読書日記

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井上夢人「the SIX ザ・シックス」 2015年04月18日

the SIX ザ・シックス

 著:井上 夢人
集英社 単行本
2015/03/05

 全6話が収録されている。シリーズになっているが、最初の物語「あした絵」の初出が2007年で、後の5編は2012年から2013年にかけて雑誌に掲載されたものとなっていた。「特殊な力を持った少年・少女たちの繊細な感性を描く、感動作。」と謳っており、特殊な能力、いわゆる超能力を持った子供たちに焦点を当てた物語である。
 
 登場する「超能力」は、時と場所を越えた事柄を、視覚的に、あるいは聴覚的に感知してしまう能力、手を触れずに周囲の物を切り裂ける能力などだ。さらに、本人の意図とは関係なく、虫を集めるとか、強力な静電気を発生してしまうという変わった能力も出てくる。
 
 多くの場合に、まだ大人の図太さを持たぬ無垢でナイーブな子供たちは、自分の特殊な能力に悩み苦しみ、普通とは違うことに疎外感を募らせる。孤独な超能力者というテーマの物語は、この作者自身を含めて珍しくは無いし、プロットにもとくにひねったところが無いストレートな展開が多かったが、途中の苦しみを乗り越えて基本的にハッピーエンドを迎えることで、ほっとする後味が良い物語にはなっていた。ただ、後半はそのようなストーリーも無くなってきて、ただ超能力に絡んだ出来事が描かれるだけみたいになってきたのが残念。最終話ではそれまでの登場人物達が集まり、力を合わせて、ある事故の危機を乗り越えて人命を救う。6.5点。
 

五十嵐貴久「セカンドステージ」 2015年04月07日

セカンドステージ (幻冬舎文庫)

 著:五十嵐 貴久
幻冬舎 文庫
2014/08/05

 子育てや家事の過大な負担に悩み苦しむ、まだ小さな子供を持つママたち。諸々の雑用や、子供の世話ばかりか、ダンナの世話まで見なくてはならなかったりする。そんな、体力的にも精神的にも過酷なママさんたちの手助けをするために、自分の経験を元にして、マッサージと家事代行を行う会社を作った杏子。社員はおもに地元のお年寄りたちだ。
 
 お年寄りの集団が活躍する物語と言うことで、清水義範『やっとかめ探偵団』シリーズを思い出した。パワフルな老人達は、勘を頼りに問題を抱えているらしき人たちを見つけて、お節介を焼いていく。ただ、問題を嗅ぎつける勘は恐ろしく冴えている一方で、周辺の事情を察する勘は(主人公も含めて)鈍かったりで、勘が良いのか悪いのか…、というところもある。よく分からぬまま正面から乗り込んでぶつかっていくやり方は、現実にやったら逆にこじらせてしまう可能性の方が高いのではないかと思うのが多かった。
 
 物語が進むうちに、仕事の先々のトラブルばかりではなく、会社の仲間や、杏子自身の様々な悩みや問題も持ち上がってくる。いろいろなエピソードが出てくる中には、それはちょっとどうかという、しっくりとこないものもあったが、胸に響くエピソードもあった。中盤辺りの、第4話「サヨナラ」はストレートに泣かせる話だったし、第3話「孫殺し」の中で語られる過去の話などは、取り返しの付かない事になる前にわずかな注意を払うことの大切さを考えさせられた。避けられない不運というのももちろんあるが、ちょっとの注意で避けられる不運も多い。
 
 さて、後半はベタなメロドラマのようになったりして、またちょっとイマイチだったが、最後に一番大きなピンチを乗り越えてどうやらハッピーエンドを迎えた。それにしても最近、現実を反映してだろう「小さな子供を持つ母親の苦労」というテーマを目にする機会が増えている気がする。これは、個人ではなく、国や社会が本気を出さないと解決しない問題なのだが、状況は良くなってきているとは言えないのだろうなあ。6.5点。
 

東川篤哉「探偵少女アリサの事件簿 溝ノ口より愛をこめて」 2015年03月28日

探偵少女アリサの事件簿 溝ノ口より愛をこめて

 著:東川 篤哉
幻冬舎 単行本
2014/11/26

 読者の期待に応えて、あるいは、直接的には出版社の要望に応えて(たぶん)、矢継ぎ早に作品を出し続けている作者だが、またしても新シリーズの登場だ。新シリーズではあるが、インパクトのあるキャラを立てて、舞台は東京の近郊で、割と身近なところで発生する事件の謎を解くというありがちな、いや、お馴染みの構成となっている。
 
 タイトルと表紙から予想できるとおり、活発でませた性格の少女・綾羅木有紗(十歳)が探偵役となって活躍する。主人公はワトソン役である「なんでも屋」の橘良太(三十一歳)。ちなみに有紗は子供離れした所も見せる一方で、逆にとても子供っぽい一面も見せたりする。
 
 何故に今回の舞台が溝の口界隈となったのかは知らないが、第2話目などは"溝の口ミステリ"あるいは"南武線ミステリ"と読んでも良いトリックが核となっていた。自分は、地名こそ知っているものの、さほどなじみが無い場所なのだが、この辺りに土地勘がある人ならきっといっそう楽しめることだろう。
 
 お約束のパターン(最後は有紗のドロップキックで犯人をノックアウト、とか)を作って、個性的なキャラを動かして、いかにもミステリという謎を解いていくという全4話が収録されているが、この作者について前にも書いたように、文章的にもミステリ的にもまずまずの、大当たりでは無いが外れも無しの安定感で楽しめる一冊となっていた。素早く漫画化されていたりもするようだが、さて、シリーズはまだ続くのだろうな。今後の活躍やいかに。7点。
 

新野剛志「あぽわずらい あぽやん3」 2015年03月22日

あぽわずらい あぽやん3

 著:新野 剛志
文藝春秋 単行本
2014/05/14

 ツアー旅行会社の空港勤務スタッフの奮闘を描いた「あぽやん」シリーズ三作目。これまでの「恋する空港 あぽやん2」など2冊を読んだときに、この作品はテレビドラマに向いていると書いたが、実際に2013年にドラマ化(主演:伊藤淳史)されていた。
 
 さて、このシリーズは、各話ごとに次々とトラブルが起こりながらも、最後には人間味に触れる形でうまく収まって、ほっとするハッピーエンドになる、というのが通常パターンなのだが、本書ではいきなり第1話「空港こわい」でこのパターンから外れて、主人公・遠藤の心がぽっきりと折れてしまう
 
 親会社の日航、じゃなかった大航の経営破綻もあって、会社が大揺れになる不安定な状況の中、仕事の効率化と顧客サービスの板挟みで強烈なプレッシャーにさらされていた遠藤は、出社拒否の状態になってしまう。こうして、主人公なのに本書のストーリーから一旦退場してしまうという意外な展開から始まるが、その後に続く話では、語り手が一話ごとに交代しながら、割といつものパターンで進んでいく。同時に、遠藤のことを気にかけ、復帰を願う職場の面々。遠藤はこんなにも信頼されていたのか。
 
 そして迎える最終話。偶然の助けもあって空港への職場復帰を果たした遠藤は、自身を追い込んだ最大の原因でもあった難題に立ち向かい、そのボスと対決する。
 
 これでシリーズは完結だろうか?もしかしてまだ続くのかもしれないが、遠藤は成田を離れてシンガポールに赴任することになり(森尾も一緒?)、ストーリーには大きな一区切りが付いたようだ。交通機関と言う事では同じでも鉄道などとはずいぶんと違う世界の裏側の一面が見えて興味深いシリーズだった。7点。
 

月村了衛「機龍警察〔完全版〕」 2015年03月15日

機龍警察〔完全版〕 (ハヤカワ・ミステリワールド)

 著:月村 了衛
早川書房 単行本
2014/11/07

 脚本家として活躍していた作者の小説デビュー作である。作品紹介を読んだりして、この作品の存在は前から知っていたが、しばらくはあまり興味を持っていなかった。というのも、ロボットだとかパワードスーツによる戦闘アクションものなんてありふれているし、その手のジャンルが特別に好きというわけでは無かったからだ。ところが、シリーズ続刊が出るたびに、ミステリランキング上位の常連として登場して、第2作『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞を、第3作『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞を受賞するという快進撃に、次第に興味を惹かれた。
 
 高い世評の理由のひとつは、本作が近未来SFであると同時に、それ以上に警察小説であるということだろう。警察組織の内部対立であったり、登場人物達の「警官」としての思いであったりが、しっかりと描かれている。"龍機兵"の搭乗員として傭兵を雇い入れた特捜部なんてのは突飛な設定ではあるが、警察組織の異端児というところでは、大沢在昌の新宿鮫シリーズなんかと共通する雰囲気も感じた。
 
 手に取った本書は、シリーズ第1作に加筆した"完全版"と銘打った単行本だ。もともと2010年に刊行された最初の本は文庫だったようだ。本書の巻末には、インタビューやエッセイ、評論家による解説や作者自身による解説(解題)などが収録されており、オリジナル文庫を持っている読者にも、ファンなら損はさせませんよ、というものになっている。収録の解説は、このデビュー作だけではなく、現在までに発表されているシリーズ作品ずべてについてのものだ(ややネタバレしていることを覚悟しつつ読んでしまった)。
 
 この第1作のストーリーは、一段落が付いてはいるが、大小の謎がいろいろ残ったままである。続編へと連なる大河ドラマ的ストーリーの幕開けであり、それらへの伏線も多く仕込まれているらしい。シリーズはすでに長編4冊と、短編集1冊が出ている。楽しみだ。7.5点。
 

柳広司「ラスト・ワルツ」 2015年03月09日

ラスト・ワルツ

 著:柳 広司
KADOKAWA/角川書店 単行本
2015/01/16

 このシリーズは外れ無しで本当に面白いと思う。「ジョーカー・ゲーム」シリーズの第4弾だ。そう言えば先頃には映画化もされていたっけ。未見だが、映画の方の出来はどうだったのだろうか。
 
「アジア・エクスプレス」大陸を走る満鉄特急の閉ざされた空間の中で繰り広げられるスパイ同士の静かなる死闘
「舞踏会の夜」破天荒な華族の奥様が、若き日に出会い、そして再び仮面舞踏会の夜に相まみえたのはあの…。
「ワルキューレ」ドイツの映画撮影所に現れたナチスの宣伝大臣ゲッベルスが口にした幽霊とは何を指しているのか?
 
 飽きさせず次の展開が気になって仕方が無くなる筋運び。単純では無い趣向を凝らした構成と、一筋縄ではいかない数々の仕掛け。ラストで待っているカタルシス。"究極の騙し合い"を描いたスパイ・ミステリは、どの物語も最上のエンターテインメントである。シリーズを通してこれだけのクオリティを保っているのは素晴らしい。8点。
 

米澤穂信「満願」 2015年03月06日

満願

 著:米澤 穂信
新潮社 Kindle版
2014/09/12

 第27回山本周五郎賞受賞作品。2014年(2015年版)の「このミステリーがすごい! 」「週刊文春ミステリーベスト10」 「ミステリーが読みたい!(早川書房)」で第1位ランキング3冠を達成「本格ミステリ・ベスト10」でも第2位を獲得している。
 
 愛想の無い漢字2文字ないし3文字のタイトルが並んだ目次を見ると、無駄の無い研ぎ澄ましたミステリだという自信の表れとも感じられる。
 
「夜警」「警官に向かない男」が警官になった結果引き起こした禍事を上司の目を通して描いている。7.5点。
「死人宿」自殺の名所となっている温泉宿が舞台。3人の宿泊客のうち、落ちていた遺書の持ち主は誰なのか。7点。
「柘榴」アンソロジー「Mystery Seller - とっておきの謎、売ります。」にて既読。
「万灯」いきなり犯人が犯行を開き直るかのような独白から始まって、過去の話へ飛ぶ。"信念"に基づいて完璧にやったはずの殺人に待っていた意外な落とし穴。7.5点。
「関守」都市伝説の取材に訪れたライターが、現場で話を聞いていくうちに…。7.5点。
「満願」ある弁護士が、弁護を引き受けた学生時代に世話になった人物との過去を回想しながら語る物語。7.5点。
 
 率直に言えば、ランキング3冠という触れ込みから期待していたほどでは無かった。まあ読む前にハードルを上げすぎてたかも。全般にわりと地味目で暗めであるという雰囲気に対する好みの問題でもある。派手な面白味は少ない。とは言え、どれもしっかりとしたミステリの佳作揃いであったことに異論は無く、ミステリの王道を行く作品群だった。
 

若竹七海「暗い越流」 2015年02月21日

暗い越流

 著:若竹 七海
光文社 Kindle版
2014/03/28

 久々に読む若竹七海。短編集だ。表題作の「暗い越流」は第66回(2013年)日本推理作家協会賞「短編部門」を受賞した作品である。5作品が収録されており、1話目と最終話が葉村晶シリーズ。また、2話目にはちょい役で、3話目では割と重要な役どころで、ライターの南治彦なる人物が登場するのでこれもシリーズ?4話目5話目は書き下ろし作品。
 
「蠅男」葉村晶シリーズ。オカルトじみた話の、ある依頼で出向いた先である廃墟になりかけた家で危ない目に遭いながら目撃したものの真相は。7点。
「暗い越流」死刑囚あてに届いたファンレターの背景を探る内に、ある疑惑と計略が浮かび上がってくる。7.5点。
「幸せの家」メデタシメデタシなラストになるのかと思わせておいて、いきなりちょっとブラックな結末へ。7.5点。
「狂酔」ある悪意が生んだ過去の因縁話が一人称で語られていく。ホラーなオチが付くが、ちょっとありきたりか。6.5点。
「道楽者の金庫」契約していた探偵事務所が閉鎖したため、古書店でバイト中の葉村晶に依頼されたこけし回収の仕事。例によって危険な目に遭う。7点
 
 悪意を持っていたり、悪意とまではいかずとも腹に一物を抱えていたりという登場人物が多く、主人公でも例外ではない。こういう物語は、この作者らしくはある。似たパターンが多かったが、まずまずの佳作揃いの短編集だった。
 

伊坂幸太郎「マリアビートル」 2015年02月11日

マリアビートル (角川文庫)

 著:伊坂 幸太郎
KADOKAWA / 角川書店 Kindle版
2013/10/09

 知らずに読んでいたが「グラスホッパー」の続編だった。続編と言ってもストーリー上は独立した話で、前作の登場人物がすこし顔を見せるくらいだ(と思う)。伊坂幸太郎は(に限らないか)作品を読むのが追いついていないので、本書はもう5年ほど前(2010年)の作品だ。第7回大学読書人大賞(2014年)を文庫化のタイミングで受賞している。
 
 内容的には作者の黄金パターン。すなわち、大勢の登場人物を配置し、それぞれの視点を切り替えながら物語を進めて行って、最後に収斂させるという構成だ。視点を切り替える時は、ページ上に分かりやすいアイコンを配置するのもこの作者の好むところで、本書では印影を使っていた。
 
 物語はほぼ東京発盛岡行きの東北新幹線の中で進んでいく。必然と偶然により、物騒な「業者」が大量に乗り込んだ列車の中で、それぞれの思惑が複雑に絡み合う。登場人物は多いが、親しみを感じさせる人物は少ない。むしろ嫌悪感を抱く方が多いくらいか。それに人もどんどん死んでいくわけで、重たくて読みにくい代物になりそうなものだが、そうはならず、絶妙な語り口によって、ユーモアあふれた最上のエンターテインメントになっているのはさすが。ストーリーが進むにつれて加速度的に面白くなった
 
 タイトルに共通して昆虫が入った「殺し屋」シリーズと呼ばれているらしい。ということは、今後も続いていくのだろうな。すでに単行本未刊の短編はあるようだ。いつ読めることになるか分からないが、また次を楽しみにしよう。7.5点。
 

大崎梢「ようこそ授賞式の夕べに 成風堂書店事件メモ(邂逅編)」 2015年01月27日

ようこそ授賞式の夕べに (成風堂書店事件メモ(邂逅編)) (ミステリ・フロンティア)

 著:大崎 梢
東京創元社 単行本
2013/11/09

 『成風堂書店事件メモ』シリーズと『出版社営業・井辻智紀の業務日誌』シリーズのコラボ作品と言うことで、両シリーズのキャラクターが登場する。副題からすると、一応本作は『成風堂書店』シリーズの方に入るようである。既刊の三冊は読了済みだ。一方、『井辻智紀の業務日誌』シリーズは既刊が2冊で、一作目「平台がおまちかね」は読んでいるが、二作目は読み損ねている。
 
 「書店大賞」授賞式の一日に起こった事件を描く。どこかで聞いたような賞である。もちろん本屋大賞がモデルであろう。書店員や編集者の視点から描かれているため、業界人以外にはなかなか窺い知れない本屋大賞にまつわる裏話的な話もたくさん出てきて、その辺りも楽しめた。いや、どこまでがノンフィクションで、どこからがフィクションなのかの判断は出来ないのだけど。
 
 大賞事務局に届けられた不審なFAXから始まって、過去の出来事にまつわる謎や怪情報、さらには怪我人が出る剣呑な事態にまで発展する。一日の短い間の出来事であるが、登場人物が多いおかげか、なかなか密度が濃い。「書店の謎を解く名探偵」こと成風堂書店のバイト店員・多絵の活躍によって最後に明らかにされる真相も良く出来ていたし、本に携わる書店員や編集者などによる「本」自体と本の中に紡がれる作品への深い愛情や思い入れを感じることが出来る作品となっていた。7.5点。
 

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