読書日記

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本格ミステリ作家クラブ・編「本格ミステリ03」 2004年03月27日

北村薫「凱旋」実話を元にしているらしいが、やはりエッセイにした方が良かったのでは?小説としての面白味には欠ける。6点。
大山誠一郎「彼女がペイシェンスを殺すはずがない」カーが創造したフェル博士のパスティーシュ。謎解きは良いが、<青ひげ>の存在がただのミスディレクション(ネタばれ反転)というのは都合良すぎる。6.5点。
芦辺拓「曇斎先生事件帳 木乃伊とウニコール」江戸時代を舞台にして、ウニコール(ユニコーン)の角やら木乃伊やら怪しげな道具立てで起こった殺人事件。6.5点。
柳広司「百万のマルコ」マルコポーロのほら話シリーズの第一作。小説というより読み物仕立てのクイズになってしまった感がある。6.5点。
貫井徳郎「目撃者は誰?」ストーリー展開にスッキリしないところはあるが、不可解な出来事の裏から意外な真相が。7点。
西澤保彦「腕貫探偵」死体移動の謎を解く、作者らしい推理物語。探偵キャラはネット掲示板で読者との会話から生まれた由。7点。
乙一「GOTH リストカット事件」無機質を通り越し、犯人と残虐性まで共有するような主人公に共感できず結末が心地悪かった。でも本作はシリーズの一編で、短編集は「このミス2003年版」の2位だとか。全部読むとまた違う印象があるかも。7点。
有栖川有栖「比類のない神々しいような瞬間」ダイイングメッセージの2本立て。アレは知っていたけど、なるほど推理作家はアレをこう使うのか。7.5点。
鯨統一郎「ミステリアス学園」連作の七話中の第六話。こう言うのをバカミスというのだろうか。いや違うかな。7点。
霞流一「首切り監督」主人公の探偵が、最初説明されるまで首すげ替えの事実に気付かないのは不自然。6点。
青井夏海「別れてください」人の良さそうな旦那に3人の愛人が?やや強引な推理だが、「助産婦探偵」という枠組みの日常の謎路線は結構好みかも。7点。
 
他に評論、千街晶之「論理の悪夢を視る者たち〈日本篇〉」笠井潔「本格ミステリに地殻変動は起きているか?」が収録されている。
 

貫井徳郎「プリズム」 2004年03月11日

 裏表紙に書かれている本書の概要には、「本格ミステリの極限に挑んだ衝撃の問題作」とある。実はこれを読んで初め少し腰が引けた。どうも最初の頃に読んだこの作者の「修羅の終わり」(だったかな?)があまり重たかったのとその結末が未消化気味だったことがトラウマになって、貫井徳郎に対してはそこはかとない苦手意識がある。もちろんあれも傑作だったし、ほかの作品もすでに結構読んで実力のある作者であることは承知しているのに、だ。そんなわけで、衝撃の問題作という文句を見て、なんかトリッキーでマニアっぽい作品であるかのような印象を受けて腰が引けたのである。
 
 しかし読み始めるとすぐそんな心配は必要ないことが分かった。最初の章[Scene1]は小学生の視点から描かれていて「ジュヴナイル小説のおもむき」(by 解説子)を持つのだが、これが自然で違和感もない。宮部みゆきが書いたといわれても納得できる。全部で4つの章に分かれているのだが、特別にマニアっぽい事はなく、大変読みやすい。
 
 ここからこの作品の構成についてネタばれするので、未読の方は読まない方が良いだろう。
 
 さてでは何がこの作品を特異たらしめているのかと言えば、理由はその構成にあった。4つの章で構成されていることはすでに書いたが、同じ小学校教師殺人事件を扱っているにもかかわらず、各章が半ば独立の物語としての要素を備えているのだ。そしてすべての章で別々の事件の真相にたどり着く。さらにたどり着いた事件の犯人が次の章の語り手となるのだ。半分くらいを読み終えて、改めて各章の題名を見ると作者の狙いには容易に気づけるだろう。そしてその狙いは(後半の2章はやや強引なところもあるが)成功している。
 
 なかなかこの狙いは面白い。ただ、結局真相が闇の中で終わってしまう不満は残る。作中で示される複数の真相のなかから読者が選ぶ余地が残されていれば良いのだが、それぞれが作中で否定されてしまっているのだからそうも行かない。最後に真相の決定版を提示しても作者がやりたかったことは実現できたと思うのだがどうだろうか。7点。
 

いしいひさいち(漫画)・峯正澄(文)「帰ってきた『大問題』'01〜'03」 2004年03月07日

 普通、マンガの感想は書かないのだけど、まあミステリとも縁の深い"いしいひさいち"ということで。出版元も東京創元社だし。ともあれ久しぶりの「大問題」の新刊が読めて嬉しいのである。
 
 いしいひさいち氏は知る人ぞ知る天才である。しかし、最近は朝日新聞の「ののちゃん」でも知られるようになったとは言え、おもに4コマ漫画の氏の多才ぶりはそれほど広くは知られていないと思う。ミステリから哲学、スポーツから政治・経済まで、この人は本当に幅広くネタを拾っている。「大問題」は彼が雑誌等で発表した時事ネタ漫画を集めて、峯正澄氏のコラムと併せてその年のいろいろな出来事を振り返ることができるようになった本である。1995年から2000年版までは毎年出ていたのがしばらく途絶えていたのだが、3年分を凝縮して帰ってきた
 
 いしいひさいち氏の凄いところは単にネタの幅が広いと言うだけではなく、その切り口が鋭く、かつ面白い所である(よく分からないのもたまに混じってるけど)。そう言えば昨年の総選挙で自民党が定年制を取り入れるとして、中曽根・宮沢両元総理に引退を勧告したことがあった。すると宮沢氏は比較的素直に受け入れたのだが中曽根氏は最後の最後までごねたのだった。そこで思い出したのがいつだったかの「大問題」である。いしいひさいちの漫画によく登場する中曽根はとても生臭い。いつまでも権力に汲々としている。それを表現して曰く『老兵は死なずただ腐り行くのみ』。まさにピッタリであった。
 
 本書でも「神の国」発言(2000年5月)などで空前の不人気総理となった森喜朗だとか、今はもう懐かしい鈴木宗男などが登場して笑わせてくれる。ほんの少し前のことなのだが結構忘れていて、ああこんなこともあったなあと思い出させてくれた。一方、案外はじめて知った事があったりして、峯氏の文章を読んで初めてああそういうことがあったのか、と感心したりもした。7.5点。
 

綾辻行人+有栖川有栖=監修「新本格謎夜会(ミステリー・ナイト)」 2004年03月03日

 これは、2002年に新本格誕生15周年記念イベントとして開催された「新本格ミステリフェスティバル」のレポートを載せた記念本ということである。ホテルに宿泊して事件の謎解きを楽しむミステリーナイトなる企画も15年目という事で、タイアップして大々的に催されたイベントの様子が詳しくレポートされている。イベントは2回、晴海埠頭から出発した客船ふじ丸の船上(10/10-11)とホテルオークラ神戸(12/28-29)で開催されている。
 
 イベントの中核は「ミステリ作家殺人事件 - 隠されたメッセージ」という事件についての謎解きである。最初、もしかしてこの本はこの事件を小説仕立てに虚実渾然と仕上げたものかと思ったのだが、そうではなくイベントに参加した作家のインタビューやトークショーのレポートがむしろ主であった。でもなかなか良く雰囲気も伝わってきてけっこう面白かった(事件の謎解きはもう少しすっきりとしなかったけど)。ちなみに表紙などにはぜんぜん名前が出てこないがレポーターは大地洋子という方だ。まあそりゃあ「綾辻・有栖川」の名前を前面に出す方が売れるに違いないが、もっと名前を出してあげても良いのに。7点。
 

ジェイムズ・P・ホーガン(池央耿・訳)「内なる宇宙」 2004年02月28日

 1991年、ガニメアン三部作から10年を経て書かれたシリーズ4作目。文庫本で上下に分かれた大作である。星雲賞受賞作品
 
 本作品は10年の間の現実世界の激動を反映して、三部作ではソ連だったのが、さりげなくロシアに変わったりしている。それにしても、未来とは言え作品中の地球文明はまだ旧態依然とした国家間の争いなどもある近未来なのだが、地球人は2500万年の歴史の差があるとは思えないくらい堂々とテューリアン人(ガニメアン)らと渡り合っている。
 
 さて惑星ジェヴレンでは、「巨人たちの星」で描かれた「架空戦争」の後、統治するガルースらガニメアン達の思惑とは裏腹に、ますますの混乱を極める有様であった。ガルースの要請を受けたハントとダンチェッカーはジェヴレンに赴いて混乱の原因について調査し始めるが、その結果明らかになったのは驚くべき世界の存在であった。
 
 この「内なる宇宙」という世界のアイディアはおそらくそれほど目新しいものではないと思うが、これによってSFにうまくファンタジーの要素(典型的な中世ヨーロッパの雰囲気が漂う世界だ)を取り入れている。ただSF自身の面白みとしては初期作品の方がやはり上であろうか。また、内容に対して上下二冊はやや長すぎたと思う。しかし、何はともあれ、シリーズを順に読んできた読者にとってはハントやダンチェッカーが再登場して活躍するのを見るだけでも楽しめる作品だ。7点。
 

ジェイムズ・P・ホーガン(池央耿・訳)「巨人たちの星」 2004年02月13日

 さて、とうとう巨人シリーズ、ガニメアン三部作の最終作である。前作「ガニメデの優しい巨人」のラストでガニメアン達は新たな故郷を目指して旅立ったが、その目的地である遙か彼方の惑星から地球に通信が届く。これをもって地球人類はいよいよ本格的な異星文明との交流の時代に入るのだった。
 
 前作までが、破天荒な謎を掲げながらも緻密な解答を披露し、比較的静謐な筋運びで「未知との遭遇」の過程を描いて来たのに対して、この作品のストーリー展開は大変動的である。はっきりとした敵の存在、そして張りめぐらされた謀略。本作はワクワクハラハラのサスペンス作品なのだ。悪く言えば、これまではフィクションとしても地に足がついた設定とストーリーだったのが、いささか浮き足だったジェットコースターストーリーに変わっている。しかしその出来映えは大変良い。エンターテインメント小説として、厳密さが犠牲となったとしてもそれを補って余りある楽しみを与えることに成功している。実際のところ、三作品のうちで読んでいる途中に一番楽しい作品だった
 
 さらに嬉しいことに、これまでのシリーズ全体に渡る種々の謎解きに加えて、ラストではあっと驚く真相が明らかにされ、読者はこれまでにも負けないカタルシスを感じることができる。さあ次は四作目で番外編的な「内なる宇宙」だ。楽しみ。7.5点。
 

天藤真「死角に消えた殺人者」 2004年02月06日

 東京創元社から出ている天藤真推理小説全集の第8巻。初出は1976年で著者の第七長編作品である。
 
 随所に古さを感じてしまうのは仕方がないか。様々な描写、登場人物の振る舞いからモノの感じ方までともかく古く感じられる。加えて、時代のせいというだけではなく不自然と思われる箇所もある。例えば最初の、事件が発生してから4人の被害者の遺族が集められる場面だが、遺体の確認後、警察が遺族をそのまま捜査会議に出席させ、遺族会まで結成させる。そんな事ってあるだろうか。しかも遺族の面々も会議終了後その足で独自の調査に向かったりする。感情の点を別にしても、普通は葬式の準備などでそれどころではあるまい。それともこの辺のあまりリアリティにこだわらない所も時代故なのだろうか。
 
 登場人物達になかなか感情移入できなかったのも減点要因である。主人公の塩月令子にさえ素直に感情移入するには抵抗感があった。ただ、互いに接点がない四人の男女がスポーツカーに閉じこめられて断崖絶壁から突き落とされるという事件の不可解さは魅力的だったし、やはりリアリティに欠ける嫌いはあるのだが、事件の意外な真相と意表を付いたラストの展開など、なかなかの力作ではある。6.5点。
 

西澤保彦「笑う怪獣 ミステリ劇場」 2004年01月29日

 無茶苦茶といえば無茶苦茶な設定の連作短編集。日々ナンパに精を出す悪友3人組みが、なぜかは知らないけど、身の丈80メートルの怪獣やら、宇宙人やら、妖怪やらに次々と遭遇する。かと言ってそれが物語の核心になっているとは限らないのだけど。ミステリらしい作品もあるが、そうでないのもあり。前半の話はなんだこりゃという感じがしたが、後半はけっこう良い。
 
 それにしてもこんな唐突でお馬鹿な設定やストーリー展開というのは小説ではあまり見かけないが、マンガの世界ならそれほど違和感もないかもしれない。ちょっとシュールなギャグマンガのようなものか。そう思うと、喜国雅彦の挿画というのはなかなかマッチしているわけである。イラストのページは電車の中で広げるのにちょっと恥ずかしい気もしたけど。。
 
「怪獣は孤島に笑う」いきなり怪獣が出てきて度肝を抜かれている内に連続殺人事件発生? このオチは。。6点。
「怪獣は高原を転ぶ」美女三人組みの謎解きはまあよいのだが、最後のオチが。。6.5点。
「聖夜の宇宙人」話の前半にまったく関係なく唐突に登場する宇宙人は、あの「両性具有迷宮」の? 6点。
「通りすがりの改造人間」本格ミステリ02」にて既読。
「怪獣は密室に踊る」おおっ。この話は、ご都合主義的な部分もあるがなかなかに緻密なミステリになっていた。7点。
「書店、ときどき怪人」本書の中で、異形のものが一番自然に登場している話で、珍しく爽やかなラスト。7点。
「女子高生幽霊綺譯」この幽霊、もしかしてシリーズが続くと、今後も登場するのかな? 6.5点。
 

北村薫「街の灯」 2004年01月25日

  時代は昭和初期。士族の上流家庭に、若い女性の運転手・別宮さんがやってくる。花村家の令嬢・英子は彼女のことを、19世紀イギリスの作家サッカレーの『虚栄の市』のヒロインにちなんで"ベッキーさん"と呼ぶ。ベッキーさんのさりげないアシストによって、英子は巡り会った謎について考え、そして解き明かしていく。
 
「虚栄の市」新聞で読んで、英子は同じ下宿に住むふたりの男が同じ晩に変死していることに気が付いた。英子が推理したのは乱歩の小説のような真相だった。ベッキーさんのアクションが格好良い。7点。
「銀座八丁」英子の兄の友人が考えた暗号の解読という身近な謎を解く。一方この話ではベッキーさんの新たな一面が明らかになるとともに謎も深まる。7点。
「街の灯」読み応えとしてはこれが一番かな。軽井沢にあるそれぞれの別邸に避暑に来ている女子学習院の同級生らとの交流、そして事件。7点。
 
 一応各話の中心には謎解きがあるが、作品の愉しみは謎解きよりもむしろそれ以外にあるようだ。必ずしも何処とは言えないのだけど、北村薫の落ち着いた文章で書かれた昭和初期の社会や上流家庭の様子など、小説世界そのものを楽しめる作品だ。また、英子の成長物語でもある。ただ、もうひとりの主役(?)であるベッキーさんはまだ影が薄くて謎も多い。シリーズで続くようだが、今後どう展開するのか楽しみである。巻末には田中博氏による北村薫論とスペシャル・インタビューが収録されている。
 

加納朋子「コッペリア」 2004年01月16日

 人形をテーマに据えた物語は古今東西、数多く存在する。それだけ人形には不思議な魅力が備わっているためだろう。人の形を象ることで、目にする者それぞれに一言では説明しきれない複雑な感情を呼び起こすことができる。懐かしくもあり、不気味でもあり、人ごとに異なる印象は、作品中にも書かれているように、実は人形というものが見る人の心を移す鏡のような存在であるせいなのかもしれない。
 
 天才人形師・如月まゆらが作る人形と、人形の魅力に憑かれた人々を巡る物語で、加納朋子としては異色の作品と言える。大掛かりな叙述トリックを駆使したサイコサスペンスである。変わっているのが、この作品は謎を明かした後が大変長いのだ。普通はエピローグに含まれそうな「事件の後」がたいへん丁寧に描かれている。そしてそこからはおどろおどろしいサイコミステリではなく、人間的な内面を描いた物語になっていた。もしほかの作家がこの様なテーマを扱っていたとしたら、悲劇的な結末に持って行きそうな基本プロットだったのだが、最後をほっとさせるハッピーエンドにしているのはこの作者らしい。7点。
 

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