読書日記

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東野圭吾「ゲームの名は誘拐」 2005年01月06日

 広告代理店に勤めるやり手のプランナーである佐久間駿介は、クライアントである自動車会社の副社長・葛城勝俊に、手がけていた大きな仕事から降ろされてしまう。家出をしてきた葛城の娘・樹理と偶然出会った駿介は、ゲームの達人を自認する葛城勝俊への意趣返しに令嬢誘拐というゲームを仕掛けることを思いつく。利害が一致した樹理の協力で、3億円奪取を目指したゲームが開始される。完全な倒叙もので、一貫して誘拐犯である駿介の視点から物語は進む。
 
 まさにゲームのような駆け引きと、誘拐を成功させるための鮮やかな手口が秀逸だ。3億円奪取のあとの意外な展開と真相もさすがである。東野圭吾作品としては終幕の迎え方に若干の喰い足りなさも感じたのだが、それでも本作は、今後も誘拐ものの傑作のひとつとして数えられるだろう。
 
 雑誌連載作品で単行本は2002年刊行、2003年にはさっそく「g@me(ゲーム)」という題名で映画化されている。今月下旬には「レイクサイド」も映画化されて公開されるし、作者はいよいよ大人気である。ちなみに映画「g@me(ゲーム)」のキャストは藤木直人と仲間由紀恵である。原作者・東野圭吾をして「イメージ通りのキャスティング」と言わしめたらしいのだが、本書を読んだ感想としてはちょっとイメージが合わない。ただ、映画には独自のストーリーも盛り込まれてけっこう好評らしいので、こんどDVDででも見てみたい。7.5点。
 

西澤保彦「方舟は冬の国へ」 2005年01月02日

 帯の「うん。とっても素敵。」という、とっても新井素子らしい推薦文が目を引く。ある偽りの家族をめぐるミステリ
 
 失業中の主人公・十(つなし)和人(←相変わらず登場人物はみんな珍名ばかり)は、ハローワーク帰りに見知らぬ男から奇妙な仕事の依頼を受ける。監視カメラと盗聴器によって24時間監視された家で、一ヶ月間ある人物として生活して欲しいというのだ。しかも妻と子もいて、仲の良い家族を演じなければならない。多額の報酬とひき替えに仕事を引き受けた和人だったが、その家では不思議な超常現象まで起き始める
 
 もともと不定期連載という形で発表された作品で、各回ごとに謎解きがあり、さらに最後には作品全体の謎が明かされる。あとがきによると、そういう構想で書き始められた物語だ。しかしサイドストーリー的なひとつひとつの話はちょっと弱く、一方で、ストーリーを軽く流しているわりには内容が重たい。西澤保彦っぽいと言えばぽいのだが。作品全体の謎についてはなかなか壮大な真相があるのだが、結局のところそれはあまり重要ではない。好みを言えば、疑似家族を演じた理由や不可思議現象をもっと突っ込んで面白く展開してもらいたい気もする。しかし本書のテーマはむしろ、演じていただけの家族に、いつの間にかかけがえのない愛情を感じるようになるところの心理の動きにある。そして悲劇的に終わるかと思ったところに用意されている爽やかなラストが素敵。という物語であった。7点。
 

我孫子武丸「人形はライブハウスで推理する」 2004年12月27日

 私は我孫子武丸のファンである。たぶんそう言っても良いくらいには、我孫子武丸は常に気にしている作家である。それなのに。人形シリーズの最新刊である本書の存在に最近までまったく気づいていなかった。というか、既読と勘違いしていたみたい。文庫で出たのこそ最近だが、講談社ノベルスから出版されたのは3年以上も前だ。不覚である。
 
 表題作でおむつの弟・葉月が殺人事件に巻き込まれる「人形はライブハウスで推理する」を始め、「ママは空に消える」「ゲーム好きの死体」、おむつが園児にプロポーズされる「人形は楽屋で推理する」、朝永への弟子入り志願者がコンビニ強盗殺人の容疑をかけられる「腹話術志願」、そしておむつのほろ苦い過去の話「夏の記憶」が収録された短編集である。
 
 「腹話術志願」などではかなりひねったトリックが解き明かされるが、大体の話はワンアイデアをもとに作られた話で、とくに複雑な伏線が張られているわけでもないしトリックや謎的には単純な作りになっている。その意味では凡作なのだが、どれも優れた凡作である。何を言いたいかというと、ひとつひとつが我孫子武丸の代表作に数えられるような傑作とは言えないが、及第点ぎりぎりのそこんじょそこらの凡作とは違って、らくらく「優」が付く凡作なのだ。
 
 そして、シリーズを順に読んできた読者には謎解き小説として楽しく読める以外に、いきなり最初の一編から、思わず「ブラボー」と叫んでしまう展開が用意されている。もっとも、こんな展開があったと言うことは、もしかしてシリーズも終わりが近いのかという気がして複雑なのだが。7.5点。
 

松尾由美「スパイク」 2004年12月22日

 この著者の作品はこれまでほとんど読んだことがない(たしかアンソロジーに入っていた短編を読んだだけ)。従って他にどんな小説を書いているのかあまり知らないのだが、本書はSFとファンタジーとミステリを、カップに注いでスプーンでくるりとひと混ぜしました、というようなそんな物語だ。砂糖とミルクの代わりに愛犬と恋愛も混ざっている。ああ、Web上の書店を覗くと「長編恋愛ミステリー」と紹介してあるのか。
 
 ビーグル犬のスパイク(スヌーピーのお兄さんと同じ名前)を連れて下北沢の町を散歩をしていた江添緑は、そっくりのビーグル犬を連れた林幹夫と出会う。初対面にもかかわらず惹かれ合ったふたりは、次の土曜日に合う約束をして別れる。しかし土曜日に幹夫は姿を見せなかった。気落ちしている緑になんと「スパイク」が…。摩訶不思議なSF設定のもと、緑とスパイクは幹夫の消息を追うにわか「探偵団」となる。
 
 緑とスパイクのコンビというキャラクターがよい。謎を追うストーリーは、なぜ一番最初に幹夫の住所を尋ねないのか、とかちょっと不満な点もあるが、あまり大げさにならずに幹夫失踪の理由に迫っていくところは楽しんで読めた。そして最後、本書の設定全体にかかわる謎が明かされる。読みながら不思議に思っていたのだが、なるほどそういうことだったのか。7点。
 

鮎川哲也「黒いトランク」 2004年12月18日

 創元推理文庫から2002年に刊行された「綿密な校訂と著者の加筆訂正による決定版」ということだ。と言うのも、巻末の有栖川有栖・北村薫・戸川安宣の解説鼎談を読むと分かるが、本作は発表以来なんども改稿されているのだ。初出は昭和30年、「書下ろし長篇探偵小説全集」の十三冊目として公募され、最優秀作となった鮎川哲也氏の事実上のデビュー作である。「戦後本格の出発点」という謳い文句もダテではない。
 
 作中の事件が起こったのは昭和24年のことである。同じ日本といえど、今となってははるか昔の別世界である。本書は至る所に注釈が入り、地名や鉄道路線から生活に関わることまで、当時の様子を丁寧に解説してある。いろいろと当時の社会を反映した描写もあるので、この時代を知らない年代でも、戦後間もない当時を想像しながら読むのもひとつの楽しみ方だろう。もちろん当時を知る人には懐かしく読めるはずだ。
 
 時刻表トリックやらアリバイ崩しなど、本格推理小説の古典として堂々たる作品である。読みやすいかと言われればどうかと思うし、小説物語としての肉付けは希薄であるので、決して取っつきやすくはない。謎解きも論理としての完成度は非常に高いが、思わず膝を打つカタルシスには欠ける。そんなわけで、推理小説に興味がない人にはお薦めできる作品ではないが、興味がある人は一度読んでおいて損はないと思う。7点。
 
 追記:本格推理作家として一時代を築き、近年の新本格ムーブメントにおいては有能な新人を次々と送り出すなど重要な役割を果たされた鮎川氏だが、2002年9月24日に83歳でお亡くなりになっている。
 

歌野晶午「ジェシカが駆け抜けた七年間について」 2004年11月27日

 歌野晶午のデビューは1988年のことだから実はけっこうなベテラン作家である。そして良い作品をたくさん出している。ところがそのわりに一般的な知名度が低い作家だった。しかし最近状況は変わり、本作のひとつ前に書かれた「葉桜の季節に君を想うということ」(未読)が大ヒットして、知名度も人気も急上昇である。読者としては嬉しい反面、図書館では新作がいつも借り出し中になってなかなか読めなくなってしまうのが残念だったりもする今日この頃である。
 
 「世界の終わり、あるいは始まり」とか、どうも最近文章のような題名を付けるのが作者の流行のようだ。それはともかく、この作品は女子マラソンの世界を舞台にしたミステリである。日本人が監督を務めるアメリカのマラソンチームで、仲間とともに練習を積み、一流選手を目指すエチオピア出身のジェシカ。同じチームにはハラダアユミという日本人女性もいた。しかしアユミはある事情から監督を憎み、そして自殺してしまう。そして監督がマラソン大会の最中に殺される事件が起こる。アユミの一番近くにいたジェシカは…。
 
 いかにもミステリらしいトリックが使われている。ただ、叙述トリックとはそういうものかもしれないが、作中人物たちには不思議でもないことを、あえて混乱させる書き方で読者を攪乱しただけ、という嫌いがある。それだけではない"何か"に重きをおける作品であれば問題ないのだが、この作品はちょっとそこが弱かったと思う。しかしもちろんそれなりに驚いたし、読み返してみて感心した伏線もあった。ミステリ職人としての作者の力が発揮された作品だ。7点。
 

有栖川有栖「まほろ市の殺人 冬―蜃気楼に手を振る」 2004年11月24日

 冬になると真幌の海に現われる蜃気楼。真幌の蜃気楼のメカニズムはいまもって解き明かされず神秘的な存在だ。「蜃気楼に手を振るとあちらの世界に連れて行かれる」という言い伝えのように、蜃気楼に向かって手を振って直後の事故で幼くしてこの世から去った長男。残された三つ子の次男と三男はやがて大人になり、ある事態に直面する…。これで「幻想都市の四季」シリーズを4作品すべて読み終わった。
 
 不思議な蜃気楼や長男が亡くなったエピソードが雰囲気を盛り上げる。ただ、それが本筋とは直接絡まず、ただのムードメーカーで終わってしまっているのが残念だ。読み所は三男の満彦の身に起きる不可思議な現象の謎解きとサスペンス的な楽しみ。トリック的には、そんなのあり?というような大技である。都合の良い偶然的な要素もある。作者も弱い部分がどこかは分かっており、一応それなりに説明を付けているのだが。。7点。
 

我孫子武丸「まほろ市の殺人 夏―夏に散る花」 2004年11月20日

 祥伝社文庫の競作「幻想都市の四季」シリーズ4作品の内のひとつ。互いの作品に、真幌市を舞台にしているという以外の関係はない。雰囲気も作品ごとにまるで異なる。もっとも本作品には、麻耶雄嵩「まほろ市の殺人 秋」の闇雲A子という名前だけ登場していた。
 
 一冊だけ本を出したもののあまり売れず、スランプ状態の新人作家・君村義一のもとに若い女性からファンレターが届く。メールのやりとりの後実際に会ってみて君村は恋に落ちるのだが、そのうち連絡が取れなくなる。あきらめきれない君村は何とか彼女を捜し出すのだが、やがて事件が起こる。。
 
 事件の背景と真相は、現実にはまず無さそうだが推理小説の世界ならそれほど奇異なものではない、むしろオーソドックスなくらいだ。しかし短編といっても良いくらいの中編の長さにうまくマッチして過不足なくまとめられている。同じようなネタで冗長な長編にしたりする作品も珍しくないが、その点この作品はスッキリしていて好ましい。作家とファンというと某有名サイコホラー小説を思い出すが、この作品もちょっとそれに通じるようなスリラー的側面がある。さらに悲しい恋愛物語の要素も加わって、一気に読めてしまう作品だ。7.5点。
 

北川歩実「お喋り鳥の呪縛」 2004年11月19日

 フリーライターの倉橋は、妹の良美と共同名義でコンクールに応募したシナリオをテレビドラマに使いたいという申し出を受ける。オウムを使った研究をしている、ある研究所をモデルに使ったシナリオは実質的に妹の作品であったが、シナリオライターを目指していた彼女は轢き逃げ事件にあって意識を失っていた。
 
 場面転換が細かく、話に引き込まれにくい。また登場人物が多くて、人物名を覚えるのもひと苦労だった。アロハを着て学生にしか見えない若き助教授とか、オウムを偏愛する人気スターの榊修輔とか個性的な人物も登場するが、登場人物ひとりひとりの影は薄い。もう少し登場人物を絞って人物を書き込めばもっと魅力的になりそうなのだが。。主人公もまた、あまり内面までは描かれず、格好良くもない。主人公なのに、印象的にはその他大勢のひとりと変わらない。人語を理解しているかのような天才オウム・パルも結局あまり重要な役割は果たさないまま終わってしまった。
 
 というように小説としては不満が多いのだが、本筋は精緻なミステリだ。盛り上がり感には欠けるが、様々な人物の思惑が絡み合って浮かび上がる事件の真相は、論理的なパズラーが好きな人にはお勧めできる。6.5点。
 

小林泰三「玩具修理者」 2004年11月08日

 ホラーはあまり好きではない。怖いからではない。むしろあまり怖さを感じないことが多い。スプラッタ的な描写は苦手だが、気持ちが悪いだけで怖いわけではない。好きではないのはたぶん、リアリティーを重視せず、幻想的な要素を前面に出す作品が多いのが好みに合わないからだ。リアリティーがないので怖さも感じない。さてここまでは一般論。普段はそんな理由であまり進んで読まないのだが、本作はどこで聞いたのか何となく題名を覚えていたので(それだけ露出度が高い話題作なのだろう)、図書館で見かけて借りてみた。
 
「玩具修理者」作者は1995年に、この作品で第2回日本ホラー小説大賞短編賞を受賞してデビューしている。ストーリーは男女ふたりの会話で進み、最後に作品に仕掛けられたあることが明かされる。小学生の林間学校とかで、夏の夜に語られそうな、ごく短くまとめられた典型的な「怖い話」。6.5点。
「酔歩する男」こちらは中編。最初の方のちぐはぐなやりとりは混乱と不条理の世界で「ねじ式」を思わせるが、茫洋としていた話がだんだん形を表してSF的な展開につながる。基本アイデアはありふれた量子論的平行世界だが、こういうのは何度でも楽しめるものだ。しかしラストの処理がふたたび混乱の世界に引き戻す手法で、不満である。最後までSF的かつ論理的に引っ張って欲しかった。落ちも予想が付いてしまう。6.5点。
 

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