読書日記

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新野剛志「罰」 2002年10月26日

 成田空港のツーリストパーキング会社に勤める脇坂は、とある事情から父親を殴り殺し刑務所に入った過去を持っていた。希望を持てない、というより希望を自ら捨て去り、己を罰する日々を黙々と過ごす脇坂だったが、ある日社長の大額から、裏仕事として海外に高飛びしようとしているある人物の世話と監視を頼まれる。やむを得ない事情で引き受ける羽目になるが、隠れ家で襲われた上に大額が殺されてしまう。そのままでは大額殺しの犯人にされてしまう脇坂は逃亡しながら事件の解明に乗り出す。
 
 その気はないのに巻き込まれる形でトラブルを抱え込むハードボイルドストーリーだ。どことなく雰囲気や話の展開の仕方が東直己に似ている。二作目の長編「もう君を探さない」では文章や人物造形に対する不満が大きかったのだが、この作品ではそれらはほとんど感じなかった。その分作者の個性が感じにくくなってしまった嫌いはあるが、出来映えは上々だろう。
 
 途中はなかなか目立った進展が無くてもたつく感もあるが、最後で一気に真相が明かされる。ただ、ラストの場面は落ち着かない。結局、脇坂と朝子はどうなるのだろう。脇坂の心の中ではすっきりと決着が付いたようだが、読者の気持ちとしては気掛かりが残ってしまった。7点。
 

西澤保彦「依存」 2002年10月19日

 前作「スコッチ・ゲーム」がタカチのルーツに迫る物語であったのに対して、今回はタックのルーツが明らかになる。タカチのルーツも重くつらいものだったのだが、タックのそれはまた途方もなく悲惨で陰鬱な物語だった。
 
 物語は、ある日の早朝タカチに(いろんなことを!)告白するタック、という場面と、様々な事件(殺人ほどヘビーな犯罪は無いけど、精神的にはヘビーな事件もある)が起こった前日の様子が交互に描かれるという構成になっている。前日の様子や様々な事件が、物理的にというよりは現象的・心理的な伏線になっている。
 
 例によってそれぞれの事件の推理や、事件に絡んだ人間考察が盛り沢山に詰め込まれている。中盤ではウサコの心情なんかが前面に出てきて、本書はタックやタカチに負けないウサコの物語でもある。第四章を目一杯使ったルルちゃんとKの謎に関する長い推理だけはさすがに冗漫に感じたが、ほかは大して気になることもなく読まされた。もっとも謎解きの出来は素晴らしいとは言えず、あざとく感じるところもあったのだけど。
 
 そんなわけで最後に差し掛かるまでの評価は可もなく不可もなしと言ったところだったのだが、ラストに明かされる真実が衝撃的だった(タカチが何で見破ったのかが謎だけど)。これもあざといと言えばあざとく、評価は分かれるかもしれない。これまでこのシリーズをあまり読んでいない人がいきなり本書を読んだとしたら、たぶん感心できないと思う。直接的ではないが、シリーズ作品すべてが本書の伏線みたいなもので、それを読んでいないとラストのインパクトはずいぶん違ってくるのではないだろうか。
 
 一応救いの光が差して(さすがタカチ!)本書の幕は閉じる。まだまだシリーズは続くわけだが今後はどうなっていくのだろう。たまにはもっと朗らかな展開の物語も期待したいのだけど。7.5点。
 

西澤保彦「スコッチ・ゲーム」 2002年10月15日

 「仔羊たちの聖夜」に続く匠千暁(タック)シリーズの長編第4作目。今回の話ではタカチこと高瀬千帆が主役になっており、探偵役はタックだ。
 
 前半3分の2がタカチの高校卒業直後、つまりタックたちと出会う前の話だ。ある意味タカチのルーツが明かされる話でもある。ルーツといってもたかだかこれまでに語られた物語の1、2年前でしかないわけだが、父親との確執や高校時代の恋人の話、そしてその恋人・恵をはじめとして3人の女子高生が次々に殺されるという衝撃的な事件が語られ、事件がタカチに与えた影響は大きく、やはりこれはタカチのルーツと言って良い。
 
 後半、舞台は現在に戻る。タックを連れて故郷に帰ったタカチは、ここで謎のままだった連続殺人事件の真相と向き合うことになる。前半・後半ともに酩酊こそしていないが推理をあれこれとめぐらし、最後に明かされる真相は決してカタルシスを得るほど明快なものではない。でも退屈することなく読めてしまうのはこちらが慣れたせいなのか、作者の筆力ゆえなのか。次回、長編第5作目の「依存」を読む。7点。
 

歌野晶午「世界の終わり、あるいは始まり」 2002年10月12日

 誘拐ものの推理小説は多いし、歌野晶午自身がこれまでにも書いている。しかし今回の作品はそれらのどれとも違っている。というか途中までは誘拐ものと見えて、実はそれがメインではない
 
 埼玉から西東京にわたる西武線沿線地域で、身代金目的の連続誘拐事件が発生する。被害者は小学校低学年の男児で、要求額は誘拐事件としては破格の少額という共通点がある。さらにいずれも子供は銃で殺害されて見つかるという凶悪極まりない共通点も持っていた。最初の被害者が近所の知り合いだった富樫修はしかし、事件は他人事だと思っていた。ところが小六の息子が事件に関与していることを示す証拠を発見してしまったことから「世界の終わり」のような苦悩の日々が始まる。
 
 発端からここまではまあふつうの推理小説あるいはサスペンスだ。文章も達者な作者であるからここまでも面白いし、この先どう展開するのか先を読まずにはいられない。しかしここからが普通の推理小説ではなくなる。(この先小説の構成についてネタバレになりますのでご注意下さい。) この小説を説明するのには何と言えばよいだろう。TVゲームなどにあるマルチエンディングストーリーというのが一番近いだろうか。もちろん小説なので各エンディングはパラレルではなくシリアルに読まれるという違いはあるが、富樫の想像の中で様々なストーリーが展開される。
 
 現実的に上手く処理したな、と思わせるストーリーもあり、不条理な悪夢のように展開するものもあり、様々な場面で分岐したストーリーはバラエティに富んでいる。ただしどれもこれもがバッドエンディングで、それはもちろん作者の意図なのだろうが後味が悪いと言えば悪い。まあ最後の最後だけは、事件が解決したとは言えないものの、一応救いがあるラストなのですべてが計算ずくなのだろう。なんか文句はいっぱい付けられそうな気がするのに、不思議と満足して読み終えた。7.5点。
 

東野圭吾・作 杉田比呂美・画「サンタのおばさん」 2002年10月09日

 『an original short story from "The one-sided love"』と冒頭にある。本書は東野圭吾の小説「片想い」から生まれた絵本である。
 
 小説「片想い」には、進行上重要な役割を果たす「金童」という名の劇団が登場する。もっぱらジェンダーの問題を演じている劇団だ。そしてこの劇団のオリジナル作品として名があがるのが「サンタのおばさん」である。「片想い」では題名だけの登場で内容については触れられない。作者のHPによれば、最初はこんな絵本を作る予定は無かったのが、「片想い」の担当者から突然話を持ちかけられて実現したのだそうだ。
 
 クリスマスも近いある日、フィンランドの田舎村でサンタクロースの会議が開かれる。会議には世界中のサンタさんが集まって来るのだが、今年はアメリカのサンタが後任として女性を連れてきたものだから侃々諤々の議論が始まる。女性のサンタを認めるべきか否か。
 
 絵本ではあるけど、子供には難しいだろう。内容もそうだが、文章も子供向けではない。子供よりはある程度人生経験を積んだ、それ故に偏見も持ちやすい、大人に向けて書かれているのだと思う。でも暖かい気持ちになれるラストなど、子供にとっても良い本だ。子供には大人が読み聞かせて、そしてちょっとばかり一緒に考えてみるというのが理想的かな。絵もユーモラスかつ暖かみがあり、お薦めの絵本。7.5点。
 

東野圭吾「片想い」 2002年10月09日

 昨年上半期の直木賞(第125回)候補作にもなった作品。色違いだが「秘密」とよく似たシンプルな装丁のハードカバーで、「秘密」のときと同様、図書館の予約数上位に長らく入っていたものがようやく一般書架に置かれていたので早速借りてきた。
 
 物語の縦糸となるのはある殺人事件だ。しかし本書のテーマの筆頭はジェンダー問題ということになる。性同一性障害という言葉はごく最近になって一般的になってきたものの、(とくに当事者から見れば)その理解はやはり十分とは言えないだろう。トランスジェンダー、両性具有。それらを通して本書が問いかけるのは、男性女性とは何かという問題から始まって、さらに人はそれぞれどうあるべきか、という難問だ。物語ではこれらが横糸となり、緻密でしっかりとした布が織りなされていく。
 
 さらに物語を豊かにしているのが、主要登場人物が大学時代のアメフト部の仲間たちであるという設定だ。おそらく作者自身の洋弓部主将として過ごした経験をもとにしているのだろう、東野圭吾は何かのスポーツをバックグラウンドに使用した作品を多く書いている。この作品でも、当時のエピソードが効果的に使われ、そして仲間同士の絆の強さが胸を打つ
 
 社会性のあるテーマにがっぷり四つに取り組み、その上で文句のないエンターテインメント小説として仕上げる作者の技量には今さらながら脱帽する。8点。
 

ダン・シモンズ(酒井昭伸 訳)「ハイペリオン」 2002年10月04日

 1990年度のヒューゴー賞、ローカス賞SF長編部門を受賞した作品。「新・SFハンドブック」(ハヤカワ文庫)に刺激され、そこで絶賛されていた本書を図書館から借り出してきたのだが、いやいや疲れた。文庫本では上下巻2冊になっている長大な物語で、ハードカバーの単行本は小さめの文字が二段組みでぎっしりである。加えて重厚な文章で、なかなか先に進まない。まあ進まない主な理由は通勤電車でちょっとずつしか読まないせいなのだが、結局読み終わるのに2週間かかってしまった。
 
 銀河系全体に広大なネットワーク「ワールドウェブ」が張り巡らされた28世紀の未来。そこに銀河連邦を揺さぶる非常事態が発生する。連邦政府は事態の打開を図り、惑星ハイペリオンに7人の"巡礼者"たちを送り込んだ。目的地へ向かう途上、巡礼者たちが司祭、兵士、詩人、学者、探偵、領事の順に、自分たちが巡礼者に選ばれた理由でもある身の上話を語ってゆく(7人のひとり、修道士は語る前に行方不明になる)。さらに彼らの物語を通して、ハイペリオンの怪物シュライクやシュライクに護られる謎の遺跡"時間の墓標"などについての背景も浮かび上がってくる。
 
 巡礼者の物語はどれもたいへん濃密で、それぞれの人生、そしてハイペリオンとの関わりは波乱に満ちている。それらは基本的に独立した物語であり、司祭や兵士の物語は不可思議で神秘的だし、探偵の物語はハードボイルドだ。前半の物語には総じて科学的考証や論理性があまり感じられず、SFと言うよりファンタジーか場合によってはホラー的な印象だった。気に入ったのは学者の物語。翻訳者が巻末で指摘するように「アルジャーノンに花束を」路線のこの物語は、何かを心に訴える。
 
 この壮大な叙事詩的物語は実は前編で、続刊の「ハイペリオンの没落」で完結する。(ただしシリーズはさらに「エンディミオン」「エンディミオンの覚醒」と続く。) そのため本書では多くのことが謎のままに終わってしまうのだが、続刊で果たしてこれらは理に落ちた解決を見るのであろうか。本書を読んで、正直言って巷で絶賛されているほどには感心しなかった。しかし続編で一体どんな結末を迎えるのか、そこには大変興味が引かれる。7点。
 

鯨統一郎「タイムスリップ森鴎外」 2002年09月21日

 歴史的事実から魅惑的な謎を引き出してしまう鯨統一郎氏お得意の手法を使った物語。文豪・森鴎外を現代へとタイムスリップさせてしまう奇想天外なお話である。
 
 いやまあ、堅いことを言えばアラがたくさん見つかる。例えば鴎外の現代への順応力などは常識を外れている。あんな短期間で普通あれだけ大量の詳しい知識など身に付かないだろう。そのくせ、現代常識にまったく疎い場面も頻繁に描かれて(こちらが順当なわけだが)整合性がない。あと、鴎外が意外に話せるオジサンだという設定はともかく、高度なブレークダンスを披露する鴎外なんて想像できない!ギャップを楽しませようと言う魂胆なのだろうが、ちょっとやりすぎの感は否めない。
 
 しかしそう言ったアラの数々は愛嬌である。いっそバカミスだと思って読めば何の問題もなく楽しめるだろう。大正の時代、殺されかけた鴎外は現代へタイムスリップし、そこで出会った高校生4人に助けられながら、ともに鴎外殺人未遂の犯人探し、そして昭和初期にかけての作家大量殺人事件(!)の謎に挑む。
 
 虚実入り交じっているところが読み所のひとつだ。作家名はもちろん、芸能人から著名Webサイトまで、実在の名前がバンバン登場する。あまりに現代に則しすぎていて、作品がすぐ古びてしまうのではないかと余計な心配をしてしまうほどだ。文学史も重要なポイントだ。しかしもとよりろくに知らない悲しさで、私自身はどの辺りが"虚"でどこが"実"なのか判断できなかったりするのだけど。そこの知識が豊富な人にはもっと楽しめるのかもしれない。最期の現代実在作品をパロったところなんかはさすがに分かったが、ここも最近のミステリ作品を知っていないと楽しめないところだ。しかしまあ、ウソもこれだけ堂々とやれば面白い、というお手本になるような作品だった。7点。
 

ロバート・A・ハインライン(福島正実 訳)「夏への扉」 2002年09月19日

 これまであまりSFは読んでいない。べつにSFが嫌いなわけでもなく、むしろ好きである。読まなかった理由は詰まるところ、SF小説の多く(ほとんど?)が外国産の翻訳物だということだ。とくに古いものでは翻訳が読みづらく不自然である場合が多い。そんなわけでつい敬遠してしまうのだ。そんなわけで、アシモフやクラークと並び称される大家ハインラインを読むのも初めてだ。
 
 急にSFに手を出したのはハヤカワ文庫の「新・SFハンドブック」なんて本を見てしまったせいである。紹介文を読む限り、どれもこれも実に面白そうだ。どれから読もうか迷うほどなのだが、図書館でまっ先に目についた本書を手に取った。
 
 1957年に書かれた本作品は"近未来"の1970年(<生まれる前!<かろうじて)から話は始まる。ところで、ここで出てくる主人公ダン・デイヴィスの最初の発明品である自動床掃除機(文化女中器)って、最近同じような製品が開発されたと言うニュースを見た気がする。物語の中の1970年はずいぶん進歩しているのだ。そしてすでに冷凍睡眠(コールドスリープ)の技術さえも実用化されている。
 
 様々な発明品を世に送り出したダンは、会社の共同経営者で親友だったマイルズと恋人だと思っていたベルの奸計にはまり、冷凍睡眠で西暦2000年の未来(ってこれもすでに過去になってしまった)へ送られてしまう。ダンの運命やいかに?
 
 ストーリー展開はテンポも良く(翻訳もほとんど問題ない!)面白い。人間描写も良い。愛猫ピートの占める位置も絶妙だ。なるほど当然といえば当然だが、SFという前に小説として一級品だった。SFというジャンルも書店には相当たくさんの作品が並んでいるが、まだまだ読んでいない傑作がたくさんあるに違いない。もっと貪欲に探さねば勿体ないかな。7.5点。
 

有栖川有栖「絶叫城殺人事件」 2002年09月13日

 おなじみ犯罪社会学者・火村助教授と推理作家・有栖川有栖シリーズ。これまで自分の作品に「〜殺人事件」という題は付けてこなかったという作者が、ついにその縛りを解いて臨んだ短編集。
 
「黒鳥亭殺人事件」事件よりも作中に登場するゲーム「二十の扉」が印象に残った。たしかに推理小説に通じる醍醐味がある。7点。
「壺中庵殺人事件」壺中庵ならではの密室トリックがきまっている。読了後に気付いたのだけど、これ読んだことあったかも。アンソロジー「大密室」(新潮文庫)に収録されている。7点。
「月宮殿殺人事件」ホームレスが廃材を利用して作り上げた宮殿の放火事件。もの悲しくもしみじみとした味わいの物語。7点。
「雪華楼殺人事件」提示される謎は不思議で面白いが、解決は。。偶然の部分はともかく、それが死因でこうなって、というところに無理があると思う。6.5点。
「紅雨荘殺人事件」つい先日読んだばかりの本格ミステリ作家クラブ・編「本格ミステリ01」所収の作品。
「絶叫城殺人事件」TVゲームを真似た連続殺人事件が発生。表題作だけはあり、本格テイストと緻密な構成は、やはり本書のベストを選ぶとしたらこれだろう。もう一捻りを希んでしまうのは、贅沢かな。7点。
 

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