読書日記

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真保裕一「覇王の番人 上・下」 2010年04月17日

覇王の番人 上

 著:真保 裕一
講談社 単行本
2008/10/08

 織田信長に仕え、後に本能寺の変で滅ぼした、明智光秀を主人公とした歴史小説だ。作者の時代小説というのは初めてではないだろうか。
 
 以前にも書いた気がするが、普段、歴史小説はあまり読まない。単に舞台設定を過去にした時代小説というのならともかく、歴史上の有名人物に焦点を当てて、史実に沿って作られた物語というのは、歴史事実とフィクションの境界が曖昧になるので、読むときにそこが気になってしまうのだ。歴史小説は、あまり史実に忠実に過ぎると面白味に欠け、逆にフィクションの羽を伸ばしすぎると、史実とかけ離れて興を削ぐ。読む方も気になるが、作る方も難しいところだろう。
 
 本作の大筋は史実をよくトレースしているようだ。おかげで上下巻の大長編でも手狭に感じるくらいである。一方で、光秀やそのほかの人物設定には、大いに作者のイメージが投影されているのだろう(一般的なイメージに概ね沿っているが)。あとがきを読むと作者はかなりの明智光秀びいきであるようだ。また、フィクションの肉付けを豊かにするために、もう一人の主人公、光秀に仕える忍びの小平太を登場させている
 
 歴史小説が苦手なもうひとつの理由でもあるのだが、登場人物が多くてしかも似たような名前がたくさん出てくるので、なかなかスムーズに読み進めない。また、これは他の歴史小説でどうなのかよく知らないが、現代物と比べて、遠回しな言葉や行動から裏の裏の意味を読み取らせるシーンが多くて疲れる。しかし、そういうような面はありながらも、かなりおもしろく読めた。分かりやすいようにちゃんと説明してあるので、もしかしたらコアな歴史ファンには余計かもしれないが、自分くらいの初心者にとってはちょうど良かった。歴史の真実が那辺にあるのか知らないが、作者の思惑通り、信長秀吉家康に隠れがちな明智光秀という武将に親しみが湧いてくる作品である。7.5点。
 

柳広司「ダブル・ジョーカー」 2010年04月05日

ダブル・ジョーカー

 著:柳 広司
角川書店(角川グループパブリッシング) 単行本
2009/08/25

 『ジョーカー・ゲーム』シリーズの第2弾だ。2009年の「このミステリーがすごい!」「文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!」(早川書房)でいずれも第2位「本格ミステリ・ベスト10」でも第7位と、シリーズ第1弾に続いて非常に高い評価を得ている。
 
 収録されているのは「ダブル・ジョーカー」「蠅の王」「仏印作戦」「柩」「ブラックバード」の全5編。
 
 表題作の「ダブル・ジョーカー」は、日本帝国陸軍内にありながら、陸軍の精神風土とは相容れない行動原理を持つ"D機関"に対抗して設立された諜報組織"風機関"の話。"D機関"追い落としを図る、陸軍大学卒のプライドを胸にした風戸の目論見の行方は。「柩」は"D機関"を設立した伝説のスパイ、結城中佐の過去を描く注目作だ。
 
 D機関や所属員が常に闇の向こう側におり、露わに姿を見せないはじめの3編がとくに面白かった。「柩」は必然ではなく偶然性が支配しているのがイマイチだが、結城中佐の過去を垣間見れたという点で特筆に値する。これだけ面白い作品を矢継ぎ早に発表できるのはすごい。まだまだ続くのだろうか。続いて欲しい。早く次が読みたい。しかし最後の書き下ろし作品「ブラックバード」は、もしかしてこれでシリーズ終了を意味しているのだろうか?非常に気になる。7.5点。
 

海堂尊「青空迷宮」(「このミステリーがすごい! 2009年版」収録) 2010年03月29日

このミステリーがすごい! 2009年版

 編集:『このミステリーがすごい!』編集部
Takarajima Books 単行本
2008/12/05

 「このミステリーがすごい! 2009年版」に掲載された特別書き下ろしの短編。サクラテレビの正月特番用に用意された巨大迷路の内部でタレントが右目を矢に貫かれて死亡するという事件が起こる。密室的状況下で、犯行の機会を持つ人物は限られている。いったい誰がどうやって殺したのか。
 
 事件解決のために乗り込んでくるのは桜宮警察署の加納警視正と玉村警部補である。えと、「ナイチンゲールの沈黙」に出てきてたのか。よく覚えてない。この作者の小説はたいてい相互につながりを持つのが特徴だ。
 
 ミステリの小品として、うまくまとめてあるが、犯行のトリックはいささか強引だ。それにも増して、真相を看破して行く謎解きの過程に相当無理があって、現実ともマッチしない。という具合で、やや難点が目立ったのだが、加納と玉村という二人の刑事を主要キャラに据えた物語は、ミステリの枠組みとしてなかなか収まりがよい。ほかにもシリーズ展開しているのだろうか。6.5点。
 

三浦しをん「風が強く吹いている」 2010年03月28日

風が強く吹いている

 著:三浦 しをん
新潮社 単行本
2006/09/21

 2009年10月に映画化された作品。めずらしく映画を先に見てから、こちらの原作を読んだ。おかげで読みながら映画のビジュアルが、常に頭の中に浮かんでいた。しかし映画を先に見てたおかげか、映画のイメージは原作にぴったりと合っていた。そういえば本作は漫画化もされているが、パラパラめくった限りでは、そちらはあまりイメージがしっくりとこなかった。
 
 映画は、最近の傾向にもれず、原作にわりと忠実だったようだ。もちろん時間の都合上端折ったところはあるだろうが、ポイントになるところはうまく漏れなく取り込んであったと思う。ただ細かい設定は少しずつ変えてあった。と言っても、時間短縮のためというよりは、リアリティを補強するためだったり、状況や設定を分かりやすくするための変更が主だ。あと、追加のくすぐりを入れ込んだりしていた。
 
 実は、先に接したせいもあるかもしれないが、総じて映画の方が完成度が高いように感じる。作者の直木賞受賞作「まほろ駅前多田便利軒」を読んだときに思ったが、直木賞受賞の大作家にしてはプロらしからぬ素人くささを感じる部分がある。とは言えしかし、本作品は「まほろ」よりはかなり出来がよい。リアリティに欠けるのは仕方がないとして、魅力的なキャラたちや核となるストーリー展開は、さすが、話題作の名に恥じぬ出来映えだ。これまでさほど興味を持ってなかった箱根駅伝にも俄然興味が湧いてきた。7.5点。
 

鳥飼否宇「人事系シンジケートT−REX失踪」 2010年03月25日

人事系シンジケート T−REX失踪 (講談社ノベルス)

 著:鳥飼 否宇
講談社 新書
2009/04/08

 子供に夢を与える玩具会社に勤める人事部の青年・物部真治が主人公。会社内のトラブルに対処するのも彼の仕事だ。社運をかけた新製品の試作品消失事件、そしてある社員の死、続発するトラブルの行方を追う。
 
 本書の内容紹介を見ると大げさなことが書いてあるが、主人公はほぼ普通の会社員だ。実はひとつだけ主人公には常人にはない特殊能力が備わっているのだが、残念ながらストーリーにおいてほとんど必然性を感じない。思わせぶりなタイトルに、作品中の小道具的もろもろや、キャラ設定だとかなんとかも、要素要素は作者が一生懸命いろいろ考えてひねり出したのだろうと思わせるのだが、せっかくのそれらを使い切れてない印象だった。
 
 ミステリ的にはまあまあだが、謎解きをすることになる先輩も後半になって唐突に存在感を増してくるとか、全般にまとまりの無い印象はぬぐいきれない。でもわりとサクサク読めるので、気軽な読書に向いた一冊だ。6.5点。
 

奥田英朗「ララピポ」 2010年03月16日

ララピポ

 著:奥田 英朗
幻冬舎 単行本
2005/09

 全6話の短編集。最初のふたつを読んだところまでは、同じような雰囲気だがまったく別個の物語の短編集なのかと思っていたら、三話目以降は、前の作品の登場人物のひとりに視点が移って、並行する物語としてつながっていくという趣向だった。最初の話だけ浮いているなと思ったら、最終話からつながって、めでたく全話がリンクした。雑誌不定期連載だったようだが、あるいは連載途中で方針を変えたのかもしれない。
 
 どことなくアブナイというか爛れた雰囲気を漂わせながらも、最初は一応ふつうの人のありふれた日常的生活なのだが、少しずつ、しかし着実に、何ものかに後押しされるように、斜面を転がり落ちる雪だまのように、破滅へ向かって進んでいくというのが共通するプロットだ。作者得意の、あるいはお気に入りのパターンである。ただ、途中の展開はそれなりに面白いのだが、とくに前半の話ではオチに工夫が無く、紙数も尽きたのでここで終わります、みたいなあっけない感じがして物足りない。しかし後半の話になるほど、結末にも少しずつ力が入ってきて、最終話では、前の方の話に絡んでちょっとほっとさせる展開もあったりして、さすが直木賞受賞のベテラン作家といえる、よくできたラストになっていた。そういえば作者が直木賞を受賞したのはこの連載途中のことだ。はじめは適当に力を抜きながらの連載だったのが、だんだん力を入れるようになったのだろうか。ちなみにタイトルの「ララピポ」の意味も最終話で分かる。これも分かってみれば本書によく合っている。点数は前半がイマイチだったので少し厳しめの6.5点。
 

北村薫「元気でいてよ、R2-D2。」 2010年03月08日

元気でいてよ、R2-D2。

 著:北村 薫
集英社 単行本
2009/08/26

 「腹中の恐怖」のみ1997年発表で、残りは2008年前後の作品。著者のまえがきによると、怖い話である「腹中の恐怖」を含めて、陰のある短編集を作ろうと書きためられたものらしい。また、まえがきは「妊娠中の女の方は、『腹中の恐怖』を読まないで下さい」ということをひと言断っておきたいために書かれたそうである。ただ、読んだ感想としては、さほど怖いわけでもないので、とくに幽霊とかを信じやすい人、影響されやすい人でなければ、心配は無用だろう。
 
「マスカット・グリーン」何気ない言葉から思い当たった浮気を疑わせるひと言。6点。
「腹中の恐怖」不気味な妄想系ストーカーの母親からの手紙。7点。
「微塵隠れのあっこちゃん」とくに何と言うこともない、過去の想い出。6点。
「三つ、惚れられ」陰のある話というよりは、嫌な人間の話。6.5点。
「よいしょ、よいしょ」冒頭の2ページの「昔話」がよかった。7点。
「元気でいてよ、R2‐D2。」これもどうということは無い話なのだが、案外と心に響くものがあった。7.5点。
「さりさりさり」狙いが迂遠すぎて分かりにくい。6点。
「ざくろ」本書の中ではわりとホラーっぽい方のオチ。6点。
 
 もっとホラーな作品集かと思ったが、全般にホラーっ気は薄い。玄人向きというか、好事家向きな作品ばかりである。作者はベッキーさんシリーズ3作目で直木賞受賞して、名実ともに大家のベテラン作家の風格漂うが、大家っぽい作品より、初期のような分かりやすいミステリ、一般向きなストレートなエンターテインメントを期待したいところだ。
 

道尾秀介「カラスの親指 ― by rule of CROW's thumb」 2010年02月25日

カラスの親指 by rule of CROW’s thumb

 著:道尾 秀介
講談社 単行本
2008/07/23

 コン・ゲーム小説はお気に入りのジャンルの一つだ。そのコン・ゲーム小説に新たな傑作が加わった
 
 第62回(2009年)日本推理作家協会賞(長編部門)受賞。2008年の「このミステリーがすごい!」第6位、「文春ミステリーベスト10」第10位、「ミステリが読みたい!」(早川書房)では第4位。同じ年には「ラットマン」も軒並みベストテン入りしていた。また本作は、第140回直木賞候補、第30回吉川英治文学新人賞候補にもなった。
 
 暗い過去を持つ「タケさん」こと武沢竹夫。同僚の借金を背負わされ、妻と娘を失い、闇金業者に人生を狂わされた彼は、いまは詐欺師として生きていた。「悪者」であろうともがきながら日々を生きる彼は、やはり不幸な過去を持つ相棒「テツさん」と組んだ詐欺で生活をしている。そんな中、町で出くわしたささやかな詐欺を働いていた少女を偶然助けて一緒に生活することに。さらにその姉と恋人も加わる中、タケさんと彼らを襲う不穏な出来事。蘇った過去の因縁を一蹴すべく、彼らは大勝負に出る
 
 ラストは、作戦を成功させてまんまと大金をせしめるというのが典型な、普通のコン・ゲーム物語とは少々趣を異にする。少々戸惑ったが、これも無論、作者の術中である。実はあれもこれも伏線になっていてという風に、最後の最後まで読者を翻弄してくれた。これは傑作だ。8点。
 

五十嵐貴久「For You」 2010年02月20日

For You

 著:五十嵐 貴久
祥伝社 単行本
2008/03

 映画雑誌の新人編集者の佐伯朝美が主人公。冒頭、朝美にとって年の離れた親友のような存在で、幼少時には親代わりでもあった叔母の吉野冬子を突然の病で失ってしまう。しばらくして、冬子叔母のマンションで遺品整理をしていた朝美は、冬子の高校時代の日記を見つける
 
 マスコミ嫌いな新進の韓流映画スターへのインタビューという仕事と、年の離れた恋人との関係、公私ともに難問を抱えて悩む朝美の現在と、ミステリアスな転校生の男の子を意識しながら高校生活を送る冬子の綴る日記(まるで日記っぽくはないが)の中の過去が並行して描かれて行く。冬子叔母の高校時代の話は、つまらないというわけではないが、それほど変わった出来事が起こるわけでもなく、女子高生の一般的な高校生活であり、面白味には欠けるかもしれない。
 
 しかし、ラストで一気に謎のベールが剥がされて行き、ドラマティックな真相が明らかにされる。リアリティ的にはかなり強引なところもあるが、そこまでが平凡だった分、このくらいあっても良いかと思った。ミステリ的な要素も持った純愛小説ということで、久々に作者の作風の広さ、引き出しの多さを改めて感じる作品であった。7点。
 

大倉崇裕「白戸修の事件簿」 2010年02月12日

白戸修の事件簿 (双葉文庫)

 著:大倉 崇裕
双葉社 文庫
2005/06

 単行本「ツール&ストール」(2002年刊)を改題して文庫化した連作短編集。もとの表題作「ツール&ストール」は1998年に第20回小説推理新人賞を受賞(当時の筆名は円谷夏樹)した短編で、本書は作者にとって記念すべき作品集である。他の収録タイトルは「サインペインター」「セイフティゾーン」「トラブルシューター」「ショップリフター」
 
 お人好しの大学生・白戸修が、鬼門の中野に近づくたびに巻き込まれる様々な事件が語られる。起こる事件は日常と非日常の間という印象である。銀行強盗とか、日常と言うにはヘビーだが、本格推理ものほどの非日常空間ではなく、あくまでふつうの日常の延長線上に事件は起こる。舞台の中野周辺という共通点もあったりするせいか、味わい的には作者の「無法地帯−幻の?を捜せ!−」を思い出した。
 
 さて、内容に関して、主人公がお人好しなのはよいとして、度胸があるのか腰抜けなのか、鋭いのか鈍いのかよく分からない。ストーリーは基本的に巻き込まれ型なのだが、トラブルの半分は自分で招いているようなところがあってちょっとイライラする。デビュー当初の作品ということで、キャラ造形だとか、あるいは些末ではあるが、えっ、その作業をその短時間でやってしまうの、といった描写がしっくりこないというような素人っぽさが目に付いた。でも基本的な構成と雰囲気は好きである。キャラ設定をしっかりとしてもらった上で、もっと読んでみたい。すでに続編もあるようだが、その辺はどうなっているだろうか。7点。
 

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