読書日記

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川端裕人「川の名前」 2007年01月04日

 『小学校五年生たちが活躍する「川小説」です』(by作者)とか、川と少年の物語です、とか聞いて、読む前は「なんのことやら」と思っていたのだが、読んで納得。タイトルである「川の名前」というのも、なるほど、そういう意味が込められているのかと腑に落ちた。
 
 ふと自分の家の周辺の川を思い出してみるが、一番近い川でもかなりの距離がある。しかし実は家のすぐ横の道は、現在は暗渠になっているが、数十年前は地上を流れる川だったそうだ。都市部ではこのような暗渠が多いのだろうな。本書を読んだあとだととくに寂しく感じてしまう。昔はどこでももっと、川は身近な存在だったのだろうか
 
 自分勝手で傍若無人な級友だとか絵に描いたようなずるい大人などの悪役、ギャップはありながらもそれなりに子どもたちと理解し合える大人たち、そういった様々な人たちに囲まれて、近所の川と池を舞台に、タマちゃん騒動を彷彿とさせるペンギン騒動を通して成長していく少年たちの物語である。主役と仲間の少年たちは年齢的にも大人びたところと子どもっぽいところが混在している。いささかリアリティに欠けるきらいはあるが、いずれも魅力的なキャラで固めてあり、ビルドゥングスロマンとして誰もが納得するであろう秀作だった。7.5点。
 

柳原慧「いかさま師」 2006年12月25日

 「パーフェクト・プラン」で第2回このミステリーがすごい!大賞(2003年)の大賞を受賞した作者の第二作
 
 登場人物の行動やセリフ回し、あるいは物語の展開の仕方など、ぎこちなかったり不自然だったりして、最後まで違和感が拭えなかった。受賞作ではきっといろいろな人に読んでもらって意見を取り入れたり、推敲を重ねたりしたのだと思うが、第二作ではその辺が疎かになってしまったのでは無かろうか。
 
 内容的にも「フランス絵画史最大の謎 ラ・トゥール畢生の名画を探し出せ!」などの惹句やタイトルから想像して期待していたのは、絵画に秘められたミステリアスな謎とか、スリリングな駆け引きとかだったのだが、残念ながら喰い足らずに不完全燃焼だった。6.5点。
 

大森望、豊崎由美「文学賞メッタ斬り!リターンズ」 2006年12月20日

 タイトルから明らかなように「文学賞メッタ斬り!」の第二弾である。
 
 各文学賞の位置付けや背景や評価とかいったことは第一弾で詳しいので、この第二弾では基本的に第一弾刊行後の動向に焦点が当てられている。第一弾の人気を受けて、以降に行われたトークショーや、毎回の芥川・直木賞の選考に合わせて Web 上に掲載されたふたりによる賞レース予想などの収録が主な内容である。そして最近の文学賞の状況や選考委員なんかを俎上に載せてまたまたメッタ斬っているわけである。また、最近の各賞に輝いた作品についてのシビアな点数付き評価も載っている。
 
 それにしてもこのふたりは相変わらずよく本を読んでいる。これだけ大量の本をどうやって読むのかと不思議なくらいに読んでいる。見習って自分もいろいろな種類の本をたくさん読みたいものだがなかなかそうも行かず、結局読む本のジャンルも限られてしまう。というわけで、ふたりとは好みはだいぶ違いそうだが、本書に登場する中からまた面白そうなものを探してしまうのであった。7点。
 

泡坂妻夫ほか「あなたが名探偵」 2006年12月15日

 雑誌「ミステリーズ!」に掲載された人気企画の本格犯人当てミステリを収録した一冊。
 
泡坂妻夫「蚊取湖殺人事件」作者らしい個性豊かな登場人物たちが楽しい。でも謎解きの方は無理が多いな。6点。
西澤保彦「お弁当ぐるぐる」エキセントリックな刑事たちのキャラが不完全燃焼なのは短編ではしょうがないか。もしかしてシリーズものなのだろうか。6.5点。
小林泰三「大きな森の小さな密室」ある意味泥臭い、本書で一番ストレートな犯人当て。ミスリードの仕方がちょっとあざといかな。6.5点。
麻耶雄嵩「ヘリオスの神像」名探偵・木更津モノ。とくに派手さはないが無難にまとまっている。7点。
法月綸太郎「ゼウスの息子たち」作家探偵・綸太郎もの。犯人当てクイズとしてだけではなく推理小説としても優れた本書のベスト。7.5点。
芦辺拓「読者よ欺かれておくれ」題名もそうだが導入部がメタ小説的で面白い。内容はオーソドックスな犯人当てパズル。7点。
霞流一「左手でバーベキュー」犯人当てとして破綻はないが、リアリティと面白みにはやや難がある。6.5点。
 

薬丸岳「闇の底」 2006年12月08日

 「天使のナイフ」で乱歩賞を受賞した作者の第二作である。
 
 少女を狙った性犯罪事件が起きるたびに、かつて同様の罪を犯した前歴者を殺害し、以てそれらの犯罪を抑止すると主張する自称「死刑執行人・サンソン」。サンソンによる連続殺人を食い止めるために威信をかけて臨む警察の捜査班には、少年時代に妹を性犯罪事件で殺された経験を持つ刑事、長瀬がいた。彼は、司法を守る警察官としての立場と、幼女を狙う性犯罪者を憎む感情の板挟みで苦しんでいた。
 
 文章力はさすがである。二作目とは思えない堂々とした書きっぷりだ。あまり起伏に富んだとは言えないストーリー展開なのだがサスペンスフルで退屈はない。実はこれはすべてラストのある一点を目指す伏線に過ぎない。そう書いただけでもネタばれになりそうだが、ラストのサプライズはミステリを読み慣れている人はたぶんある程度予想が付いてしまう。ここでどれだけ驚けるかが本書の評価の分かれ目になるだろう。
 
 前作「天使のナイフ」でもやはり犯罪にまつわる倫理と感情といった問題をテーマとし、かつ優れたエンターテインメント性と両立させて見せた。本書でも同様に犯罪にまつわる社会性のあるテーマとミステリとしての娯楽性の両立を狙っているが、前作で見せた完成度の高さには残念ながらまったく届かなかったと思う。サプライズを狙った真相は先に書いたとおりミステリずれした読者には予測の範囲内だし、事件全体の落着の仕方も、折角の社会性を持つテーマの結末としては安易である。前半の出来は良かったのだが、幕の引き方までは力が及ばなかったようで残念だ。次作に期待。6.5点。
 

横山秀夫「ルパンの消息」 2006年12月04日

 デビュー前に書かれ、第9回サントリーミステリー大賞(1991年)の佳作だった幻の処女作”を改稿した作品だ。
 
 改稿に当たっては基本的なストーリーや登場人物の設定はそのまま残したそうである。あとがきで作者自身が「当時の熱っぽさと粗っぽさに驚いた」と書いているが、これがまさに本書の特徴を表現していると思う。どこまでが改稿された文章なのかは分からないが、全体的に現在ほどの洗練さは無いが横山節は十分に感じるという仕上がりになっている。とくに警察を舞台にした現在進行形の部分はいかにも横山秀夫っぽい。一方、15年前を振り返る部分は高校生が主人公であることもあって、横山秀夫作品としてはわりと意外な印象を受ける。また、時代が一昔も二昔も前であり、3億円事件なんて絡んでくるあたりが妙に「昭和」を感じさせる
 
 いずれにせよ、込み入ったストーリーもミステリとしての醍醐味も、佳作に留まらず大賞を受賞してもおかしくない出来映えだったと思う。横山秀夫ファンは作者の原点として楽しめるだろうし、これまでこの作者の本を読んだことのない人にも十分な読み応えがあるだろう作品だった。7.5点。
 

海堂尊「チーム・バチスタの栄光」 2006年12月01日

 第4回「このミステリーがすごい!」大賞(2005年)受賞作。応募時のタイトルは「チーム・バチスタの崩壊」だったそうで、そちらの方が内容をストレートに表しているのだが、やはり改題されたこちらの方がイメージが膨らむ。
 
 最初にどこで目に(耳に?)したのだったか忘れたが、「大賞史上最高」「満場一致で受賞決定」という高い評価と、実際刊行された本がガンガン売れているという事実とで、早く読みたいと思っていた一冊だ。実のところ、期待が大きすぎたせいか、文章力や物語構成の点では史上最高というほどには感じなかった。文章力という点では第一回受賞作の浅倉卓弥「四日間の奇蹟」の方が優れていると思うし、主な筋立てにもこれといった斬新さは無い。とは言っても、決して凡作というわけではない。傑出しているわけではないにせよ、文章力は十分プロの域に達しているし、ストーリーは複合的なエピソードと個性的なキャラによる肉付けで、たいへん面白く仕上がっている。
 
 まず興味を引くのが、医学の世界、「白い巨塔」である大学病院を舞台に設定しているところだろう。まあ今どき小説の題材として珍しくはないとは言え、やはり門外漢から見ると何かしら非日常的な世界で興味をそそる。その世界で、難易度の高い心臓の「バチスタ手術」を手がける「チーム・バチスタ」は脅威の成功率を誇っていたが、相次いで術中死が発生する。偶然か事故か、それとも殺人か?万年講師の田口に突如、原因調査の命が下る。
 
 前半の田口による調査は、渋い田口のキャラ設定とも相まってちょっとハードボイルドチックであるが、後半、厚生労働省から呼ばれた役人らしからぬ変わり者の役人・白鳥が乱入する。推理小説としての本書における白鳥の役回りはいわばエキセントリックな名探偵である。「白い巨塔」さながらの世界で大暴れした名探偵が暴き出す真相とは?いや、先にも書いたようにミステリ的な真相にはとくに斬新さはない。しかしそこまでに至るプロセスがとにかく飽きさせない。後日談も充実していて読後感も良い。確かにこのミス大賞の歴史に名を残す一冊であった。7.5点。
 

日明恩「埋み火―Fire’s Out」 2006年11月24日

 おっと、本書には「鎮火報」と言う前作があったのか。知らずに読んでいた。どおりで読んでいて、唐突でよく分からない箇所があったわけだ。最後にその意味が明かされる趣向かと思っていたけど、たぶん前作の内容に関わる話だったのだろう。とは言え、本作を読むのに前作が必須と言うことは(たぶん)無く、十分おもしろかった。
 
 早く危険な現場から足を洗いたいと願っている消防士・大山雄大が主人公。雄大は大上段に構えた職業上の使命感に燃えているわけではないが、いざ現場に向かえば仕事ぶりは誠実だ。そんな雄大の周りで最近、老人世帯の失火が原因とされる火災が連続発生していた。しかし雄大はこの連続火災の不自然さに疑問を持っていた。これらの火災は失火ではなく、仕組まれた火災なのか?
 
 最初は隠された陰謀が暴き出されるサスペンスミステリかと思って読んでいたが、連続火災の真相は早々に明らかになり、むしろ事件の背景や周辺から、親子関係や老人問題など、現代社会が抱える様々な問題と雄大の人間的成長を描いた作品だった。下手をすると当たり前で言わずもがなの道徳や倫理を繰り返す説教くさいだけの物語になりそうで、人によっては本書もそう感じるみたいだが、私は作者の言いたいことを素直に受け取ることができたし、同時に物語としても楽しめた。作者が描く「人間」は、必ずしも現実的ではないが、とても人間くさくて魅力的なところが良い。7.5点。
 

畠中恵「アコギなのかリッパなのか」 2006年11月17日

 "阿漕な人"は、たぶん、いや間違いなくたくさんいる。もちろん立派な人もいるだろう。しかし、純粋で裏表も無いという人よりも、立派ではあるが、したたかで一筋縄ではないという人がやはり多いのだろうか。政治家の話である。と言うわけで、本作は政治の世界を舞台にした物語だ。タイトルと表紙に惹かれて手に取った。
 
 元大物国会議員・大堂剛の事務所で事務員として働く、弱冠21歳の大学生・佐倉聖。大堂のお気に入りである聖の仕事はただの事務員と言うよりは何でも屋に近く、大堂が主催する政治集団のメンバーの選挙の手伝いから、もめ事解決まで何かと狩り出されるのだった。3編は雑誌発表ずみで、残りは書き下ろしの連作ミステリ短編集である。
 
 若干、話作りがギクシャクしているというか、あまりプロ作家っぽくない甘さが感じられた。ミステリーとしての出来もいまひとつ。しかし、セイジの世界を舞台にした日常の謎的でもありコージーミステリ的でもある本書の雰囲気は悪くない。中学生になったばかりの弟を養ってふたりで暮らす元不良という聖や、豪放磊落で子供じみたところもあるオヤジこと大堂、その周辺の政治家の面々、というキャラクターたちも魅力的だった。シリーズでこの先も続くのだろうか。是非続けて欲しい。6.5点。
 

川端裕人「The S.O.U.P.」 2006年11月13日

 ハッカーとオンラインRPGのお話。かつて、大人気オンラインRPG(ロール・プレイング・ゲーム)「the S.O.U.P」のコードを書いた天才ハッカー・巧が経済産業省の役人・礼子から、クラッキングの犯人を突き止めるよう依頼されるところから物語は幕を上げる。
 
 前半、手がかりを求めてオンラインゲームの中を探索するのだが、この世界が、モニタとキーボードを通しているとは思えないような、現実世界と区別が付かないほどの仮想世界として描かれている。映画「マトリックス」に出てくる仮想現実なみである。読みやすさを考えてこのようにしているのかもしれないが、その他の設定から比べて見ても、ちょっと唐突でリアリティを欠き、逆に物語世界から冷めてしまうのが残念だった。以前読んだ別の作者の作品でにも同じようなものがあったな。
 
 しかし後半になってくるとAIやサイバーテロなど近未来にあり得そうなハイテク要素と現実社会がうまく絡んできて、次第に盛り上がりを見せる。若干膨らませすぎて着地点を見つけるのに戸惑ったような雰囲気もあったが、まあ納得の決着である。ところでオンラインゲーム「S.O.U.P.」のもととなった世界観として「ゲド戦記」や「指輪物語」が出てくる。これらの超有名物語は名前だけでしか知らないのだが、ちょっと興味を引かれた。7点。
 

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