読書日記

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綾辻行人「Another」 2015年10月17日

Another (上) (角川文庫)

 著:綾辻 行人
KADOKAWA / 角川書店 Kindle版
2012/09/01

 2010年版の「このミステリーがすごい!」国内編で、第3位の作品。でもまあミステリ要素は薄い。漫画化、アニメ化、実写映画化までされるなど、高い人気を得た作品で、読む気はあったのだが、これまでなかなか読めなかった。分厚い単行本(文庫は上下巻)で、分量的に尻込みしていたという理由もある。
 
 眼帯少女の登場など、キャラ的にも一般受けする要素が盛り込まれている。ただ、はじめの方で神秘めかしているわりに、結局それほど意味は無いなど、作り込まれて練り込まれた本格作品を期待していると、物足りなさも感じる。
 
 基本のモチーフは、学校の怪談なのだろう。そのためか、学校の七不思議でよくあるように、不合理だったり、辻褄が合わなかったりして、結局、この「呪い」「災厄」について、何が起こっているのかも十分には解明されない。また、何故それが始まったのかも納得できる説明は無い(何がきっかけで始まったかが語られるのみ)。
 
 ミステリ的に見ると、伏線かと思った、思わせぶりなことも色々あったが、それらはあまり生かされていない。それっぽいキャラや雰囲気作りの小道具は多いが、語り口が冗長になりがちで、もっと切り詰めた方が読みやすくなっていただろう。読者にとっての「意外な事実」が最後に明かされたりするが、さほどインパクトは感じなかったし、何かもう一つ最後にどかんと大仕掛けでもあれば引き締まったところだが、なんかあっけなく終わってしまった
 
 自他共に認める「新たな代表作」なのだそうだが、もともと作者のホラー系はあまり好みでは無く、この作品もやはり今ひとつだった。続編「Another エピソードS」が上梓されているようだが、さてどうしよう。6.5点。
 

岡崎琢磨「珈琲店タレーランの事件簿4 ブレイクは五種類のフレーバーで」 2015年10月12日

珈琲店タレーランの事件簿 4 ブレイクは五種類のフレーバーで (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

 著:岡崎 琢磨
宝島社 文庫
2015/02/05

 シリーズ初の短編集。5編プラス書き下ろし掌編の6編が収録されている。ブレイクというだけあって、本編の番外編的な雰囲気だ。過去の長編の物語を受けての物語もあるが、もちろんストーリーは独立している。
 
「午後三時までの退屈な風景」タレーランの中の目の前で起こったちょっとした事件。目撃された場面の真の意味は?7.5点。
「パリェッタの恋」専門学校に通う理学療法士を目指す女子学生の視点で語られる物語。ツイッターならぬデカケッターがキーになる。7.5点。
「消えたプレゼント・ダーツ」とあるダーツバーにて。第1巻でアオヤマが美星からプレゼントされたダーツの矢が消えた?7点。
「可視化するアール・ブリュット」第2巻に登場した美大生。スランプの彼女がロッカーに入れていたクロッキー帳のデッサンの上に出現した絵の謎。7点。
「純喫茶タレーランの庭で」美星が語る、タレーランの庭に植えられたレモンの樹にまつわる、今は亡きタレーランの奥さんとの記憶。7点。
「リリース/リリーフ」特別書き下ろし掌編。猫のシャルルが、第1巻でタレーランへやってくる直前にあった出来事。7点。
 
 各話では必ずしもアオヤマと美星が揃って登場しなかったり、中心人物も別の人だったりという外伝的な短編だったが、どれもなかなか楽しめた。叙述トリックが見事なはじめの2編がとくに良かった。
 

中山七里「おやすみラフマニノフ」 2015年10月01日

おやすみラフマニノフ (『このミス』大賞シリーズ)

 著:中山 七里
宝島社 単行本
2010/10/12

 ドビュッシーなら分かるが、自分にはクラシックの素養は無いので、ラフマニノフって知らなかった。このミス大賞作品「さよならドビュッシー」の続編だ。ストーリーは基本的に独立しているが、探偵役のピアニスト岬洋介がシリーズキャラクターとして活躍する。ただし、視点人物は岬ではなく毎回異なる人物となるようだ。ちなみに本作の作内時期は、第一作の終盤とちょっとかぶっている様子である。
 
 本作で主人公をつとめるのはバイオリンを専門にする音大生だ。著名な往年の名ピアニストを学長に据えたこの音大には岬が講師として勤務している。今回の事件と物語は、大体がこの大学の中で進行する。大学の貴重な財産でもあるストラディバリが消失して、さらには演奏会の妨害を狙ったと思われる事件が続けて起こり…。
 
 第一弾に比べると事件の犯罪性は弱くスケールは小さくなっている。しかし、主人公の生い立ちや家庭の事情だったり、バイト先でのチンピラとのトラブルだったりと、いろいろなエピソードを織り込みながら、しっかりと読ませて行く。その上で、第一作ほどの派手さこそ無いものの、ミステリとしてもしっかりとした骨組みを構築しているのだった。さすが。そしてやはり、音楽描写が出色の出来映えである。読んだら誰もがもれなく実際に曲を聴いてみたくなるはずだ。7.5点。
 

月村了衛「機龍警察 未亡旅団」 2015年09月19日

機龍警察 未亡旅団 (ハヤカワ・ミステリワールド)

 著:月村 了衛
早川書房 単行本
2014/01/24

 第三作と立て続けに読んだシリーズ第四作。「このミステリーがすごい!(2015年版)」第5位、「文春ミステリーベスト10」第9位、「ミステリーが読みたい!(早川書房)」第12位。「このミス」や「文春ベスト10」では、同じ作者の「土漠の花」も同時にランクインしている。
 
 今回、機龍警察が立ち向かうことになるのは、チェチェンからやって来た、女性だけで構成されるテロリスト集団だ。攻撃の手法に未成年者による自爆攻撃が含まれることから、倫理的にも心理的にも難しい対応を迫られる。また、彼女たちはテロリストではあるが、第二作のライザの物語で描かれたのと同様に、「テロリスト=悪」という単純な二分法的価値観にとらわれること無く、テロを生み出す社会の闇などが詳細に描かれていた。
 
 第三作までは、龍機兵の搭乗要員3名に順繰りにスポットライトを当ててきたが、本作品ではテロリスト集団「未亡旅団」のひとりの少女に光が当てられ、その過去と現在が語られて行く。そしてさらに、龍機兵を擁する警視庁特捜部の中から、捜査班主任の由起谷警部補にも詳しく目が向けられる。これまでも特捜部の面々については、技術班主任の鈴石緑をはじめ、随所で描かれてきているが、このシリーズは、一人の主人公に語らせるのでは無く、重層的な人間関係と組織全体で物語が進んでいくようだ。本作では城木理事官についてのエピソードも出てきた。
 
 警察組織や国家に潜む、「敵」の正体と目的は何なのか?シリーズの巻を重ねるにつれて、だんだん不気味な存在感が増してきた。大風呂敷を広げすぎていないか心配にもなるが、これまでの見事な物語作りを考えると、壮大な仕掛けが待っているのではないかと期待が膨らむ。さて、これで現在までに出版されている内、読んでいないのは5冊目の短編集「機龍警察 火宅」だけか。短編はどのような物語になっているのだろうか。7.5点。
 

月村了衛「機龍警察 暗黒市場」 2015年09月11日

機龍警察 暗黒市場

 著:月村 了衛
早川書房 Kindle版
2012/12/11

 第34回吉川英治文学新人賞(2013年)受賞作品。機龍警察シリーズの第三弾である。「このミステリーがすごい!(2013年版)」第3位、「ミステリーが読みたい!(早川書房)」第4位、「文春ミステリーベスト10」第9位
 
 これまで、龍機兵の搭乗要員3名に順番に光を当ててきて、本作では最後のひとり、元はロシアの刑事という経歴を持つユーリ・オズノフ警部を中心にして語られる。物語の幕開けは、警視庁との契約が破棄となったオズノフ警部が、武器売買の裏社会に身を投じているという衝撃の状況だ。これは一体どういうことなのか。何があったのか。
 
 前作までと同様に、ユーリの過去について、その生い立ちから、刑事時代の活躍、非情な裏切り、そしてその後の流れ流れた果てに沖津にスカウトされて現在に至るまでのストーリーが丁寧に描かれていく。こういったドラマによって作品に深みを与えると同時に、迫力のある戦闘アクションシーンなどで徹底的なエンターテインメントとしても極上の小説に仕上げているのは、毎回毎回すごい。
 
 毎回すごいと言えば、伏線の回収技が見事である。前半で語られていたあれやこれやが、きちんと後半で生かされる。最初の方で違和感を感じていた部分も、最後にはしっかりと納得させられるようになっている。緊迫感のある展開も、その語り口もまた見事で、重厚さの中にも軽妙さを感じられ、重くなり過ぎたりせずに読みやすい。高い技量と筆力のなせる技だ。一度読み出すとなかなか途中で止められなくなる。寝る前に読んでいるとついつい夜更かししてしまって、翌日は寝不足になってしまうのだ。8点。
 

五十嵐貴久「消えた少女 - 吉祥寺探偵物語」 2015年08月28日

消えた少女-吉祥寺探偵物語 (双葉文庫)

 著:五十嵐 貴久
双葉社 文庫
2014/04/10

 ちょっと東直己のススキノ便利屋探偵<俺>シリーズのような感じの物語。東直己が札幌すすきのなら、こちらは東京の少し郊外の町、吉祥寺を舞台にしている。主人公は、妻とは別れてコンビニバイトの仕事をしながら小五の息子を育てている38歳男。別に探偵を仕事にしているわけではないのだが、逃げた飼い猫探しをうまくこなした縁から、一年前に失踪した少女の行方を捜すように頼まれて、そのまま成り行きで事件に深く関わってしまう。
 
 前半はしっくりこないところがあったり、進行も遅かったりと、いまひとつな印象だったのだが、後半になって徐々に調子が上がり、主人公にも頼りがいが出てきて、面白くなってきた。そして最後、失踪事件に一応の決着が付いたと思ったところで、もうひと展開が待っており、衝撃の真相に行き着く。
 
 うん。最初はそれほど期待していないで読んでいたが、なかなか面白かった。昨年出版されたばかりだが、矢継ぎ早に続編がどんどん出されて、双葉文庫から、すでに5冊が上梓されているようだ。読んでみよう。7点。
 

堀内公太郎「公開処刑人 森のくまさん」 2015年08月19日

公開処刑人 森のくまさん (宝島社文庫 『このミス』大賞シリーズ)

 著:堀内 公太郎
宝島社 文庫
2012/08/04

 『このミス』大賞の隠し球シリーズの一冊である。タイトルや表紙から、もっとB級テイストでコメディタッチの小説かと思ったら、案外ときっちりとしたサイコサスペンス風に仕上げた作品だった。
 
 自分のことを、特別な存在で絶対的正義であると思い込んで、一方的に悪人を抹殺して行くという、漫画「デスノート」のキラのような自称「森のくまさん」。現代的なネット社会の様態を取り込んでいるところは、歌野晶午「密室殺人ゲーム」シリーズ的な雰囲気も感じた。
 
 「森のくまさん」の正体は誰なのか?といった辺りのミステリ要素については、最初から絞り込まれているので、ミステリ的には大したものではない。しかし飽きさせずに次の展開に引き込んでいくところは、なるほど、隠し球シリーズとして世に出したいと思わせる魅力を備えている。もちろん、応募時点からは、かなり大幅な改稿をしているらしいので、その分読みやすくもなっているのだろう。ただ、ラストがやや物足りなかった。最後に何かもう一つ仕掛けがあればさらにぐっと良くなるところだ。
 
 すでにまさかの続編が出ている。本作のラストに少し匂わせてあったが、これは「密室殺人ゲーム」的な続け方になっているのだろうか。7点。
 

中山七里「さよならドビュッシー」 2015年08月16日

さよならドビュッシー

 著:中山 七里
宝島社 単行本
2010/01/08

 最近「このミステリーがすごい!」大賞がらみの作品を立て続けに読んでいる。今更ながら、この新人賞はなかなか当たりの確率が高くて、ハイレベルな新人作品が集まっているように思う。その中でも、この作品はとくに高評価を得ていて、さらに作者の受賞後の活躍ぶりも歴代の中でもトップクラスだろう。しかしこれまで短編をちょこっと読む機会はあったが何となく手を出しそびれていた。
 
 16歳のピアニストを目指す少女が、大火事で祖父と従姉妹を失い、自身も瀕死の重傷を負ってしまう。九死に一生を得た少女は、懸命なリハビリを続けながらピアノコンクール出場を目指す。そこまでは、音楽と青春の感動物語のようで、第一回大賞受賞の浅倉卓弥「四日間の奇蹟」を思い出した。「このミス」大賞好みでもある。音楽や演奏に対する描写も素晴らしかった。しかし、実は本作品は、はじめの予想通りの感動作のままでは終わらない。これ以上無いほどのミステリ作品なのだった。
 
 体の自由もままならない主人公の少女が、命に関わる悪意を向けられ、次々に危ない目に遭う。さらに母親が事故とも殺人とも取れる死を遂げる。祖父の財産を巡る陰謀か?それとも?ハラハラしながらストーリーは進み、そして最後には大仕掛けが炸裂する。お見事。
 
 本作では主人公の少女のピアノの先生として登場する、探偵役のピアニスト岬洋介をキーパーソンにシリーズ化されて、続編も出ているようだ。シリーズ続編も、また、他の作品も読んでみたい。7.5点。
 

山下貴光「イン・ザ・レイン」 2015年08月08日

イン・ザ・レイン

 著:山下 貴光
中央公論新社 単行本
2014/04/09

 伊坂幸太郎のフォロワー(?)ぶりは健在で、本書でも、随所に伊坂幸太郎のエッセンスがまぶされていた。だがしかし、デビュー作「屋上ミサイル」ほどにはしっくりときていない。
 
 飄々とした性格のキャラ設定などは本来、作品の魅力になるべき要素だ。しかし、根本的なところで登場人物たちの性格に大した差が無かったりして、結果、魅力に感じられなくなっている。皮肉やウィットを効かせたはずの台詞でも独自世界を作ろうとはしているのだが、うまくかみ合わずにズレてしまっている印象を受けた。無理矢理に持って回った言い方をしているようで、洒落っ気に感心するよりもむしろだんだん鬱陶しく感じてくる。
 
 基本プロットも、伊坂が得意とするような、独立した複数の視点で幕を開けて、やがてそれらのストーリーが絡み合ってひとつの物語に収束するというパターンなのだが、こういうのはバラバラに進行している序盤でうまく引き込んで欲しいところだ。しかし残念ながらあまり引き込まれる要素が無く、分かりにくかった。ある「自己啓発セミナー」のチラシが最初のリンクとなるが、結局これも何だったのか最後までよく分からなかった。目立った進展も無いまま進み、最後はには一応ひとつだけ目を引く仕掛けが仕込まれていたのだが、単発花火で終わってしまっていた。6点。
 

柚月裕子「裁きを望む」(「このミステリーがすごい! 2015年版」収録) 2015年07月26日

このミステリーがすごい! 2015年版

 編集:『このミステリーがすごい!』編集部
宝島社 単行本
2014/12/10

 「このミステリーがすごい!」は、だいたい発行から半年ほど経ってから図書館で借りて読むというパターンが続いている。この2015年版では、米澤穂信「満願」が1位に輝いていた。一時期、「このミス」大賞出身作家の作品掲載で分厚くなっていたが、最近は縮小傾向で、今回の収録小説はこの1編のみだ。
 
 2008年に「臨床真理士」で「このミステリーがすごい!」大賞を受賞(ちなみにこの回は山下貴光「屋上ミサイル」が同時受賞)して作家デビューした柚月裕子さんによる、佐方貞人シリーズの一作。シリーズには、佐方が検事時代の物語と、検事を辞めたあとの弁護士時代の物語があるらしい。本作は検事時代のストーリーである。調べると、シリーズ第1作「最後の証人」はテレビドラマ化され(2015年1月放送)、シリーズ第2作「検事の本懐」は第25回山本周五郎賞(2011年度)の候補となり、第15回大藪春彦賞(2012年度)を受賞している。
 
 高評価のシリーズだが、さて、本作。検察による起訴の誤りを認めて法廷で無罪論告を出した佐方。しかしなぜ起訴となったのか、腑に落ちない点が…、というストーリー。若干、読んでいて時系列が分かりづらかったり、誰の台詞か戸惑ったりというところがあってピンと来ない感じがした。勧善懲悪のような分かりやすいすっきりとした結末にならないのも今ひとつだった。もしかすると、これまでのシリーズ作品をあらかじめ読んでいると、また違う感想になったのかもしれない。6.5点。
 

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