読書日記

INDEXページへ

東川篤哉「ここに死体を捨てないでください!」 2010年02月04日

ここに死体を捨てないでください!

 著:東川 篤哉
光文社 単行本(ソフトカバー)
2009/08/20

 烏賊川市シリーズの第5弾だ。実は本書がこのシリーズと知らないで読み始めたのだが、おお、久しぶりだな。3年前に読んだシリーズ第4弾の「交換殺人には向かない夜」は傑作だった。
 
 自宅の部屋で見知らぬ人を殺してしまったと動揺する妹から連絡を受けた有坂香織は、死体を隠して事件を隠蔽することを決意する。たまたま通りがかった廃品回収の若者を巻き込んで、死体を捨てにいくことに…。そこにお馴染み鵜飼探偵と探偵事務所の大家である朱美さん、そして探偵の弟子・戸村流平が絡んできて、さらには新たな殺人事件が発生する。
 
 中盤の展開はあまり密度が濃いとは言えないが、終盤以降の事件の謎が解き明かされていくシーンはさすが、作者の実力発揮で手堅い。また、最後、作中でも「怪談みたい」と語られるクライマックスシーンが印象に残る。これと同じ基本プロットを使って、本格的なオカルトホラーにすることもできるだろう。しかしそこはユーモアミステリの旗手の手になる作品である。最後までのほほんとした雰囲気を持ったまま、それでもなんかちょっとした達成感まで残して物語は幕を閉じた。7点。
 

ダン・ブラウン(越前敏弥・訳)「デセプション・ポイント 上・下」 2010年01月29日

デセプション・ポイント 上

 翻訳:越前 敏弥
角川書店 単行本
2005/04/01

 いきなり初めのページに著者注記として「○○、**は現存する組織である。この小説で描かれる科学技術はすべて事実に基づいている。」と書かれている。普通なら「この物語はフィクションであり・・関係ありません」などと書かれるところだが、この作者の場合はいつも真逆のことを書く。「ダ・ヴィンチ・コード」でもそうだったが、こういう、こけおどしは必要ないと思うのだがなあ。実際のところは、科学や技術も事実に基づかない箇所が盛りだくさんで、SFとしては底が浅い。ただ、ストーリーはやはり面白い。今回は NASA と大統領選をめぐる大がかりな陰謀である。
 
 作者の作品の例に漏れず、プロットの中核となるのは、主人公が渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれ、執拗に命を狙う敵に襲われるというストーリーだ。相変わらずテンポが非常に速く、そのくせ密度は濃い。主人公は、世界中の不幸をひとつに集めてきたような不運に見舞われるとともに、世界中の幸運を独り占めしたかのような幸運にも恵まれて次々とピンチを切り抜けていく。一歩間違えば馬鹿馬鹿しい荒唐無稽な絵空事である。いや、実際、絵空事でリアリティは薄いのだが、なぜかそれをあまり感じさせない。また、パズルのピースをばらまき、最後にそれを巧みに組み立ててみせる手腕は天下一品である。単なるジェットコースターストーリーとしてだけではなく、ミステリとして優れているのが、この作者の作品の特徴だ。読んでいて目が離せなくなるという、読者に対する吸引力もすごい。名作ではないかもしれないが傑作なのである。
 
 例によって本作品も日本語版の出版は「ダ・ヴィンチ・コード」の後となる2005年だが、原作の方は「天使と悪魔」と「ダ・ヴィンチ・コード」の間の2001年に発表されている。これまで同様、この本でも作者紹介のところに「現在、ラングドン・シリーズ3作目を執筆中」と書かれていた。そう言われつつなかなか世に出てこないなあと思っていたのだが、とうとう2009年9月15日に「天使と悪魔」「ダ・ヴィンチ・コード」に続く作品“The Lost Symbol”が発売されたそうである。日本語版の発売は今年3月3日の予定らしい。日本語版が出たらまた話題になることだろう。7.5点。
 

池井戸潤「シャイロックの子供たち」 2010年01月19日

シャイロックの子供たち

 著:池井戸 潤
文藝春秋 単行本
2006/01

 作者は1998年に「果つる底なき」で第44回江戸川乱歩賞を受賞した人。元銀行員で、ビジネス書なども上梓しているそうだ。銀行や経済界を舞台にした小説が得意ということで、2年以上前に読んだ「不祥事」に続いて、これも銀行が舞台となっている。「空飛ぶタイヤ」(2006年)が第136回直木賞候補・第28回吉川英治文学新人賞候補になっていたが、つい先日も「鉄の骨」(2009年)が第142回直木賞候補になっていた。残念ながら受賞はしなかったが、世間の前評価は高かったらしい。
 
 本書は「歯車じゃない」「傷心家族」「みにくいアヒルの子」「シーソーゲーム」「人体模型」「キンセラの季節」「銀行レース」「下町蜃気楼」「ヒーローの食卓」「晴子の夏」の全十話から構成される。第六話目までが雑誌掲載作で、七話以降が書き下ろしだ。
 
 はじめは、住宅街にあるメガバンクの一支店を舞台にして一話ごとに視点主人公を入れ替えながら、出世競争や金にふりまわされる人間ドラマを描いた一話完結の連作短編になるのかと思って読んでいた。しかし、おや?途中から話の結末が微妙に中途半端になってきたなと思ったら、各話をまたぐサスペンス的な展開が始まった
 
 もしかしてはじめは一話完結の連作短編にするつもりだったのが、書き進めるうちに気が変わったのだろうか。そのせいだろうか、全体の構成に若干まとまりに欠けるきらいがある。物語の進行とともに、あとから継ぎ足し継ぎ足し肉付けされたような印象があった。ただ、個々のエピソードもそれぞれにスパイスが効いており、後半のサスペンスの盛り上がりもなかなか面白く読めた。7点。
 

西澤保彦「スナッチ」 2010年01月14日

スナッチ

 著:西澤 保彦
光文社 単行本
2008/10/22

 ある日唐突に、高知を中心とした地域に、宇宙から謎の生命体が飛来し、一部の人が寄生されて自我が交替した「ベツバオリ」となってしまう。とは言え新しい自我はオリジナルの記憶を引き継ぎ、一見それまでと変わらない。ただ体質が虚弱になる。そして、そのまま彼らは社会に溶け込むのだが、ときどきベツバオリにはもとの自我が突如復活してひとつの体の中にふたつの自我が同居するサシモドシ現象が起こるのだった。
 
 冒頭を読んだときには往年のSF設定ミステリの復活かと思った。まったくもって突飛で衝撃的な現象なのに、「ベツバオリ」は社会にすんなり認知されてしまっているあたりもお約束的だ。しかし、どうやらこの設定は、一応事件に絡んではいるが、その設定無くしてはあり得ないというストーリーではなかった。連続殺人事件という本書のミステリの本筋にとって、別段、必然性のある設定にはなってなかった。その上、事件の真相や動機もかなり無理がある。
 
 本書のもうひとつの顔は虚弱体質で食品添加物などに敏感なベツバオリが抱く現代文明に対する疑念である。癌の治療法だとか現代医療について、あるいは食品安全性の問題などが語られる。だが、かなり胡散臭いのも混じっている感じだった。同様の文脈でアポロ月着陸捏造疑惑なんてのも出てきた。自身が宇宙から飛来した生命体というものすごくSFチックな存在が、アポロ疑惑なんて言い出し始めるのは、なんとも言い難い違和感があるぞ。6点。
 

大崎梢「サイン会はいかが?−成風堂書店事件メモ−」 2010年01月07日

サイン会はいかが?―成風堂書店事件メモ (ミステリ・フロンティア)

 著:大崎 梢
東京創元社 単行本
2007/04

 本格書店ミステリシリーズ第三弾。第二弾「晩夏に捧ぐ」は長編だったが、本書は再び短編集である。
 
 まず難点を挙げてしまうと、以前から書いているように、登場人物たちのリアクションやセリフ回しに不自然さがあって、しっくりこないところが多い。物語の肉付けとして挿入されるエピソードの加え方や、文章なども、やはり素人っぽく感じるところが残っている。しかし、だ。そういう瑕疵はあるものの、本屋を舞台にしたミステリという設定がどうにも心地よい。書店の舞台裏を覗ける面白味はもちろん、キャラ造形と相まって何とも言えない親しみがわいてくるシリーズなのである。
 
 本書には「取り寄せトラップ」「君と語る永遠」「バイト金森くんの告白」「サイン会はいかが?」「ヤギさんの忘れもの」の五編の短編が収録されている。この中では表題作の「サイン会はいかが?」が、細かいところではやはり気になるところもあるが、スリリングでしっかりとしたミステリに仕上がっており、本書の中では一番読み応えがある。最後の「ヤギさんの忘れもの」はミステリ的には他愛もないが、読後にもっとも心に暖かいものをもたらしてくれる佳作で、本書の最後を締めくくるにふさわしい作品だった。7点。
 

有栖川有栖「妃は船を沈める」 2009年12月23日

妃は船を沈める

 著:有栖川 有栖
光文社 単行本
2008/07/18

 犯罪社会学者・火村英生と作家・有栖川有栖シリーズの長編2008年「本格ミステリ・ベスト10」で第7位。火村シリーズに典型的な、そこはかとなくうら寂しくてもの悲しい雰囲気を漂わせた、端正な本格ミステリだ。長編とは言っても、実は雑誌掲載の中編をふたつくっつけてできた長編小説なのだそうだ。ただ、後半の中編を執筆時にはすでに、まとめて長編にすることが作者の念頭に置かれていたようである。
 
 前半の第一部「猿の左手」はW・W・ジェイコブズの怪奇短編「猿の手」と、それをめぐる北村薫氏との会話から着想を得てモチーフに用いた作品だ。3つの願いを叶えてくれるが、その代償が怖い、猿の手の物語はちゃんと読んだことがあったかどうか覚えていないが、少なくとも大筋は聞いたことがある有名な怪奇作品だ。しかしさすが作家という人種は、通り一遍の解釈に飽きたらず、こうやって裏の裏まで読み取ろうとするのかと感心した
 
 後半の第二部「残酷な揺り籠」では第一部の二年後という設定。第一部に出てきた「妃」がふたたび事件の中心に登場する。離れで拳銃で撃たれて死んでいた青年の謎。実は一番気になるのはここで初登場の女性刑事・高柳真知子さん。彼女は今後シリーズの主要キャラになるのだろうか?7点。
 

歌野晶午「密室殺人ゲーム2.0」 2009年12月17日

密室殺人ゲーム2.0 (講談社ノベルス ウC-)

 著:歌野 晶午
講談社 新書
2009/08/07

 2009年の「本格ミステリ・ベスト10」第1位となった作品である。まさかまさか、あの不謹慎で倫理にもとる設定の小説「密室殺人ゲーム王手飛車取り」のありえないと思っていた続編だ。
 
 物理的には破綻はないが、小説に活かすのが難しいトリックというのがある。小説であるからには、犯行の動機であったり、なぜそのトリックを使ったかなど、周辺事情や人間描写などが十分に説得力を持たないと評価されない。実際そこで失敗してるミステリ小説は少なくない。というかけっこうある。しかしその点で本作品は最初から非現実的な設定であり、純粋にトリックを楽しむゲームとしての舞台設定がなされているのだ。このため、ゲーム性をエンターテインメントとして楽しむというほかに、他所で使ったら到底現実味のないトリックが、なるほどこの連中なら、ということで使えてしまうという利点も生まれる。作者がどこまで計算しているのか分からないが(おそらくすべて計算ずくなのだろう)、うまく考えたものである。
 
 そして本書の最大の見どころは、前作のただの続編にはなっていないところだ。各ストーリーのトリックも前作よりパワーアップしてそれぞれなかなかの出来だったが、さらに各話を内包するように、「えっ」「えぇっ!」という枠組みが施されている。ちょっとばかり複雑で、一読では全体像をつかみきれていないかもしれないが、これもまたよく考えたものだ。ミステリ作家の職人芸である。さて、こうなると、これはまさかさらに続いて行くのだろうか。もしそうなら、きっと職人のこだわりで二番煎じにはしないだろうから、次はいったいどんなことになるのか。7.5点。
 

米澤穂信「追想五断章」 2009年12月11日

追想五断章

 著:米澤 穂信
集英社 単行本
2009/08

 先頃発表されたばかりの2009年の各種ランキングで、「本格ミステリ・ベスト10」第4位、「このミステリーがすごい!」第4位、「文春ミステリーベスト10」第5位、「ミステリが読みたい!」(早川書房)では第3位。作者の作品はほかにも上位に食い込んでおり、ミステリ界でいまもっとも注目されている作家のひとりだろう。
 
 家庭の事情などで大学を休学し、伯父の経営する古本屋で住み込みのバイトをしている主人公が、ある女性から、亡くなった父親が生前書いていたらしい5編の小説を探し出して欲しいという依頼をされる。それらの作品は、筆名を用いて同人誌などマイナーな媒体に掲載されただけのごく短い小説で、捜索は困難そうであったが、報酬を復学資金に充てるために引き受ける。
 
 残された小説はどれも結末が伏せられたリドルストーリーで、やがてひとつひとつ小説が発見されていくことで、本作は作中作としてリドルストーリー尽くしの展開となる。一方で、なぜそれらの小説が書かれたのかという謎に関わる、過去のある事件の存在が浮かび上がってくる。まったくばらばらの物語であった小説に隠されていた意図は何だったのか?
 
 全体的に暗い雰囲気が漂っていて、ここは好みの問題かもしれないが、世の中で好評なほどには、自分にはいまひとつな印象だった。途中で語られる主人公自身の物語が宙に浮いたままになった感じがしたのも、いまひとつと思った理由だ。古書店でアルバイトをしていた女子大生も、最初はもっと重要な役回りを担うのかと思ったら、唐突に退場してしまうし。。ただ、ばらばらに見えていた物語がひとつにつなぎ合わされるという枠組みは好みである。世間から評価されている理由も主にここだろう。不満点はあったが、面白くなかったわけではない。7点。
 

遠藤武文「プリズン・トリック」 2009年12月07日

プリズン・トリック

 著:遠藤 武文
講談社 単行本
2009/08/07

 第55回江戸川乱歩賞を受賞作品(2009年)。原題は「三十九条の過失」。本屋に積まれた本の帯には「乱歩賞史上最高のトリックだ - 選考委員 東野圭吾」と大書きしてある。そして「刑務所内での密室殺人。社会派でありながら超本格」だと。この惹句を見て期待して読む人が多いだろう。しかし無闇にハードルを上げすぎていないか?
 
 交通刑務所内のシーンから物語は始まる。監視の目が光る刑務所内で粛々と進行する殺人計画。そしてそれは実行された。密室殺人は如何にして為されたのか。それはいったい何のために?
 
 交通事故の罪と罰を扱っているあたりが社会派ということだろうが、帯でそう標榜するほどには、そこにあまり焦点はない。また刑務所の舞台描写などはあまりリアリティを感じなかったのだが、この部分、実際はどうなのだろう。いずれにせよ、プロットに関係のない描写も多々盛り込まれたりして(どこかで関係してくるのかと思ったが結局ほとんど意味はなかった)、新人が力みすぎたのかもしれないが、不必要な部分はざっくり省いた方がよいというのが読後の感想である。
 
 文章もやはり新人っぽく、(多くはないが)必要なことが抜け落ちていたり、逆にあまり必要のない説明が入っていたり、サクサク読み進められる感じではない。もちろんそんなにひどい文章ではなく、新人作品と思えば合格点ではあるのだが…。細かいところでひとつ、ちょっとこれは、と思ったのが、コンピュータ関連の単語で、「ヤフオク」みたいにWebサイトの固有名(しかも略称)とか、「ビブロ」「レッツノート」などパソコンの商品名を何の説明もなく使っている。分かる人は分かるだろうが、知らない人はそこで引っかかってサクサク読めなくならないだろうか。「ネットオークション」とか「ノートパソコン」とか書けば良いところをなぜわざわざそのように書いたのか理解に苦しむ。
 
 という具合に欠点が目立つ作品ではあった。選評で東野圭吾は「減点法なら真っ先に落選する」と書いている。ほかの選考委員もおおむね同様の評価だったらしい。しかし本格トリックに真っ正面から取り組んだ姿勢が評価されたようだ。たしかにトリックは複雑でよくできている。あまりカタルシスを感じるものではなかったのが残念だが。今後、第2作、第3作では欠点を克服できるのだろうか。どのような作品を書くのか期待して待ちたい。6.5点。
 

五十嵐貴久「誘拐」 2009年11月29日

誘拐

 著:五十嵐 貴久
双葉社 単行本
2008/07

 冒頭、題名の「誘拐」から想像していたのとは異なるショッキングな事件で幕を開け、いったいどうなるのかと思った。次の章からは誘拐劇が、わりと淡々と、おもに犯人視点の倒叙形式で進んでいく。
 
 誘拐対象が現職総理の孫娘とあって、スケールが大きな話も出てくるが、国家レベルでの対応の仕方や、取り巻く世界情勢の描写などは、やや安易なところがあって瑕疵があると言わざるをえない。物語の展開上都合良く設定されているのが分かり、はっきり言ってリアリティは薄い。フィクションであるのだからお約束として受け入れることは可能だが、中途半端に現実をリンクさせているところが読んでいて引っかかったのだった。もっとお約束ならお約束で割り切った、完全に架空の舞台設定にしてしまえばよかったと思うのだが。しかし物語を楽しむためには、やはりそのあたりはお約束と割り切るべきところだろう。
 
 誘拐劇は着実に進んでいくのだが、犯人視点であっても、動機の点などがなかなか理解できない。誘拐計画はすべて成功し、最後の目標まで行き着くのだが、それでもまだスッキリとしない。しかし、そこで意外な真相が待っていた
 
 この、ラストで明かされる意外な真相はよかった。冷静になって現実的に考えると、このあと、刑事の言うようには、丸く収めることはできないと思うのだが、そこはあまり深く考えずにハッピーエンドとして受け止めよう。ということで、全体を通していろいろ無理のあるところも多かったが、十分に楽しめるエンターテインメント作品として仕上がっていたというのが読後の印象である。7.5点。
 

INDEX