読書日記

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井上尚登「T.R.Y. 北京詐劇(ペキン・コンフィデンシャル)」 2006年11月03日

 わ。「T.R.Y.」に続編が出るとは思っていなかった。じつに嬉しく喜ばしい予想外である。「T.R.Y.」は第19回横溝正史賞を受賞(1999年)した作者のデビュー作で、その後映画化もされていた。映画は未見だが、なにせ「T.R.Y.」は自分のオールタイムベストテンに入るくらい面白かった
 
 本作も前作同様に、歴史を下敷きにしたスケールの大きさとドキドキハラハラのコンゲームの行方が壮快で、ちょっとホロッとさせるエピソードなどもまぶした第一級のエンターテインメント作品だ。歴史を下敷きにしている分、壮大さの演出はしやすいかわりに、歴史事実と矛盾しないように物語を作るのは大きな制約である。天才詐欺師・伊沢修の今回の相手は革命を横取りした袁世凱だ。歴史上の事実を覆さない範囲で、この歴史上の人物をどうやって打ち負かすのか。仕掛けられた罠をどのように切り抜けるのか。読み所には事欠かない作品である。前作「T.R.Y.」が気に入った読者は本書も楽しめるだろう。もしかして第三弾もあるのかな?大いに期待して待っていよう。7.5点。
 

綾辻行人「暗黒館の殺人」 2006年10月28日

 久方ぶりの館シリーズで読者が首を長ーくして待っていた作品である。本格ミステリ・ベスト10で第2位をはじめ、この年(2004年)のミステリベストテンには軒並み顔を出していた。しかし…。
 
 カバー裏には「上下巻、総原稿枚数二千五百枚という長大な作品ですが、どうぞご心配なく、決して無駄に長いわけではありません。」と作者の言葉が書かれているのだが、うーん、無駄とまでは言わないが、決して必然性のある長さではないと思う。回りくどくて長々しい文章が目立ち、ストーリー展開のテンポも悪い。これらの重厚でものものしい文章と、それによって醸し出される非日常的な雰囲気を好むという読者もいるだろうとは思うのだが・・。
 
 ほかにも、たびたび登場する「視点」なる存在とか、その「視点」の意識なのか、深層心理の呟きとも幻聴とも、あるいは芝居のト書きとも取れる、かっこ書きでフォントを変えて文の間に挿入される短文も鬱陶しい。文章を断片化してしまって読書のテンポを崩してしまう。あと、このかっこ書きの文に典型的で、それ以外にも多用されるのが、述語無しで不完全な所で止める文。表現としてわざとやっているのだと思うが、どうにも据わりが悪く、読み心地も良くない。過去形で書かれているのにいきなり出てくる現在形なども然り。近年の綾辻はどんどん表現が独特になっている気がするが、このスッキリしない文体はどうにも好みではない。
 
 パズルは一枚の絵として完成をみたものの、どことなく微妙に合わないピースを強引に嵌め込んだような不満感が残ってしまった。ただ、シリーズ全体の観点からはそれなりのインパクトを持つ真相が盛り込まれ、これまで館シリーズを読んできた人にとっては一読する価値はある。6点。
 

有栖川有栖、貫井徳郎、麻耶雄嵩、霧舎巧、我孫子武丸、法月綸太郎「気分は名探偵 − 犯人当てアンソロジー」 2006年10月22日

 2005年に『夕刊フジ』に犯人当て懸賞ミステリーとしてリレー連載されたものをまとめた一冊。それぞれの扉ページ裏には正解率が示されていた(下で各話の題名の後ろに表示)。じっくり考えて楽しむも良し、ストレスフリーですぐに回答編を読んで納得するのもまた良し。私は後者…。
 
有栖川有栖「ガラスの檻の殺人」11% 散りばめられた手がかりとミスリードする伏線をうまく解きほぐして回答にたどり着く、クイズと小説のバランスをうまく取ったお手本的な作品。7点。
貫井徳郎「蝶番の問題」1% 「被害者は誰?」のコンビ。奔放な性格の探偵役、吉祥院先輩は倉知淳の猫丸先輩とも印象が重なる。クイズに偏らず小説としても自然で楽しめる。7.5点。
麻耶雄嵩「二つの凶器」22% なかなかロジカルで正統的な推理小説に仕上がっている。が、面白みは少なく、若干退屈だった。6.5点。
霧舎巧「十五分間の出来事」6% 新幹線の車内。デッキにある洗面台の前で頭に怪我を負った男が倒れている。そこに次々と現れる容疑者たち。バタバタしているのはともかく、真相判明時のカタルシスが弱い。6点。
我孫子武丸「漂流者」8% 海辺で記憶を失って倒れていた男が持っていた手記に書かれた事件の謎。単なる犯人当てではなく、ひとひねりされた謎解きとサプライズで読み応えがある。謎解き後のオチがスッキリしないけど。。7.5点。
法月綸太郎「ヒュドラ第十の首」28% 犯人当て小説ながら、やはり綸太郎シリーズらしい雰囲気を備えた作品になっていた。真犯人の意外性は高いのだが、正解率も高いのはすごい。私などぜんぜん分からなかったのに。7.5点。

 

森絵都「DIVE!!」 2006年10月18日

 第52回小学館児童出版文化賞(2003年度)受賞作。児童文学と言ってもこれは小学生よりはもう少し大人向けの作品かな。もちろん中高生に留まらず、大人の鑑賞に十分堪えるストーリーで巷の評価も高い。なお作者は『風に舞いあがるビニールシート』で第135回直木賞(2006年)を受賞した旬の人だ。本作はひとに紹介されて図書館で探したのだが、案の定長い予約待ちだった。ありがたいことに薦めてくれた人から文庫上下巻をお借りして読むことができた。多謝。
 
 ひと言で言えば水泳の飛び込み競技に情熱を燃やす、中学生と高校生の少年達の成長物語であり、スポーツ小説である。と、このようにひと言で言ってしまえば、飛び込みというマイナーなスポーツに焦点を当てたという以外さほど特筆すべきものはないようなのだが、実にスリリングで起伏に富み、そして爽やかな物語なのである。少年達は大人社会の駆け引きや恋愛ごとなどに様々な迷いと悩みを抱えつつも、オリンピック出場という目標を目指して一歩一歩前進していく。第三部までは登場するそれぞれの少年を交代で中心に据えて描き、第四部のオリンピック選考会を兼ねた試合でクライマックスを迎える。この第四部がまたそれまでにも増して視点が次々と変わり、下手をすれば感情移入を妨げ散漫になりそうなものが、実際は逆に強く引きつけられた。各節ごとに選手の得点と順位の推移(飛び込みは全10回の演技の総合得点を競う)を示す手法も、まるで直に試合を観戦しているような臨場感をかもし出し、読者の興奮は否が応でも盛り上がる。実に巧い。その上、ところどころに見られるユーモアセンスも抜群だ。お薦めされて読んだが自分も人に薦めたくなる作品だった。7.5点。
 

R.D.ウィングフィールド(芹澤恵 訳) 他「夜明けのフロスト」 2006年09月28日

 『ジャーロ』に掲載された作品の中からクリスマスにちなんだ7編を収録したアンソロジー。おそらく本書を手に取った人の8割以上の目当ては「フロスト」だと思うが、待望のフロスト警部シリーズは表題作の一編だけで、他6編はまったく別の作者の別の作品。
 
エドワード.D.ホック「クリスマスツリー殺人事件」36年前に起こった、ツリーを載せたピックアップトラック運転手の連続狙撃殺人事件の真相は?。6.5点。
ナンシー・ピカード「Dr.カウチ、大統領を救う」合衆国大統領の家庭の危機に際して、獣医のカウチが与えた助言の効果は?6点。
ダグ・アリン「あの子は誰なの?」本当の父親を捜す若者が姿を現した直後に起こった殺人事件の犯人は?6点。
レジナルド・ヒル「お宝の猿」パスコー警部の心配をよそにダルジール警視が進める強引な捜査はどう決着するか?6.5点。
マーシャ・マラー&ビル・プロンジーニ「わかちあう季節」機密ファイルが入ったディスクはどこへ消えたのか?6点。
ピーター・ラヴゼイ「殺しのくちづけ」小さなクリスマスパーティーで嫌われ者の老人に毒を盛った犯人は誰?6.5点。
R.D.ウィングフィールド「夜明けのフロスト」中編でも長編同様に容赦なく連続発生する事件。クリスマスの早朝、我らがフロスト警部の超過密ワークのタフな一日が始まる。7.5点。
 
 やはりフロスト警部ものが出色だ。ほかの話もシリーズものが多いようなので、シリーズで読めば愛着が出るのかもしれないが、単品で読む限りはもの足りなかった。「夜明けのフロスト」の原作は2001年発表のシリーズ最新作らしい。ちなみに本作の前には未訳の長編がまだ二本ある。ウィングフィールドも寡作な人らしいが、翻訳も相当のんびりペースだ。ちゃんと翻訳される予定があるのだろうか?不安。はやく続編が読みたい。
 

若竹七海「猫島ハウスの騒動」 2006年09月22日

 コージー・ミステリといえばこの人というイメージが定着した若竹七海の最新刊(2006年7月発行)。舞台はお馴染み葉崎半島の先にある、干潮時には歩いて渡れる通称・猫島である。猫島はその名の通りたくさんの猫と猫好きの人々が暮らす「猫の楽園」で、住人はおもに、猫を目当てにやって来る観光客を相手に暮らしていた。そんな長閑な小さな島で事件が起こる。最初の事件はナイフが刺さった猫のぬいぐるみが発見されるという他愛もないものだった。しかしぬいぐるみには麻薬が付着していることが判明して、その後、殺人事件まで発生する。
 
 すでにベテラン作家の若竹さんだが、最近寡作である。そのせいか、わずかだが文章が下手になっているような…。いや、本当にわずかなんだけど。ときどき引っかかるところがあったりして、リーダビリティにちょっと問題があるように感じた。もちろんベテランのプロ作家にしてはというレベルの話で、気にならない人は気にならない程度のことなのだが。
 
 何にせよ、もっとたくさん書いて欲しいなあ。デビュー作「ぼくのミステリな日常」は今でもお気に入りの一冊だ。ああいうのもまた読んでみたい。6.5点。
 

日明恩「それでも、警官は微笑う」 2006年09月14日

 作者のデビュー作にして第25回メフィスト賞を受賞(2002年)した作品である。作者の名前が読めない…。正解は「たちもり めぐみ」。難しい。。日本女子大学卒と書いてあるので女性である。私の偏見もあるだろうが、ちょっと意外な感じだ。内容は凄絶なところもあったりして、描かれているのはかなり男っぽい世界なのだ。
 
 「無口で無骨な巡査部長・武本と、話し出すと止まらない、年下の上司・潮崎警部補。二人は、特殊な密造拳銃の出所の捜査にあたる。」内容紹介にはこう書かれている。タイトルはわりと変わり種だ。で、読み始めるとちょっとばかり異様な事件で幕を開け、名門茶道家元の次男坊でいかにもボンボンっぽい潮崎や、やけに尖った麻薬取締官の宮田など、登場人物のキャラクター設定はかなりエキセントリックよりである。ということで最初は、相当マニアックな読者を選ぶタイプの小説なのかと思っていた、…というか少々不安だった(メフィスト賞だし…)のだが、話が進むにつれて潮崎も宮田も真面目で誠実な好青年という印象に変わり、物語的にも間口の広い良質のサスペンス・ハードボイルドになっていた。出だしは新人賞応募作ということで少しばかり肩肘が張っていたのかもしれない。しかし作者は奇をてらわずに真正面から勝負できる筆力があると思う。
 
 結局読み終わってみれば、登場人物のキャラよし、サスペンスフルな展開よし、渋みと苦みもある内容よし、の傑作だった。続編「そして、警官は奔る」もすでに上梓されている。楽しみだ。7.5点。
 

川端裕人「夏のロケット」 2006年09月22日

 ひとに薦められた作品。「青春小説」とあったので、テーマがロケットでもあることだし、五十嵐貴久の「2005年のロケットボーイズ」の雰囲気を思い浮かべながら読み始めた。ところがプロローグはSFチックだし、序盤はきな臭さも漂うサスペンス的な展開で、想像していたのとはだいぶ違う。さらに本書で現在形で描かれるのは、高校などとうに卒業した仲間達だというところも異なっている。ということで普通に言う青春小説とはかなり違うなあと思いながら読み始めた。しかし読み終えてみれば、やっぱりこれは青春小説なんだろうなあ…。いやまあ無理に分類することはない。とにかくひたむきにロケットを飛ばそうとする、ロケットに取り憑かれた仲間達の物語なのである。
 
 かつて高校天文部にロケット班を作り、本格的なロケット製作を行っていた5人の元部員たちは、卒業後はしばらく別々の道を歩んでいた。しかし自らの手でロケットを飛ばして火星を目指すという壮大な夢を実現するために再び結集し、様々な困難に遭遇しながらも、猪突猛進なロケット開発に一直線に突き進む。
 
 第15回(1998年)サントリーミステリー大賞優秀作品賞受賞デビュー作だそうだ。作者は小説ばかりでなく優れたノンフィクションの書き手でもあるらしい。いい作家を教えてもらった。また他の作品も探してみよう。7.5点。
 

有栖川有栖「乱鴉の島」 2006年09月31日

 火村シリーズで4年ぶりの長編にして初の孤島ものだ。電子書籍配信サービスサイト「Timebook Town」というところで、一年にわたって連載されていた作品。
 
 火村とアリスは、慌ただしい日常から離れて命の洗濯をするために或る島に向かう。ところが偶然の手違いから、彼らが実際に上陸したのは大量のカラスが飛び交う別の島であった。そこはほとんど無人の島だったが、著名な文学者・海老原瞬の別荘があり、彼を慕う幾人かの人々がちょうど集まっているところだった。何か秘密の目的を持っているらしい彼らのグループにとって招かれざる客の火村とアリスだったが、戻れなくなったふたりは結局そのグループのところで世話になることに。そこにもう一人の招かれざる客がヘリコプターで舞い降り、そして殺人事件が発生する。
 
 正直に言えば、海老原達が隠していた目的の真相やその動機などはいまひとつである。悪くはないのだが思わず膝を打つようなカタルシスには遠い。しかし、それでもこれは火村シリーズで初の孤島ものの名に恥じない作品と言って良いだろう。派手さこそないものの、本作品を本格推理小説として総体的に評価すれば、一定の水準を楽々クリアする作品であることに異論はない。有栖川有栖の代表作になるとまでは言わないが、ベテラン作家らしい風格を感じる佳作である。7.5点。
 

船戸与一「蟹喰い猿フーガ」 2006年08月23日

 名前は知っていたし(でも「ふなど」か「ふなと」か自信が無かった)、直木賞をはじめとした数々の賞に輝くベテラン作家なわけだが、初めて読んだ。この人の作風とか、ほとんど予備知識はないのだが、外浦吾朗の別名で漫画「ゴルゴ13」の原作なんかも手がけているそうで、その手のサスペンスや冒険小説の人なのかな。
 
 オンライン書店などで検索すると、本作は「アメリカ大陸を疾走する伝説の詐欺師エル・ドゥロが追いつ追われつ大金奪取の大攻防。愉快痛快ちょっぴり哀切のスラプスティック・コンゲーム小説。」と内容紹介されている。ということで、読者も登場人物も二転三転する虚々実々に翻弄されるような、見せ場につぐ見せ場のノンストップ小説を期待していたのだが、ちょっと違っていた。詐欺師が主人公ではあるが、騙し合いの妙を楽しむコンゲームストーリーの醍醐味は実のところほとんど無い。どちらかというと、事に当たる姿勢は場当たり的で、詐欺師エル・ドゥロも最初に期待したほど天才的でもカリスマ的でもなかった。とは言え、エル・ドゥロを含む即席チームの面々の個性はそれぞれに光っていて、生命力に溢れた彼らの生き方がなかなか楽しめた。7点。
 

東川篤哉「完全犯罪に猫は何匹必要か?」 2006年08月16日

 烏賊川市シリーズ(という呼び方でよいのかな?)の第三弾!
 
 こういうちょっと変わった題名にはなかなか惹かれるものがある。シリーズ前二作では題名が映画タイトルのもじりになっていたが、これは違う(・・たぶん)。文字通りの意味としては、この題名が必ずしも内容を表しているとは言い難いのだが、それでもともかく猫はたくさん出てきた。ただし生きた猫ばかりではなく招き猫が重要な役割を持っている。それにしても招き猫とひとくちに言っても結構奥が深くて、そのうんちくだけでも結構楽しい
 
 今回、私立探偵の鵜飼杜夫は、招き猫マニアな地元回転寿司チェーンのオーナー・豪徳寺豊蔵から行方不明になった飼い猫の捜索を依頼される。提示された多額の報酬に、鵜飼と助手の戸村流平、大家の二宮朱美のお馴染み3人組は猫探しを始めたが、その依頼主が殺されてしまう。同じ現場では10年前にも未解決のままの殺人事件が発生していた。そこにまたまたお馴染みの砂川警部と志木刑事コンビも登場し、事件の謎に取り組む。
 
 本格ミステリ的舞台装置と小道具を揃え、ユーモアの味付けで楽しめるシリーズの第三弾は、前半から中盤では若干スピード感に欠けるように感じたのだが、読み終わりにはなぜか十分満足してたのは東川マジックか。7.5点。
 

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