読書日記

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田中啓文「蹴りたい田中」 2006年08月10日

 名前はわりとよく耳にしていたのだが、これまで読んだことがなかった作家さんだ。
 
 本書は「茶川賞」を受賞した直後に失踪した田中啓文の遺稿集、という体裁で、実在作家による寄稿(追悼文?)なども交えて編まれた作品集となっている。ジャンルは「ハチャメチャSF」の流れを汲んだ(?)SF駄洒落小説とでも言うのだろうか?半分くらいは小説というより文章芸と言った方がしっくりくるかも。単純な駄洒落から元ネタを知っておかないと分からないものまでいろいろある。たぶんこれは何かネタなんだろうなあと思いつつも理解不能なところもあったりして、ある程度読者にも読むための「素養」が必要とされる(と言っても、敷居はさほど高くない、と思う)。ちなみに本書の表題作名のネタは言わずとしれた芥川賞を史上最年少受賞して話題を呼んだあれである。未読なので内容までネタにしているかどうかは分からないのだが、たぶん関係ない?6.5点。
 

高畑京一郎「タイム・リープ −あしたはきのう−」 2006年08月07日

 唐突になんとなくタイムトラベルものを読みたくなって探して見つけた作品。図書館で借りた単行本の発行は1995年。文庫版は電撃文庫(メディアワークス)に収録されていて、いわゆるライトノベル系の作品だ。「軽い小説」と侮れない優れた作品・作家を輩出しているということで、最近ライトノベルの世界は注目さてている。ただ、やはりマンガチックな表紙やイラストのためになかなか手に取りにくかったりする。本書も表紙には美少女が描かれているのだが、これはまあ許容範囲のタッチ。文庫は知らないが、単行本の場合は中に余計なイラストも無かった。ともあれ本作もライトノベルの枠を超えてSF界やミステリ界からも高く評価されたという傑作である。
 
 主人公の女子高校生・鹿島翔香はある日突然、時間を飛び越える能力を持つ。とは言え、時間を超えられるのは意識だけだし、自分の意志で制御できるものでもなかった。混乱する翔香は、書いた覚えはないが自分の筆跡で書かれた日記の記述にしたがって同級生の若松和彦に相談する。
 
 時間を行ったり来たりということで、あちらこちらに伏線が張りめぐらされている。主人公とともに、なるほどあれはそういうことか、と気付いた時のカタルシスを存分に味わえ、思わず何度も前に戻って読み直してしまう。何なら、読みきった後で、もう一度最初から読み直しても楽しめそうだ。タイムトラベルものとして組み上げた時間パズルは秀逸で、青春ものとしてもベタだが爽やかな読後感。7.5点。
 

嶽本野ばら「下妻物語―ヤンキーちゃんとロリータちゃん」 2006年08月04日

 ロリータファッションが趣味な、否、生き方というか人生の指針こそがロリータという、芯のあるロリータ娘・竜ヶ崎桃子が主人公。駄目親父の仕事の都合(?)で兵庫県は尼崎から茨城県は下妻なる片田舎へ引っ越してきた桃子はそこで地元のヤンキー白百合イチゴに出会う。下妻を舞台にして、なぜか気が合ってしまったロリータ娘とヤンキー娘の友情を描いた物語
 
 下妻とは地名だったのか。モノを知らない私は、そっち方面(ってどっち?)の世界で何かを指す符号か何かかと思っていた。嶽本野ばらという作家ももちろん初めて読む。自称「乙女派文筆家」だそうで、普段あまり縁がない系統の作家であり作品なのだが、桃子役に深田恭子、イチゴ役に土屋アンナで映画化されたもの(未見)とともに、なんだか評判が良いので読んでみた。
 
 桃子の一人称の「ですます調」で語られる文体は、最初の方こそ説明ちっくな印象で読みにくいように感じたが、下妻に越してきてイチゴと出会ったあたりから物語もテンポよく進み始め、文章もまったく違和感が無くなっていた。というよりはピッタリ。そして時々、否、頻繁にクスリとさせられる軽妙さが加わり、なるほど評判に違わず面白い。強い信念と賢さも持つ桃子と、バカだが素直なイチゴのキャラと掛け合いが最高だった。映画も見てみたい。7.5点。
 

アラン・グリン(田村義進・訳)「ブレイン・ドラッグ」 2006年07月31日

 英国推理作家協会新人賞候補作にもなった作者のデビュー長編。記憶力を著しく向上させ、知能を飛躍的に高める新ドラッグ MDT-48。離婚した妻の兄ヴァーノンが殺害された現場から大量に持ち出したそのクスリはエディ・スピノーラの人生を一変させた。しかしその先に待っていたのは深く大きな落とし穴だった。
 
 アイデアは良いと思う。だが、今ひとつというか、あちらこちらで少しずつ物足りなさを感じる。たとえば、ヴァーノンが殺された理由とか裏で画策されていた陰謀の正体とかはもっと追求して欲しかった。エディをピンチに陥れるロシアンマフィアの金貸しジェナディなども、最後はあっけなく退場してしまう。クスリの副作用のために記憶を喪失した間に起こった事件の謎も真相がよく分からないまま終わってしまった。
 
 読み所となるのは、MDT-48の力によって天才的な能力を発揮したエディがデイトレードや巨大企業買収といったビジネスの世界で手腕を発揮し大活躍していく様子だろう。この辺の活躍ぶりは具体性もあってなかなか面白く読める。そして活躍ぶりが派手で壮大な分、一気に崖から突き落とされるかのような転落の危機感も盛り上がっていく。惜しむらくはやはりここでもひねりが足りない印象で、ラストの展開は誰でも予想が付くとおりである。最後に何かひとつ、意外性を持った展開があれば引き締まったのだが。6.5点。
 

大倉崇裕「無法地帯−幻の?を捜せ!−」 2006年07月24日

 「季刊落語」編集部員・間宮緑と牧編集長の落語シリーズの印象が強い作者だが(というか、それしか読んだことがなかった)、その印象からすると本作品は意外感たっぷりである。まず本を手に取った時から、その表紙を見て120%の意外性に驚く。さらに読み出したところで意外性200%超をマークする。こんな話も書くのかあ。しかも面白い!作家という人種は実に侮りがたい。
 
 怪獣オタク、玩具・模型マニアの面々が幻のプラモデル(400万円のレアもの!)をめぐって攻防を繰り広げる物語である。(実は作者自身が年季の入ったこの手のマニアらしい。) そう書くとなんだか暢気そうなのだが、派手な乱闘や殺人事件まで発生して、なかなか剣呑な展開が待っているのだ。主要登場人物はみなマニアなのだが、ヤクザ崩れだったり探偵だったり職業もバラバラ。共通する特徴というと相当な腕っ節の持ち主で、そのおかげで派手なアクションとともに襲い来る敵をなぎ倒し、ピンチを次々とくぐり抜けていく(それにしても敵の雑魚キャラは揃いも揃って血の気が多くて、その上異様にしつこいのだ)。プロットの骨格はマニアの世界じゃなくても成立するアクションストーリーであるが、このマニアの世界ならではのやりとりがまた楽しい。さらにアクションストーリーに留まらずミステリとしての趣向もばっちり盛り込んである。続編はないのだろうか、と思ったら、阪神タイガースが優勝したら書くという話があるらしい。よし、阪神がんばれ。7.5点。
 

東直己「英雄先生」 2006年07月20日

 かつて天才ボクサーとして将来を期待されていた池田。しかし今はある理由から故郷に戻り、高校の先生としてつまらない教師生活を送っていた。そんな日々の中、かつての同級生が殺されるという事件が発生する。さらに教え子の一人がマルチ商法だか新興宗教だかの集団に連れされられ、その行方を追うことになる。
 
 基本線は良いのだが、何か少しずつツボを外しているような感じがした。登場人物のキャラもいまひとつ共感できない。スマートなヒーローではなく三枚目で俗物っぽい主人公というのは便利屋探偵<俺>シリーズでもそうなのだが、本作ではそれよりさらに俗物度が強い。その上、心の中のぐだぐだな独り言とか活字にされてもなあ。。脇役にしても、森本とか今どきの高校生っぽいのはよいのだが、経験を積むことによって物語中でもうすこしは成長しても良さそうなものだが、最後まで軽率なところが目立っていた。的場のマンガちっくなとある性質も突飛な印象ばかりが先に立った。
 
 巻き込まれる事件としては、カルト宗教団体のほか北朝鮮国家なんてのまで持ち出されるのだが、消化不良というか、無意味に大げさになっていた気がした。現実とは異なる国際情勢の設定も、何かの伏線になっているのかと思っていたが、結局意味はなかったようだ。致命的にどこが悪いということはないのだが、作者の過去の作品と比べても、一般的なエンタメ作品としていまひとつ未熟な感じがした。6.5点。
 

東川篤哉「密室に向かって撃て!」 2006年07月13日

 先日読んだ「密室の鍵貸します」の続編。題名は例によって映画のもじりとなっている。二作目にして筆の調子はますます滑らかになり、はやくも独自のスタイルを確立しつつあるようだ。笑いの取り方も洗練されてきている。最初からシリーズ化の予定だったのかは知らないが、登場人物の面々もいかにもシリーズキャラっぽく固まってきた。
 
 自ら名探偵と名乗る鵜飼探偵は、どこから見てもいかにもへっぽこ探偵なのだが、最後には意外なことに名推理を披露して事件を解決に導く。なにせ登場人物がユーモア溢れる三枚目キャラばかりなので、そのままにしておいたらいつまで経っても事件は解決しそうもない。というわけでともかく名探偵が活躍しなくてはならないのだ。ワトソン役で一応主人公の大学生・戸村流平も間が抜けたキャラ設定のわりにはなかなかの活躍ぶりだ。
 
 ユーモアばかり目がいってしまうが、軽妙な語り口で綴られる事件の謎解きも侮れない。厳しい目で見ればケチを付けられるところもあるが、不可能状況で起きた殺人や消えた犯人の謎はかなり鮮やかに決まっている。7.5点。
 

鳥飼否宇「昆虫探偵―シロコパκ氏の華麗なる推理」 2006年07月10日

 カフカばりに、ある朝目覚めたら虫に変身していた葉古小吉。なんとヤマトゴキブリに変身したのだが、人間世界では何の取り柄もなく昆虫マニアだった葉古は大喜び。で、なぜか熊ん蜂探偵の助手となり、昆虫界で起こる難事件の数々に関わっていくという物語だ。探偵が推理を披露し、それをさらにクロオオアリの刑事がひっくり返すというのが基本パターンの連作短編の形になっている。
 
 単行本に収録されているのは「蝶々殺蛾事件」「哲学虫の密室」「昼のセミ」「吸血の池」「生けるアカハネの死」「ハチの悲劇」。それぞれの題名が(場合によっては中身も)実在の推理小説と結びついているのがちょっとしたお楽しみになっている。これらに加えて光文社文庫版では「ジョロウグモの拘」が書下ろしで追加収録されているらしい。
 
 擬態や習性など、昆虫の生態はただでさえ面白いわけで、それをミステリにうまく融合させるというアイデアが秀逸である。連作最後の締めくくりの章は、パターンを崩してハードボイルドか戦闘活劇かというような盛り上がりも見せる。ラストサプライズは「なんだそりゃ」的だがこれはこれで楽しめるだろう。純粋に推理小説として評価せよと言われたら難しいが、これはなかなかの傑作だ。7.5点。
 

東川篤哉「密室の鍵貸します」 2006年07月05日

 以前から公募企画で短編を発表していたらしいが、本作がカッパ・ノベルスの新人発掘プロジェクト「Kappa‐one 登竜門」第1弾に選ばれてめでたくデビューしたという作家さん。ちなみに石持浅海もこの時「アイルランドの薔薇」でデビューしている。
 
 冒頭から、舞台となる町に付けた名前が人を食ったような名前だったりするが、その後おふざけばかりが続くということもなく、ユーモアを散りばめながらもしっかりした内容の推理小説となっている。作者の視点が露わに登場したりとか、ちょっととぼけた登場人物のキャラなどが、どことなく懐かしいというか、昭和50年代くらいの小説の雰囲気を感じた。なぜだか読んでいて小峰元とか天藤真などを連想したのだが、必ずしも似ているというわけではない
 
 巻末で有栖川有栖は作者をユーモアミステリのエースと絶賛している。実際なかなかの面白さだ。解説的なことは有栖川有栖が言い尽くしているが、ともかくも読めば納得である。んー、今までノーマークだったのが悔やまれる。世界を揺るがす大陰謀だとか壮大な犯罪計画だとか、あるいは心に染みる人間ドラマなんてものは出てこない。しかし何はともあれ素直に楽しく読める作品なのだ。万人が満足するとは限らないが、8割方の読者が楽しめるだろう。7.5点。
 

本格ミステリ作家クラブ・編「本格ミステリ06」 2006年07月01日

 副題「2006年本格短編ベスト・セレクション」とあるように、一年の間に発表された本格ものの短編を集めた資料的価値も高いミステリアンソロジーである。正直言って個々の作品の出来は平均的にあまり良くない。『01』『02』『03』と読んだあと04、05を読んでいなかった(刊行は続いていたが、近くの図書館に入らなかったため)ので、久々。
 
《小説》
東川篤哉「霧ケ峰涼の逆襲」殺人なんかは起こらないが、いかにも「本格」らしい謎解きに加えて二転三転の展開でうまくまとめられていた。7.5点。
黒田研二「コインロッカーから始まる物語」「そのとき正常な精神状態じゃなかった」で片付けられても、やはりリアリティは感じない…。6点。
霞流一「杉玉のゆらゆら」パズルとしては成り立っているが、小説としては…。第一に動機の面が弱いし、状況も不自然。6点。
柄刀一「太陽殿のイシス(ゴーレムの檻 現代版)」トリックは入り組んでいるが面白みはない。本作は連作中の一編で、作者の宣告どおり連作の中にないためオチが意味不明だった。5.5点。
佳多山大地「この世でいちばん珍しい水死人」ミステリ評論家として活動していた作者の作家デビュー作だそうだ。分かりにくく、結末も中途半端。5.5点。
道尾秀介「流れ星のつくり方」第5回ホラーサスペンス大賞特別賞を受賞後第一作の短編。トリックは小粒。これ、日本推理作家協会賞(短篇部門)の候補だったらしいけど…。6.5点。
森福都「黄鶏帖の名跡」中国版の水戸黄門みたいで出だしは面白かったが、若干中だるみ気味で結末もイマイチ。6.5点。
浅暮三文「J(ジェイムズ)・サーバーを読んでいた男」ワンアイディアによるストーリー。現実性の点では疑問。6点。
田中啓文「砕けちる褐色」本格の謎解き部分はあまり感心しないが、前半のストーリーの盛り上がりは読み応えあり。7点。
石持浅海「陰樹の森で」発見された二体の遺体。その死について投げかけられる疑問。唐突感があるが、作者らしい展開の謎解き。7点。
岩井三四二「刀盗人」時代小説ミステリ。狙いは良いのだが、謎解きの過程も含め、全体的にちょっともの足りない。7点。
蒼井上鷹「最後のメッセージ」たった3ページのショートショートミステリ。真相当てクイズとかにはちょうど良さそう。6.5点。
米澤穂信「シェイク・ハーフ」青春ミステリで日常の謎。もの足りないのは本作が連作のうちの一編だからかな。6.5点。
 
ほかに《評論》小森健太朗「『攻殻機動隊』とエラリイ・クイーン」と《解説》円堂都司昭「本格ミステリ06解説」
 

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