読書日記

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東野圭吾「虚像の道化師 ガリレオ7」 2012年12月16日

虚像の道化師 ガリレオ 7

 著:東野 圭吾
文藝春秋 ペーパーバック
2012/08/10

 作者の代表定番シリーズとなったガリレオシリーズもとうとう七冊目だ。本書は4作品を収録した短編集である。続く「禁断の魔術 ガリレオ8」が、本書からあまり間を置かず、すでに出版されいてる。シリーズに番号を振ってくれるのはいいな。順番に読んだ方がよいシリーズはもちろんだが、そうでないものでも順番が分からないのは混乱のもとになるし、手を出しにくくなる。
 
「幻惑す」新興宗教の教祖が見せる、人に「念を送る」能力の仕掛けとは?信者を騙す話術なども含め、こういうのは実際にありそう。
「心聴る」同じ職場で続けて起こった事件の背後にあった原因は"幻聴"。途中でトリックの予想を付けたが早々に否定が入り、さらに進んだ科学技術が使われていた。
「偽装う」別荘の中で往年の人気作詞家とその妻が殺されているのが見つかった。強盗か?それとも怨恨か?湯川はある不自然な点に気付く。そして、問題は順番だった。
「演技る」劇団の演出家が殺される。犯行現場のシーンから始まり、倒叙ものかと思ったら、ちょっとした叙述トリックにもなっていた。動機の部分がちょっと納得し難いけど、よく出来ている話。
 
 前半二作品はいかにも理系の科学トリックを駆使した作品でこのシリーズらしい作品。一方後半の二作品はとくにこのシリーズである必然性はない感じ。しかしいずれにせよ、どれもさすがのレベルで、外れなしの作品集になっていた。7.5点。
 

牧薩次「完全恋愛」 2012年12月8日

完全恋愛

 著:牧 薩次
マガジンハウス 単行本
2008/01/31

 大御所・辻真先の別名義作品である。牧薩次という名は、辻真先のアナグラムであり、辻作品の中に登場する探偵役の名前でもある。2009年版の「このミステリーがすごい!」と「本格ミステリ・ベスト10」で第3位、「文春ミステリーベスト10」第6位となり、第9回本格ミステリ大賞を受賞した。
 
 第二次世界大戦末期、終戦間際という時代から物語は始まる。物語の軸となるのは、空襲で家族を失い、福島県にある田舎の温泉地・刀掛温泉郷で旅館を営む伯父のところに身を寄せている少年、後に洋画家・柳楽糺として画壇に広く名を馳せる巨匠となる本庄究である。究少年は、ここで旅館の離れを借りて疎開してきた小仏画伯とその娘の朋音と出会う。
 
 やがて戦争が終わり、物語は昭和史をなぞるようにして進んでいく。そしてその要所要所に、秘めたる恋愛や秘めたる犯罪の物語が綴られる。ちなみに、内容ばかりでなく、物語の語り口や、話運びにも昭和の香りを感じた。全体的にはわりと淡々と進んでいくが、各章で発生する事件は、遠く離れた場所からの遠隔殺人や、鉄壁のアリバイに守られた殺人事件など、いかにも本格ミステリっぽい。最後に、やや強引なところもあるが、それらの謎が明かされる。しかしながら最大の仕掛けはそこではないのだ。最後の最後に明かされるサプライズが、読者を唸らせる。7.5点。
 

道尾秀介「月と蟹」 2012年11月20日

道尾秀介「月と蟹」
月と蟹

 著:道尾 秀介
文藝春秋 単行本
2010/09/14

 第144回(2010年度下半期)直木賞の受賞作品である。5回連続ノミネートの末の受賞となった。作者の作品は当初ミステリ系が中心だったと思うが、だんだんと、直木賞シフトと言うこともあってか、ミステリ色が薄い作品も多く書くようになって来た。本作品ではミステリ色はほぼ無くなっている。
 
 この物語に描かれる中心人物は小学五年生の少年。そしてその友人ふたりである。徹底的に子供の世界が中心に置かれており、大人に比べてはるかに無力で未熟な子供の側から描かれるということが、この作品の風景を決定づけている。
 
 家庭環境、学校のクラス内における立ち位置、主人公を取り巻く環境は不安定で、どこかを一押しすると一気に壊れそうな危うさを感じさせる。しかし、ストーリーの中でとくに大きな事件が起こるわけではない。中にはシリアスな問題も出てくるが、どちらかというと第三者から見たら、さほど注意を引かないようなありふれた程度の悩みが多い。とは言え、現実と同じく当事者が何をどう感じるかは本人にしか分からないわけで、楽観的な人にとっては何でもないことも、人によっては大きな悩みの種になることはよくある話だ。その点、この主人公は繊細で感じやすい心の持ち主である。様々な不安と恐れの心を押さえつけながら、毎日を暮らしている。そんな彼が唯一仲が良くなった友人と始めたちょっと残酷な儀式の遊びが作品のキーになっている。
 
 いろいろな出来事が少年の心を不安定に揺さぶり続け、精神的に追い詰めていくのだが、タフさやしたたかさを持った大人の話と違って、肉体的にも精神的にも弱い子供がシビアな状況に直面させられるという類の話は若干苦手である。文学的完成度は高いと思う。がしかし、個人的な好みの問題もあり、あまり読後の充実感を感じることはできなかった。7点。
 

蒼井上鷹「11人のトラップミス」 2012年11月13日

11人のトラップミス (FUTABA NOVELS)

 著:蒼井 上鷹
双葉社 単行本(ソフトカバー)
2010/05/18

 初めて読む作家さんの短編集。本書のタイトルと表紙から想像できるとおり、サッカーが共通テーマで、各話の題名もサッカー用語。話の内容が必ずしも密接に関連するわけではないが、一応それぞれサッカーに絡めてある。短編、というか短編とショートショートが交互になって、あわせて11編が収録されている。ショートショートは数合わせ?いや、でも書き下ろしもあるが、巻末の初出一覧を見るとショートショートもけっこう複雑な順番で発表されている。
 
 衣服に付いた指紋が重要な役割を担う話があるのだが、これってあり得るのだろうか?調べてみるとどうやらごく最近になって、そういう指紋採取技術の開発がされているようなので、まったくあり得ないわけではないのか。しかし、「これ調べてくれ」と言ってから1時間で結果が出ることはやはり無いだろう。他にもちょこちょこと、ちょっとそれはどうなのかというところがある。推理小説なんて、読んでいてリアリティに首をかしげることなど珍しくはないが、あまり「常識」を逸脱しているとやっぱり興が冷める。
 
 なかなか凝っている話もある。一番良かったのは第二話「トラップミス」かな。突然掛かってきた身代金を要求する電話から幕を開け、短い間にも次から次へと新たな事実が浮かび上がってくる忙しい展開がけっこう面白かった。
 
 最初つまらないと思った各ショートショートは、読み進むにつれて互いのつながりが見えてきたり、メタ構造があったりと、それなりに考えられていた。ただ、最後に完全にひとつに収束するわけではなく、バラバラのまま終わった部分もあって中途半端だったのが残念。6.5点。
 

東川篤哉「魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?」 2012年11月06日

魔法使いは完全犯罪の夢を見るか?

 著:東川 篤哉
文藝春秋 単行本
2012/09/28

 東川篤哉の新シリーズ。表紙はブレイク作「謎解きは〜」以降お馴染みのイラスト系で、描いた人もタッチも異なるが、ぱっと見の印象は似ている。中篇4作を収録しており、どこかで聞いたような本書のタイトルは、もともとは一本目の初出時に付けられていたタイトルだ。
 
 シリーズキャラとして小山田聡介刑事と、彼が慕う上司"八王子市警の椿姫"こと39歳独身の椿木綾乃警部がおり、そこになぜか"魔法使い"で"お手伝いさん"の三つ編み少女マリィが絡んでくる。キャラ以外の本シリーズの特徴は「倒叙ミステリー」であること。焦点は犯人の仕掛けた罠・トリックを見破るところになる。変な趣味嗜好の持ち主で一見頼りにならなそうな小山田刑事が、最終的には真相にたどり着いてみせる。
 
「魔法使いとさかさまの部屋」『チャイナ橙の謎』っぽい、いろいろなものがひっくり返されて置かれた部屋で殺害された映画監督の妻。逆さまの部屋はなぜ、そしてどうやって構築されたのか。
「魔法使いと失くしたボタン」エクササイズ教室の売れっ子講師が考えたアリバイトリックのほころびは現場で落としたジャケット袖のボタンだった。
「魔法使いと二つの署名」このタイトルはホームズから?犯人は自殺に見せるため署名付きの完璧な遺書を偽造したのだが、意外な落とし穴があった。
「魔法使いと代打男のアリバイ」今は代打専門のかつてのスタープロ野球選手によるアリバイ工作。何気ないところからアリバイが崩されていく。
 
 大傑作とまでは言わないが、どの作品もミステリとして一定のレベルを超えるなかなかの佳作になっていた。椿木警部のキャラあたりがまだ生かし切れていない感もあるが、これからシリーズの世界観が定まってくるにつれて真価を発揮してくるのではないだろうか。マリィなんかは話が進むにつれてだいぶ親しみが出てきた。今後の展開が楽しみだ。7点。
 

川端裕人「雲の王」 2012年10月31日

雲の王

 著:川端 裕人
集英社 単行本(ソフトカバー)
2012/07/05

 気象台に勤め、小学六年生の息子と母子ふたりで暮らす南雲美晴は、本来は目に見えない大気中の水蒸気の流れを見ることができる不思議な能力を持っている。その能力は一族に伝わるものだったが、幼い頃に両親を事故で亡くした美晴はそのことを知らずに生きてきた。そんな美晴のところにしばらく音信不通だった兄からのメッセージが届く。
 
 目に見えないものを見る力というと、例えばにおいを視覚的に感じ取る能力を描いた井上夢人「オルファクトグラム」や、音を感じ取る能力の浅暮三文「石の中の蜘蛛」などがあった。しかし本作品の物語の方向性はそれらとはだいぶ異なっている。
 
 本作は、犯罪サスペンスミステリなどではなく、印象的にはどちらかというとファンタジーに近い。美晴の持つ能力は異世界の術のようだし、そんな特殊な能力を持つ古来からの一族という設定もファンタジーだ。一方、その能力をもって対峙するのは邪悪な魔法使いでも、世界を滅ぼす脅威でもなく、普通の気象現象である。もちろん気象災害だってあなどれないのだが。クライマックスでは、大規模災害をもたらしかねない強力な台風に挑む
 
 ところで、この作品は美晴の能力以外は基本的に現実的な世界の話だったのだが、このクライマックスの場面はかなりぶっ飛んでいた(喩えるならダン・ブラウン的)。話造りやキャラの動かし方なんかでは、各所の細かいところに、しっくりと来ないというか、ぎこちなく感じる部分も多かったが、一風変わったユニークな設定で面白く読めた。7点。
 

伊坂幸太郎「陽気なギャングの日常と襲撃」 2012年10月22日

陽気なギャングの日常と襲撃 (ノン・ノベル)

 著:伊坂 幸太郎
祥伝社 新書
2006/05

 シリーズの二作目である。一作目「陽気なギャングが地球を回す」を読んだのはずいぶん前のことだ。それから、作者の作品は少なからず読んでいるが、一作目を気に入っていたにもかかわらず、2006年刊行の本書を読んでいなかったのにとくに理由はない。
 
 もともとは一作目を受けて、4人のギャング(銀行強盗)のひとりずつにスポットライトを当てた連作短編ということで書き始められた。ところが雑誌に4本を掲載したところで、まとめて長編に仕立てることになったようだ。そんなわけで、本書の前半分を占める第一章はもともとは独立した短編だった4本に加筆修正されたもの。これが4人の顔見せのような位置づけにもなっていて、前作の記憶がおぼろげになっていた自分には良かった。ちなみに、3本目の雪子の話が白眉。ほかも良いがストーリー的にはあっさりしているのに対して、雪子の話はなかなか練られていた。
 
 4人が合流する後半に入ると、いきなりさくっと銀行強盗を遂行する。もちろん誰も傷付けたりはしない。銀行強盗は成功裏に終わったが、ここから思いがけない展開に入っていく。軽妙洒脱でユーモアにあふれた文章は作者の最大の持ち味であるが、作品によってはやや上滑り気味だなと感じることもたまにある。しかしこのシリーズはその魅力が最大限に発揮されているように思う。読みやすくて洗練された文章で綴られる物語は、コメディーサスペンスでもあり、ちょっとコンゲーム的な要素も入っていたり、そして様々な伏線を巧く絡み合わせた構成も見事で、作者の本領発揮の秀作だった。このシリーズ、さらなる続編はないのだろうか。7.5点。
 

マイクル・クライトン(酒井昭伸・訳)「NEXT (上・下)」 2012年10月12日

NEXT 上 (ハヤカワ・ノヴェルズ)

 翻訳:酒井 昭伸
早川書房 単行本
2007/09/07

 2008年に死去した世界的ベストセラーSF作家の、生前に発表された最後の作品である。なお、死去時に未発表だった『パイレーツ―掠奪海域』や、未完のまま残されていて、リチャード・プレストン氏が後半を書き足して完成させた『マイクロワールド』が近年刊行されている。
 
 2006年発表(原書)のこの作品の中で、最先端のツールとして人々が手にしているのは BlackBerry の PDA(携帯情報端末)だ。いや、今も BlackBerry は現役だけど。しかし今なら Android や iPhone が出てくるところだろう。そんな昔のことではないのに、この手のガジェットは時代を感じさせてしまう。
 
 それはともかく。いささか科学的に首をかしげるような設定(液体窒素が他の化学物質よりも惨事を招きやすい!?)のアクションシーンから物語は始まり、その後は地味な展開が続く。主人公はとくに存在しないようで、あちこちにいる様々な登場人物たちのストーリーが同時進行して、少しずつ絡み合っていく。遺伝子工学などの最先端科学が登場するが、なかなかSFらしくはならなず、どちらかと言えばあまり面白くない。ようやく上巻の最後の方になって、人語を解し、会話もできるオウムやチンパンジー(正確には人間とのハイブリッド)が出てきて、SFっぽくなってきた。
 
 しかしその後も、ストーリーの中心になっているのは、クールでSF的なサスペンスやバトルではなく、現実社会の中で人間性の醜さが引き起こす泥くさいトラブルやいがみ合いといったものが多い。知性を持ったオウムやチンパンジーの存在は飛び抜けてSF的だが、その他は現実そのものか、あるいは現実に多少脚色を加えた程度で、わくわく感は無い。また、SF的な荒唐無稽さはフィクションを面白くできるが、本作では現実の社会常識的な部分の設定や描写に荒唐無稽なところがあった。ただし、これは現代社会で実際にある理不尽さをあえて誇張する狙いがあったのだろう。
 
 ということで、期待していたジェットコースターストーリーのクライトン節は不発で、エンターテインメントとしての完成度は高くない。本書には異色の「著者あとがき」が付いている。そこで語られているのは作品内容についての話ではなく、バイオテクノロジーを巡る昨今の状況に対する警告と、改善を促す言葉だった。遺伝子操作や自然の私物化・産業化などに警鐘を鳴らすことこそが本書執筆の目的だったということであろう。進歩の速い世界のことなので、作品発表時からもいろいろと変わっているかもしれない。それが良い方向なのか悪い方向なのか分からないが、作者の主張するところはおおむね賛同できるもので、作者が考えていたような方向に向かっていればよいのだが。6.5点。
 

島田荘司、有栖川有栖、ほか「Mystery Seller - とっておきの謎、売ります。」 2012年09月23日

Mystery Seller (新潮文庫)

 編集:新潮社ミステリーセラー編集部
新潮社 文庫
2012/01/28

 新潮文庫の『Story Seller』『Fantasy Seller』シリーズの仲間として、「すべてのミステリファンに捧ぐ。文庫史上最も華麗なアンソロジー。」と銘打ち、『小説新潮』Mystery Seller特集(2010年9月号、2011年3月号)の掲載作を編集・収録している。
 
島田荘司「進々堂世界一周 戻り橋と悲願花」蘊蓄話がやがて曼珠沙華をキーワードにして御手洗による語りへとつながる。日本の侵略と戦争によって辛酸をなめてきたある韓国人の半生と、ひとつの奇跡の物語。6.5点。
有栖川有栖「四分間では短すぎる」江神部長が活躍する学生有栖のシリーズ。なぜか松本清張『点と線』論を挟み(その意義は後で明かされる)、有栖が耳にした公衆電話の隣の男のセリフを巡る推理合戦(『九マイルは遠すぎる』ゲーム)となる。6.5点。
我孫子武丸「夏に消えた少女」幼女誘拐事件発生か?危うい雰囲気を漂わせて始まるほんの短い作品で、キレの良い叙述トリックがきまっていた。7点。
米澤穂信「柘榴」美しい母と美しい姉妹。長女のたくらみは後味の悪いものだし、意外性があるわけでもなかったが、最後のもうひとたくらみに意表を突かれた。6.5点。
竹本健治「恐い映像」偶然見たTVCMの映像に感じた恐怖の理由を探る。発端と展開は良かったが、謎も一部残ったままだし、結末がつまらない。6点。
北川歩実「確かなつながり」一室に監禁された女性。犯人と調査者の視点をスイッチしながら次第に経緯と謎が明かされて行く。先端科学トピックを盛り込み、多重の真相でたたみ掛ける、作者得意のパターンは短編でも健在。7.5点。
長江俊和「杜の囚人」初めて読む作家。普段は活字より、TVなど映像の世界の人らしい。家庭用ビデオカメラの映像断片で綴られる物語は、映像化向けかと思ったが逆で、映像化は無理なパターンだった。それはともかくラストのまとめ方が、意外感こそあるが、無理矢理で合理性がない。6点。
麻耶雄嵩「失くした御守」無くした御守りの行方と、無理心中が転じた殺人事件を追う。それっぽい展開だったが、最後はなんとも。。それでいいの?という現実離れした感じになってしまった。6.5点。
 

大崎梢「夏のくじら」 2012年09月12日

夏のくじら

 著:大崎 梢
文藝春秋 単行本
2008/08

 書店ミステリシリーズでお馴染みの作者による、土佐・高知のよさこい祭りを主軸にして描かれた青春小説である。
 
 「ねぶたや阿波踊りならいざ知らず、高知のよさこいでは」とは中に出てくる言葉だが、たしかに「よさこい」が具体的にどんなものなのかまったく知らなかった。ねぶたや阿波踊りだってよく知っているわけではないが、よさこいはそれ以上に、名前くらいしか知らなかった。漠然と想像していた、地方の古くからある伝統行事というイメージはどうやら当てはまらない。戦後になって、お隣の徳島の阿波踊りに対抗して作られたのがルーツだったのか。チームで参加し、多くのチームが現代的にアレンジされた音楽やダンスで盛り上がり、そして競い合う。お祭りというと盆踊りなど、なんとなく夜のイメージがあるが、よさこいは、夜ばかりでなく真昼の炎天下に、しかももっとも暑い夏の盛りの時期にハードに踊りまくる。本作では、見物客の視線ではなく、参加者や裏方の側から見たよさこい祭りの姿が描かれており、祭りがどうやって運営されて、どんな人たちが参加して、どんな盛り上がりを見せるのかという、よさこい祭りの雰囲気と魅力と苦労がしっかりと伝わってきて、よさこいにたいへん興味が湧いてくる。
 
 東京から高知大学に進学して、祖父母の家から大学に通う篤史は、中学生だった4年前にも踊り手としてよさこい祭りに参加したことがあった。その時に出会った年上の女性は、約束していたのに祭りの2日目に現れず、篤史は彼女にもう一度会って約束を果たしたいと願っていた。その思いが後押しして、ふたたびよさこいに参加する。また、篤史の従兄弟をはじめとした他の参加者たちも、それぞれの真剣な思いを胸に集まってきていた。
 
 若干、エピソードの盛り込み方や、人物同士のやり取りなどで、作者の頭の中でひねり出されたのだろうが現実的には不自然に感じる、というようなところもあった。ああ、作者の過去作に対する感想でも、同じことを書いていたっけ。だがしかし本作もデビュー二年目の作品である。新しい作品を次々に書いているようだし、きっとこういうところはどんどん良くなってくるだろう。そして一番大事なところだが、この作者の作品はどの作品も細かい欠点など気にさせない魅力にあふれていて、読後の印象が良い。本作品も、最後はもうひとつエピソードが欲しいような気もしたが、爽やかで清々しく終わり、満足の一冊だった。まったく追いついていないが、もっと最近の作品も読んでみよう。7.5点。
 

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