読書日記

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浅暮三文「石の中の蜘蛛」 2005年05月25日

 第56回(2003年)日本推理作家協会賞「長編および連作短編集」部門受賞作品
 
 楽器修理工の主人公が引っ越し先のマンションの前で車に当て逃げされた。彼は、事故の影響で聴覚が異常に鋭くなってしまう。引っ越し後、部屋の前の住人であった女性が失踪していること、彼をはねた車は以前からその女性を見張るようにしているのが目撃されていたことを知る。彼は自分が何かの事件に巻き込まれたかもしれないことに気付いた。そしてさらに、それだけではない熱心さで、卓絶した聴覚を駆使して失踪した女性の調査を始める。
 
 音を感触や視覚として感じ取るという能力は面白い。これと同様の設定は井上夢人「オルファクトグラム」という作品があった。あちらは聴覚ではなく嗅覚であったが。問題はその能力の使い方で、優れた聴覚で離れた場所の様子が手に取るように分かるというのは良いのだが、壁や床に残された「音の痕跡」から過去まで探ることができるという設定は無理がある。仮にそこはお約束と割り切るとしても、今度は「音の痕跡」があまりに都合の良い、分かりやすい形で残されているのが気になる。痕跡が残っていたとしても現実にはもっと混沌とするはずだ。その辺りの作りの甘さが最後まで拭えなかった。表現も冗長気味で、視覚的になった音の風景などはもっとあっさりした方が良かっただろう。6.5点。
 

東山彰良「逃亡作法 TURD ON THE RUN」 2005年05月20日

 第1回「このミステリーがすごい!」大賞(2002年)で、浅倉卓弥「四日間の奇蹟」と大賞を分け合い(「四日間」が金賞で、「逃亡作法」が銀賞)、読者賞も獲得した作品。
 
 近未来の日本かパラレルワールドの日本が舞台である。この世界では、刑務所は高い塀で囲うことを止め、かわりにアイ・ホッパーなるシステムを導入して受刑者を管理している。アイ・ホッパーは受刑者が刑務所から離れると、体内に埋め込まれたチップの作用で目玉が飛び出てしまうという代物である。グロテスクな仕組みであるが、その代わりに受刑者はかつてに比べると人間味のある服役期間を過ごすことができた。主人公・ツバメもわりとノンキな刑務所ライフを送っていたが、ある日、新入りの連続少女暴行殺人犯に復讐するため被害者の父親グループが刑務所に侵入するという事件が起こる。騒動の末、ツバメたち受刑者は集団脱走に成功する。アイ・ホッパーの発動のタイムリミットが迫る中、ツバメと数人の仲間、反目するグループ、そして復讐の父親達が入り乱れたドラマが始まる。
 
 さて、選評を読むと大森望氏らに大絶賛されているのだが、正直に言ってなぜこの作品が「四日間の奇蹟」とともに大賞に輝いたのか理解できない(ちなみに「四日間の奇蹟」は最近とうとう100万部を突破というニュースが流れていた)。狙ったものではあろうが表現は上品とは言えず、安っぽいB級小説的だ。文章はつぎはぎだらけという印象で、リーダビリティーもよろしくない。しばしば状況を把握するのに苦労した。奇抜な設定と個性的なキャラ造形が目を引くことは確かだが、ストーリー展開も文章力もまだまだという感じがした。6点。
 

山口雅也「続・垂里冴子のお見合いと推理」 2005年05月15日

 お見合いのたびに事件に巻き込まれる垂里冴子シリーズの続編。今回も個性的なキャラ達がいい味を出している。
 
「湯煙のごとき事件」珍しく「お見合い界の孤高のハンター」合子伯母さんが絡まないお見合いだ。姉弟3人でやって来た温泉で、次女の空美が発見した幻の死体の謎。7点。
「薫は香を以て」TBC(エステ)のナオミ・キャンベルのCMパロディー(というかそのまま)が笑えた。懐かしいな。「どなた?」「ナオミよ〜」「そんな、声まで変わって」6.5点。
「動く七福神」近所の神社で起こった七福神の連続盗難は受験生の仕業か?京一は予備校の仲間に犯人がいるかもしれないと考える。6.5点。
「靴男と象の靴」「エレファント・シュー」にあんな意味があるのか。今回もお見合いはうまく行かなかったが、冴子の新たな展開を予感させるラスト。7点。
 

五十嵐貴久「TVJ」 2005年05月12日

 毎回趣の異なる作品で愉しませてくれる作者の最新作である。
 
 最新鋭のコンピュータ管理システムを誇る、お台場にそびえるタワービルに移転したばかりのTV局・テレビジャパンが突如武装グループに占拠された。犯人はテレビクルーを含む十数名の人質を取って上層階に立てこもるが、経理部の高井由紀子は偶然、一人だけ犯人による拘束を免れる。しかし、閉鎖されたビルからは逃げるに逃げられず、しかもプロポーズされたばかりの恋人が人質になっていた。ふつうのOLの「ダイ・ハード」ばりの活躍が始まる。
 
 「ダイ・ハード」ばりとか言って安っぽい展開になったりしないかしらん、と思っていたが、さすが五十嵐貴久である。実に面白かった。映画「ダイ・ハード」の二番煎じという無かれ。換骨奪胎し、本家に負けない傑作になっている。犯人と警察、そしてヒロインにカメラを細かく切り替えながら、分刻みで事態を推移させる手法で緊迫感が漂う。物語はテンポ良く進み、ハラハラドキドキのピンチやアクションシーンの連続で、とにかく途中で飽きさせない。アクションばかりでなく、政治的背景を持ったテロと見せかけて実は真の狙いは、とか、終盤に生かされる伏線とか、ストーリー展開もうまい。極上のエンターテインメント作品である。すぐにでもハリウッドで映画化できそうだ。いや、と言うか、して欲しい。日本ででもよいが、制作費はケチらないように。7.5点。
 

伊坂幸太郎「重力ピエロ」 2005年5月10日

 2004年度版「このミステリーがすごい!」では国内編第3位にランクイン。第129回直木賞(2003年)の候補にもなっている。
 
 新鮮で味のある文章が心地よい。ところどころ、粋で洒落た表現や言い回しがハードボイルドっぽくもある。と言っても、この作品はハードボイルドではない。連続放火魔と街の落書き(グラフィティーアート)の不思議な相関という謎が出てきて、ミステリといえばミステリだが、単純にミステリ作品と分類してしまうのにはためらいがある。純文学的な雰囲気も漂うが、純文学でもない。なんかちょっと独特で、不思議な印象を与える小説なのだ。しかしもちろん、奇をてらったような代物では一切無く、リーダビリティにも優れている。
 
 遺伝子検査を行う会社に勤める主人公と、半分しか血の繋がらない弟、春。遺伝子といった最新科学の話題を盛り込み、連続放火事件の謎を絡め、街の落書き清掃を仕事にしている弟のややエキセントリックなメンタリティといった要素を、うまくミックスして描いている。そして一、二度話したくらいではなかなかその真価が理解されないが、実は大人物である父親の存在が大きい。ミステリ部分も興味深いが、メインテーマは家族の物語と言って良いだろう。今後も注目していきたい作家である。7.5点。
 

大森望、豊崎由美「文学賞メッタ斬り!」 2005年05月07日

 小説とか映画とか、人によって評価の基準はさまざまなものだ。ある人が大絶賛していたからといって、自分も面白く感じるとは限らない。高名な賞を受けた「傑作」が、あれ、ということも珍しくない。もちろん人ごとに好き嫌いの幅があるのは当然の話で、だからこそ世の中には数え切れないほどの本が溢れているわけだ。
 
 とは言えそれでも、やっぱりこの賞ちょっとおかしくない?と思うことはあるし、例えば文学賞の代表的存在である「芥川賞」「直木賞」などに同じような疑問を感じている人は多いらしい。で、本書である。大森氏、豊崎氏ふたりの対談形式で、「芥川賞」をはじめとして日本のありとあらゆる文学賞を俎上にのせ、賞の成り立ちから受賞作品の質、そして裏事情まで幅広く語りまくっている。そして鋭い視点と歯に衣着せぬ言葉で、看板通りバッタバッタと斬りまくるのだ。例えば芥川賞選考委員を語らせるとこんな具合。老化が進んだ宮本輝氏にはもはや新しい文学を理解できる能力はないし、石原慎太郎氏はいつも人を批判して偉そうだが、自身の選評は意味不明で日本語の基礎もなっていない。かようにバッサリと切り捨てている反面、褒めるべきところはもちろん褒めており、井上ひさし氏などは優れた選考委員として認定されている。
 
 豊崎氏はときどき的を外している気もしたが、そこはすかさず大森氏が的確なツッコミを入れる絶妙のコンビプレイで、どこをとっても楽しく読める。辛辣ながらも深い愛情を感じる「メッタ斬り!」は、純文でもエンタメでも、すべての本読み・文学ファンにお薦めの一冊だ。ちなみに本書はエキサイトブックス「ニュースな本棚」における「文学賞メッタ斬り!」がもとになって、大幅パワーアップの語り下ろしとして刊行されたものである。7.5点。
 

真保裕一「繋がれた明日」 2005年04月30日

 彼女にちょっかいを出していた男と喧嘩の末、勢いでナイフで刺してしまい、殺人の罪で懲役を受けた中道隆太。罪を悔いながらも、被害者のの非と嘘の目撃証言をした被害者の友人に納得がいかない。6年を過ぎて仮釈放となり新しい生活が始まるが、まもなく「この男は人殺し」と書かれた中傷ビラをばらまかれる。
 
 東野圭吾の「手紙」では犯罪者の弟の立場から「罪と罰」の意味を考えさせたが、本書は加害者本人の視点から考えさせる作品になっている。犯罪者が世間から受ける冷たい視線と態度、時にはあからさまな差別や嫌がらせは当然の罰なのか?よく、被害者に比べて加害者の人権が守られすぎだ、という意見がある。犯罪者に人権など認める必要はないという意見さえ聞く。しかしそのような考えには同意できない。たしかに現状で被害者の人権保護は十分ではない。しかしそれは加害者側の人権を軽視すべき理由にはならない。加害者の人権を守れる社会でなければ、被害者の人権も守れないだろう。被害者も加害者も同じ人間であり、人権とはすべての人間に尊重されるべき権利である。一方で尊重して一方では認めないなどと言う器用な真似はできるはずもないし、そこに明確な線引きをすることも不可能だ。だれでも犯罪の被害者になる可能性はあるし、加害者になる可能性だってあるのだ。
 
 本書に描かれる主人公・中道隆太も、ひとつ違えば被害者の側に立っていたかも知れない。たしかに彼が加害者となったのは彼自身の短慮によるものなのだし、殺人という結果は重大だが、結果として殺人犯になった彼に全ての非を負わせるのは間違いだ。そこには結果を見ただけでは分からない、法律ではカバーできない事情があるのだ。逆に、世の中には法律を犯していなくとも殺人犯より悪質な人間だっている。犯罪者だからと一律な目を向けるのはやはりおかしい。この作品では「手紙」とは異なり、元犯罪者にも前向きな未来を示唆するラストになっている。中には「甘い」と感想を持つ人もいるだろうが、誰にであれ、前向きで建設的な未来が開ける社会こそが目指すべき社会だと思う。7.5点。
 

矢作俊彦 「ららら科學の子」 2005年04月25日

 2004年の第1回「本屋大賞」では第10位を獲得している。題名はもちろん鉄腕アトムのアニメ主題歌から。表紙にもアトム(中国語版)がいる。ちなみに、私は知らなかったが作者はけっこうベテランだ。
 
 読み出してすぐ、題名や表紙から最初ぼんやりと思い描いていたのとはだいぶ違っていることが分かった。ハードボイルドや最近流行のノワール系かと思ったが、読み進めていくうちにそれも違うと知れた。主人公は激しい学生運動の最中はずみから指名手配を受け、文化大革命も末期の中国に渡る。その後は山に閉ざされた田舎の村で時間が止まったかのような生活を送ってきたが、密航船に乗って30年ぶりに日本に戻ってくる。彼の目に映る著しく変貌を遂げた日本、そして彼自身の苦悩と戸惑いがじっくりと描かれている
 
 ベテラン作家らしく文章はおおむね達者である。ただ、他の人物は名前で呼ぶのに主人公だけは"彼"なので、"彼"は常に主人公のことであると分かるまで会話文などでちょっと混乱した。また街の風景や、長きに渡る主人公の思い出などで、必ずしも必要のない描写や説明が多すぎるように思った。たとえば上質のハードボイルド小説などでは様式美に則った描写は雰囲気を盛り上げて作品を彩る必須要素になるのだが、この作品では正直言ってそこまで昇華し切れていないと感じた。起承転結があるメリハリの効いたストーリーではないので、こういった表現や文章自体にうまく入り込めるかどうかで作品の評価が決まるだろう。私の感想は「悪くはないのだがやはり何か今ひとつ足りない」。6.5点。
 

井上尚登「リスク(RISK)」 2005年04月16日

 株式投資、住宅購入、リストラ。人生につきもののリスクの数々だが、付き合い方はひと様々だろう。そんな中からそれぞれの或るケースを取り出してきて描き出した作品集。
 
「お金持ちになる方法」亡くなった父親が生前、似つかわしくないネット上の株式取引をやっていたことを知り、そのわけを探るために自らも株を始める主人公。ストーリー重視の小説というより、株の初心者の体験記みたいな趣が強い。あるいは初心者向けの株の解説としても読める。一応ラストにはジーンとさせる落ちがあるのだが、(ここだけ唐突に)ちょっとありえない話ではある。6.5点。
「住宅病」不況のせいで1年後には住んでいる社宅が無くなってしまうため、住宅購入を考え始めた子供ふたりの若夫婦。この話も昨今の住宅事情や有利なローンの組み方など、経済入門みたいな趣がある。現代日本の都市部でサラリーマンが家を持つのがいかに大変か!家庭や生活への影響も大きい。最終的に主人公が決意したのは…。6.5点。
「十五中年漂村記」本書の中では一番小説らしいケレン味がある作品。夢はあるが即実用に結びつかないロボットを開発していた主人公がリストラで辺鄙な田舎に飛ばされてしまう。残された元部下が会社の仕打ちに一矢報いるべくある計略を練る。ロボットの不思議な力と、類型的ではあるが個性的な登場人物のキャラが楽しい。7点。
 

山口雅也「垂里冴子のお見合いと推理」 2005年04月14日

 95年度の「このミス」第1位の「ミステリーズ」以来、読むのは2冊目となる山口雅也作品。「ミステリーズ」が好みでなかったこともあってその後この作者は敬遠していたのだが、本書、というか本シリーズは比較的オーソドックスなミステリらしいと言うことで読んでみた。
 
 個性的なキャラが楽しい。設定もなかなか面白い。お見合いのたびに事件に巻き込まれる垂里冴子の推理譚である。読む前はアクションシーンもこなす活発な主人公を予想していたのだが、あに図らんや、少し超越したところがある淑やかな知性派であった。活発なのはむしろ妹の空美で、あとは冴子を慕う弟の京一あたりがこのシリーズの中核をなすキャラ達である。
 
「春の章 十三回目の不吉なお見合い」お見合い最中に起こった騒動。騒動の理由を調べるために出向いたアパートで死体を発見…。6.5点。
「夏の章 海に消ゆ」お見合い相手は幽霊だった!?忽然と姿を消したお見合い相手。「海に消ゆ」という母親の言葉に隠された真相は?7点。
「秋の章 空美の改心」つき合っていたアメリカ兵に振られた「恋愛派」の空美が玉の輿を狙って初のお見合いに。6.5点。
「冬の章 冴子の運命」今回のお見合い相手は冴子とは趣味も感性も相性ばつぐん。しかし彼の背負っていた過去と運命が…。7点。
 

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