読書日記

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井上夢人「the TEAM」 2006年05月19日

 世にインチキ霊能師や占い師の類は数多い。で、本書はまさにその「インチキ霊導師」のチームが主人公である。TV番組にレギュラーコーナーを持ち、人気の霊導師・能城あや子。その的確な「霊視」の秘密は彼女をサポートする秘密のチームによる綿密な調査にあった。
 
 インチキ霊導師といっても、現実に多い輩とは違って、相談者を食い物にしたり金儲けに走ったりはしない。逆に利益など度外視の調査をもとにして隠された事実を明らかにし、相談者の悩みを解決して行く。チームの面々はみな合理的な考えの持ち主で霊など最初から信じてはいない。この物語にでてくるほどの完璧な事前調査というカラクリは現実的ではないが、霊能者やら超常現象など一見信憑性があるように見えても実際は何かのカラクリが隠されている世界を、本書は舞台裏の視点から描いていると言える。
 
 連作短編の形式になっているが、各話ごとの物語の出来も良く、人気の霊導師チームという設定の奇抜さとともに、久々の井上夢人作品は十分楽しめた。このままシリーズで続けても良いくらいだと思ったが、最後の方の話でどうやら終幕となったようだ。ふと思ったが、本作は半年くらいの連続テレビドラマとかに持ってこいの素材になりそうだ。7.5点。
 

西澤保彦「フェティッシュ」 2006年05月15日

 黒タイツフェチだとか美しい手のフェチだとか、そんなのがたくさん出てくる。だが、突き詰めると彼らが何かのフェチであることは物語上とくに重要ではない。結局のところ、本作の雰囲気と方向性を決定しているのは、彼らが単なるフェチストにとどまらずに精神のバランスを崩してしまっているということだ。それにしても西澤保彦はこの手のメンタリティを描くのが好きな作家である。題名に冠してこうまで前面に押し出していなくても、似たようなキャラが出てくる作品は最近多いと思う。
 
 さて、ともかくも、特異体質を持つ謎の美少年を軸にして、そこに精神面に爆弾を抱えた人々がそれぞれに関わることで物語が進んでいく。ネタばれだが読者の予測の範囲内なので書いてしまうと、細かく視点が変わる章立ては時系列のトリックになっている。しかし別に驚くようなものではなく、一応ミステリらしく入れてみました、というところだろう。もう少しミステリらしい仕掛けやどんでん返しを期待したのだが、ラストはむしろグズグズになってしまった。残念。どうも最近の西澤保彦は昔の作風からどんどん離れていっている気がする。「七回死んだ男」を超える傑作の登場を待ちわびているのだが。。6.5点。
 

伊坂幸太郎「チルドレン」 2006年05月10日

 著者曰く「短編集のふりをした長編小説です」。なるほど登場人物が共通していて、それぞれの話が緩やかに関連している。勝手気ままな陣内や、盲目で探偵役の(ということは本書はミステリか)永瀬などそろって魅力的な登場人物を配した連作短編集である。
 
「バンク」警察が無能すぎるし、いろいろな意味でありえないのだが、帯にあるとおり「ばかばかしくて格好よい物語」だ。7点。
「チルドレン」万引きを捕まって家裁を訪れた"少年"とその"父親"の真相。最後の節は蛇足ではないかなあ。7点。
「レトリーバー」一応本書をミステリに分類するなら一番ミステリらしいのがこれだ。日常の謎的で、とっても奇妙な出来事の真相は?7.5点。
「チルドレン2」結末はできすぎだと思うが、こんなことがあってもいいかなと思わせる。7.5点。
「イン」「謎」は分かりやすいと思うのだが、なぜなかなか永瀬が気付かないのか不思議。最後は前の話とつながるエピソード。7点。
 

法月綸太郎「生首に聞いてみろ」 2006年05月06日

 ええっ、長編は約10年ぶり!?法月綸太郎の待望の新作となった本書は、首を長くして待たされたのも効いたのか(?)たいへんな好評をもって迎えられ、2004年の「このミステリーがすごい!」第一位、「本格ミステリ・ベスト10」第一位、「週刊文春ミステリーベスト10」第二位。翌年の東野圭吾「容疑者Xの献身」に肩を並べる評価を受けた。第5回本格ミステリ大賞(2005年)を受賞。それにしてもこの題名がまた、ちょっと奇抜で印象に残る。
 
 著名な彫刻家・川島伊作の死去によって遺された、一人娘から石膏で直接型を取った、伊作の集大成とも言える作品。その石膏像の首が切断され、アトリエから持ち去られているのが発見される。伊作の弟から相談を受けた綸太郎は事件の調査を始めるのだが、それはまだ悲劇の幕開けを知らせるものに過ぎなかった。
 
 人間関係が複雑で、全体を把握するのにいささか苦労した。しかし実はまさにその辺りが事件の肝になっている。複雑なロジックの本格推理が好きな人には読み応えのある作品だろう。逆にごくふつうの読者の目には分かりにくくて地味に映るかもしれない。地味といえばラストシーンも地味というか、余韻は残るが、理不尽な世の中を痛感させて、ズーンと重たいものを心に残してフェイドアウトするような終わり方だ。作者のこれまでの作品と傾向を知っている人なら、いかにも法月綸太郎らしい、と感じるラストである。7.5点。
 

福井晴敏「終戦のローレライ」 2006年05月01日

 作者は「Twelve Y. O.」で第44回江戸川乱歩賞を受賞(1998年)。1999年発表の「亡国のイージス」で第53回日本推理作家協会賞、第18回日本冒険小説協会大賞、大藪春彦賞をトリプル受賞。そして2002年発表の本作「終戦のローレライ」で第24回(2003年)吉川英治文学新人賞、第21回日本冒険小説協会大賞を受賞している。2005年には「ローレライ」「イージス」そして半村良作品の翻案作品「戦国自衛隊1549」が相次いで映画化されるなど、今もっとも勢いのある作家の一人だろう。私が読むのは本作が初めて。
 
 第二次世界大戦の末期、すでに敗北したナチスドイツから秘密兵器「ローレライ」を手に入れ、日本の終戦工作に利用しようという謀略が進行していた。これを指揮する浅倉大佐に集められた潜水艦乗りの面々の中には、17歳の折笠征人も含まれていた。国家と戦争という大波に揉まれながらも、彼らは必至に自分たちのとるべき道を探り、闘い続ける。彼らが命がけで得られるものは何なのか、あるいは何を失うのか。
 
 二段組みで文字がギッシリ詰まった、上下巻あわせて1000ページを超える大作である(文庫は全4巻)。実際、読み終えるまでにかなり時間が掛かった。重厚長大な文章はこの人の作風であろうか。もちろん読みにくいということは一切無いのだが、とにかく密度の濃い文章が続く。ストーリー自体も、上巻だけで終わらせることも十分可能なほどの密度の高さで、これをどうやったら2,3時間の映画作品(もちろん未見)に出来るのかまったく不思議なくらいである。潜水艦による戦闘の描写にしても、軍事マニアならぬふつうの読者には無用と思えるほど、細部に至るまで丁寧に描いている。ともかく全体が、時には蛇足と思えるほど重厚に固められているのだが、これはきっと仕事のために文章を捻り出すなどというのとは正反対に、作者が筆からほとばしるままに書いていった結果なのだろう。作者の作品にかける並々ならぬ思い入れが伝わる。7.5点。
 

伊坂幸太郎「グラスホッパー」 2006年04月07日

 本書もやはり例に漏れず伊坂ワールド全開といった風。本質のところでは現実の世界をしっかり反映しながらも、現実感が非常に希薄なのが、この人が描く物語の世界の特徴だ。リアルな世界をすりガラス一枚隔てて見せられているような感覚がある。本作でもやはり肌に直に触れるような現実感は無く、一歩も二歩も引いたところから眺めるようにして奇妙な物語が進んでいく。
 
 物語の構成が、前回読んだ「ラッシュライフ」と似たつくりになっており、タイプの違う殺し屋ふたりと、妻の復讐をしたい男の三人を交互に描きながらストーリーが展開して行く。そしてはじめはバラバラだった各々の軌跡がやがて交差し始めて、ついに収束するとき何が起こるのか。。
 
 ストーリーとしてはまあ何と言うこともないお話だ。ただ、登場人物の考えることやセリフのひとつひとつの味わいが深い。そのうち伊坂語録集とかまとめたりするとけっこう楽しめるだろう(もしかしてもう誰かがやっていたりするかな…)。7点。
 

倉知淳「放課後探偵」 2006年04月01日

 “かつて子どもだったあなたと少年少女のための−ミステリーランド”シリーズから出た一冊。例によって小学校高学年(くらい?)向きの体裁で、文字は大きめでふりがな付きである。実のところこのシリーズの読者って、どのくらいの割合が子供なのだろう。本屋では大人向け書籍のコーナーで見かけたが、子供向けのコーナーにも置いてあるのかな?
 
 さて、本書は推理小説が好きな小学5年生のぼく(藤原高時)が、やはり推理小説好きの龍之介君と、さらに女の子ふたりを加えた計3人の友達とともに、クラスで発生した連続消失事件の謎の解明に挑むお話である。消えたものは大抵があまり大事にされていない「不要物」ばかり。でも世話係の女の子が大事に飼っていた鶏の三太は、閉じられた飼育小屋の中から煙のように消え去り、まさに推理小説の「不可能状況」なのだった。
 
 最初、ミステリ初心者の子供向けなら許せなくもないというオーソドックスで分かりやすい「真相」を出してくる。しかしもちろんそのままでは終わらない。解決したと思ったそのすぐそばからさらなる「真相」が出てくるので、ミステリ読みの大人もちゃんと納得である。それはともかく、探偵役をつとめる、人を食った性格で背が低くて小動物を連想させる龍之介君のキャラは…。彼があこがれる叔父さんってもしかして!? 7点。
 

垣根涼介「サウダージ」 2006年03月29日

 「ヒートアイランド」「ギャングスター・レッスン」の姉妹編。続編ではなく姉妹編なのはアキたちの「仕事」がメインの話ではないからだ。本書ではかつて柿沢の仕事仲間だったある男にスポットが当てられている。とは言えそれでも、半分くらいはアキの成長物語になっているから、続編と言っても間違いではないだろう。
 
 さて、アキや桃井が加わる前のメンバーであった関根和明は、本名は高木耕一という日系ブラジル人である。幼少時代を「ワイルド・ソウル」に描かれていたような日系移民の悲哀の中で過ごし、日本に来てからも不遇な環境で成長した彼は、荒んだ性格のために、むかし柿沢から手を切られたのだった。その耕一が偶然、大金が絡むヤクザの取引情報を掴む。自分だけでは処理しきれないと考えた彼は柿沢に話を持ち込む。見過ごすには惜しい大きな仕事に、柿沢は条件付きで引き受ける。
 
 性格が荒んでいるとは言え、同情すべき点も多い彼のもっとも憎めないところは、コロンビアから出稼ぎに出てきた美人で馬鹿な女DDに結局振り回されっぱなしな所だ。そのDDにしても、実にわがままで愚かな女なのだが、情に厚く感情豊かな彼女もやはり憎めない。彼らがたどる運命が本書の焦点のひとつだ。そしてもうひとつ、まだ若いアキが初めて経験する「本当の恋愛」の行方。このシリーズはきっとまだ続くと思うが、次作が待ち遠しい。7.5点。
 

垣根涼介「ギャングスター・レッスン」 2006年03月24日

 「ヒートアイランド」の続編。前作の最後で、アキは裏金専門の泥棒のプロフェッショナルであるクールな柿沢と陽気な桃井のふたりから仲間にスカウトされた。前作の事件から一年後、仲間になることを決心したアキの泥棒修行が始まる
 
 ひとつの大きな事件を描き込んだ前作とは異なり、アキが少しずつプロとしての技術と知識を身に付けていく様子をステップごとに追いかけていくという構成である。各章もLesson1, 2…と題され、それぞれでは3人以外の脇役やそのサイドストーリーが盛り込まれていたりする。Lesson4に登場するどことなく憎めないヤクザがなかなか良くて、作者自身も印象に残ったのか、本書の最後にはこのヤクザを中心に据えたおまけのストーリーが追加されている。
 
 前作に比べると軽いわりには、エンターテインメント性は十分である。適度に見せ場を設け、大沢在昌あたりが得意とするようなノリでテンポよく読ませられた。7.5点。
 

石持浅海「セリヌンティウスの舟」 2006年03月21日

 セリヌンティウスは「走れメロス」に出てくる、メロスの身代わりとなった友人の名前である。石垣島へのダイビングツアーに参加していた男女6名が天候不良で遭難しかかった。大時化の海に揉まれながら互いの身体をつかみあって九死に一生を得た彼らは、親兄弟以上に強い絆で結ばれた、生涯にわたる仲間となったことをお互いに感じていた。しかしその後、6人が一堂に会したある夜に、6人のひとり、美月が青酸カリをあおって自殺してしまう。気持ちの整理が付かない5人は再び集まり、そこで美月の死に不自然な点を発見する。美月は果たして自殺だったのか?深い信頼関係で結ばれているはずの彼らの中に、美月の死に関係していた者がいるのか?
 
 ストーリーのほとんどが、彼らが集まったマンションの一室で代わる代わる推理を述べ合う形で進んでいく。ちょっと西澤保彦っぽい流れだ。ただ、推理が延々と続くのだが、多少の違和感を常に感じていた。ここが致命的だ、という所があるわけではないのだが、至る所で少しずつ無理がある。題名にしても「メロス」を持ち出してくるのはあまり素直な連想とは思えず、いささかこじつけっぽい。というわけでちょっとスッキリしないのだが、この手の推理ロジックがお好みの人なら読んでも損はない。6.5点。
 

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