読書日記

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井上夢人「魔法使いの弟子たち」 2010年06月18日

魔法使いの弟子たち

 著:井上 夢人
講談社 単行本
2010/04/02

 岡嶋二人時代最後の作品「クラインの壺」、井上夢人になってからの「パワー・オフ」は10年前に私的ベストテンに入れたほどのお気に入りであり、大傑作だった。最近は寡作で、なかなか新作が出ないし、もう井上夢人の大傑作に出会う可能性は低いだろうと思っていた。しかし!本作は、ちょっとした恐怖感をスパイスにした、ハラハラドキドキのサスペンスという、かの名作たちの系列に連なる久々の大傑作である。
 
 雑誌のフリーライター仲屋京介は、ウィルスの院内感染で死者が出ているという病院へ取材にやってくるが、病院はすでに封鎖されており敷地内に入れない。偶然見かけた、病院内に恋人がいるという落合めぐみから取材を試みるが、彼女はすでにウィルスに感染しており、その時点で致死率がほぼ100%だったそのウィルスに仲屋も感染してしまう。
 
 ストーリーはこうしてイントロからいきなり慌ただしく動き始める。はじめは生物兵器をめぐる国家機密とかバイオテロにまつわる物語になるのかと思ったら、話は意外な方向に展開する。ウィルスから奇跡的に生き延びた仲屋やめぐみらは、「後遺症」によって信じられない能力を身に付けてしまうのだ。ここで今度は、人々に理解されない孤独な超能力者の悲哀という方向に行くのかと思ったら、これもまた予想を超えて話は進んでいく。とにかく読者の予想を超えていく、意外性があってダイナミックなストーリー運びから目を離せない。
 
 話が大きく広がりすぎて、ラストで一体どうやってまとめるのかという不安があったのだが、ラストはずるい。しかしこれは良くできたずるさであり、たいへん巧い!文句なしである。
 
 最近小説の映画化は多いが、この作品なんか、娯楽大作映画の原作にぴったりではないかな。ハリウッド、でなくても良いけど、安っぽくはない特殊効果を使って仕上げれば、面白いものができると思う。作者の次なる傑作もまた大いに期待して待ちたい。8.5点。
 

米澤穂信「儚い羊たちの祝宴」 2010年06月14日

儚い羊たちの祝宴

 著:米澤 穂信
新潮社 単行本
2008/11

 時代が明示されていないが、名家・旧家や富豪のお屋敷で起こる殺人事件など、クラシカルな雰囲気が色濃くただよう作品集。2009年の「ミステリが読みたい!」(早川書房)で第7位「ラスト一行の衝撃」に徹底的にこだわった連作集で、収録作すべてがラスト一行で落ちるミステリとなっている。
 
「身内に不幸がありまして」体面を重んじる旧家で、勘当息子が起こした事件を発端として、毎年起こるようになった連続殺人事件の真相は。7点。
「北の館の罪人」長兄が幽閉された離れで、彼の世話を任された妾腹の妹。日に日に弱っていく兄は妹に奇妙な買い物を頼むのだが。7点。
「山荘秘聞」人里離れた山中にある、さる資産家の別荘の管理人となった優秀な使用人。ある日近くの山で遭難事件が発生する。7点。
「玉野五十鈴の誉れ」旧家の跡取り娘・純香の付き人としてやって来た玉野五十鈴。有能で博識な彼女を頼りとする純香だったが。7点。
「儚い羊たちの晩餐」成金の金満家が雇い入れた、宴の料理専門の料理人に、その家の娘がリクエストした料理とは。7点。
 
 それぞれ独立した話だが、各話をつなぐリンクとして大学の読書サークル「バベルの会」の名前が共通して登場して、同じ時代の物語ということらしい。舞台や雰囲気は整っていて、暗雲垂れ込めた感じはなかなかよいのだが、ミステリ的にはどれもいまひとつな感じを受けた。肝心のオチが、衝撃というほどではなかったりスッキリとしない感じで物足りない。もしかしたら自分がちゃんと読めていないのかもしれないが。ミステリというより、ちょっとぞっとする物語として読むとよいのかも。その点からはとくに最後の書き下ろし作品「儚い羊たちの晩餐」がよかった。
 

道尾秀介「鬼の跫音」 2010年06月08日

鬼の跫音

 著:道尾 秀介
角川グループパブリッシング 単行本
2009/01/31

 野性時代(角川書店)2006年12月号〜2008年5月号に不定期掲載された作品に加筆・修正を加えた短編集。これが作者初の短編集なのだそうだ。意外な気もするが、そうなのか、これまで長編ばかりだったのか。必ずしもオカルティックではないが、その境界線上のホラーテイストが強い、怖い感じがするミステリが中心。
 
「鈴虫」鈴虫が記憶を喚起する過去の罪。彼はその罪を犯すことでいったい何を望み、そして何を手に入れたのか。7点。
「(ケモノ)」タイトルは漢字の獣偏。偶然見つけた木の椅子に刻まれたメッセージの真相。仕掛けられた叙述トリックの罠は予想できた。7点。
「よいぎつね」忌まわしい過去の記憶がある土地を仕事で訪れた男。本書で一番ホラー風味が強い。結末のあいまいさが若干不満。6.5点。
「箱詰めの文字」作家の男の家に、2ヶ月前に泥棒を働いたと謝罪する男が尋ねてくるところから始まり、意外な展開へ。6.5点。
「冬の鬼」日記形式なのだが、一日ずつ日を遡っていくという変わった構成。ちょっとばかりぞっとする結末。7点。
「悪意の顔」同級生からの陰湿な攻撃に悩む小学四年生の男の子が出会った、不思議な絵を持つ女性。その絵が持っている力とは?7.5点。
 

堂場瞬一「チーム」 2010年06月02日

チーム

 著:堂場 瞬一
実業之日本社 単行本
2008/10/17

 英題が「Pick-up Team」となっている。これが正しい英訳なのかどうか分からないが、こちらの方がただ「チーム」というよりは分かりやすい。本作品は箱根駅伝の学連選抜チームを描いた小説だ。
 
 関東学連選抜は、出場を逃した大学から選ばれた選手で構成するチームだ。箱根駅伝に、2003年からオープン参加チームとして出場し、2007年からは公式記録が残る正式参加するようになった。落選チームからとは言え、その中のエース級が集められているわけで、優勝してもまったくおかしくないと思うのだが、なかなか難しいらしい。やはり駅伝というのはチームとしての一体感がモチベーションとなるところがあるのだろう。そんな中でこうやって、臨時の寄せ集めチームにスポットライトを当てたというのは、なかなか渋いな。
 
 箱根駅伝を描いた小説というと、三浦しをん「風が強く吹いている」を読んだばかりだが、あちらがキャラの立った登場人物を揃えた青春小説としてのポジションにいるのに対して、こちらはわりとスポーツ小説寄りである(どこまでリアルなのだかは分からないが)。描かれるのも「風が強く」の方ではメンバーひとりひとりを取り上げていたのに対して、こちらでは主要人物以外の人はさくっと飛ばされる。文章は一人称でつながれるのだが、選手数人と監督の一人称が頻繁に切り替わるのが、若干読みにくい面はある。しかしそのかわり、各人の内面心理が直接に描かれるので、臨場感はより感じられる。作品の後ろ半分以上がレース本番の模様なのだが、リアルタイムでレースを観戦しているような面白味があって、後半は一気読みだった。7.5点。
 

五十嵐貴久「リミット」 2010年05月25日

リミット

 著:五十嵐 貴久
祥伝社 単行本
2010/03/11

 題名からして、よくあるタイムリミットサスペンスだろうと思って読み始めたらば(よくあるタイムリミットサスペンスは好きである)、ちょっとばかり違っていた。どう違うかというと、よくあるように、巨大犯罪だとか、大規模テロとか国家的陰謀だとか、世界を破滅に導く恐るべき脅威だとか、そういったものはまったく出てこない。
 
 不敵で型破りキャラの芸人・奥田がパーソナリティーを務める深夜ラジオ番組あてに、番組を心の支えにしていたという熱心なリスナーと見られる人物から自殺を予告するメールが届く。前年に小学生の息子を自殺で失うという苦悩の経験をしているディレクターの安岡は、メールにただのいたずらではない深刻さを感じ取る。ラジオ局の上層部からは制止がかかる中、安岡は、どうでもいいとうそぶく奥田を説得し、リスナーを巻き込み、自殺を食い止めるために奔走する。
 
 最後まで、大どんでん返しがあるとか、あっと驚く真相が明らかになるとかはなく、とにかくラジオディレクターとスタッフ、パーソナリティー、刑事らが、ただひとりのリスナーのために熱い思いを心に抱き行動するという物語であった。その分、外連味には欠けるのは仕方がない。ただ、たしかにテレビとか他のメディアにはないものがラジオにはあるのだろう。ラジオの周りにいる人々の熱い思いはよく伝わってきた。作者もラジオファンなのであろうか。7点。
 

伊坂幸太郎「砂漠」 2010年05月21日

砂漠 (Jノベル・コレクション)

 著:伊坂 幸太郎
実業之日本社 単行本
2008/08/01

 2005年発表の作品。読んだのは2008年刊行のソフトカバー版。まだ文庫にはなっていないのかな。
 
 大学に入学してまもなく、いつとはなしにつるむようになった男3名、女2名の大学生グループが遭遇した出来事・事件を、「鳥瞰型」でクールな性格である主人公、北村の視点から、春、夏、秋、冬の季節の移ろいとともに描いていった物語だ。
 
 学生グループというところなど似ている要素もあって、西澤保彦のタックシリーズを連想した。主人公はタックっぽいし、東堂はタカチっぽい。いや、いろいろ読んで行くと似ているのは一部だけで、そんなによく似ているわけでもないのだが。ストーリー的にも、タックシリーズはミステリを主軸にしているのに対して、こちらは人間模様的なところに軸足がある。途中までは。
 
 一風変わった登場人物たちの人生の機微を、独特のちょっと浮世離れしたタッチで描いて終わりかと思ったら、お見それしました、この作者はエンターテインメントの手練れだった。最後になって、え、あれがこう繋がるの?あれもこれもこのための伏線だったの??という展開でみごとに物語をまとめ上げている。巧いなあ。読み返してみないと気付かないような、さりげない伏線もちりばめられていて、芸が細かい。終盤近くまで伊坂ワールド独特の雰囲気が強すぎて、途中はいまひとつな感じがしてたが、最後まで読まないと評価できない作品だ。7.5点。
 

ロバート・A ハインライン(森下弓子・訳)「ルナ・ゲートの彼方」 2010年05月13日

ルナ・ゲートの彼方 (創元推理文庫)

 翻訳:森下 弓子
東京創元社 文庫
1989/03

 1955年発表の作品で、日本では1989年初版のこの文庫が初めての日本語訳だったそうだ。1989年の翻訳ということで、最近の翻訳物ではあまり感じなくなった、翻訳調の部分があることは否めない。と言っても、とくべつに読みにくいということはなかったが。
 
 学校の課題であるサバイバルテストで異星に送り込まれたまま帰って来れなくなった高校生・大学生の若者たちのサバイバル生活が描かれたジュブナイル小説である。物語が動き始めるのは異星に送り込まれてからかと思ったら、その前にもけっこういろいろあったりして、幕開けは盛りだくさんだ。
 
 未来世界が舞台なわけだが、現在と比べて人々の感覚が微妙に違っている。肉親の情であるとか、死に対する畏怖や恐れといったものが、基本的なところは現在と同じなのだけど、著しくドライだ。また、サバイバルテストは学校の課題の一環と言っても、文字通り生きるか死ぬかのテストであり、何割かは死ぬことが前提となっている。そして若者たちも、人の死にそれほどショックは受けずに受け入れるし、動物の生肉や脳みそを食べたり、原始的な生活も意外なほど適応してしまう。
 
 SFではあるが、SFであることの醍醐味は少ない。ましてやミステリ的な趣向などはない。けっこう謎がたくさん出てきたのだが、結局最後まで放り出されたままだった。単純に、少年の成長物語、あるいは若者たちによる集団サバイバル生活を通して見える人間性の物語だ。物語としては不満も残るが、中には名言があったり、読んで損はない作品だ。7点。
 

長岡弘樹「傍聞き」 2010年05月07日

傍聞き

 著:長岡 弘樹
双葉社 単行本
2008/10

 「迷い箱」「899」「傍聞き」「迷走」の4編を収録した短編集。表題作「傍聞き」は第61回(2008年)日本推理作家協会賞短編部門を受賞した。
 
「迷い箱」読者は全員途中で気付いているだろうことに、主人公が最後の最後になるまで気付かないのが不自然極まりない。心温まるよい話なのだが。6点。
「899」やはりしっくりこない部分やスッキリとしない部分が多いのだが、消防士が赤ん坊を救出する物語。6.5点。
「傍聞き」直接言われるより偶然耳にしたことの方が信用しやすいという心理「漏れ聞き効果」をうまくストーリーの核に取り入れている。7.5点。
「迷走」車内に仇とも言える人物が収容された救急車を迷走させる救急隊員。その真の意図とは?7.5点。
 
 作者は2003年に「真夏の車輪」という作品で第25回小説推理新人賞を受賞した人らしい。本書は2007年と2008年に発表された作品だ。最初のふたつ、2007年の作品は、ちぐはぐ感が強く、小説作りに拙い感じを受けた。要素はいろいろ盛り込んでいるのだが、うまく消化できていない印象だ。一方、2008年の作品ふたつは、各要素がうまく絡み合ってまとまりがあり、もともとの作者の持ち味なのだろう、どの話にも共通する人情話としての良さも発揮した良作となっていた。
 

伊坂幸太郎「フィッシュストーリー」 2010年05月01日

フィッシュストーリー (新潮文庫)

 著:伊坂 幸太郎
新潮社 文庫
2009/11/28

 表題作など短中編4作品を収録した作品集。映画化されて2009年3月に公開されているので、長編かと思っていたら、違ってた。
 
「動物のエンジン」浮世離れしてて現実味がうすーい、ある意味伊坂ワールド全開。ある仕掛けが施されているのだが、だからどうしたという感もなくはない。6.5点。
「サクリファイス」江戸時代から続くという生け贄の風習が残る村に、人捜しでやってきた空き巣兼私立探偵の黒澤。村の風習の裏側で進行していたこととは。7点。
「フィッシュストーリー」小説の一節として書かれ、歌に引用されたあるひとつの文章が、時代を超えて人々を結びつける物語。7.5点。
「ポテチ」書き下ろし。再び黒澤が登場する。黒澤を慕う気のいい(?)そして親思いの空き巣狙いの若者・今村が心の底に隠していた秘密。7.5点。
 
 最初の「動物のエンジン」はデビュー作「オーデュボンの祈り」に続いて上梓された作者の第二作目。なるほどものすごく伊坂幸太郎風味が濃い。万人に馴染む味ではないが人によってはクセになるかもしれない味が前面に出ている。でもって、「フィッシュストーリー」。映画は未見だが、この話をどのように映画化したのだろう??そんな長くないし、登場人物もどんどん変わるし。大幅にアレンジしたのだろうか。ちょっと気になる。
 

松岡圭祐「マジシャン」 2010年04月24日

マジシャン

 著:松岡 圭祐
小学館 単行本
2002/09

 日々、金の工面に苦しんでいる中小自営業者のもとに現れて、目の前に置かれた現金を、手も触れずに二倍に増やしてくれるという謎の訪問者。いったいどんな仕掛けを用いているのか。そして何の目的があるのか。
 
 こんな出だしで始まるトリックストーリーだ。マジックの手法を悪用した詐欺事件に対して、刑事と、偶然出会ったマジシャン志望の少女が、その手口を暴いて犯人を追い詰めていく。詐欺というのは、第三者が見るとなぜそんな簡単にだまされるのかと不思議に思うものだが、当事者になるとなかなか見破るのは難しいらしい。ひとの固定観念や思い込みというのは強固なのだ。詐欺とマジックはもちろんまったく別物だが、人の盲点や固定観念をついて欺くという部分にはたしかに共通するところがある。思い込みに惑わされぬよう、思考の柔軟性を鍛えるために、マジックの手法をある程度知っておくということはきっと役に立つだろう。
 
 以前読んだ作者の「ブラッドタイプ」同様、たいへんためになる小説である。一方で、作品全体の印象もやはり同様で、個々の描写やストーリーにツメの甘いところがあって、これが全体のリアリティを下げる要因になっているように感じられるのが残念だった。現実的なトリックと、非現実的な描写を分けて読む必要があるかもしれない。でもやはり一読の価値はある。エンターテインメントとしてもおもしろくできていた。7点。
 

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