読書日記

INDEXページへ

歌野晶午「そして名探偵は生まれた」 2006年01月05日

 表題作のほか、祥伝社文庫で既刊の2作品『生存者、一名』『館という名の楽園で』を収録。
 
 表題作「そして名探偵は生まれた」について。東野圭吾に「名探偵の掟」という作品があるが、本作も手法は違えど、本格推理小説の世界と現実世界の解離を俎上にのせて調理しているという点で共通している。本書に登場するのは典型的な「名探偵」なのだが、推理を離れたら人間的に問題アリ、という人物。そこにワトソン役としてミステリマニアの助手が加わり、意外な結末へ…。構成としては「館という名の楽園で」同様、ストレートな本格ストーリーに、それを包含するもうひとつのストーリーを被せたという格好だ。7点。
 
 何年も前の既刊作品を合わせて単行本の新刊とするのはちょっとセコいような気もするが、「葉桜」以降、歌野晶午は相当売れているようだから、商売的には理解できる。さらに、改めて既作品を見直すと、本格あるいは本格をちょっと斜めから見たような作品で、新作も含めて互いにうまくマッチしている。すでに2冊を文庫で買ってた人にはどうかと思うが、そうでない人にはお薦めできる一冊だ。そのうち三作品を含んだ形でも文庫化されるのだろうか。
 

垣根涼介「ヒートアイランド」 2006年01月04日

 もっぱら表には出せない裏金を狙って現金強奪を行うプロの強盗3人組が、ヤクザが経営するカジノから巨額の売上金を奪った。ところがトラブルで現金の一部が入ったバッグをストリートギャングの若者ふたりに持ち逃げされてしまう。一方、持ち逃げした若者は予想外の大金が詰まったバッグに驚いて、所属するグループ「雅」のリーダー・アキとその相棒カオルに相談する。プロの強盗は現金奪還を目指し、カジノを襲われた暴力団組織もアキたちを追う。さらに縄張り拡大を狙う近隣のヤクザも首を突っ込んできて、ピンチに追い込まれたアキはある計画を立てる。
 
 それぞれの思惑が複雑に絡み合いながら、1つのストーリーを作り上げていくプロットは秀逸。また、街でケンカパティーを主催して稼ぐアキとカオルのコンビはもちろん、強盗のプロたちのキャラもすばらしく魅力的に描かれている。皆、あまりまっとうな生き方はしていないが、決してワルではなく、少し影のある過去と、しっかりとした人生哲学を持って日々を歩んでいるのだ。そんな彼らの颯爽とした活躍ぶりが気持ちがよく、続きが読みたくなる傑作だ。・・と思う読者も多かったのか、続編あるいは姉妹編として、「ギャングスター・レッスン」「サウダージ」の二作がすでに上梓されているようだ。7.5点。
 

真保裕一「真夜中の神話」 2005年12月24日

 夫と娘を事故で失い、自分に責任の一端があると感じてそれまでの仕事から身を引いてしまった栂原晃子。インドネシアでアニマル・セラピーを研究するようになった晃子が乗った飛行機が墜落する。九死に一生を得た晃子は森深い山奥の村で住民らに特異な治療を受け、奇跡的な回復を果たす。街に戻った晃子はその村が付近の住民からは吸血鬼の村として恐れられていることを知った。折しもインドネシア国内では、胸に杭を打たれ首を切られるなど、吸血鬼退治を思わせる連続殺人事件が起こっていた。
 
 謎に包まれた村の存在と、現代医学では説明できない治療を可能にする少女の歌声。晃子の友人で「奇蹟」を自身の研究に結びつけたい桐生や宣教師であるダーマン神父、どことなく胡乱なジャーナリスト・グッツォーニを伴い、晃子は再び村に向かう。
 
 雑誌連載ものにありがちな欠点だが、前半は展開がもたついて今ひとつ盛り上がりに欠ける。長すぎるプロローグといった印象である。しかし後半にようやく冒険活劇らしくなり、終盤で一気に盛り上がった。意外性もある。「奇蹟」の解明も、まあよくよく考えればいろいろ無理はあるのだが、それなりに論理的にまとめてあり小説的には十分だ。前半を厳しめに採点して 7点。
 

大倉崇裕「三人目の幽霊」 2005年12月14日

 以前、アンソロジー「本格ミステリ02」に収められた一編「やさしい死神」(本シリーズ3冊目(未読)の表題作になっている)を読んだことがある。他には編集長しかいない落語専門誌「季刊落語」編集部に配属された新人編集者・間宮緑が出会う事件の数々。優れた洞察力を持つベテラン編集長・牧大路が謎を解く。
 
 落語とミステリといえば北村薫の「私シリーズ」が思い出されるが、本書はそれより全般に作品と落語の結びつきが強い。そういえば最近「タイガー&ドラゴン」なる宮藤官九郎脚本によるTVドラマが話題になっていた。見ていないが、そちらもドラマと古典落語の内容をリンクさせる内容だったとか。でも本書の発行は2001年で、ドラマよりこちらの方が先である。
 
 本書の表題作「三人目の幽霊」は第4回創元推理短編賞(1997年)で佳作。本書が作者のデビュー作品集となる。
 
「三人目の幽霊」「芝浜」長年火花を散らしてきたライバル落語家二門の和解公演で連続して起こる事件の謎。謎解きのあとの結末がちょっと不満。7点。
「不機嫌なソムリエ」「厩火事」ある一枚の写真を見て血相を変え、翌日には姿をくらましてしまった優秀なソムリエの謎。牧の洞察があまり論理的とは言えない。7点。
「三鶯荘奇談」「野ざらし」日常の謎路線かと思っていたら、本編はサスペンスフルな逃走劇に、死人まで出るれっきとした「事件」。その上「野ざらし」だけにオカルト風味まで。ただやはり推理がロジカルに組み立てられていないのが残念。6.5点。
「崩壊する喫茶店」これは落語の元ネタ無しかな?視力を失ってからも活動的だった緑の祖母が最近めっきり元気をなくした。緑が牧に相談すると…。6.5点。
「患う時計」「火焔太鼓」…は筋に直接は関係ないか。某流派の一門会で事件が頻発。一門の跡目をめぐる陰謀か?本書の中では一番推理に筋道が立っている作品。7点。
 
 どうも牧の洞察が論理的な根拠を持たず、一足飛びに真相にたどり着いてしまう作品が多い。「謎」と「真相」はよく出来ているのだが、「謎解きの過程」が抜けているのだ。以前読んだ「やさしい死神」はもっと好印象だったはず…(でも内容は忘れてしまった)。2冊目以降に期待。
 

横山秀夫「深追い」 2005年12月08日

 地方都市にある警察署「三ツ鐘署」を舞台にして、さまざまな警察署員たちを描いた連作短編集。発行は2002年で、99年から01年までの作品が収録されている。
 
 タイトルも伏線の一部になっていたり、一瞬の閃きによって主人公が一気に真相に到達するというおなじみのパターンの作品が多い。これが作者のスタイルになっているのかな。物語はシビアだが、ラストには暖かみを感じさせるというのも作者のスタイル。
 
「深追い」作者お得意のタイトルのダブルミーニングだが、タイトル先行で作ったのか物語には無理があるように思う。6.5点。
「又聞き」幼い頃に海水浴場で溺れかけ、救助してくれた大学生のひとりが死亡した事故。この「事故」にはもうひとつの側面が隠れていた。7点。
「引き継ぎ」警察組織の事情や刑事の手柄争いの世界が熾烈に描かれている。刑事の世界も泥棒の世界も一般には窺い知れないプロの世界だ。7点。
「訳あり」上司とそりが合わず田舎の三ツ鐘署に飛ばされた滝沢が、本部に復帰するためにある非公式の仕事を引き受けるが…。6.5点。
「締め出し」警官OBの老人が切れ切れに発する言葉の意味が分かった時、事件の謎も解ける。6.5点。
「仕返し」ひとつの謎の真相が判明したところで、次の謎が立ち現れるという二段構えの構造で、なかなか凝った構成の作品。7点。
「人ごと 」高級な高層マンションの最上階に居を構えた孤独な老人の胸の奥に隠された切ない心理。7点。
 

神山裕右「カタコンベ」 2005年12月03日

 第50回江戸川乱歩賞(2004年)受賞作。作者の受賞時の年齢は24歳3カ月。なんと最年少記録だとか。
 
 命がけの冒険とアクション、刻々と迫るタイムリミット、さらには謎の殺人者の存在も浮かび上がり、エンターテインメントの王道を行くような作品だ。もちろん、それだけではありふれた物語と言えるが、本書をユニークな存在にしているのが、ケイビングという一般人には目新しい世界を背景にしているところだ。ケイビングとは caving、洞窟探検のことである。世の中には、登山とはまた違うケイビングの愛好家がいるらしい。たしかに暗闇に包まれた未知の世界である洞窟に潜入して、普段は人の目に触れることのない鍾乳石や地底湖などに巡り会うという体験はたいへん魅力的だ。しかし地上とは隔絶した世界であるがゆえに危険もまた多い。本作品の舞台はほとんどがこの地底世界である。
 
 選考委員も揃って書いているが、文章の粗さというか、不自然で違和感を覚える描写やセリフなどがしばしば目に付いた。これは新人賞作品のような新人の作品にはよく見られる類の欠点である。ただ、ひとくちによく見られるといっても、そのレベルは様々で、作者が備えているセンスの問題だったりするとこれを克服していくのは難しいだろう。一方、単に慣れや技術上の問題であれば、経験を積むことで容易に克服できるに違いない。幸い本作に見られた瑕疵はおそらく後者である。それに現時点でも致命傷になるような欠点ではなく、全体の上手さの方が断然勝っていた。ということで、選考委員各氏が「将来性に期待して」授賞を決めた判断は十分にうなずける。作者には今後もワクワクできるエンターテインメントを書いてほしい。7.5点。
 

坂木司「青空の卵」 2005年11月29日

 世の中に安楽椅子探偵はたくさんいるが(もちろん小説の中のはなし)、「ひきこもり」というキャラクターは珍しい。もっとも本書の「ひきこもり」探偵・鳥井真一は人間ぎらいではあるが在宅プログラマーでちゃんと仕事もしており、それほどひきこもりキャラは強くない。若干、情緒不安定な面もあるが、それは彼の友人である本書の主人公・坂木司も似たようなものだったりする。
 
 「夏の終わりの三重奏」「秋の足音」「冬の贈りもの」「春の子供」の4編に、エピローグ的な「初夏のひよこ」を加えた5編を収録している。殺人事件とまでは行かないが、ちょっとした事件が起こって、鳥井が事件の真相を推理するという筋立てである。もちろん「ひきこもり」のこととて実地調査などは行われず、基本的には聞いた話だけから謎を解く安楽椅子探偵だ。
 
 で、肝心の謎解きであるが、残念ながら、作中で坂木が感心するほどには膝を打つような鮮やかさは感じられず、どちらかといえば我田引水で蓋然性が低いと思われるような推理が目立つ。しかしまあ後半になるに従って少しずつ良くなってきていた。ちなみに一番感心したのは実は、巻末の作者インタビューで明かされていた登場人物の名前の秘密だったりする。あと、日常の謎路線ということもあり、位置的には北村薫や加納朋子の作品に近いのだが、それら先行作と比べてもやや過剰に感傷的で、べたべたした印象があった。でもかなりよいことも言っている。なお本書は「仔羊の巣」「動物園の鳥」と続く3部作の嚆矢で作者のデビュー作。また作者は覆面作家で性別も明かしていないらしい。6.5点。
 

石持浅海「アイルランドの薔薇」 2005年11月23日

 作者のデビュー長編で2002年の作品。アイルランドで研究生活を送るジェリーと日本人の同僚フジは休暇を楽しむためにスライゴーの湖畔にある小さな宿を訪れる。同じ宿にはアメリカからやって来た女子学生や、アイルランド人の会計士などが泊まっていた。そしてさらに宿泊客の中には、ある思惑を秘めたアイルランド統一を目指す武装組織のメンバーも含まれていたのだった。
 
 一種の閉鎖状況の中で発生した殺人事件の謎に加えて、殺し屋「ブッシュミルズ」の正体の謎。魅力的な謎を中心に据えた設定と展開の面白さは、先日読んだ作者の第二作「月の扉」同様、さすがだ。読者としても変に深刻になることなく純粋に楽しむことができる作品となっている。あまり悪人は登場せず、中のひとりが鋭い知性を武器に探偵役をつとめるところも「月の扉」同様である。随所に仕掛けれれた伏線は、ミスリードを誘うためか少々強引で無理を感じるところもあるにはあるが、宙ぶらりんになったりせず、最後にはきっちり収束して、作者のこだわりを感じた。7.5点。
 

鳥飼否宇「非在」 2005年11月19日

 「中空」に続く作者の第二作目。「中空」と同じ登場人物たちが活躍する。
 
 奄美大島の海辺で猫田夏海が偶然拾ったプロッピーディスクには、未確認生物を研究するある大学のサークルのメンバーが書いたらしい日記が入っていた。日記には、人魚など幻の生物を求めて孤島に渡った彼らが、そのまま島に取り残されてしまったこと、そして殺人事件が発生したことが書かれたいた。フロッピーの発見を受けて、公式な捜索隊が出されるが、学生たちはおろか彼らが島に渡った痕跡さえ発見されないまま捜索は打ち切られてしまう。気持ちが晴れない夏海は、大学時代の先輩である鳶山の推理に従って、高階を加えた3人で沖縄のある島に向かう。
 
 孤島で起こった複雑な事件の謎が解き明かされるのだが、ミステリとしてはたいへんに端整な作りで、徐福伝説とか人魚といった外連味たっぷりな要素を含んでいるわりには読後感もかなりあっさりとしている。幻想的な前ふりのわりには淡泊すぎるというか、謎解きも複雑な分わかりにくくなっている面があり、今ひとつ爽快感が小さい。しかし、題名にも現れているような独自の世界観は嫌いではない。この作者の作品を読むのは二冊目だが、こういう、わりとさらりとした作風が持ち味なのだろうか。7点。
 

黒武洋「そして粛清の扉を」 2005年11月15日

 第1回ホラーサスペンス大賞(2001年)の受賞作品。原題は「ヘリウム24」。ちなみに選考委員は大沢在昌、桐野夏生、宮部みゆきの三氏。
 
 遅ればせながら読んだのだが、発表当時けっこう話題になって売れた本だったと思う。ということで期待したが、最初の方を読んだところでちょっと期待はずれの予感。取って付けたように並べた不自然で唐突感のあるプロローグ。文章もしばしば説明調になって上手いとは言えない。一番目に付く欠点が漢字の使い過ぎ。読みにくい。こういうのは新人賞応募作の中ではありふれた欠点だと思うが、大抵は落選になるだろう。
 
 ということで文章の出来は受賞レベルにはもの足りないのだが、破天荒なプロットの勝利と言える。「バトル・ロワイアル」的な、容赦も斟酌もない大量殺戮というかなり思い切った設定で非日常世界を作り上げ、予測の付かないスリリングな展開でエンターテインメント性は十二分に感じられた。
 
 ただやはり作品構成の粗さは拭えない。もともと荒唐無稽な設定なので徹底したリアリズムなどは求められないとは言え、あちこちで違和感を感じてしまう。例えば、数ヶ月前まで普通の生活をしていた中年女性教師が、短期間で拳銃や刃物を高度に使いこなし、格闘においても大の男に負けないこと。拳銃はともかく強力な地雷まで入手していること。情報収集能力が千里眼なみであること。また生徒の描写にしても、怯えたり恐怖したりということがほとんど無く、過度に人間味が薄い。テーマがテーマだけにあまりリアルになっても問題かもしれないが、やはりそれなりに説得力がある説明は必要だ。すでに作者は二作目三作目を上梓しているが、それらではどうだろうか。文章と物語構築の粗っぽさを克服できれば傑作も生まれると思うが。6.5点。
 

INDEX