- 歌野晶午「世界の終わり、あるいは始まり」 2002年10月12日
- 誘拐ものの推理小説は多いし、歌野晶午自身がこれまでにも書いている。しかし今回の作品はそれらのどれとも違っている。というか途中までは誘拐ものと見えて、実はそれがメインではない。
埼玉から西東京にわたる西武線沿線地域で、身代金目的の連続誘拐事件が発生する。被害者は小学校低学年の男児で、要求額は誘拐事件としては破格の少額という共通点がある。さらにいずれも子供は銃で殺害されて見つかるという凶悪極まりない共通点も持っていた。最初の被害者が近所の知り合いだった富樫修はしかし、事件は他人事だと思っていた。ところが小六の息子が事件に関与していることを示す証拠を発見してしまったことから「世界の終わり」のような苦悩の日々が始まる。 発端からここまではまあふつうの推理小説あるいはサスペンスだ。文章も達者な作者であるからここまでも面白いし、この先どう展開するのか先を読まずにはいられない。しかしここからが普通の推理小説ではなくなる。(この先小説の構成についてネタバレになりますのでご注意下さい。) この小説を説明するのには何と言えばよいだろう。TVゲームなどにあるマルチエンディングストーリーというのが一番近いだろうか。もちろん小説なので各エンディングはパラレルではなくシリアルに読まれるという違いはあるが、富樫の想像の中で様々なストーリーが展開される。 現実的に上手く処理したな、と思わせるストーリーもあり、不条理な悪夢のように展開するものもあり、様々な場面で分岐したストーリーはバラエティに富んでいる。ただしどれもこれもがバッドエンディングで、それはもちろん作者の意図なのだろうが後味が悪いと言えば悪い。まあ最後の最後だけは、事件が解決したとは言えないものの、一応救いがあるラストなのですべてが計算ずくなのだろう。なんか文句はいっぱい付けられそうな気がするのに、不思議と満足して読み終えた。7.5点。
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