読書日記

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加納朋子「てるてるあした」 2005年11月09日

 「ささら さや」の続編(姉妹編)となる本作はしかし、趣向が前とかなり異なっている。前作はミステリ色の濃い連作短編集だったと記憶しているが、本作は同じく連作短編ではあるが、一編一編はミステリにはなっていない。本書全体を見るとかろうじて広義のミステリに入ると言うところだ。
 
 登場人物はもちろん、サヤさんや赤ん坊のユウスケ、そのほか佐々良町の面々が重要な役割を果たしているのだが、本書の主人公は借金の果てに夜逃げした両親から放り出された少女・照代である。受験を見事突破し高校入学目前だった彼女は、青天の霹靂的不幸と無責任な両親に振り回される格好で、遠い親戚という久代婆さんを頼って田舎町にやってくる。ささくれだって固まった照代の心はなかなか溶けはしないが、佐々良町で暮らすうちにはいろいろな人情に触れたりして、少しずつ成長していく。
 
 各編とも加納朋子らしい人情味あふれるエピソードで締めくくられてそれなりに心に残るのだが、ミステリ色も弱く、一編ごとにはたいした起承転結も無い。というところが読んでいて少々不満だったのだが、泣かせてしみじみさせて感動させる最終章で一気に感情のメーターが上がってしまった。7.5点。
 

歌野晶午「女王様と私」 2005年11月05日

 『野生時代』に連載された作品。
 
 えーと、これはネタばれになるだろうか。でも、ページの下に書いてあって一目瞭然なので問題ないか…。まず目に付くのが、なにやら怪しげな章立てだ。最初と最後の章はごく短い「現実」と題する章。短さから言ってプロローグとエピローグ的な位置づけとも取れる。で、作品のほとんどを占めているのが「妄想」の章。後から「これは妄想でしたー」とばらす叙述トリックではなく、最初から妄想ときっぱりはっきり書いているわけだ。歌野晶午のことであるから格別に意外でもないが、いったいどんな小説になるのか。
 
 はじめの方の理不尽で不条理な展開や、「妹」や来未という少女のギャルチックな言葉遣いには、ちょっと閉口。すこし舞城王太郎チック?(舞城王太郎の作風をそんなによく知っているわけでもないが…) 途中、殺人事件が起こってからは雰囲気が変わって、わりと普通の推理小説っぽくなる。しかし!これは「妄想」なのである。終盤の謎解きに至る道程は、前半部ほどの理不尽さはないが、「妄想」であるが故の展開となる。
 
 「本格推理小説」として読めば不満があるが、逆に考えるとこの破天荒な設定は、ミステリとしての欠点をカバーするための工夫にもなっている。これは大成功とは言わないまでも、そこそこの成功を収めていると言えるだろう。こういうトリッキーな物語は理屈抜きでけっこう楽しめる。もちろん作者の筆力がものを言っているのだが。7点。
 

石持浅海「BG、あるいは死せるカイニス」 2005年10月29日

 天文部の合宿があった深夜の学校で、「男性化候補筆頭」の姉が殺害される。やがて第二の事件が…。端整な論理で事件の真相に迫るSF本格ミステリ
 
 設定がともかく目を引く。存在する国も歴史も文化も現実と同じだが、ただひとつ現実の世界と違うのは、人類は生まれた時はみな女だということ。有性生殖をする生物で、性転換をする生物というのはけっこう存在する。本書に出てくるキンギョハナダイはメスからオスに性転換する魚だし、映画「ファインディング・ニモ」で有名になったカクレクマノミはオスからメスへ。で、本作では哺乳類である人類が性転換を行い、他の個体より「生物学的に」優れた個体が男性化することで子孫を残すのだ。
 
 うるさいことを言えば、この設定はメンタリティの観点で不自然だ。現実の世界で性転換をするような生物はおそらくオスとメスで「メンタル」な違いなど無いだろう。しかし人間の場合、先天的か後天的かは分からないが、男と女で異なる高度なメンタリティを持つ。作品中でも、この点は現実とまったく同じで、仕草や言葉遣いなど男女差がはっきりと残っている。女性が途中で男性になる世界で、これは不思議だろう。
 
 とは言え、上に述べたような設定の完成度に関する瑕疵は、問題になるようなものではない。推理小説として、この破天荒な設定を存分に生かしたロジックが炸裂し、ユニークな作品に仕上がっている。そして後味を良くする終章の3ページ。先日「月の扉」で初めて読んだこの作家、私の中でいま注目株のひとりである。7.5点。
 

倉知淳「猫丸先輩の空論」 2005年10月25日

 サブタイトルだかあおり文句だか、背表紙に「超絶仮想事件簿」とある。超絶はともかく、仮想って?「メフィスト」掲載作品に書き下ろし(最後の一編)を加えた全6編が収録された猫丸先輩シリーズの短編集
 
「水のそとの何か」一筋縄ではいかない真相にダイイングメッセージ講義まであるが、謎解き自体はイマイチ。6.5点。
「とむらい自動車」のっけから、ええっ、っと思わせる仕掛けあり(でもバレバレ)。7点。
「子ねこを救え」子猫が虐待されている?謎解きはまあまあスマート。高校生ふたりが微笑ましい。7点。
「な、なつのこ」日本スイカ割り協会とか公式ルールって本当にあったらしい(でも今は無いみたい)。密室で無惨に割られたスイカの真相。7点。
「魚か肉か食い物」この「意外な特技」を持ったお嬢さんという設定だけでも楽しい。7点。
「夜の猫丸」アレ、どこかで読んだかな?デジャブ?ちょっとスリラーな結末。7点。
 
 必ずしも凄いと思うようなトリックや真相は多くないが、伏線が丁寧に張られ、謎解き以外の物語もちゃんとしている。猫丸のエキセントリックなキャラとともに楽しく読めるシリーズだ。「猫丸先輩の推測」同様、各話の題名はパロディらしい。「ななつのこ」と「煙か土か食い物」はすぐに分かった。ああ、なるほど、「夜の猫丸」は「夜のフロスト」なのか…。
 

垣根涼介「午前三時のルースター」 2005年10月20日

 第17回(2000年)サントリーミステリー大賞と読者賞ダブル受賞した作者のデビュー作である。ダブル受賞も大いに納得だ。ちなみにサントリーミステリー大賞は第20回で終了してしまっている。こういう作品を輩出していたと思うと惜しい。
 
 旅行代理店に勤める長瀬が、得意先の大手宝石商のオーナーから、高校一年になる孫の付き添いでベトナムに行ってほしいと頼まれるところから物語は始まる。(ちなみに作者は応募時、旅行代理店勤めである。)その少年の父親で、オーナーにとっては娘婿が4年前にベトナムで行方不明になっていた。少年に会って話を聞くと、周りの者はみな死んだものと思っている父親が生きていることを確信して、探しに行くのだという。成り行きで長瀬の悪友も連れて3人でベトナムへ赴くのだが、捜索は初手から妨害に遭い、きな臭い匂いが立ちこめてくるのだった。
 
 長瀬自身や悪友・源内のみならず、急遽現地で探してドライバーとして雇ったビエンや、ガイドとして雇ったメイのキャラクターも魅力的で、話をいっそう面白くしている。闇の中にあった真相にたどり着くまでの基本プロットもしっかりしており、スリリングな捜索劇のサスペンスとアクションが冴えている。あえて探すなら、当初はもっと掘り下げるつもりだったのが未消化のまま終わってしまったのではないか、と感じるような部分もわずかながらあったが、それはまあ新人らしい愛嬌だ。全体的には新人とは思えない筆力で読者の心をしっかりと捉える快作だった。7.5点。
 

薬丸岳「天使のナイフ」 2005年10月15日

 さて、今年度(第51回)の江戸川乱歩賞受賞作品である。巷の書評などからは、歴代受賞作の中でも出色の出来映えとの声も聞こえる。図書館の蔵書検索をしたら、区内の全図書館で8冊の蔵書に対して約300件の予約が詰まっていた。ということは、すぐ予約しても40回転近くしないと手もとに来ない!ありがたいことに知人にお借りして自分としてはめずらしく新作を読むことができた。
 
 あちこちで書かれていると思うが、テーマとエンタテインメントを巧みに融合させた、新人離れした大傑作だった。少年犯罪、罪と罰、贖罪と更生、加害者と被害者という、たいへん重いテーマを見事に取りさばき、読者に突きつける。最近この手のテーマを扱った小説は多い(東野圭吾「手紙」とか真保裕一「繋がれた明日」)のだが、それらの中でも遜色ないかむしろ一歩抜きん出ている。
 
 物語の中で、少年犯罪に対して「厳罰派」と「保護派」の両方の考え方が示される。少年犯罪に限らず、犯罪というテーマにおいて、加害者と被害者、両方の立場に立って考えることが重要だと思う。どちらかの、あるいは往々にして被害者側に感情移入しやすく、一方的な議論になりやすいのだが、それはおそらく両者にとって良いことではない。そもそも誰だって、本人が、あるいは家族や親しい友人が、突然、被害者にも加害者にもなる可能性があるのだ。この点、本作は両者の立場でよく考えさせてくれる。白眉はラストの展開である。幾重にも積み重ねられた真相はエンターテインメントとしても秀逸だし、さらにそれがテーマ上でも意味を持っているのだ。お薦め。8点。
 

乃南アサ「不発弾」 2005年10月13日

「かくし味」ミステリかと思ったら(実際ミステリなんだけど)どちらかと言えばホラーな味わいが強い。このかくし味で、後味が良いのやら悪いのやら複雑。7点。
「夜明け前の道」ミステリではなく、一編の人情モノ。重い過去を抱え、自殺まで考えていたタクシードライバーのある夜の経験。7点。
「夕立」PHSはともかくポケベルでカタカナメッセージのやりとりとか、書かれた年代がかなりピンポイントで分かってしまうな。6点。
「福の神」これも人情モノで、とくにひねりもないが、後味はさわやか。6.5点。
「不発弾」いい感じに盛り上がったところで、幕切れは尻切れトンボ。物語としても不発という感が残る。6.5点。
「幽霊」部下に追い落とされ冷や飯を食わされていたTV局プロデューサーが逆襲の機会を得る。若い女性ディレクターの存在は、とくに最後が唐突すぎて蛇足になってしまっている。6.5点。
 
 作者は世間的にはかなり高く評価されている作家だと思うのだが、これまで読んだ2冊はどうもイマイチ。本書の巻末の解説でも絶賛されているが、確かに上手いところは上手いのだが、それを相殺する下手さも持っているように思う。まあまた機会があれば読んでみよう。
 

伊坂幸太郎「ラッシュライフ」 2005年10月08日

 登場人物を覚えるのは得意ではない。というか苦手だ。名前などはすぐ忘れてしまうから、たくさん人が出てくると、しばしば前のページに戻って確認しなければならない。ということで本作も最初は混乱しかけたが、場面転換ごとに示されるアイコンがそれぞれの人物を示していることに気付いてからは楽に読めた。本作は、ある仕掛けを施した上で、人それぞれである人生をそれぞれの視点から独特のタッチで多彩に描いている。登場するのは、「金で買えないものはない」という傲慢な画商・戸田と彼を嫌悪しながらも同行する若い画家・志奈子。入念な下調べで泥棒稼業を遂行するクールな黒澤。心に傷を負って新興宗教のカリスマ教祖にすがる河原崎。不倫相手を意のままに操り奥さん殺害を計画する京子。リストラで職を失って人生に絶望している豊田。
 
 突然出現したバラバラ死体のような本格ミステリ的なコードも含まれているし、はじめは無関係に見えたそれぞれの物語の繋がりがやがて浮かび上がるというような仕掛けはあるが、本作をミステリに分類するのにはやや違和感がある。作者の意図はどうだったか分からないし、この「仕掛け」に感心する読者も多いかもしれないが、私は基本的には各登場人物たちの「ラッシュライフ」を描き出すことこそがこの作品の肝だと感じた。なお「ラッシュライフ」は lush life なら「豊穣な人生」だが、「ラッシュ」は lash にも rash にも rush にもなるというのが題名に込められた意味。
 
 本作は作者の第2作目となる作品で、2003年度版「このミス」では11位を獲得している。「仕掛け」部分にそれほど強い印象を受けなかったのと、いささか宙に浮いたまま終わってしまった「ラッシュライフ」もあったように感じたので、やや辛口となる7点。
 

石持浅海「月の扉」 2005年10月01日

 初めて読む作家さん。予想以上に面白かった。そうか、作者にとって第二長編の本作は日本推理作家協会賞候補にもなっているのか。那覇空港で男女三人がハイジャック事件を起こす。要求は無実の罪で警察に囚われている「師匠」を滑走路まで連れてくること。ただ「連れてくる」だけで「釈放」の必要はない。そして、緊張に包まれた機内で、乗客のひとりが死体となって発見されるという予想外の事態が起こる。殺人か、それとも自殺か。殺人だとしたら誰がどうやって?ハイジャックの行方は?
 
 途中、二百名以上もいる乗客の存在感が無いとか、人質に取った乳幼児が泣きもしないとか、主要人物とメインストーリーに関わらないところには無頓着で、アレっと思うような細かな瑕疵がちょこちょこある。しかし一方で、ハイジャック犯のリーダー格で常に冷静な真壁をはじめ、腕の立つ柿崎や主人公の聡美ら、主要登場人物はとても魅力的で丁寧に描かれている。秀逸なのはひょんなことから突然現れた死体の謎解きを任されてしまう乗客の「座間味くん」で、大胆かつクールで肝も据わっており、期待通りの名探偵ぶりを発揮する。
 
 急ごしらえではあるがよく練られたハイジャック計画による緊迫感にあふれた展開。幾重にもめぐらされた魅力的な謎作中に仕掛けられた伏線とそれが見事に収束する論理的帰結。SF的な設定の部分に賛否が分かれるかもしれないが、これはアリだと思う。ワクワクかつハラハラし、ラストには思わず嘆声を漏らす、久しぶりにページをめくる手が止まらなくなる作品だった。7.5点。
 

高野和明「幽霊人命救助隊」 2005年09月29日

 シリアスだった前作までとは打って変わったコミカルでヒューマンな作品
 
 大学受験に失敗して自殺した裕一は、なぜか断崖絶壁の上にある死後の世界で、3人の男女と出会う。彼らも自殺してそこへやって来た人々だった。そこに突然、神様がスカイダイビングで(!)空から降ってきて、4人に使命を与える。現世に戻り49日以内に100人の自殺を防ぐこと。達成すれば4人は天国に行くことができるのだ。
 
 随所にコミカルな笑いで味付けしつつ、自殺を巡るヒューマンドラマが展開される。ところどころ思わずクスリとなったが、全般的には笑いの出来はいまひとつ。笑いの研究がもっと必要だ。自殺を巡る様々な物語の方は、いろいろ考えさせられることも多かった。自殺に至る個々の事情にとどまらず、その背景にある社会システムや経済構造の矛盾から安楽死の問題まで、さまざまなテーマが提示される。
 
 テーマが多彩な分、ちょっと慌ただしすぎるのが玉に瑕だ。100人を次々に救わなくてはならないとは言え、もっと絞り込んでも良かったと思う。まあ話が区切れるということで、TVで連続ドラマ化したりすると良いかも。このような構成になったのは、もとが雑誌連載だったことも理由にあるのだろう。裕一ら「人命救助隊」自身の物語もあるにはあるが、もっと全体を貫く芯となるストーリーがあるとさらに良かったと思う。7点。
 

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