読書日記

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清水義範「やっとかめ探偵団と鬼の栖」 2003年11月13日

 中編が2本収められている。前にも書いたかもしれないが、この作者の文章というのは独特で、小説でも小説っぽくない。ふと思ったのだが、小説と言うよりは脚本とかに近い気がする。本筋とは格別関係ない舞台設定や人物関係の説明などが詳しく書かれ、監督や役者に向けて説明しているような感じだ。読者も結局、この脚本家の(つまりは作者の)視点から一緒に物語を眺めることになる。
 
「やっとかめ探偵団と鬼の栖」幼児虐待が社会問題になる現代。そんな世相を反映してまつ尾婆さんの近所でも幼児虐待があったことを疑わせる一家失踪事件が起こる。さらに同じアパートの母子と、まつ尾自身のワケありの親子関係を絡めて描かれている。7点。
「やっとかめ探偵団と唐人お吉」まつ尾の義娘の康子が、仕事仲間と行った日帰り旅行先で青酸ソーダを使った殺人事件に遭遇する。続いて名古屋の新名所ツインタワーでも青酸ソーダ殺人事件が起きて。。最初の事件の動機が弱い。6.5点。
 

東野圭吾「トキオ」 2003年11月9日

 宮本拓実の一人息子である時生 - トキオは遺伝性の難病に罹り、17歳の若さでその生涯を閉じようとしていた。時生が最期の時を迎えようとしているそのとき、病院の廊下で、拓実は妻の麗子に彼が若い頃に出会った不思議な青年の話を始めた。その青年は拓実の息子トキオだと名乗った。
 
 1979年、拓実は日常に不満を抱えながらいい加減な日々を送っている。そこに現れたのがトキオである。突然現れてあれこれ指図さえしてくるトキオを不審に思いながらも、拓実はトキオの不思議な吸引力に逆らえない。そんな折、当時拓実が付き合っていた女性・千鶴が姿を消し、代わりに怪しげな男たちが千鶴の居所を探し始める。不穏な事件、そして拓実の出生に関わる事情が交差しながら、トキオに導かれるようにして拓実は自らの未来を切り開く意欲を持てるようになる。
 
 謎などには特筆すべきところはなく、事件も真相が分かればどうということはない。しかしそれでも読者を惹きつけるだけの十分な魅力を備えているところが作者の腕の良さの証明である。ともあれ、本作品は推理小説ではなく、不思議な現象を核にして描かれる人間ドラマという「秘密」路線の小説である。そして泣かせるラストの一行。パターンとしてはもはやお馴染みなのだが、何度でも良いものはよいのだ。7.5点。
 

京極夏彦「ルー=ガルー 忌避すべき狼」 2003年11月06日

 読了まですごく時間がかかってしまった。単行本が750ページもある分厚さだったということもあるのだが、字はわりと大きいので、最初はこんなに時間がかかると思わなかった。じゃあなぜそうなったかと言えば、前半がつまらなかったのだ。殺人事件は出てくるがまだ他人事だし、とりわけ面白いエピソードもないし、登場人物の会話は理屈っぽいしで、とにかく引き込まれない。なかなか読み進まず、途中で放り出そうかと思ったくらいである。ところが。ちょうど半分くらいまできたところで急展開し、話が一気に面白くなった
 
 舞台は近未来の高度に情報化された社会で、人間関係さえも、直接会うよりもデータ端末を通して培われる時代である。そんな世界で、主人公の少女らは殺人犯に狙われていた級友を保護して、安全のためにエリア警備に身柄を預ける。しかし、これで一安心のはずだったが、翌日その級友が無惨な死体となって発見される。しかも級友をエリア警備に引き渡した記録も書き換えられていたのだった。一体何が起こったのか?連続殺人事件との関連は?
 
 後半はスリリングで、かつ謎に満ちており、中だるみすることもなく面白かった。一方で、前半は10分の1くらいに縮めても良いと思う。一応、点数をつけるとすると前半が6点、後半は7.5点かな。
 

麻耶雄嵩「まほろ市の殺人 秋―闇雲A子と憂鬱刑事」 2003年10月27日

 「まほろ市の殺人」は祥伝社文庫の競作「幻想都市の四季」シリーズで、春夏冬をそれぞれ倉知淳、我孫子武丸、有栖川有栖が書いている(未読)。基本的にはそれぞれ独立した話ということである。
 
 さて麻耶雄嵩による本作品だが、「やみくもえーこ」なんて名前から分かるようにリアリティーのある小説というよりは、子供向け漫画的な設定でデフォルメされたキャラクターを使ったお遊び小説である。闇雲A子は推理小説作家で真幌市の名士。過去には警察に協力して犯罪を解決したこともあるということで表向きは警察からも大事に扱われているが、実際には面倒くさがられているという人物。メランコ刑事こと天城憂はそんなA子に見込まれて(?)連続殺人鬼"真幌キラー"の捜索に行動をともにすることとなった。さらに怪盗紳士"怪盗ビーチャム"なる人物も現れて・・。
 
 やはりリアリティーという面を無視すればだが、謎解き自身はまあまあブラックな真相も良いと思う。一方、A子とメランコ刑事以外の登場人物が、キャラが濃い割に喰い足りなさを感じた。中編という分量に対して盛り込みすぎたか。6.5点。
 

黒田研二「今日を忘れた明日の僕へ」 2003年10月24日

 表紙が格好良くて素晴らしい。題名もなかなか興味をそそる。作者初の(そして現時点で唯一の?)ハードカバーで2002年1月発行の作品。
 
 以前読んだ北川歩実「透明な一日」でも使われていた記憶が蓄積できなくなるという前向性健忘症。事故のために、この前向性健忘症になった人物が主人公である。物語は春先の事故から数ヶ月が経ち夏になったある一日の出来事として描かれている。主人公はこの日、自分が事故に遭って記憶を蓄積できなくなった数ヶ月の間に、妻の友人が亡くなり、親友が行方不明になったことを知る。そしてフラッシュバックする恐怖の映像。記憶の代わりとなるのは日記の記録だけだ。一体何が起こったのか。自分はどう関わっているのか。
 
 さて以前にも書いたのだが、この作者で気になるのは、やはり人物の造形が下手ということである。不自然で違和感を覚える箇所がどうしても目に付く。また、推理小説とは、トリックと謎解きという骨格があって("推理"の部分)、その上に人物を描いたり、いろいろ肉付けをして"小説"に仕上げられるものだと思うのだが、肉付けの部分がおろそかになっている印象を受ける。エピローグにももう一工夫(もうひと物語)欲しい。作者の処女作「ウェディング・ドレス」には"体脂肪率0パーセント"なるキャッチコピーを与えられているが、そろそろ脂肪も付けて欲しいところだ。ちなみに本作品の謎解き自身は、多少無理も感じられるが、作者の本領発揮で相変わらず凝っているなあというのが感想。6.5点。
 

横山秀夫「陰の季節」 2003年10月21日

 表題作は第5回松本清張賞(1998)受賞作で、これが実質的な作者のデビューとなる。本書はほかにD県警シリーズ3作品を収録した短編集だ。
 
 横山作品はこれまでアンソロジー「名探偵で行こう」で読んだくらいだと思うが、横山秀夫の名は最近よく聞く。理由は昨年の作品『半落ち』である。2003年版「このミステリーがすごい!」で1位になるなど評判が高かったが、第128回直木賞では「オチに欠陥がある」と評価されて受賞できなかった。これに作者が反論するなど読者ともども論争となり、結局は作者の「直木賞決別宣言」という結末に落ち着いた。直木賞選考委員の批判が的を射たものであるのかどうか、未読なので判断できないが、ともかく読んでみたい作品だし、読んでみたい作家だったのだ。しかし世間での評判もすごいらしく、図書館なんかではずっと品薄・予約待ち状態で、今回ようやく本書を図書館で拾えた。
 
「陰の季節」天下りポストを手放そうとしない警察OBの尾坂部に苦慮する人事担当の二渡警視。尾坂部がポストに固執する理由とは。偶然はともかく尾坂部が彼に目を付けた理由が弱いと思う。7点。
「地の声」監察に曾根警部を密告する封書が届いた。人事をめぐる陰謀か? 2重3重の真相が秀逸。7.5点。
「黒い線」本編の似顔絵婦警・平野瑞穂は連作短編集「顔 FACE」の主人公として再登場するようだ。「顔」は今年の春、仲間由紀恵で連続ドラマにもなっていたりする。7点。
「鞄」議会対策を担当する柘植の元に、ある保守系議員が県警に対する爆弾質問を用意しているという情報が入る。対策に追われる柘植だったが。。7点。
 
 最初の「陰の季節」の主人公・二渡警視はその後の作品にも顔を出す。「陰の季節」ではけっこう人間臭く描かれているが、後の作品では無謬のエリートといった印象に変わっている。作者は警察小説の書き手だという予備知識はあったが、本書の作品はどれも犯罪小説ではなく、警察という特殊な組織そのものにスポットライトを当てた作品であった。
 

藤岡真「ゲッベルスの贈り物」 2003年10月16日

 作者、藤岡真の名はたぶんあまり知られていない。私も初めてである。しかしあとがきや解説によると、一部のミステリファンからはたいへん熱い支持を受けているようだ。なるほど本作品はミステリであることに非常なこだわりを持っており、ミステリファン好みの作品と言える。
 
 いきなり第二次世界大戦末期のUボート内部から物語の幕が開き、そしてその壮大なプロローグから一転して現代日本へと舞台が移る。本編では正体不明の殺人者の章と、謎の歌手ドミノを捜すプロデューサー藤岡真(作者と同名)の章が平行して描かれている。最初はまったく別の物語が少しずつ互いに近づいて行き、ついには正面からぶつかり合うことになる。ここにプロローグで遺された「ゲッベルスの贈り物」の謎が絡み、スケールの大きな話に仕上がっている
 
 しかし藤岡真の真骨頂はメインのストーリーではなく、随所に仕掛けられた騙しのテクニックであろう。メインの気宇壮大なストーリーはややもすれば荒唐無稽な子供だましとなるし、文章も抜群に上手いわけではない。しかし至る所に仕掛けられた伏線とミスディレクションがミステリファンの心をとらえる。事件に片が付いたあとのエピローグで明かされる真相には完全にやられた。7.5点。
 

竹本健治「ウロボロスの偽書」 2003年10月11日

 虚構と現実が複雑に混じり合った、たいへん奇妙な小説だ。竹本健治の連載小説という形を取り(実際に連載だったらしい)、作者本人の他にも実在の作家などがいろいろ登場する。実在人物を登場させる実名小説や、複層に世界を重ねるメタ小説はまあ珍しくないのだが、本作品はそれが徹底している。
 
 連続殺人鬼の告白文と、周囲で奇妙な事件が起こる個性的な芸者達の物語、そして作者本人の身の周りと日常の描写が当初の物語の核となる。最初は作者周辺の物語だけが現実で、他の部分はフィクションと見えるのだが、やがてそれらの境界は崩れ去ってゆく。現実と虚構が混沌とした世界に、ほかでは味わえない感覚を味わえるだろう。
 
 佳境に差し掛かったところで「読者への忠告状」が差し挟まれていた。「挑戦状」ではなく「忠告状」だ。なんとなれば本書は推理小説(ミステリ)ではなく疑似推理小説(ミステロイド)であるからだ。推理小説的結末を望んではいけないと作者は忠告する。そこまでは謎が謎を呼び、何が起こるか分からない状態だった物語も、この「忠告状」を境に収束し始める。しかしやはりこれだけの不可思議な世界をまとめ上げるのは無理があるわけで、前半の面白みが影を潜め、結末に持って行く苦労の跡がにじみ出てしまうのは仕方がないだろう。
 
 というわけで、いくら推理小説的なカタルシスを望んではいけないと言われても、やはり後半と結末には満足できたとは言い難いのだが、前半は面白かった。というか、これまで読んだことのないタイプの小説で大変楽しめた。ミステリ好きな人(あるいはミステリマニア?)は読んで損はないと思う。まったくの蛇足になるが、本書の発行は1991年だからけっこう古い。今頃読んでみたのは、以前に読んだ京極夏彦「どすこい(仮)」の元ネタとして本書の続編が使われていたのを何となく覚えていたからだったりする。世間にはこの「どすこい(仮)」の元ネタの全読破を目指している人もいるらしい。7点。
 

西澤保彦「神のロジック 人間のマジック」 2003年10月01日

 まず題名が興味をそそる。この題名から、読者を眩惑・魅了する、アクロバティックな論理が冴えた本格推理小説を予想して読み始めた。しかし結果を言えば本書は純粋な本格ものではない。使われている突飛なメイントリックは、どちらかといえばSF設定に近いと言える。(SFでもないのだけど。) さてしかし、予想は外れたが期待は裏切られず、なかなか面白かった。
 
 主人公のマモルは11歳。両親の元を離れ、アメリカのどこかにあるらしい学校施設で生活している。学校といっても生徒は同じ年頃の6人だけで、授業も風変わりな特殊な学校である。その上この学校は人里離れた陸の孤島で、外界からはまったく閉ざされているのだった。
 
 閉鎖環境となれば常のこととして(!)連続殺人が起こる。この辺のプロットだけを見ると本格っぽいと言える。しかし本書ではそれ(連続殺人)はあまり大きな謎とはならない。一番の謎は、マモルをはじめとした生徒たちがいったい何のために、そしてどうやってこの学校に連れてこられたか、ということである。
 
 先にも書いたとおり、メインの大仕掛けはSFと言って良いほど荒唐無稽なものだ。しかしそれはアンフェアだと目くじらを立てるものではなく、SFを受け入れるように素直に受け入れられる。そしてそれを受け入れてしまえば世界をひっくり返されるような感覚を味わうことができるだろう。伏線も上手い。ただ真相が判明した後に待つラストは寂しくもの悲しい。7点。
 

レイ・ブラッドベリ(小笠原豊樹・訳)「火星年代記」 2003年09月11日

 なにせ50年以上も前(1950年)に出版された、SFの古典である。カバー裏によれば「SF史上に輝く永遠の記念塔!」だ。それを今頃読んでみたのは、最近これが会話の中に出てきたことがひとつと、今年は6万年ぶりの火星接近で世間も盛り上がっているせいである。もちろん火星大接近とSF小説の間には何も接点はない。しかし本屋を覗くと火星コーナーとか作って本書が平積みになっていたり。。なかなか商魂たくましい。
 
 年代記という題名のとおり、1999年から2005年まで、そして最後に飛んで2026年の時代順に、オムニバス形式でエピソードが綴られる。SFとは言いながら、書かれたのが50年以上も前であることもあり、火星に青空が広がっていたり、多少薄いがちゃんと呼吸できたりと、科学的にはおかしな設定ばかりだ。しかしその代わり、空想の翼はこれでもかというくらい自由に広げられている。最初の方の物語は地球人ではなく火星人の側の視点から描かれているのも斬新だ。
 
 各エピソードも実に様々で、幻想的なものから、文明批判・社会批判の類まで多岐に渡る。2度目の探検隊が火星人と接触する所などは、星新一のSFのようでもあり、火星人と地球人のかみ合わない会話が、つげ義春の「ねじ式」のようでもある。前半がおおむね空想的・幻想的に偏っていたので(それはそれで良いのだが)、とくに全体としてまとまらずに終わるのかと思ったら、後半は割と現実的な話が多く、第4探検隊のメンバーの再登場があったりで物語は収束しはじめる。そして2005年の暮れに迎える大転換。ひとつひとつの物語はとりとめがないようにも感じたが、読み終わってみると強く印象に残っている。なるほど、「SF史上に輝く永遠の記念塔!」の文句は伊達ではなかった。7.5点。
 

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