- 道尾秀介「月と蟹」 2012年11月20日
- 道尾秀介「月と蟹」
| 月と蟹
著:道尾 秀介 文藝春秋 単行本 2010/09/14
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第144回(2010年度下半期)直木賞の受賞作品である。5回連続ノミネートの末の受賞となった。作者の作品は当初ミステリ系が中心だったと思うが、だんだんと、直木賞シフトと言うこともあってか、ミステリ色が薄い作品も多く書くようになって来た。本作品ではミステリ色はほぼ無くなっている。 この物語に描かれる中心人物は小学五年生の少年。そしてその友人ふたりである。徹底的に子供の世界が中心に置かれており、大人に比べてはるかに無力で未熟な子供の側から描かれるということが、この作品の風景を決定づけている。 家庭環境、学校のクラス内における立ち位置、主人公を取り巻く環境は不安定で、どこかを一押しすると一気に壊れそうな危うさを感じさせる。しかし、ストーリーの中でとくに大きな事件が起こるわけではない。中にはシリアスな問題も出てくるが、どちらかというと第三者から見たら、さほど注意を引かないようなありふれた程度の悩みが多い。とは言え、現実と同じく当事者が何をどう感じるかは本人にしか分からないわけで、楽観的な人にとっては何でもないことも、人によっては大きな悩みの種になることはよくある話だ。その点、この主人公は繊細で感じやすい心の持ち主である。様々な不安と恐れの心を押さえつけながら、毎日を暮らしている。そんな彼が唯一仲が良くなった友人と始めたちょっと残酷な儀式の遊びが作品のキーになっている。 いろいろな出来事が少年の心を不安定に揺さぶり続け、精神的に追い詰めていくのだが、タフさやしたたかさを持った大人の話と違って、肉体的にも精神的にも弱い子供がシビアな状況に直面させられるという類の話は若干苦手である。文学的完成度は高いと思う。がしかし、個人的な好みの問題もあり、あまり読後の充実感を感じることはできなかった。7点。
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