読書日記

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東野圭吾「ちゃれんじ?」 2005年06月30日

 そういえばもう何年もスキーに行っていない。行っていない間に、いつの間にかスキーの主流はカービングスキーになってしまっているようだが、スノーボード人気はもう不動なのだろうな。スノーボードが流行りだした頃には、スキーヤーがスキー服のままちょっと試してみるという光景も多く見られたが、もうそんなことは出来ないだろう。というわけで自分にとってスノーボードは敷居が高くなってしまったのだが、世の中には若いとは言えない年齢になってから果敢に挑戦する人もいるわけだ。
 
 本書は東野圭吾のエッセイをまとめたもので、メインとなるのは中年になってから始めたスノーボードにまつわる話である。作者の入れ込みぶりは目を見張るほどで、本人曰く「おっさんスノーボーダー」の誕生と成長がつまびらかに書かれている。この熱意と、文章からうかがえる上達ぶりには完全に脱帽である。エッセイはときどき脱線してカーリングの話になったり、ジムに通い出した話になったり、阪神タイガースの話もあったりする。「レイクサイド」映画化で撮影現場を尋ねた話や、スキー・スノーボード系作家仲間の話なども興味深い。ちょっとだけ小説も挟み込まれていて東野圭吾ファンなら存分に楽しめる一冊だ。7点。
 

高千穂遙「ダーティペアの大復活」 2005年06月29日

 ダーティペア・シリーズ第5弾。本シリーズは一旦は4作で終了していたので大変嬉しい復活である。ちなみに4作目と5作目の間に「ダーティペア 独裁者の遺産」が外伝として出ている。またコンセプトは残しながらも新しい設定になった「FLASH」シリーズが何冊か出ている(が、こちらは一作目を読んでがっかりした)。
 
 前作で冷凍睡眠に入って宇宙をさまよっていたふたりは、バイオボーグ(クローニングとサイボーグ技術で生み出された人造人間)のフローラに目覚めさせられる。彼女に聞いた話は驚愕すべきものであった。ふたりが冷凍睡眠している間に153年の時が流れ、人類は最終戦争の末ほとんど滅亡してしまっていたのだ!張りめぐらされた防御システムのためフローラは近付けないが、ある星で百数十人の人類が生き残り、冷凍睡眠していることを聞いたダーティペアのふたりは、人類を滅亡の危機から救うため(あるいはふたりだけで寂しい余生を送るのを避けるため?)立ち上がる。
 
 ダーティペアは健在だった!面白い。厳しく評価を付ければ、ストーリーにはこれといったひねりもなく、SFとして斬新なアイデアが盛り込まれているわけでもないのだが、それでも面白い。独特のノリとスピード感のある痛快な展開。「偉大なるマンネリ」という言葉もあるが、エンターテインメントというのは、なにも必ずしも目新しさを追わなくても良いのだなあ、と知らされた。7.5点。
 

東直己「義八郎商店街」 2005年06月27日

 義八郎商店街という変わった名前の商店街は、地上げの危機など幾多のピンチを商店主たちが自力で乗り越えてきた伝統を持つ由緒ある商店街である。商店の顔触れは老人が多いのだが、みなそれぞれ何かの武術を身に付けており武闘派商店街として知られていた。近くの公園には商店街の名前を取って義八郎と呼ばれているホームレスが住んでいる。ホームレスとは言え、いつも身綺麗にし、商店街の掃除に精を出す義八郎は、商店街の皆にとっても仲間であった。
 
 そんな商店街を舞台にした連作集である。バイタリティ溢れるお年寄りがたくさん出てくるあたりが、少しだけ清水義範の「やっとかめ探偵団シリーズ」を思い起こさせる。しかし話の傾向はちょっと、いや、後半になるほどかなり違ってくる。何か不穏な事件が起こり、しかしその多くは不思議な力でうまく収まるというのが主なパターンだ。不思議な現象は義八郎が絡んでいるらしいのだが最初のうちは謎である。物語の雰囲気的にはいい味を出しているのだが、事件の解決に至る展開が、ともかく不思議な力が働きました、というだけで小説的な面白味に欠ける。それに大抵の話は丸く収まるのだが、中にはバッドエンド的な話もあってそれは後味が悪い。
 
 さて、終盤で義八郎が何者なのか明らかになり、義八郎商店街の謎も明かされるのだが、ちょっと中途半端な感じだ。そして、敵役というか悪役も登場するのだがこちらはかなり説明不足だし、なにより結局、悪役の勝ちのまま終わってしまうのがいただけない。雰囲気は良いのだから、個別の話も全体も、ぜんぶハッピーエンド的にまとめてあればもっと楽しめたのだがなあ。6.5点。
 

鯨統一郎「新・世界の七不思議」 2005年06月24日

 コペルニクス的転回による歴史の新解釈で読者を驚かせた「邪馬台国はどこですか?」の続編。うらぶれたバーで毎夜繰り広げられる歴史学者・早乙女静香と雑誌ライターの宮田六郎の熱いバトル(いや、宮田はクールだが)は、今回、世界の七不思議の謎を解き明かす。「アトランティス大陸の不思議」「ストーンヘンジの不思議」「ピラミッドの不思議」「ノアの方舟の不思議」「始皇帝の不思議」「ナスカの地上絵の不思議」「モアイ像の不思議」の計7編を収録。
 
 「邪馬台国」で見せた論理の冴えは健在だった。そりゃやはり素人目でも無理が分かるところも多少はあるが、全体としてはそれなりの整合性があり、とんでもない結論なのに、これで合ってるんじゃない?と思わせるだけの説得力があるのだ。専門家の知識があれば別だろうが、読者の大半は、むむむ、と唸ってしまうこと間違いなしである。「邪馬台国」路線と言うことで、前作で受けた衝撃的な斬新さこそ無くなったものの、またこのシリーズを読めたというのは嬉しい限りである。7点。
 

五十嵐貴久「Fake」 2005年06月18日

 五十嵐貴久は今もっとも気になる作家のひとりである。これで現在刊行されている五十嵐貴久の本はすべて読んでしまったかな。
 
 私立探偵の主人公・宮本は、美術の才能はあるが学科はさっぱりの「バカ」である浪人生・昌史を東京芸大に合格させるよう頼み込まれる。宮本は、亡き友人の娘で現役東大生の加奈とともに、完璧なカンニング作戦を実行に移すが、なぜか不正が露見してしまう。実はカンニングの依頼自体が地上げに邪魔なある区議会議員を陥れるためのフェイクだったのだ。事件の後になって、偶然から背景と黒幕・沢田の存在を知った宮本は、沢田が経営するカジノから10億円を掠め取るリベンジを計画する。もちろん正攻法は使えない。入念で壮大な仕掛けを施したイカサマポーカーを仕掛け、絶対に負けない勝負を挑むのだ。
 
 騙し騙されのスリル満点で、読者は何かが仕掛けられていることは分かるが、何が仕掛けてあるのかつねにドキドキの状態だ。前にも一度書いたが、優れた手品と同じで、こういうのはやみつきになる面白さがある。最後、主人公が絶体絶命のピンチに陥り、完全な敗北かと思わせておいて大どんでん返しがあるストーリーは、バレバレの展開なのだが、それでもやはり痛快である。極上のエンタテインメント小説。7.5点。
 

斎藤純「銀輪の覇者」 2005年06月15日

 だんだん世の中がきな臭くなってきている昭和9年。国威発揚の手段としてオリンピックに出場するため、自転車競技は、プロからアマチュアへの転換を国を挙げて推進していた。そんな時代、アマチュア化の時流に反して巨額の賞金がかかった自転車レースが開催される。下関から青森まで本州を縦断しようという壮大なレースである。レースに対する妨害や、軍部なども絡んだ思惑が入り乱れ、さらに巨額の賞金獲得を目指した参加選手も多種多様、さまざまな背景を持つ人物が集まってくる。波乱必至の自転車レースの結末は?
 
 「岩手日報」に新聞連載されたのち加筆されて出版された作品だ。作者は短篇「ル・ジタン」で、第47回日本推理作家協会賞を1994年に受賞している方。読むのは初めてだ。
 
 読み始めは登場人物が多すぎる上、誰が誰だかぼやかすような書き方をしているせいでやや混乱したが、次第に視点が定まり、それとともに物語にグイグイと引き込まれていった。かつてチェロ奏者を目指してフランス留学していたが、ある事件のために夢をあきらめ、その後はツール・ド・フランスなど自転車レースに出場していた過去を持つ主人公・響木をはじめ、それぞれの登場人物がみな魅力的で、それぞれの物語ひとつひとつが丁寧に描かれていた
 
 日常生活の道具としてのそれならともかく、スポーツとしての自転車は一般的にもわりとマイナーな存在だと思うが、競技自転車のことなど何も知らない自分でもとても楽しめた。自転車に限らずスポーツは、すべてを超越して輝いて見える瞬間があるものだ。ともすれば暗くなりがちな背景を持つストーリーなのだが、爽やかな気持ちで読み終えた。7.5点。
 

西澤保彦「パズラー −謎と論理のエンタテインメント−」 2005年06月08日

 2003年12月に亡くなった都築道夫氏へ捧げられている。西澤保彦には珍しい、というか実は初めてのノンシリーズ短編集である。このように題しただけはあって、どれも優れたパズラーである。その上ブンガク的な匂いを漂わす作品もあったりして、作者の新たな一面を見たような気になる作品集だ。
 
「蓮華の花」パズルだけでなく、読後の余韻の中で人生とは何かまで思いを馳せさせる深みも持った作品。7.5点。
「卵が割れた後で」舞台はアメリカ。マトリョーシカの様に、真相と思った中からさらに真相が現れる秀逸なパズラー。7.5点。
「時計じかけの小鳥」高校に入ったばかりの女子高生が小学生時代に経験した事件の謎解き。そして主人公の成長物語でもある。7点。
「贋作「退職刑事」」都築道夫氏の「退職刑事」のパスティーシュということらしい。リタイアした刑事が現職の刑事である息子から話を聞いて事件の真相を見抜くお話。6.5点。
「チープ・トリック」再び舞台はアメリカ。オカルティックな事件の真相は?トリックがあまり現実的ではないのが残念。7点。
「アリバイ・ジ・アンビバレンス」パズルとしては面白いが、背景の心理には無理があるかな。7点。
 

我孫子武丸「弥勒の掌」 2005年06月02日

 我孫子武丸氏の久しぶりの新作だ。期待して読み始める。期待を裏切らないクオリティだ。そして最終章。うーん、こうなるかあ…。
 
 我孫子武丸というと、どうしてもあまりありふれたものではない作品を予想してしまう。ところが読み始めるとわりと普通である。ただし予想は外れたが、期待は外していない。オーソドックスではあるが、あやしげな新興宗教がらみの、正当派で端正なサスペンスである。途中までは…
 
 問題は最後の章だ。結末が問題である。べつに解き残した謎は無いし、ストーリーとしてはちゃんと終わっているのだが、思い切り不完全燃焼というか、消化不良感が残る。意外性はある。しかし、ラストの意外性は優れた小説の要素のひとつだが、「意外」=「満足感を得られる」わけではない。やはりどんな風に意外なのかが重要なのだ。ネタばれになるので具体的には書けないが、例えて言うなら、開けてみた福袋の中身が、不良品や粗悪品が入っていたわけではないけれど、どれも自分には必要ないものばかりだった、みたいな不満が残ってしまった。こういう構成の意義に評論家然として意味付けすることは可能かもしれないが(実際巻末に評論が収められている)、やはり素直に受け止めれば、ただ面白くないし、作者が力尽きて無理矢理終わらせただけのように思える。6.5点。
 

舞城王太郎「阿修羅ガール」 2005年05月31日

 第16回(2003年)三島由紀夫賞受賞作品。作者は第19回(2001)メフィスト賞を「煙か土か食い物」で受賞してデビューした、最近注目株らしい作家。三島賞受賞パーティーでも会場に姿を見せず、メッセージを編集者が代読したという覆面作家である。
 
 舞城王太郎というちょっと大仰な作者の名前や、「阿修羅ガール」という日常的ではないがポップな感じはする題名などからなんとなく想像できるとおりの、一風変わった舞城王太郎ワールドがとことん広がっている。なんだこりゃと言えばなんだこりゃな作品であるが、前衛的なわりにはけっこう読みやすいし、勢いもある。はまる人ははまる作風だ。自分はどちらかというとそういうのは苦手な方なのだが、思っていたよりはすんなりと読めた。ただ一般論から言えば、こういう先端的な文芸作品って、娯楽小説以上に消耗品で、20年先には完全に色褪せてしまうものだと感じる。そういうところがやはり苦手ではある。
 
 第一部は主人公の女子高生視点から見た日常。日常といっても事件は起こるし、あまり日常的ではない主人公のフィルターを通して見た世界という感じだ。主人公は一言で表現すれば今風の女子高生で、作者独自の人物像の様でいて案外ステレオタイプな気もする。第二部はいきなり日常からぶっ飛んだ空想的世界。混沌とした夢の中といった風情で、制約をかけず空想を広げている分、生き生きとしており、本書の一番の読み所といえる。この類は下手な人が書くと退屈極まりないのだが、これだけ読ませるのは筆力によるものか、あるいはセンスの問題なのか。第三部で物語の収束と着地を見るのだが、ここはやや残念。まとまりを付けてはいるが、完璧に理に落とすわけでもないし、二部のように躍動感のある空想の広がりが見られるわけでもなく、どちら付かずの中途半端な印象を受けた。ということで、全体に対する感想を述べると、好んでたくさん読みたいとは思わないが、ときどきこんなのを読んでみるのは適度な刺激となって悪くない。7点。
 

西澤保彦「生贄を抱く夜」 2005年05月28日

 <チョーモンイン>神麻嗣子シリーズ第7弾の短編集。シリーズものだが、作者本人もあとがきで書いているようにレギュラー陣の影は薄い。ただでさえレギュラー登場人物が増えすぎているのに。。
 
「一本気心中」エキセントリックな性格が引き起こした心中事件。犯人らのエキセントリックな性格で事件の骨格を作るのは作者の得意技である。7点。
「もつれて消える」あれ、馴染みのキャラが登場しないし、超能力は…。あ、あれか。いきなり最初の一行が伏線だった。6.5点。
「殺し合い」世の中の理不尽が集中して迎えるのは超バッドエンド。6.5点。
「生贄を抱く夜」これもエキセントリックな性格をした犯人の手による、テレポーテーションを利用した犯罪パズル。7点。
「動く刺青」念写能力で覗き見た部屋のある不可解な現象の謎。念写の説明が伏線になっているのだが、偶然の要素が強いなあ。7点。
「共喰い」恐っ。とんでもない偶然が引き起こした奇妙な事件。いやでも、いくら何でも偶然が過ぎるだろう。6.5点。
「情熱と無駄のあいだ」本編のみ書き下ろし。通常の一編と受け止めると本を壁に投げつけたくなる話だが、巻末の水玉螢之丞さんのマンガと同じく、ギャグも入ったお遊びの番外編と受け止めれば面白い。6.5点。
 

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