読書日記

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倉知淳「猫丸先輩の推測」 2004年01月10日

「夜届く」『病気、至急連絡されたし』下宿住まいの八木沢行寿のもとに次々と届けられる不吉な電報。猫丸先輩の推理とは?7点。
「桜の森の七分咲きの下」花見の場所取りを命じられた新入社員の前に入れ替わり立ち替わり現れる不審人物。最後に現れたのは猫丸だった。7点。
「失踪当時の肉球は」ハードボイルド探偵の美学にこだわるペット捜索専門探偵が直面したトラブルの真相を猫丸が推理する。7点。
「たわしと真夏とスパイ」客足が低迷する商店街が企画したイベントでトラブル続発。駅向こうのスーパーの妨害工作か?7点。
「カラスの動物園」動物園で発生したひったくり騒ぎ。捕まった犯人は盗んだお金をどこに隠したのか?6.5点。
「クリスマスの猫丸」ふたたび八木沢君。彼が目撃したクリスマスの街の雑踏を疾走するサンタクロースの謎。6.5点。
 
 挿画を漫画家の唐沢なをき氏が担当しており、新刊が書店に並んでいたときは表紙でけっこう目立っていた。気が付かなかったが、各話の題名は有名作品のパロディになっているらしい。「クリスマスの猫丸」の元ネタ「クリスマスのフロスト」ぐらいしか読んだこと無いけど、他には「桜の森の七分咲きの下」の元ネタが坂口安吾の「桜の森の満開の下」とか。
 
 決して現実的とは言えないのだが、伏線もきっちり仕込まれていて、奇妙な謎と意表を付く解答がどれも面白かった。
 

有栖川有栖「スイス時計の謎」 2004年01月06日

「あるYの悲劇」競作アンソロジー「「Y」の悲劇」にて既読。改めて読んでみるとこの作品の完成度は高い。点数も改め7.5点。
「女彫刻家の首」祥伝社文庫のアンソロジー「不透明な殺人」に収録の作品。死体の首すげ替えの謎をきちんと理に落ちた結論に導いている。衝撃的な結末が華を添える。7.5点。
「シャイロックの密室」いきなり犯行現場のシーンから始まる倒叙もの。密室がいかに構成されたかという王道を行く作品でもある。7点。
「スイス時計の謎」本書の半分近くを占める作品。犯人を特定するロジックはいささか複雑である。アリスのエピソードが浮いているが、火村(作家アリス)シリーズ全体の中の一エピソードとしては興味深い。7点。
 
 有栖川有栖はわりと多作で、中でも火村シリーズの作品は数多く、短編集もたくさんあるが、本書はその中でも本格パズラーとしてかなりレベルが高い作品集に仕上がっている。「2004 本格ミステリ・ベスト10」(原書房)では2位にランクインしていた。
 

アガサ・クリスティー(中村能三・訳)「オリエント急行の殺人」 2003年12月27日

 これまで読んだことがあるクリスティーは、「そして誰もいなくなった」と…、それと……、…それだけかも。というわけで世に名高い名探偵ポアロの活躍を読むのも初めてのことである。そんことで良いのか、という話はさておき、今回唐突に「オリエント急行の殺人」を読んでみたのは、最近早川書房からクリスティー文庫という名で続々新刊が発行されていることに触発されたからだ。訳も新しくなっているとどこかに書いてあったが、実際はほとんどの作品では旧訳の見直しをした程度で、ゼロから訳し直されたわけではないようだ(まったく新訳の作品もあるらしい)。ちなみに文庫サイズは通常のものより僅かに大きくなっていて、普段使っているブックカバーに入らなかった。
 
 さて、小説の作りはもちろん純然たる本格推理である。雪で立ち往生するオリエント急行の内部で殺人事件が発生する。車内には国際色豊かな人々が乗っており、たまたま乗り合わせたエルキュール・ポアロが事件の解決を依頼される。寝台車両の見取り図が示され、乗客ひとりひとりの証言を取って行き、そして謎の解決の前にはそこまでに判明した事実の一覧が提示される。ラストは乗客全員を集めてポアロの謎解きの場面となるわけだが、到達した真相と犯人の意外性は文句なく、幕の引き方も素晴らしかった。現代小説に慣れた目から見ると、途中の経過は小説としては味気なく物足りなくも感じるが、書かれたのが1933年だと言うことを考えると、逆に今でも通用する小説の完成度の高さに驚嘆すべきだろうな。7点。
 

歌野晶午「館という名の楽園で」 2003年12月19日

 すでに50歳を迎えて、それぞれに社会人として別々の道を歩む4人が、かつて大学時代の探偵小説研究会で一緒だった冬木統一郎から新居のお披露目に招待される。その新居は数十の客室を持ち西洋の甲冑が飾られ、奇妙な構造をした豪華な西洋館で、辺鄙な場所に建てられていた。この館こそは冬木が長年の夢を叶えるために用意した本格推理小説のための館なのであった。やって来た4人は冬木から館を舞台にした殺人事件ゲームを提案される。冬木が用意したシナリオに沿って全員が被害者や犯人を演じながら、事件の謎を解くゲームである。
 
 ゲームという形を取りながらも、冬木の用意した、つまりは作者が考えたトリックは相当凝っている。そのまま推理小説に仕上げることも可能だろう。しかし目の肥えた読者に対して、この古典的なストーリーをストレートに出しては芸がないのも事実だ。そこでこんな奇妙なゲームの形式にしたのはやはり正解だったと思う。もちろん単なるゲームだけで終わってはこれもまた芸がない話であるが、作者は現実世界にもう一つの真相を用意してくれていた。7点。
 

今邑彩「ルームメイト」 2003年12月17日

 萩尾春海は下宿探しをしていて偶然出会った女性・西村麗子と部屋を共有するルームメイトになった。しかし麗子はやがて、まるで別人のように変貌し、そのまま姿を消してしまう。春海は、死んだ兄に似ている大学の先輩・工藤謙介に相談するが、一緒に調べて行くうちに、奇妙なことが次々と分かる。麗子の体には、肉体を共有する複数の人格が存在していたらしい。まるで部屋を共有するルームメイトのように。
 ミステリで多重人格ものは珍しくないし、トリックを仕掛けるところも大体は似ている。多重人格であることを利用して錯誤を引き起こすのだ。しかしそこまで分かっていてもやはり騙されてしまうし、面白いものは面白い。いや、というか本作品は単純な仕掛けだけに終わらず、巧妙に何重もの罠が仕掛けられているのだから、やはり面白いのにはわけがある。ちょっとゾクッとさせるラストも良い。7.5点。
 

鯨統一郎「隕石誘拐 宮沢賢治の迷宮」 2003年12月10日

 作者初の長編作品で1999年の書き下ろし。「銀河鉄道の夜」を初めとした宮沢賢治の作品に隠された謎と宮沢賢治本人の謎、そして父親が宮沢研究をしていた妻の誘拐事件と魅力たっぷりの力作である。
 
 小説の第一の骨格は、デビュー作「邪馬台国はどこですか?」で見せたのと同じ、事実を下敷きにして意外で突飛な結論を導き出すという論理トリックだ。そして第二の骨格が誘拐事件の犯人や背景に関する謎解きである。それらの骨格の上に、人間関係や細かいエピソードといった小説としてのふくらみを出す肉付けが成されている。
 
 第一の骨格はさすがである。どこまでが事実で、どこからが創作なのか。宮沢賢治があんなに色々と謎を秘めているとは思わなかった(それともそれは作者に騙されているの?)。第二の骨格に関しても、最後まで予想がつかない意外な犯人や、途中経過のサスペンスフルな盛り上がりなど良くできている。問題に思うのは肉付けの部分である。人物造形には少しだけだがしっくりこないところがあるし、「又三郎」を登場させることにも積極的な意義を感じない。あえてリアリティを抑えて空想的にするのは狙いだったのだろうが、ここはむしろもっとリアルに描いた方がさらに良くなっていた気がする。7点。
 

黒川博行「燻り」 2003年12月05日

「燻り」ついていないヤクザの物語だが、なんの仕掛けもなく、ごく短いお話。5点。
「腐れ縁」ラストで、コンピュータをいじってどうやって証拠隠滅できたのかが理解できない。6点。
「地を払う」恐喝をたくらむが、力ずくでねじ伏せられてしまう。6点。
「二兎を追う」二兎というか、ジレンマである。墓穴を掘ってあえなくおじゃん。6.5点。
「夜飛ぶ」生き馬の目を抜く骨董の世界の物語だが、幽体離脱体験の部分は全体から浮いている。6.5点。
「迷い骨」めずらしくこれは犯人側ではなく刑事側から描かれた作品で、意外な真相もある。7点。
「タイト・フォーカス」盗み撮り写真による恐喝の真相は?7点。
「忘れた鍵」初めの記述からは男が共謀すると見せかけて女を騙し裏切る話になるかと思ったら、そこまでもたどり着かずに御用。6点。
「錆」身から出た錆ではあろうが、確かに運も悪い。6点。
 
 以前読んだ「左手首」の感想にも書いたが、全般にどれも小説らしさに乏しい小説である。犯罪ドキュメントか、よいとこ再現ドラマで、フィクションとしての面白味に欠けているのだ。なにがしかの共感を感じることが出来る読者には味わいがあるかもしれないが、そうではない読者に訴えるものは感じない。これが最近の作者の作風となってしまったのだろうか。
 

貫井徳郎「天使の屍」 2003年11月30日

 中学生の息子が近所のマンションから飛び降りて死んだ。親である青木にはまったく不可解で突然の死であった。しかも息子・優馬の体からはLSDが検出される。息子が自殺したとは思えない青木は、優馬の行動の理由を調査し始めるが、そんな中、優馬と仲が良かった友人も相次いで飛び降り自殺を図る。
 
 大人である青木は、良識と強い意志を持った人物ではあるが、ところどころで頼りない。とは言えまあ普通の人である。一方、中学生達が異様にクールで大人びている。そしてその行動と考えは大人には考えも付かない「子供の論理」に基づいているのだ。この「子供の論理」に踏み込んで、事件の真相を明らかにするところがこの物語の核となるのだが、かなり違和感があった。巻末の解説子は、「この論理は、青木に限らず、ある世代以上には、最後まで理解が出来ないかもしれない。」と書いているが、私も理解できなかったひとりである。というか、やはりこれは非現実的か、現実を極端にデフォルメした姿だと思うのだが。7点。
 

大沢在昌「ザ・ジョーカー」 2003年11月27日

 着手金100万で「殺し」以外のすべての仕事を引き受ける闇の世界のプロフェッショナル、通称ジョーカーの始末記。1993年から2002年まで「小説現代」に掲載された全6話が収録されている。
 
「ジョーカーの当惑」この物語の初出は1993年。小型無線機を使っているところは今なら携帯だよなあ。って、どーでも良い感想だが。7点。
「雨とジョーカー」どーでも良い感想その2。新宿鮫の世界とほんのちょっとだけリンクしていた。6.5点。
「ジョーカーの後悔」このシリーズは、巻き込まれ型でどんどん話が大きくなる、という話が多いのかな。7点。
「ジョーカーと革命」もう少し裏というか意外な真相があると面白かったのだが。6.5点。
「ジョーカーとレスラー」ヤクザのお家騒動に巻き込まれたジョーカー。7点。
「ジョーカーの伝説」本書で一番長く、一番哀愁が漂い、一番の力作。ただ、後味があまり良くない。7点。
 

マイクル・クライトン(酒井昭伸・訳)「プレイ−獲物−(上・下)」 2003年11月21日

 スピルバーグ映画「ジュラシック・パーク」の原作者として有名で、書く本書く本すべて映画化されている売れっ子作家の最新作。そう言えば最近「タイムライン」の映画の予告ポスターを見かけた。日本では来年1月公開になるらしい。この作品もきっとすでに映画化が決まっているのだろうな。
 
 「ジュラシック・パーク」と同じく、近未来の人類が達成した最先端技術が、思わぬ災厄を招くというストーリーである。本書で取り上げられたのはナノテクノロジー、つまり原子分子レベルの微小スケールでメカニズムを作り出す技術だ。これに加えて、分散プログラミングのコンピュータ技術、そしておなじみ最先端の生命科学までが取り入れられている。プレイは"Play"ではなく"Prey"、すなわち「獲物、被食者」のことだ。ナノテクで作り上げられ、行動モデルとして捕食者-被食者の関係をプログラムされた、もはや人工生命体と言っても過言ではない微小機械が人間に牙をむく
 
 しかし気になるのが、後半のスウォーム(ナノテクマシンの群れ)の進化ぶりである。前半でこそ、「群れを作るのに高度な知能は必要ない」といった技術的背景が説明されていた。しかし後半になると、スウォームは人に化けられるは、高度な知能で策略を巡らす(あるいは人を操る?)はで、近未来SFとしてのリアリティがどんどん失われてしまった。ナノマシンを人類を脅かすほどの存在に仕立てるためには仕方がない措置だったのかもしれないが。。しかしもちろんハラハラドキドキの展開は最後まで面白い。7点。
 

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