤーな奴も出てくるし、6章の小学校教師など一線を越えてしまっているし、けっこうシリアスなところもあって、ヒヤリとしたりハラハラさせられたりする。しかし絶妙なさじ加減で、最後にはしみじみと、ほっこりと温かい気持ちになれる。作者の持ち味が良く出ていた。
 
 それにしてもPTAとかって大変なのだなあ。仕事を持ちながら子育てをする母親の大変さというのはいくらかは知っていたが、改めて大変なことだと思う。子供の学校や地域社会といったコミュニティを大事にすべきという一般論も分かるが、たしかに実際問題として、勤め人には厳しいことこの上ない。それが個々の事情を考慮せず、"女性"だとか"母親"であると言うだけで負担が回って来るというのはやはり理不尽な話だ。ここで描かれている状況は現実によくあることなのだろうか。あとがきによると作者の実体験を下敷きにしているようだ。作者は本書の内容を「日常であり現実でありコメディーであり……時にはある意味ホラーです」と述べているが、まさに。まあ、そんな問題も考えつつ、物語としてもたいへん楽しめる秀逸な作品だった。7.5点。
 

道尾秀介「カササギたちの四季」 2012年06月13日

カササギたちの四季

 著:道尾秀介
光文社 単行本
2011/02/19

 「月と蟹」(未読)で第144回直木賞(2010年下半期)を受賞した作者の、受賞後第一作となった連作短編集(ただし、雑誌掲載の各話の初出は2008年から2009年)。
 
 リサイクルショップ・カササギの店長、華沙々木丈助(かささぎぎょうすけ)はちょっとした事件に首を突っ込んでは謎を推理するのが趣味。その推理の冴えに、南見菜美(みなみなみ)という女子中学生のファンも付いている。…のだが、主人公は彼ではない。実際のところは、華沙々木は単なる探偵気取りであって、本当はその推理は的外ればかり。彼の推理が当たったように見せて、うまく事件が解決するように裏でお膳立てをしているのは、実は副店長の日暮正生(ひぐらしまさお)なのであった
 
 ショップに持ち込まれたブロンズ像が、深夜の倉庫に忍び込んだ人物によって燃やされた理由を推理する「春 鵲の橋」、客の木工製作所で、神社から切り出されたご神木が傷つけられ脅し文句が刻まれていたという事件の謎を解く「夏 蜩の川」、菜美との出会いでもあった、華沙々木の(つまりは日暮の)最初の事件を描いた「秋 南の絆」、雪に降られて一晩泊まることになった寺での泥棒騒動の「冬 橘の寺」、計4編から構成されている。
 
 冒頭で日暮が強突張りの和尚から強引な取引をさせられるお約束から始まり、華沙々木が事件の迷推理を開陳して、菜美はそれに感心するのだが、結局最後に日暮がふたりには気付かれないように本当の真相を明らかにして事件の後始末をする、というのが基本のパターンとなっている。
 
 文章の細かいところで引っかかるところがあったり、この作者にしては造りが甘いように感じた。わりと人情話的にまとめられているのだが、どこかちょっと歯切れが悪いというか、すっきりしない印象が残る。真の探偵役の活躍が表立って見せられないという制約があまり良くないのではないだろうか。それに、日暮もそれほど頼りになるキャラというわけではないのも、すっきりしない理由のひとつかもしれない。しかし最終話では総決算として、それまでのいろいろな事柄が収まるべきところに収まった感じで読後感が良く、そこはさすがであった。7点。
 

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