読書日記

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馳星周「不夜城」 2004年06月07日

 第18回吉川英治文学新人賞(1997年)を受賞している作者のデビュー作。「このミス」でも1位に輝いた話題作である。この作者の作品はアンソロジーで短編を読んだことがあったが、長編は今回が初めてだ。
 
 新宿歌舞伎町の裏社会を舞台に台湾・香港・北京・上海の中国系マフィアが入り乱れて繰り広げる勢力争い、そして台湾と日本の混血として微妙な立場に立たされながらも、その闇をもがくように生き抜く健一の姿を軸に描いている。昨今、歌舞伎町とか中国系マフィアとかは実際にもしばしば話題になるところだが、まあフィクションである本書の世界とは一線を画して考えるべきだろう。作品にはかなりの誇張とデフォルメが入っているはずだ。アナザーワールドの歌舞伎町が舞台だと考えておけば良いか。
 
 不足も余分もなく、これ以上にもこれ以下にもならないという芸術的な完成度を持つ作品ではない。しかし小ネタ満載で落としどころに困らない落語ネタのような、別の意味での完成度は高い。本書もやはり、その気になれば短くもできるし長くもできるだろう。しかし決して単調にならず飽きさせない。読後の印象に残るこれぞといった芯があるわけではないが、読み所の連続であった。デビュー作であることにも敬意を表して7.5点。
 

北村薫・有栖川有栖・他「新本格猛虎会の冒険」 2004年06月02日

 東京創元社が熱烈な阪神タイガースファン(ばかりでもないようだが)の推理作家たちを集めて、タイガースに絡めたミステリ書き下ろし作品を収録したという珍品である。タイガースファンは必読だ!(そう言う自分はタイガースファンどころか野球そのものに詳しくないのだけど・・) なお初版が2003年03月、つまりシーズン開幕直前であるが、この年、見事タイガースはリーグ優勝を飾ったのだった。これぞ最大のミステリ!?
 
逢坂剛「阪神タイガースは、絶対優勝するのである!」タイガースへの思い入れたっぷりな本書の序文。
北村薫「五人の王と昇天する男達の謎」有栖川有栖と奥さんを主人公にした、遊び心も入った北村薫らしい日常の謎系。7点。
小森健太朗「一九八五年の言霊」野球史を紐解きながら、なぜ阪神は1985年に優勝できたのか、という謎を解く。6.5点。
エドワード・D・ホック(木村二郎・訳)「黄昏の阪神タイガース」この作者は知らないのだが、一体本書での位置づけは?「短編ミステリの名手」らしいのだが本作の出来は今ひとつ。みな不自然に英語をしゃべるのはなぜか?その辺がミステリ。6点。
白峰良介「虎に捧げる密室」犯人も被害者も刑事も阪神ファン。動機もやっぱり阪神ファン故。7点。
いしいひさいち「犯人・タイガース共犯事件」3ページのショート漫画。いしい氏は表紙やイラストも描いている。6.5点。
黒崎緑「甲子園騒動」本書一番の収穫!しゃべくり探偵シリーズである。謎解きもさることながら、やっぱりこのシリーズは読んでて楽しい!!7.5点。
有栖川有栖「猛虎館の惨劇」金に糸目を付けず虎コレクションを集めた名物屋敷の中で首無し死体で見つかった阪神ファンの男。オチもなかなか。7.5点。
 

黒田研二「白昼蟲 《ハーフリース保育園》推理日誌」 2004年05月28日

 「笑殺魔」に続くハーフリース保育園シリーズ第二作。
 
 この作者の作品はこれまでいくつか読んできて、「トリックは凝っている。ただトリックのためのトリックで、小説として消化できていない」「人物造形が下手」という若干のマイナスイメージがある。いやもちろん、そんなマイナス面ばかりではないことは念を押さなきゃいけない。だからこそ何冊も読んでいるわけである。で、本作であるが同じ印象はやっぱりあった。しかしそんなに気になるほどではなく、とくに後半は出来がよい
 
 望遠鏡で偶然に目撃した何者かの争いと人影の一方が刺される光景。遠く離れた場所で発見された死体。事件に関係がありそうな少年。そしていじめという深刻な問題。帯に貫井徳郎が書いた「トリックと人間ドラマを兼ね備えた作品」は正直ほめすぎの気もするが、それでもミステリの醍醐味であるトリックの妙と意外性を素直に楽しめる作品だった。7点。
 

歌野晶午「家守」 2004年05月26日

 「家」に対する人の妄執をモチーフにした短編集、と書いてある。しかし必ずしも「家」が重要なファクターになっているわけではない気がする。いずれにせよ各作品の質は高い
 
「人形師の家で」人形に異常な愛情を注ぐ人形師。その家で遊んだ子供時代の思い出。母の過去。いろいろな要素が混ざり合いながら、悲劇に彩られた物語を紡ぎ出している。7点。
「家守」序盤の記述と題名から、隠された真相には早くから気が付いた。同工異曲はほかにも見かける。しかし密室殺人の謎や叙述トリックなどとあわせ、大変密度の濃い作品となっていた。7.5点。
「埴生の宿」魅力的な不可思議状況だが、種明かしはわりと普通。でも登場人物の魅力で味わいがある作品。7点。
「鄙」温泉はあるが辺鄙なため、余所から人が訪れることも少ない村で起こった殺人事件。そこに居合わせた官能作家が真相に気が付く。気楽な官能作家の兄と気苦労の多いマネージャの弟というキャラがよい。7.5点。
「転居先不明」二重構造になった推理小説。かつて大量殺人事件があった家を知らずに買わされた夫婦はそのとき。。7点。
 

真保裕一「誘拐の果実」 2004年05月17日

 ふう。久しぶりの真保裕一作品だ。結構な大作で、作者らしい緻密な構成と人生の機微を捉えた描写は健在である。そう言えば偶然だろうけど本作とおおよそ時を同じくして東野圭吾が「ゲームの名は誘拐」という作品を上梓している。まだそちらは読んでいないが、どちらも惹句に「前代未聞の誘拐」などと書かれているあたり、読み比べてみるのも面白そうだ。
 
 さて、本作品では3つの誘拐事件が発生する。まずプロローグとして19年前の乳児誘拐が語られる。そして2002年に立て続けに起こったふたつの誘拐事件。祖父と父親が大病院を経営する17歳の女子高校生が誘拐され、前代未聞の要求が突きつけられる。続けて起こった誘拐事件では19歳の男子大学生がさらわれ、類を見ない形で身代金が要求される。別々の時代あるいは場所で発生したこれらの事件はどの様に関係しているのか。そして犯人の真の目的は何なのか。
 
 中盤はやや理屈っぽさが前面に出てきて物語の展開スピードが緩んでしまう。また、視点が多彩に変化するのも、物語に多様性を与えている反面、読者を物語に引きずり込みにくくしている嫌いがある。しかし最後まで読み終えたとき、登場人物の各々に対して受ける印象と、すべてが明らかにされた誘拐事件の真相は素晴らしい。現実の重苦しさを様々に描き出しながらも、最後には明るい未来を暗示するラストは作者が得意とするところだが、爽やかな読後感は本作品でも十分に味わうことができる。7点。
 

北川歩実「虚ろな感覚」 2004年04月26日

「風の誘い」ちょっとした叙述トリック、そして悪人が報いを受ける結末も良い。7点。
「幻の男」女性二人の押し問答は、どちらが虚でどちらが現実なのか。主人公とともに現実感覚の喪失感が味わえる。7点。
「蜜の味」叙述トリックがばっちり決まっている。ラストはしみじみと、かつホッとさせる。7点。
「侵入者」流行の(?)コンピュータ犯罪を描いた作品。基本線は良いのだが処理の仕方がもう一つかな。6.5点。
「僕はモモイロインコ」本書の中ではわりと普通の味わいの推理小説で、真相はなかなか複雑。7点。
「告白シミュレーション」透明な一日」にも使われた前向性健忘症を、なるほどこう使ったか。どんでん返しが見事。7.5点。
「完璧な塑像」そっくりな女性とストーカーと整形手術。あまりお付き合いしたくない人同士の対決というところがイマイチ。7点。
 

倉知淳「まほろ市の殺人 春―無節操な死人」 2004年04月21日

 祥伝社文庫の競作「幻想都市の四季」シリーズ4作品の内のひとつ。以前に、麻耶雄嵩「まほろ市の殺人 秋―闇雲A子と憂鬱刑事」を読んだ。
 
 同じ「まほろ市」を舞台にしながらも、麻耶氏の作品とはだいぶ印象が異なって、わりとオーソドックスな推理小説である。幽霊の痴漢にあった話、マンションの7階のテラスにぶら下がっていた不審者を思わず突き落としたのに何の痕跡も残っていなかった事件、そしてその不審者が離れた場所でバラバラ死体で発見されるという不可解な出来事。他にもいくつかの伏線があり、この不思議な事件を結びつけてトリッキーな真相に導く
 
 伏線の使い方や登場人物キャラに不完全燃焼の気味がある。しかし大学生の主人公とじゃじゃ馬彼女、その弟で探偵(←安楽椅子系)役のキャラなど、雰囲気は結構良い。うまくすればシリーズ化しても良いくらいに思う分、ちょっともの足りなかった。中編という枠のため仕方なかったのか。7点。
 

東直己「逆襲」 2004年04月19日

「春休み」三年に進級を控えた春休みに、ちょっとばかり退屈気味の高校生が、馬鹿で危険な冒険を試みる。6.5点。
「気楽な女」いくつか想像は出来るのだけど、それでもオチがよく分からない。。6点。
「人ごろし殺人事件」ブラックな結末。ありがちではあるが。6.5点。
「本物」長い時を隔てて思い出される秘話。構成上、展開がもたつく感はあるが、ちょっとしみじみとさせる。7点。
「渋多喜村UFO騒動」オチはストレート。老人の村で持ち上がったUFO騒動と殺人事件を結ぶ線とは。6.5点。
「守護神」またも老人もの。ストーリー展開はとても分かりやすいが、お爺ちゃんの愛情の深さにジンと来る。7.5点。
「安売り王を狙え」ミステリ好きな間抜けで憎めない二人組みが企てた詐欺犯罪の顛末。落語みたいなお話だ。7点。
「逆襲」これも落語っぽい。新作落語に仕立て直せそう。大体タイコモチなんて今どき落語でしかお目にかかれないし。7.5点。
 

天藤真「われら殺人者」 2004年04月09日

 創元推理文庫の天藤真推理小説全集(14)ジュブナイル三作品を含む短編作品集。
 
「夜は三たび死の時を鳴らす」最初は普通の小説だったが最後の2ページで犯人当てクイズになった。6.5点。
「金瓶梅殺人事件」劇団内部で起こった連続殺人。主人公にあまり感情移入できない分スッキリしない面が残るが真相は意外。6.5点。
「白昼の恐怖」短くスピーディにまとまったジュブナイルの佳作。7点。
「幻の叫ぶ声」中学生の千葉井霙(変な名前だが意味がある)が活躍する誘拐・失踪事件あるいは青春物語。7点。
「完全なる離婚」離婚仕掛け人の真のもくろみは?あり得そうもない話ではあるがお話としては面白い。7点。
「恐怖の山荘」中学生グループが逃走中のギャングに遭遇。意外な展開あり、サスペンスありの典型的模範的なジュブナイル小説。7点。
「袋小路」地味ではあるが、証言の裏から真相がじわりと姿を現す正統派の推理小説。7点。
「われら殺人者」本書の表題作。恨みによる殺人を計画した4人だったが、結末は意外な方向に。7点。
「真説・赤城山」国定忠治の別解釈物語?オリジナルストーリーを知らないのだが、面白かった。7点。
「崖下の家」最後の一行に込められた衝撃。ただそれでは納得いかない点もある。7点。
「悪徳の果て」悪徳医師が隠していた事件の真相。法廷劇的な面白さもあった。6.5点。
 

鯨統一郎「ふたりのシンデレラ」 2004年03月30日

 「私はこの事件の証人であり犯人であり、犠牲者で探偵でもある。さらにワトソン役で記録者なのに容疑者で共犯者なのだ…。」無茶と言えば無茶な設定であろう。しかし興味を惹きつけることは間違いない。はたして何が起こるのか・・。
 
 基本的なストーリーはわりとオーソドックスである。ある劇団のメンバー9人が稽古合宿のために島に渡る。そこで事件が起こり、一人が遺体で発見され、一人が行方不明となり、最後の一人が記憶喪失になる。記憶喪失というのもミステリではオーソドックスな設定であり、ははあ、たぶんああいうトリックを仕掛けているのだな、と何となく予想が付く。
 
 どんなカラクリがあるのか興味津々で読み進め、そして真相が判明するラストへ。たしかに冒頭の宣言通り、ある人物が、証人であり犯人であり、犠牲者で探偵でワトソン役で容疑者で共犯者であった。そこに持って行くためにはやはりいくつかの点で多少の無理もあるのだが、そこを押してでもこんな無茶を実現してしまったところに拍手を送りたい。7点。
 

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