読書日記

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シドニー・シェルダン(中山和郎, 天馬 龍行・訳)「ゲームの達人」 2004年07月26日

 超訳シリーズというのは今も続いているのだろうか。本書「ゲームの達人」はアカデミー出版の超訳シリーズのフラグシップ的な役割を果たし、大ベストセラーになった本だ。もう15年は昔のことだろうか。翻訳者と日本語文章作成者を別にして、外国小説を自然な日本語に訳すという超訳の方式はたしかに目の付けどころが良かったと思う。翻訳物は読みにくい、という読者は多かったに違いないからだ(自分もそう)。ただ最近では、普通の翻訳小説もかなり読みやすくなってきている。この変化は、あるいは超訳シリーズがきっかけになっているのかもしれない。とすると本書はその点でもエポックメイキングな作品だったわけだ。
 
 「ゲームの達人」は当時のベストセラーになっただけでなく、人気英語教材にも使われていることで今も名の知れた作品だろう。そして、作者シドニー・シェルダンの知名度も高い。しかし私自身はあまり読んだことがなかった。巷から聞こえる情報からは正直言ってそれほど魅力を感じなかった。典型的な作風は、ご都合主義な展開と、深みに欠けるプロットという印象がある。
 
 さて、実際この作品もその典型的な作風なのだが、それでも読んでる途中はけっこう面白い。ご都合主義で展開が見え見えではあるのだが、天国と地獄を猛スピードで行ったり来たりするかの如き、ハラハラ感満点のストーリーは退屈しない。ただラストにはもう少し工夫が欲しかった。どんな物語でもラストが印象を大きく左右する。見え見えでも良いからカタルシスのある結末が用意されていればかなりしまりが出るのだが。ということでおまけ気味の7点。
 

有栖川有栖「白い兎が逃げる」 2004年07月22日

「不在の証明」本格ミステリ02」にて既読。
「地下室の処刑」テロ組織シャングリラ十字軍に監禁された森下刑事の目の前で、銃で処刑されようとしていた男が毒殺された。彼に毒を盛ったのは誰か?そしてその他に類を見ない動機は?犯人の何気ない一言が伏線になっている。シャングリラ十字軍は以前「暗い宿」にも登場しているのだが、本書のあとがきによるといずれ火村との直接対決があるらしい。さてどんな対決になるのか。7点。
「比類のない神々しいような瞬間」本格ミステリ03」にて既読。
「白い兎が逃げる」ある劇団の看板女優を追いかけていたストーカーが殺される。時刻表トリックのアリバイ崩しに挑戦した作品だ。時刻表トリックは推理小説の世界では伝統的・古典的だがあまり好きじゃないという読者も多い。実際、だからどうしたという感想を持つものも多いだろう。しかし本作品は時刻表モノと言いながらも実は色々な要素が盛り込まれていて、読みやすくかつ面白かった。7.5点。
 

東直己「駆けてきた少女」 2004年07月19日

 2004年4月発行のススキノ便利屋探偵<俺>シリーズ最新作。シリーズもとうとう第7弾で、<俺>はとうとう47歳である。歳はとっても相変わらず。空手使いの高田とか北日記者の松尾とか、脇を固めるお馴染みのキャラたちももちろん健在である。
 
 <俺>は今回、行き掛かりで声をかけた少年にいきなり腹を刺されてしまう。腹回りに付いた脂肪のおかげで大事に至らなかったが、刺した犯人を探し始めた<俺>は例によって札幌に潜む巨悪の闇に巻き込まれて行く。
 
 ノリはいつもの通りで、巻き込まれ型で警察、政財界、地下組織とどんどん巨大になっていく敵を相手に、危機一髪の連続でピンチを乗り越えていく展開もこれまで同様だ。ちりばめられた細かいエピソードと癖のある登場人物も魅力的である。しかし、今回はラストの持って行き方がどうかと思う。いろいろ盛り上げておいて最後に肩すかしである。決定的なことは何も起こらず、あっさりと平凡な日常に戻ってしまう。まあ本作を、シリーズを通しての<俺>の身に起こった一コマと捉えれば納得できないこともないのだが。。ただ、この作品、実はこの一冊で閉じた話ではなく、他の作品あるいは次作とつながった物語であるという情報を見かけた。とすると、その周辺の物語とあわせて一緒に愉しむべき作品だったのだろうか。6.5点。
 

北川歩実「真実の絆」 2004年07月14日

 ワケありで、存在するかどうかも分からない子供を捜している資産家がいる。その莫大な資産を狙って策謀を巡らすひとびとが群がる。本書はそんな事情を共通のバックグラウンドにした連作短編集である。さらに書き下ろしで、各話をつなぐ糊の役目を果たす「依頼人との対話」、そしてすべての結末となる最終章「うつろな縁」が追加されている。
 
 基本的には各話独立した話として読めるわけだが、それぞれの話には様々な人物が登場し、その人間関係は相当複雑である。しかも登場しても名前だけだったり最初はイニシャルだけだったりするので素直に頭に入ってこない。よくよく整理しながら読まないと肝心のストーリーを見失ってしまうかもしれない。しかしそれぞれに読者が息をつくひまもない、二重三重のどんでん返しで眩惑するラストが用意されていたりと、複雑なだけではない考え込まれたストーリーは秀逸である。北川歩実らしい佳品だ。7点。
 

西澤保彦「ファンタズム」 2004年07月08日

 表紙の折り返しに著者の言葉がある。それによると本書は「ミステリ」ではなく「西澤保彦なりの幻想ホラー小説の方向性を模索」してできたという作品である。その手のジャンルは苦手なので、どうだろう、と思ったがともかく読み始めた。
 
 一見サイコミステリかと思わせる物語である。犯人の視点も交えながら、連続殺人事件が綴られて行く。被害者は全員が女性。被害者同士のつながりは不明で手口もバラバラだが、犯人は必ず自らの指紋と共通の証拠を残している。事件現場の中には、密室だとか消える足跡とかの不可思議な状況を呈しているものもあり、動機から何からすべてが謎である。
 
 さて、ここからある意味ネタばれになる。未読の方は読まない方がよい。上に書いたように基本ストーリーはかなり「ミステリ」的で、様々な謎が読者に提示されながらも全貌はなかなかつかまえられず、少しずつ真実の薄皮をめくるようにして結末に向けて進んでいくという作りになっている。こうなると当然、どんな真相が待っているのか、あの謎の正体は何なのか、とどんどん興味を引きつけられる。しかし、やはり本書は「ミステリ」では無かったのだった。謎の解明も何もない。宣言通りではあるのだが、単なる結末のないミステリのようで不満なことこの上ない。途中の味わいも「幻想ホラー」としてではなく「ミステリ」的な要素が強い分よけいに不満なのである。うーん。6.5点。
 

横山秀夫「半落ち」 2004年07月06日

 2003年版『このミステリーがすごい!』国内編で第1位を獲得するなど、高い評価を得た大ベストセラー作品である。映画化もされた。一方、第128回直木賞では受賞を逃している。選に漏れた大きな理由は選考委員から「作品の現実では取り得ない設定」を指摘されたことだ。しかしその後、指摘の妥当性を巡って議論が起こり(議論はミステリ全般にまで及んだ)、最終的に作者が「直木賞決別宣言」を出すに至った
 
 本書は出版から2年近くが経とうとしている今もなお人気絶大で、図書館では予約の順番待ちが大変な数に上っている。まだまだ読めそうもないなあと思っていたのだが、ありがたいことに知人よりお借りして読むことができた。
 
 ストーリーは、アルツハイマーの妻に懇願されて殺害した現職刑事・梶聡一郎が自首するまでの「空白の二日間」の謎を軸にしている。章ごとに視点が変わる構成が特徴的だ。梶に関わる刑事・検事・記者・弁護士・裁判官・刑務官らが、それぞれの事情と思惑を抱えた物語を紡ぎ出している。警察組織や新聞業界など、それぞれの社会の裏側と本音が垣間見えるのも面白い。そして最後に各物語は梶が抱えた「空白の二日間」に収斂されていく。
 
 ところで問題の、本書の設定の妥当性なのだが、仮に現実に即していなくとも大きな問題になるとは思えなかった。その上、結局のところ、直木賞選考委員が指摘した「事実誤認」こそが「事実誤認」あるいは「早計」だったのであり、「欠陥作品」扱いした選考委員・林真理子の発言は軽率な言い掛かりでしかなかった、ということのようだ。7.5点。
 

有栖川有栖「虹果て村の秘密」 2004年07月02日

 講談社が出版する“かつて子どもだったあなたと少年少女のための−ミステリーランド”シリーズの第2回配本作品。字は大きめで行間も広く、漢字にはふりがなが付いている。子供にも面白いがもちろん大人が読んでも面白い。そんな作品になっている。
 
 推理作家になりたい12歳の少年・秀介と、作家二宮ミサトを母にもち、こちらは刑事になりたくてしょうがない同級生の優希は、ミサトの別荘がある虹果て村にやって来る。村には虹にまつわる七つの言い伝えがあった。その村で密室殺人事件が起こる。折しも崖崩れで警察はすぐには来られない。大人たちに囲まれた子供ふたりは推理によって犯人を明らかにできるのか。
 
 子供か大人かを問わず本格推理小説の入門書として最適な一冊だ。おどろおどろしくなり過ぎず、かといってファンタジーにもなり過ぎない。目の肥えたミステリファンを唸らせる新しさこそないが、手がかりとなる伏線と謎を解き明かすロジックは基本に忠実で、かつ手抜きはない。その結果、入門書といっても、古参のファンにも楽しめる作品になっていた。7点。
 

西澤保彦「リドル・ロマンス―迷宮浪漫」 2004年06月30日

 'ハーレクイン'を名乗る謎の人物。どんな願いでも叶えてくれるという。悩みを抱え彼を訪ねてきた人々の物語だ。依頼者がどうやって'ハーレクイン'の存在を知り、どのように彼のもとを訪れたのかは謎のまま、本人達にも分からない。
 
 'ハーレクイン'(Harlequin)とは「道化役」のことなのだそうだ。知らなかった。。たぶん多くの人もハーレクインといえばハーレクインロマンスしか思い浮かぶまい。ハーレクインはロマンス本を発行する出版社名だが、もともとロマンスとは何の関係もない意味なのだった。
 
「トランス・ウーマン」結婚式でドタキャンされたという女性の願いの裏に隠された事実。7点。
「イリュージョン・レイディ」現実と夢想の区別が曖昧になった女性の身に起こった殺人事件の真相は?6.5点。
「マティエリアル・ガール」女性達の心理が鍵だが、あまり現実的とは思えない。6点。
「イマジナリィ・ブライド」記憶をなくした女性が本当に望んでいたのは?6.5点。
「アモルファス・ドーター」いじめで亡くなった級友を生き返らせて欲しいと願う男。6.5点。
「クロッシング・ミストレス」もしもあの時・・。あり得たかもしれないもうひとつの人生を知るというテーマは面白かった。ただ「知るべきではない」という'ハーレクイン'の言葉の意味するところはアンフェアだったかも。7点。
「スーサイダル・シスター」自殺癖がある妹の相談にきた姉が知った真実とは。6.5点。
「アクト・オブ・ウーマン」波乱に満ちた半生を生きた女性が'ハーレクイン'の導きで心の落ち着きを手に入れる。6.5点。
 

清水義範「迷宮」 2004年06月18日

 清水義範作品としてはかなり意外な印象の作品である。この人のエッセイは好きだし、小説も特有の味がある作家だなあと思っていたが、この作品はこれまで清水義範に持っていた印象を大きく変えた。変化球しか投げないと思っていた投手がストレートを放ってきたような感じである。
 
 記憶喪失の男が、治療のためと言われて、ストーカーによる女子大生猟奇殺人事件に関する様々な記録を読まされる。それは週刊誌の記事であったり、事件を取材した小説家の文章であったり、あるいは警察で作成された供述書であったりする。男は何ものなのか。事件に関係しているのか。治療師を名乗る人物は誰なのか。そして彼の目的は。記憶を失った男と、記録上の殺人事件の二重構成の謎で構成されたミステリである。
 
 さて提示される謎は正統ミステリとしても文句ない。しかしミステリで重要なのは結末である。意外な真相とカタルシスが求められる。だが残念ながら本作品はそこが消化不良である。真相は意外と言えるほどではなく、読み進める内におおよそ予想できる通りに落ち着いてしまった。パスティーシュを得意とする作者らしい技巧を生かした小説ではあったが、ミステリとしてはやはりもうひとひねりが欲しい。6.5点。
 

姉小路祐「司法改革」 2004年06月14日

 司法改革が進められている。改革の目玉となる裁判員制度は先頃の国会で導入が決まった。一般市民がプロの裁判官と一緒に審理する制度である。今後5年の準備期間を経てスタートする。さて、裁判への市民参加は歓迎すべきだが、すでにいろいろな問題点も指摘されている。また裁判員制度以外にも、司法制度は多くの面で改革が必要とされている。
 
 作者が作家デビュー15周年記念作として取り組んだ作品である。歴史的な経緯も交え、法曹人の権益にも切り込みながら、現在の司法制度の問題点を指摘し、改革の必要を訴えた大変テーマ性の高い作品だ。司法改革に興味がある人は、いや、裁判員制度導入が決まった今やすべての人が読んで損はしないだろう。
 
 もちろん本書は、単に司法改革に対する主張と議論を重ねた論文のようなものではなく、小説である。おそらくは利権がらみの得体の知れない権力による司法改革への妨害、そして殺人まで繰り返されるというサスペンスが盛り込まれている。ハラハラする展開はなかなか読み応えがあった。しかし残念なことに小説としては尻切れトンボである。真相は明らかにされず、事件と司法改革の行方も不安にさせたまま終わってしまった。現在進行中の司法改革に対する問題提起としての役割を重視した結果なのかもしれないが、もとよりフィクションなのだし、作者の希望も込めた結末などなどをはっきりと示しても良かったと思う。7点。
 

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