読書日記

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真保裕一「発火点」 2003年09月04日

 21歳になる杉本敦也は、12歳の時に父親を殺された。その事件以来、敦也を見る周囲の人々の目は、好奇心を示すか、さもなければ同情の色を浮かべるかで、事件のことを知られると普通の付き合いができないことに敦也は苦しんでいた。そんな折、父親を殺した男が刑務所を仮出所した事を知らされる。男は父親の古い友人で、彼を我が家に引き入れて事件の遠因を作ったのは、母親と他ならぬ敦也自身であったことから、敦也の思いは複雑であった。
 
 前半は12歳の時の過去と、21歳の現在を交錯させながら描いている。子供のような父親の存在と、崩壊しそうな家族に悩む12歳の敦也。そして事件の後、いつまでも気持ちの整理が付かないまま大人になった21歳の敦也。自分の苦しみと葛藤がおもな原因で、結局どんどん泥沼にはまっていく。これが本書の2/3を過ぎる辺りまで続くのは、正直読んでいる方の気もまた重たくなる。残り1/3でようやく前向きな姿勢を取り戻した敦也は、過去に正面から向き合うことを決意し、故郷の町を訪ねる。
 
 多少はミステリっぽく、事件には知られていなかった真相があったらしいことがラストで分かるのだが、なぜかあまりはっきりとはさせないまま終わってしまう。ただ、それでもともかくすべては落ち着くべき所へ落ち着き、敦也にもようやく心安らげる未来が開けるラストシーンが読後感を良くしている。もともとは新聞連載小説という形態だったためか、展開のスピード感に欠ける嫌いはあった。しかし作品を通して作者が読者に問いたかったことがたくさん詰まっており、それは十分に伝わってきた。7点。
 

加納朋子「沙羅は和子の名を呼ぶ」 2003年08月31日

「黒いベールの貴婦人」流れがすっきりしないところはあるが、心に染みるエンディングに持って行くのはこの作者十八番。7点。
「エンジェル・ムーン」途中で終わってもそれはそれで不思議な物語として成立しそう。しかしちゃんと謎解きもある。7点。
「フリージング・サマー」現実的とは思えないが、明かされる真相が胸を打つ物語。7点。
「天使の都」天使の都と呼ばれるバンコクを舞台にした短くも素敵なエピソード。7点。
「海を見に行く日」娘に対する母のひとり語り。子供の全てを包み込んで支える母は偉大である。7.5点。
「橘の宿」ごく短い、民話か昔話に出てくるようなおはなし。6.5点。
「花盗人」たった4ページの、日常の中のささやかな事件。6.5点。
「商店街の夜」これは推理小説ではなくファンタジー。冒頭で商店街の風景が語られ、読者はその様子をありありと思い浮かべる事が出来る。さすが。そしてそこで起こった摩訶不思議な出来事が大変味わい深く印象的。7.5点。
「オレンジの半分」覚えがあると思ったらアンソロジー「不在証明崩壊」で既読だった。やっぱり「最大の犠牲者」である松木さんのことが気にかかってしまう。7点。
「沙羅は和子の名を呼ぶ」珍しく、SF設定を使ったサスペンスだった。誰にでもある人生の岐路。あり得たかもしれない別の道はこんな形で存在しているのかも。7点。
 

貫井徳郎「崩れる 結婚にまつわる八つの風景」 2003年08月27日

 著者初の短編集で、最初は短編の書き方が分からなかったという著者の成長が追える作品集でもある
 
「崩れる」身勝手で我が儘な夫と息子に、とうとう妻は。。結末はともかく、こういう家庭はありそう。6.5点。
「怯える」ハッピーエンドなのだが、夫の物わかりが良すぎるように思う。6.5点。
「憑かれる」起承転結があり、短編の見本にできそうな話。ただ最後の一行の意味が理解しづらい。7点。
「追われる」女性ふたりの性格を交代すれば、墓穴を掘ったというラストが受け入れやすいのだけど。6.5点。
「壊れる」不誠実な上司の浮気の証拠を押さえて行った復讐の結末は。プロットはストレート。6.5点。
「誘われる」最後に一気に真相が明らかになるという構成は良い。しかしあまりフェアではないかも。6.5点。
「腐れる」じわりと忍び寄る緊張と恐怖。ラストで明かされる真相!そしてどんでん返し!!7.5点。
「見られる」これも最後に真相が分かり、さらにどんでん返しが待っているという構成だ。ただこのどんでん返しは蛇足のような気もする。7点。
 
 あとがきによれば、作者自身の評価では「憑かれる」はあまりレベルが高くないそうだ。でも私の感想はこれが本書のベスト2。たしかに貫井徳郎作品の中でこのオチは異色であるが。私が選ぶ本書のベストは「腐れる」。これは作者自身にとってもベストの出来映えだそうである。
 

綾辻行人「最後の記憶」 2003年08月23日

 最近なかなか新刊を見ないと思っていたら、本書がなんと7年ぶりの長編作品なのだそうだ。新本格の旗手として知られている作者だが、デビュー当時に比べると、どうも本格推理よりホラーに重心を移しているようである。本書も、ミステリ的なところも少しあるが、基本的にはホラー小説という位置付けらしい。
 
 例外はあるが、小説に幻覚とか幻聴が出てくると、たいていは焦点がぼやけるだけなので良い印象がない。この作品でも「バッタが」などの決まった短いフレーズが至る所に挿入され、それに伴う幻覚が頻繁に描かれている。雰囲気を盛り上げる目的でやっているのだと思うが、効果としてはどうなのだろう。こういうのは少なくとも私には煩わしいだけで、あまり好きではない。
 
 I部、II部と不安定な精神状態に陥った主人公が幻覚を見てはパニックになる同工異曲の繰り返しで、話がなかなか進展しない。そもそも、母の病気に動揺するところまでは分かるが、そんな幻覚を見るような精神状態になる理由が分からない。一応の謎解きがあるIII部で、主人公は異世界に入り込む。ホラー小説であるからそこまではよい。しかし、謎解きの根本部分が、運命だったのだ、というところに落ち着くのはなんとも物足りない。
 
 全体に長編としてはアイデアに乏しい印象が残った。結局、痴呆症による「最後の記憶」もあまり生かされていない。なんか文句ばかりになってしまった。。綾辻行人にはやはり精緻なロジックの本格ミステリを書いてもらいたい。6点。
 

若竹七海「悪いうさぎ」 2003年08月19日

 2001年発表の作品で、葉村晶シリーズ初の長編だ。前作の短編集「依頼人は死んだ」は、どうも分かりにくいというか、作者の独りよがりというか、あまり感心しなかったのだが、本作品は最初から魅力的でいきなり引き込まれる。ハードボイルドを書くのって難しいと思うのだが(プロの作家でもハードボイルドを狙って失敗している作品はかなり多いと思う)、この作品は物語の展開はもちろん、さりげない文章(ここが一番難しい)が見事にハードボイルドしている
 
 イヤなヤツを描かせたら日本一の作家、若竹七海。今回もイヤなヤツがいろいろ出てくる。ただどれも分かりやすいタイプのイヤなヤツで、イヤなヤツというよりはトンでもない犯罪者と言うべきか。
 
 ハードボイルドではお馴染みの展開だが、次から次に、同時多発的トラブルが発生する。どのトラブルもトンでもないヤツがらみなのは若竹作品らしい。そしてこれもハードボイルド作品らしく、最後は若干の苦みを残しながらも、一応すべてのトラブルが解決を見て大円団となる。作者の力量が再確認できるお薦めの一冊である。7.5点。
 

黒崎緑「死人にグチなし」 2003年08月14日

 主要登場人物は表紙などのいしいひさいち氏のイラストに描かれている、東京から来たフリーライター熊谷万里子と大阪育ちのコピーライター清水ミヤ、そして夕刊紙の記者・白浜の3人。作者の作品群の中では「しゃべくり探偵」シリーズと系統を同じくするユーモアミステリだ。万里子はしっかり者でツッコミ役。ミヤの方はノホホンとしておりボケ役。しかも演じたボケではなく天然のようだ。しかし普段は頼りになりそうもないミヤが突然名探偵ぶりを発揮するという設定になっているところが変わっている。
 
「怒髪、天を突けず」養毛剤詐欺師殺人事件。犯人は誰か。なぜ死体の髪は切られていたのか。6.5点。
「覆水、瓶に返らず」連続飲食店荒らし。荒らすのは文字通り荒らすだけで、盗られた物はない。真相は何となくすぐに分かってしまった。6.5点。
「溺れるものは久しからず」プールに消えた女性が、20時間も経ってから溺死体で発見される。6.5点。
「天は毒物を与えず」デパート実演販売の青汁による毒殺事件。本書の中では謎解きが一番すっきりしており、題名にひっかけたオチも良い。7点。
 
 全体的にプロットや文章がアマチュアっぽいというか、プロの作品としては消化不良気味ですっきりしない感じはある。でもねらい所が良いので、それなりに楽しめた。上記4短編のほかにエッセイ数本も収められている。
 

ジェイムズ・P・ホーガン(池央耿・訳)「ガニメデの優しい巨人」 2003年08月07日

 「星を継ぐもの」に続く“巨人”シリーズ、いわゆるガニメアン三部作の二作目である。前作では月面で5万年前の宇宙飛行士の遺体が見つかり、さらに2500万年前の宇宙船が木星の衛星ガニメデで発見されるという、強烈な謎を提示し、あっと驚く謎解きで読者の心をつかまえた。この続編では、2500万年前に母星を出発したガニメアンたちが相対論的効果で現在の太陽系に戻ってくる。
 
 人類にとって初の異星知的生命体との接触だ。SFでは珍しくもないシーンであるが、とは言え異星人との出会いは、つねに読者の興味を引くテーマである。また、SFではこれまで様々なタイプの異星人が描かれているが、その中でもガニメアンはとくに理性的で温厚な種族として描かれている。彼らとの邂逅は地球に様々な波紋をもたらす。
 
 例によって謎がいろいろ出てくるのだが、本書で解かれる最大の謎は地球人類の起源である。人類はどうやって現在の姿に進化したのか。文明の急速な発展の源はどこにあるのか。前作品よりもワクワク感や意外性は小さいかもしれない。しかし作者はガニメアンと地球文明の間に、前作同様の論理的な説明を試み、そして見事に成功している。もちろん「未知との遭遇」の描写も読者を満足させる出来映えだ。
 
 さて、三部作の完結編「巨人たちの星」ではどんな謎が解き明かされるのか。ちなみに四作目で番外編的な「内なる宇宙」もあるようだし、まだまだ楽しめそうである。7点。
 

倉知淳「過ぎ行く風はみどり色」 2003年07月30日

 猫丸先輩シリーズの長編推理小説。安楽椅子探偵・猫丸先輩のキャラクターがかなり濃いので、もっとユーモアとかに力点を置いた物語かと思いきや、いやいや、もう嬉しくなるくらい立派な本格推理小説だった。
 
 話は主に猫丸の後輩・方城成一の視点から語られる。同時に成一の従姉妹である左枝子の視点からも語られるのがポイントなのだが、そこはちょっと置いておこう。成一の厳格な祖父・兵馬は亡くなった祖母に対する想いから霊能力者に入れ上げる。しかし家族の大部分はそれを嫌い、超常現象を科学的に研究しているという若き研究者を招いて、兵馬の説得に努めている。そんなごたごたの中、祖父が誰の出入りも無かったはずの離れで殺される。さらに霊能力者によって降霊会が開かれるのだが、その霊能力者も不可解な死を遂げる。それらは悪霊か何か得体の知れないものの仕業なのか、それともどこかに真犯人が潜んでいるのか。
 
 超能力や霊といった超常現象について、霊能力者 対 研究者という対決がひとつの見所になっている。しかしこの研究者も超能力や不可思議現象そのものの存在は肯定する立場であり、登場人物たちも、やはり世の中には不思議なことがあるのだという気になっている。ところが変人・猫丸は合理主義者で、見せかけの不可思議現象の奥底から真相を引きずり出して見せるのだ。どんでん返しも決まり、ここが最大の見所と言えよう。そして最後はちょっとばかりしみじみとさせる味付けを忘れない心憎さを見せて、物語は幕を閉じる。7.5点。
 

黒崎緑「しゃべくり探偵の四季 ボケ・ホームズとツッコミ・ワトソンの新冒険」 2003年07月24日

 コミカルな安楽椅子探偵シリーズ。「しゃべくり探偵」の待望の続編である。和戸くん、保住くんともに健在だ。
 
「保住君の新学期―騒々しい幽霊」例によって二人の会話文だけのしゃべくり漫才小説。和戸君の祖母が住んでいた田舎の家に現れた幽霊の正体を保住君が見破る。7点。
「保住君の五月病―奇妙なロック歌手」髪を染め、ロックバンドを始めたという保住くん。和戸君の友達の家に入った空き巣ねらいの正体を推理する。保住君の歌がウケる!7.5点。
「保住君の夏の思い出1―海の誘い」和戸君は登場せず、しゃべくり漫才も無い。珊瑚礁が美しい沖縄の海で<ぼく>が遭遇した事件を、共通の友人の誘いで来ていた保住君が推理する。7点。
「保住君の夏の思い出2―高原の輝き」書き下ろし。沖縄から舞台を移して、信州の高原で起こった殺人事件。またしても<ぼく>が惹かれた女性は・・。7点。
「保住君の秋のお洒落―注文の多い理髪店」しゃべくり漫才の代わりに、床屋のひとり芝居という趣向。もうちょっと笑いが欲しいところかな。7点。
「保住君の学園祭―戸惑う婚約者」学園祭で怪しげな占いの館を開いていた和戸君と保住君のところに、ある女性が兄の不可解な婚約について相談を持ちかける。7点。
「保住君の年の暮れ―怪しいアルバイト」競作 五十円玉二十枚の謎」の「消失騒動」を改題。既読なのだが忘れかけてた。。おでんの屋台でバイト中の保住君が、五十円玉二十枚の謎とともに駅前のトイレで消え失せた女性の謎を鮮やかに解決する。7点。
 
 やっぱり掛け合い漫才形式になっている最初の2編がこのシリーズの白眉であろう。この路線、ぜひ続けて欲しい。
 

西澤保彦「念力密室!」 2003年07月16日

 <チョーモンイン>神麻嗣子シリーズ単行本の第3弾。サイコキネシスで構成された密室を統一テーマにした短編集だ。これで現在までに出ているシリーズはコンプリートしたはず。それにしても、でたらめな順番で読んだために本書が最後になってしまったが、作品内の時系列的には、実は本書の冒頭に収められた「念力密室」こそが記念すべきシリーズ第一作である。ここで保科匡緒と能解匡緒、そして神麻嗣子が初めて出逢ったのだ。
 
「念力密室」マンション住まいの保科匡緒の部屋で発生した密室殺人事件。殺されたのは保科の別れた妻・聡子の内縁の夫。ちなみにシリーズ中で後にけっこう活躍する聡子はここではまだ名前しか出てこない。6.5点。
「死体はベランダに遭難する 念力密室2」室内から鍵を掛けられて密室状態となったマンションのベランダ。花火大会の翌日、そこで男性の死体が見つかる。6.5点。
「鍵の抜ける道 念力密室3」細かいところまでああでも無いこうでも無いの推理を巡らす匠千暁シリーズのような展開だ。残念ながら解決が論理的帰結になってない。6点。
「乳児の告発 念力密室4」密室に転がっていた死体と、同じ屋根の下にいた赤ん坊。結末はブラックというか、少なくとも能解さんにとって数々の通り過ぎていく事件のひとつではなく、一大事だ。。6.5点。
「鍵の戻る道 念力密室5」また聡子さん。なんか恋人がらみの殺人にやたらと縁があるひとだ。たくましい性格ゆえにカラリとして終わるから良いけど。6.5点。
「念力密室F」書き下ろし。単体ではとくに意味のないお話だが、シリーズ完結に向かっての伏線であり、結末を暗示するエピソードのようだ。暗い結末を示唆するようだが、「夢幻巡礼」のあとがきによれば作者はちゃんとハッピーエンドにするつもりらしい。採点不可。
 
 見返してみるとそれぞれの話に付けた点数はずいぶん低空飛行だ。謎解きや論理には必ずしも満足できない。でも、本書全体の評価をつけるとしたら各話の単純な平均点より上になると思う。不思議だけど。
 

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