読書日記

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岡嶋二人「珊瑚色ラプソディ」 2003年05月27日

 里見耕三は結婚式を挙げるため、オーストラリアから一年半ぶりで日本へ帰ってくる。しかし迎えに来るはずだった婚約者の白井彩子は、旅行先の沖縄で入院していた。しかも彼女は旅行中の記憶を失い、一緒にいたはずの女友達は連絡が取れなくなっていたのだった。美しい沖縄の島でいったい何が起こったのか
 
 1987年に発表された作品だ。作中にレコード店へ行く場面が出てくるが、そう言えばこの頃はまだCDはなくレコードだった。ちょうどCDが普及しはじめる直前くらいだろうか。耕三はレコード店でビデオを買うのだが、これってVHSだろうか、それともベータだろうかなんてよけいなことも考えてしまった。
 
 閑話休題。話の進め方や登場人物の動きなどには若干だが、いかにも小説、というような感じを受けた。しかし、サスペンスとしてはうまくまとめられている。彩子の記憶喪失と、その前後の記憶と現実の食い違い。現実にあり得そうもないと思わせる矛盾をまず謎として提示し、最後にはすべてが合理的に説明される。過疎が進む沖縄の孤島という舞台装置をうまく使っている。TVドラマに向いていそう。7点。
 

東直己「探偵はひとりぼっち」 2003年05月23日

 ススキノで皆から慕われていたオカマのマサコちゃんが殺された。多人数に全身をめった打ちにされて死んだのだ。しかし警察の捜査は遅々として進まず、犯人の目星は全く付かないでいた。事件から数ヶ月が経ち、あきらめとともに周囲の人間からも事件の記憶が薄れてきた頃、恋人の春子と平和な日々を送っていたススキノ便利屋探偵の<俺>は、突然マサコちゃんの悔しさに思いが至り、犯人を突き止めることを決意する。まもなく事件の背景には巨大な力が関係しているらしいことが分かる。関係者が皆及び腰になる中、<俺>は孤独な闘いを強いられることになった
 
 シリーズの5冊目、かな?たぶん。シリーズはあと、4冊目の短編集「向う端にすわった男」をまだ読んでいない。
 
 大物政治家とは言え、スキャンダル隠しの妨害としては少し大がかりすぎる気がするし、影響力も過大に描かれているように思う。このようなことは確かにあるのだろうが、現実にはここまでハデには出来ないだろう。スキャンダルを隠すつもりが、さらに事態を悪くしかねない。という辺りの舞台設定が気にならなくもないが、それはそれとして、数々の妨害にさらされ、散々な目に遭いながらもじわりじわりと真相に近づいていく<俺>の物語は、いつも通り素晴らしかった。
 
 そして秀逸なのが、事件終結後の伏線を生かしたエピソードである。なるほど冒頭のアレはこのためだったのか。そしてもうひとつインパクトがあるのが、さらにその後のラストシーンである。本書単体で読んだ人にはさほどの印象は残さないかもしれないが、シリーズで読んでいる読者には、その後の展開が気になる衝撃のラスト!、かもしれない。(ただ私はすでに、その後の物語「探偵は吹雪の果てに」を読んでしまっていたのが残念) 7.5点。
 

東直己「死ねば いなくなる」 2003年05月20日

 待望の東直己の新作、かと思いきや。冒頭の書き下ろし一編を除いて、作者が1992年に「探偵はバーにいる」デビューする以前に書かれた作品群が収録されている。初出が「北方文芸」とかになっているが、これは地域誌か何かだろうか? 最近の作品のイメージで読むと期待はずれかも。でも、先入観なしで読めばそれなりにインパクトを持っている
 
「困っている女」一見まともそうだが実は、という女。こういう人物は滅多にいないだろうが関わってしまったら災難である。オチらしいオチがなく、結末はちょっと落ち着きが悪い。6点。
「梅雨時雨」純文学と娯楽小説を足して2で割り、不条理とハチャハチャを掛け合わせたような小説。まったくの現実と、まったくの現実離れが強引に同居した作品だ。7点。
「死ねば いなくなる」この作品も、あくまで現実的な風景や人間模様の中に、唐突に、現実とは乖離したSF的要素が侵入してくるところがミソ。6.5点。
「路傍の石」飛び乗った電車の乗客は変人だらけ。不条理でもあり、ホラーとも言える。それだけに終わらずもう一ひねりあれば良かったのだが。6点。
「ビデオ・ギャル」世界が少しずつズレていく。ありがちかもしれないが何とも言えない怖さを感じる作品。悪夢にうなされた後のような不安な気持ちにさせられた。7点。
「逢いに来た男」幽霊の存在が雰囲気を醸しているが、基本は学生と娼婦の純愛物語。6点。
 

西澤保彦「人形幻戯」 2003年05月17日

 <チョーモンイン>神麻嗣子シリーズの6冊目で、短編が6作品収められている。3冊目の短編集「念力密室!」と4冊目の番外長編「夢幻巡礼」が未読のままだ。「夢幻巡礼」は実はすでに入手しているのだが積ん読状態になっている。運良く図書館で借りられた本書は返却期限があるので、これを先に読むことに。
 
「不測の死体」離れた場所でほぼ同じ時刻に、同じ凶器で殺害された夫婦の謎。それでうまく死ぬのかという気はするが、使われたテレポーテーション能力は作者の独自設定なのだから納得するしかないか。7点。
「墜落する思慕」墜落前に体が上昇していた理由は半分見当が付いた。背景にある嫉妬が神余さんと二重写しに描かれる。「不測の死体」に続いて、ここでも描写される不可解な記憶喪失は一体何の伏線になるのだろうか?6.5点。
「おもいでの行方」超能力で記憶が消去された2時間に起こった殺人事件。謎解きがすっきりしないなあと思ったらどんでん返しがあった。でもやっぱりすっきりはしないけど。しかしさらなる結末がブラックで、これは決して好みではないのに印象に残る。7点。
「彼女が輪廻を止める理由」心理的な面からはあまり納得いかないが、「輪廻」あるいは「ババ抜きのババの順送り」を幾重にも重ねてうまく物語を組み上げている。6.5点。
「人形幻戯」これも心理的な面からはしっくりこない。表題作なのに主要キャラは神麻さん始めほとんど登場せず、ただひとり神余さんが活躍する。6.5点。
「怨の駆動体」書き下ろしの短い一編。登場キャラの増加に伴って活躍の場が少なくなった主役ふたりの顔見せ?ほとんど神麻さんと保科匡緒の二人の会話で、サイコキネシスが関係した事件について推理する。6.5点。
 

島田荘司 責任編集「21世紀本格」 2003年05月14日

 島田荘司氏がこの人はと思う作家に執筆依頼状を送り、最新科学の知識に基づいた21世紀の本格ミステリが取るべき指針を示すべく編まれたという書き下ろしアンソロジー短編集。以下、各話ごとに感想。
 
響堂新「神の手」最先端生物科学のテーマはたいへん面白かった。しかし物語としてはまとめ方が物足りない。6.5点。
島田荘司「ヘルター・スケルター」題名はビートルズの『ホワイト・アルバム』の一曲。知る人ぞ知るチャールズ・マンソンの事件。壊れた脳は物語の核心と言うより読者を眩惑する仕掛けか? 6.5点。
瀬名秀明「メンツェルのチェスプレイヤー」ロボットの自由意志、ロボットと人間の境界といったことがテーマ。ミステリ的には教授殺害の謎ともうひとつのトリックが中心。もうひとつの方はバレバレだけど。6.5点。
柄刀一「百匹目の猿」車椅子探偵の熊ん蜂こと熊谷斗志八のシリーズ。百匹目の猿は科学的には根拠がない共時性(シンクロニティ)を語るエピソード。これが強調されてもなあ、と心配したが、それはまあ謎解きを補強する飾りみたいなものだった。6.5点。
氷川透「AUジョー」多少、読みにくさを感じた。人口が激減し、嵐の孤島的な閉鎖環境とみなせる近未来世界で起こった殺人事件。6点。
松尾詩朗「原子を裁く核酸」ダイイング・メッセージは豪快すぎると思うが、一応すべて収まるべき所へ収まり、理に落ちた結末を迎えている。7点。
麻耶雄嵩「交換殺人」酔った勢いで本気じゃない交換殺人の約束をしたという男。彼が手を下してもいないのに標的が死んでしまう。このままでは次に妻が殺される?最後の一文の意味がよく分からなかったのだが。7点。
森博嗣「トロイの木馬」ミステリなのかな、これ。たしかにその要素もあったけど、どちらかと言えば近未来SFで、仮想現実で混乱を誘って思いつくまま書かれた散文という感じ。6.5点。
 

天藤真「死の内幕」 2003年05月03日

 創元推理文庫から出ている天藤真推理小説全集の第3巻。1963年に初めて刊行された著者の第二長編である。この作者の作品を読むのは「大誘拐」以来2冊目だ。
 
 IGという名前の変わった集まりがあった。それは内縁の妻たちで構成されるグループで、IGは"Inside Group"の略である。直訳すれば内幕グループだが、発音がインサイ・グループ。インサイというのがすなわち内妻のことだと言って付いた名前だ。このIGメンバーのひとり、小田ます子が愛人を突き飛ばしたはずみに死なせてしまったというのが物語の発端である。彼女をなんとか助けようと仲間が犯人目撃証言をでっち上げるのだが、できあがったモンタージュにそっくりの男が実在したことからおかしなことになる。
 
 顔から服装までそっくりの男がいた、というのは結局偶然で、その辺りはご都合主義なのだが、軽妙な展開とキャラの良さで、なかなか楽しかった。IGなんて命名もなかなか洒落ている。中盤の進行はやや地味な感じで、このまま地味に話がまとまって終わりかと思っていたのだが、いやいやなんと、思わぬどんでん返しが待っていた。天藤真推理小説全集は17巻まで刊行されているようだ。これからじっくり読んでいきたい。7点。
 

井上尚登「キャピタルダンス」 2003年04月30日

 中国人の父と中国風の名前を持つ日本人女性・林青(リン・チン)は、かつてマイクロソフトによる買収話を蹴ったことから「ビル・ゲイツを振った女」として知られるネット起業家である。アオ(リン・チンの通称)は、一時期(今もかな?)世間の注目を集めたネットベンチャーの世界で新しい検索エンジン「タコボール」を使ったビジネスを起こす。はじめは出資者が見つからず苦労するがようやくいくつかのベンチャーキャピタルから資金の提供を受け、ついには株式公開にまでこぎ着ける。しかし栄枯盛衰の激しいネットビジネス界で、黒い野望がアオを狙っていたのだった。
 
 冒頭からビル・ゲイツやらネットスケープやら実在の人名や会社が出てくる。しかしもちろん当然ながら、現実と異なるところもある。例えば検索エンジン"google"は小説の中には存在しない。そしてアオが考えついた新型の検索エンジンが"google"をモデルにしたものであることは一目瞭然だろう。ほかにも実在するものと、実在のものをモデルとして拝借した虚構の現実が入り交じった構成になっている。
 
 本書はもしかして経済小説と言えるだろうか。株式の仕組みだとか社債がどうだとか、経済に疎い自分にはなにやら難しくてちゃんと理解できない部分もたくさんあった。ただし一通りの説明はされているので、ちんぷんかんぷんでつまらないと言うことはない。ベンチャー企業の話題などは、ニュースとして小耳に挟むことは多いがよく分かっていなかったことが少しは分かるようになった。そしてもちろん本書が単なる経済小説ではなく、ハラハラドキドキのエンターテインメント小説であることは言うまでもない。とくに、ページをめくるごとに新たな事実が判明する目眩くクライマックスの展開は、この作者らしさが十分に発揮されていた。7点。
 

ジェイムズ・P・ホーガン(池央耿・訳)「星を継ぐもの」 2003年04月25日

 昨年、「新・SFハンドブック」(ハヤカワ文庫)に刺激されてハインライン「夏への扉」やダン・シモンズ「ハイペリオン」を読んだのだが、実はもっとも気になっていたのはこの「星を継ぐもの」だった。なんとなればSFとしてのみならず推理小説としても最高の作品であるとミステリ作家・有栖川有栖が絶賛していたからである。しかし近所の図書館と古本屋を探した限りではなかなか今まで出会えなかったのだった(もちろん新刊書店にはあったけど-.-) それが最近、私の住む町の図書館がインターネット検索と予約に対応したのでさっそく予約。すぐに他の図書館から取り寄せてもらえた。
 
 さて本書はホーガン氏の出世作で1977年に発表されている。古い作品のことゆえ、翻訳された文章は(おそらく原文も?)読みやすいとは言えない(とは言え決して読みにくいというわけではない)。その上、ハードSFに慣れないせいか、細かい描写がなかなか素直に頭に入ってこないこともあった。また小説というよりはしばしば、こんな発見があってこのように解明していってというドキュメントを思わせる文章だった。しかし、だ。それでも本書は傑作なのである。
 
 人類がようよう地球を飛び出し、太陽系内にその活動範囲を広げた頃、月面で深紅の宇宙服に包まれた遺体が発見された。調査の結果、それは5万年も前の遺体であることが判明する。本書はそんなきわめて魅力的な謎を提示するところから始まる。しかも調査と研究が進むにつれて、木星の衛星ガニメデに2500万年前の巨大な宇宙船が発見されるなど、さらに謎は深まっていく。月面の遺体と人類の関係は?人類史以前の太陽系で何が起こったのか?
 
 ラストの展開がなるほど推理小説のようだ。名探偵が最後に関係者を集めて一気に謎を解き明かすお馴染みの場面を連想する。そしてあっと驚く発想の逆転によって諸々の不可思議をすべて解明してしまうところは、最上級のミステリ作品と言える。さらに、明かされた真実の中から浮かび上がるもう一つの真実と、読後感をさらに感慨深いものにするエピローグなども一級品の証である。7.5点。
 

北川歩実「影の肖像」 2003年04月17日

 編集者の作間は、仕事上の付き合いがあった大学教授の嘉島が殺されたことを知る。そして、同じ大学の助教授をつとめ作間とは幼なじみの川名千早が、かつて嘉島と不倫関係にあったことが分かり作間は衝撃を受ける。千早は以前にも恋人を2人亡くしていた。それは偶然なのか?さらに作間の甥のミステリ作家が殺される。彼はクローン人間を扱った小説で嘉島との間にトラブルを抱えていた。
 
 こうやってあらすじを追うと密度の濃さに改めて気づく。最先端科学を題材に取り、緻密な構成で魅せる北川歩実らしい力作だ。体細胞クローン羊ドリーの誕生と、クローンを巡る倫理上の議論はまだ記憶に新しいところだ。そして早すぎる老化が指摘されたドリーが、通常の羊の寿命の約半分の年齢で死んだ(肺疾患のため安楽死させた)のはつい二ヶ月ほど前だった。
 
 小説の中に出てくる慢性骨髄性白血病は骨髄移植するしか治療法が無い。しかし白血球の型が合うドナーを見つけるのは大変難しい。しかし兄弟ならば25%の確率でドナーになれる。そしてもしクローンが作れれば。。謎が謎を呼ぶ展開。真実と思ったものの下からさらに浮かび上がってくる真相。二転三転する結末が読者を翻弄する押しも押されもせぬ本格ミステリ作品である。7点。
 

コリン・ブルース(布施由紀子・訳)「まただまされたな、ワトスン君!」 2003年04月13日

 シャーロックホームズのパスティーシュ小説であると同時に、科学的読み物として優れた、「ワトスン君、もっと科学に心を開きたまえ」の続編。実はこの間に相対性理論と量子論を題材にしてもう一冊書かれているらしいが翻訳はされていないようだ。
 
 さて、一作目が物理学だったのに対して本書は論理学と数学、とりわけ確率や統計がテーマになっている。確率統計なんてものは実は日常生活にも大いに関係している割に、多くの人があまりそれと意識していないと思う。高校とかで学習したときの、あの複雑な計算を考えると確かにイヤになるかもしれないが、厳密な計算はともかく勘所を知っておくとたぶん楽しいし役にも立つ。ふつう人は自分に有利な選択をしようとするが、直感的に選んだ選択が実は自分に不利なこともある。本書にはそういった直感が示す結果と真実が異なる場合など、目から鱗の話が満載である。
 
 本書に収められている物語は「不運な実業家」「賭け事の好きな貴族」「意外な後継者」「海の男」「無名の墓」「火星人の襲撃」「不当な評価」「アンドルーズの死刑判決」「相対的名誉」「観察効果」「完璧な会計士」「改革者たち」の12編。
 
 前半の各話では確率統計的な知識と考え方の基本が分かりやすく説明されていた。お薦めの話はいくつかの論理パズルモンティ・ホール・ジレンマ、そして気の利いたオチがある「無名の墓」「不当な評価」の公正に見えるギャンブルの仕掛けは単純なのだけどけっこう騙されるはず。(私もやっぱり最初は分からなかった。) 「相対的名誉」ではゲーム理論を取り上げているがこれは読んでもちゃんと分からなかった。後半になるほど複雑になるが、一作目の後半に比べれば分かりやすい(?)。7.5点。
 
追記:ところで、本書で取り上げられていた題材のいくつかは、しばらく前に読んだ「超常現象をなぜ信じるのか」(菊池聡・講談社ブルーバックス)でも扱われていた。超常現象に対してだけではなく、論理的な思考を身に付けたい人にはお薦めである。あと、本書の著者もあとがきで参考に挙げていた有名な「統計でウソをつく法」(ダレル・ハフ著、高木秀玄訳・講談社ブルーバックス)も、50年も前に書かれた本であるが、グラフや統計値を扱う人にとって(単にそれを目にする機会がある人という意味ではほとんどの人に!)今でも価値が高い。なおここで紹介した本がどちらもブルーバックスから出ているのは偶然である。
 

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