- 井上夢人「ラバー・ソウル」 2012年07月23日
タイトルは "Rubber Soul"。ビートルズ中期の名アルバムから採られている。さらに各章のタイトルがこのアルバムの曲名になっており、"Track.1 Drive My Car", "Track.2 Norwegian Wood" とアルバム通りの配列で並んでいる。SIDE A, SIDE B に分かれているところも良い(でも内容とは関係ないようだが)。レコードがCD化されて久しく、A面、B面なんていう概念が忘れられかけているが、アルバム発表時はもちろん裏表に分かれていて、曲の順番もそれを意識して配置されていたはずなのだ。 さて、物語は冒頭から終盤まで、淡々と、すでに終わったらしい過去のある事件に対する関係者による証言、そして鈴木誠の回想で綴られていく。 鈴木誠は、幼い頃の病気が原因で周囲に不快感を与えるような容貌を持つ、小学生の頃からの筋金入りの引きこもりという男だ。実家は富豪で経済的には何不自由のない生活をしているが、音楽、とくにビートルズに詳しく、音楽誌に時々評論などを書いて好評を得ていた。そんな彼がある時、雑誌の写真撮影に協力して所有するクラシックカーを貸すため珍しく外出をした際に、目の前で大きな事故が起こる。そしてその場に居合わせたモデルの女性を車で送ったことがきっかけで強烈なストーカーと化してしまう。 ストーカーとなった鈴木誠が何を行っていたのか、当時を振り返る証言がサイコサスペンスな雰囲気で物語は進んでいく。ただ、途中で殺人なども起こるが、あまり大きく盛り上がるようなところは無く、単調に、ひたすらおぞましいストーカー犯罪が描写されていく。また、鈴木誠の主観によるストーカーの論理が何度も繰り返し描かれるので、正直なところいささか嫌になるほどだ。もしかしたら途中で読むのを止めてしまう人もいるかもしれない。 しかし!本作はそんな凡庸なサイコサスペンスではなかった!!なんと、意外性を旨としたどんでん返しのミステリだった。こう書くのはネタバレになるかもしれないが、本書を読むならとにかく最後まで読むべきで、途中で止めてしまったら作品の正しい評価はできない。知っていて読んでも構わないだろう。最終章に至る物語の大半が壮大なる仕掛けになっており、最終章によって世界が一気にひっくり返される。嫌な気持ちにさせられる異常犯罪の話が、切なさのあふれる物語へと姿を変える。いやそれにしたって前振りが長すぎるだろうという意見もあるかもしれないが、こういう思い切った仕掛けも、ミステリとしてはもちろん有りだろう。7.5点。
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