読書日記

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西澤保彦「下戸は勘定に入れません」 2014年06月27日

下戸は勘定に入れません

 著:西澤 保彦
中央公論新社 単行本
2014/05/23

 このタイトル、どこかで聞いたことがあると思ったら、タイムトラベルもので、ヒューゴー賞やローカス賞を受賞(1999)しているコニー・ウィリス(大森望・訳)「犬は勘定に入れません -あるいは、消えたヴィクトリア朝花瓶の謎」から取っているのか。「あとがき」にこのタイトルを付けた辺りの経緯が書かれていた。本書には連作4話が収録されているが、その各タイトルは、「犬は…」の副題に倣う形で、「あるいは妻の不貞を疑いたい夫の謎」「もしくは尾行してきた転落者の謎」「それでもワインを飲ませた母親の謎」「はたまた魚籠から尻尾が覗く鯛の謎」となっている。
 
 さて、最近はだんだん印象が薄れてきたが、西澤保彦と言えば(初期の作者の作風である)SF設定ミステリだ。この作品はタイムスリップものだというので、もしかして往年の作風に立ち戻ったのか?なんて期待しつつ読み始めた。
 
 50歳の大学教員でバツイチ・独身の自殺志願者、古徳は「条件が揃うと、酒の相手を道連れに時間をさかのぼってしまう」という特異体質の持ち主だ。過去にも一緒に飲んだことがある人物と、月日と曜日が一致する日に再び一緒に酒を飲むことで、その人物を'道連れ'にタイムスリップしてしまうのだ。タイムスリップと言っても、実体が時間移動するわけでは無く、二人の意識のみ(?)が過去に戻って当時の様子を観察できるというものである。そう言えば、SF設定ばかりでなく、酒がらみになるのも作者の特徴のひとつだったな。最後の方にはヱビスビールが重要なアイテムとして登場して、過去の某作品を思い出す。
 
 さてしかし、酩酊推理は例によって強引で、入り組んではいるが、妄想に近いようなものだ。それはそれでお馴染みの感じで良いのだが、期待していたような、SF設定の独自縛りを生かしたタイムスリップ現象が生み出す独特のロジック、というのでもなかったのは残念。最後の方ではタイムスリップ現象にもだんだん追加設定が増えてきたりして、その辺りちょっと締まらない。
 
 ま、でもこういう変わり種ミステリは好きな方なのである。それなりに楽しめた。だがやはり、昔のように本格的に、特殊で奇想天外なロジックでもって組み立てたミステリも読んでみたい。7点。
 

宮部みゆき「ペテロの葬列」 2014年06月21日

ペテロの葬列

 著:宮部 みゆき
集英社 単行本
2013/12/20

 大企業グループ、今多コンツェルン会長の娘婿で、会長室直属のグループ広報室に勤める杉村三郎を主人公とした、『誰か』『名もなき毒』に続く、シリーズ第3弾。杉村はOB宅まで取材に出かけた帰り、編集長とともにバスジャックの人質となってしまう。
 
 犯人は温厚そうな老人で、知性を感じさせ、話術も巧みな人物だった。しかも彼が言うには、人質たちには迷惑代として事件後に慰謝料を届けると言う。現実味の無い言葉に思えたが、老人の誠実そうな態度に次第に引き込まれて行く人質たち。結局、バスジャック事件は数時間後に、警察の突入によって犯人死亡という形で決着する。
 
 そして事件後。日常が戻るかと思いきや、本当に慰謝料が送られてきたりと、バスジャック事件の余波が続く。バスジャック犯人の老人はどんな人物でどんな過去があるのか、動機は何だったのか。それぞれの事情を抱えた人質同士の関係も複雑となり、さらには、バスジャックとは直接関係の無い、社内の人間関係など、杉村の周辺のトラブルも起こる。
 
 ストーリーは、なぜバスジャックが起こされたのかの謎解きなど、ミステリ的な部分もあるが、事件の全貌が明らかになっても、そういうことだったのか、とカタルシスを得る感じは無かった。どちらかと言うと、豊田商事事件をモチーフにしたらしきマルチ商法問題や、かつて企業で流行した非人間的な社員研修の問題など、現実にある(あった)社会問題を取り上げた社会派小説の色が濃い。これは宮部みゆきの定番ジャンルのひとつだ。
 
 エピソードは詰め込まれており、読み応えはあった。ただ、作品全体としてのまとまりはいまひとつで、物足りなさを感じた。このスタイルは、もともと新聞連載作品だったということもあるのだろう。ところで、最後になって、杉村に個人的な大事件、というか大転機が訪れる。これはもしかして、続刊で、たとえば杉村が探偵となって新たな展開を始めるというサインなのだろうか?7点。
 

湊かなえ「少女」 2014年05月30日

少女 (ハヤカワ・ミステリワールド)

 著:湊 かなえ
早川書房 単行本
2009/01/23

 第6回本屋大賞(2009年)を受賞した『告白』に続いて上梓された作品。この作者の作品を読むのはこれがまだ3冊目だ。すでに多くの作品が世に出ており、気にはなっている作家なのだが、なぜか読みそびれている。人気が高くて最近まで図書館でなかなか拾えなかったという理由もあるのだが。
 
 セーラ服の女子高校生があしらわれた単行本表紙は、一見爽やかなイメージも受ける。しかし中身は、爽やかな青春などというものからはかけ離れていた。現代のリアルな女子高校生像なんて分からないが、なにせここに出てくる二人とその周囲は、ずいぶんと荒んでいて、殺伐とした雰囲気さえ漂う。ところで、本書の中でわりと大きな役割を果たす、一時期よく問題になっていた学校裏サイトというのは、最近あまり聞かなくなったが、今はどうなっているのだろうか。
 
 不安と不満を抱えた悩める二人の女子高校生が、それぞれのきっかけから「死」に強い興味を抱く。実際の「死」を間近に見てみたいという動機から、ひとりは老人ホームに、もうひとりは小児科病院に、ボランティアとして入り込む。二人の視点の物語が交互に描かれていくのだが、はじめはバラバラで断片的だったストーリーが次第に絡み合い繋がって行き、伏線が回収されていく。凝ったプロットはさすがで(強引さもあるが)、やはりこの作者らしい仕上がりだった。
 
 結末は、バッドエンドでは無いのだが、全面的にハッピーエンドというわけでも無い。最初のハラハラの分、もっとほっとするような結末にしたって良さそうなものだが、そうはしないところも作者らしい。個人的な好みとしてはハッピーエンドが好みだし、通常はイヤミスの類いは避けてしまう方なのだが、この作者の場合は、こういうちょっとダークな面が残される方がしっくり来るようで、むしろ納得してしまう。若干、不自然さを感じるところもあったが、湊かなえらしい佳作と言えるだろう。7点。
 

麻耶雄嵩「隻眼の少女」 2014年05月21日

隻眼の少女

 著:麻耶 雄嵩
文藝春秋 Kindle版
2013/05/10

 2010年の「本格ミステリ・ベスト10」で第1位、「このミステリーがすごい!」と「文春ミステリーベスト10」で4位、「ミステリが読みたい!(早川書房)」第7位となった作品。第11回本格ミステリ大賞と第64回日本推理作家協会賞(2011年)をダブル受賞している。
 
 一見、古式床しき日本の本格探偵小説の雰囲気も漂わせながら、ストーリーが進んでいく。二部構成の第一部は1985年の物語。スガル様と呼ばれる守護神的存在が村を災難から守るという伝承が伝わり、いまなお根強い信仰が根付いた、山深い温泉村が舞台になっている。自殺するためにこの地を訪れた種田静馬だったが、次期スガル様が惨殺されるという事件が起こり、犯人と疑われてしまう。しかしすぐに、同宿していた隻眼の少女探偵・御陵みかげの明晰な推理によって疑いは晴れ、なりゆきでみかげの探偵助手となる。
 
 本作は多重解決ものである。まず本書の1/3くらいの早い段階で、最初の謎解き&犯人指摘が行われて、名指しされた犯人が逮捕される。ところがその後、新たな殺人事件が発生し、みかげの父まで殺されてしまうのだ。結局、4人もの犠牲者を出した後で、改めて真犯人を暴き出すことに成功し、苦い後味を残しながらも事件は終結する。ここまでが第一部。
 
 第二部は、時代が飛んで18年後の2003年。85年の事件の後、結局自殺を試みた結果、記憶を失っていた静馬だが、記憶を取り戻して村を再び訪れる。そこに、みかげの娘で、母の名を継いで探偵を目指す少女が現れ、さらには18年前を再現するかのような殺人事件が起こる。18年前の解決は間違いだったのか?
 
 推理小説ではフェアかアンフェアかという議論が常にある。本作品は嘘が書かれているわけでは無く、一般的に言ってアンフェアと言うことにはならないのだが、こういうのは個人的にはアンフェアに近い印象を持つ。ロジック自体の問題ではなく、そのロジックを構成する要素に著しくリアリティを感じない(ので正しい推論ができない、なるほどそうだったのかと思えない)という事が理由だ。本作では(ここから少しネタバレ)、登場人物の人物像がガラリと変わってしまうと言う仕掛けがある。二重人格というわけではない。意図的にまったく異なる性格を演じていたという種明かしだ。登場シーンが少ない人物ならばそれもありだと思うのだが、詳細に描かれた主要人物の人格が途中でまるで別人になってしまうというのは、抵抗を感じる。
 
 ただしかし、サーカスを見るような感覚で、論理のアクロバットを楽しみ、壮大などんでん返しの連続を堪能するという読み方は、否定はしないし、自分自身、それはそれなりに面白いと思う。あとは好みの問題だろう。現実を超越したほら話というのが、本格とその周辺ジャンルの魅力の一面になっているのは紛れもない事実であることだし。7点。
 

倉知淳「シュークリーム・パニック ―Wクリーム―」 2014年05月04日

シュークリーム・パニック ―Wクリーム― (講談社ノベルス)

 著:倉知 淳
講談社 新書
2013/11/07

 2ヵ月連続刊行ノンシリーズ短編集の二冊目。突拍子も無いドタバタや、可愛い猫や、マニアックな趣味など、作者のお馴染みな感じの3編を収録している。
 
「限定販売特製濃厚プレミアムシュークリーム事件」ここに来て、ようやく本書のタイトルとの関連が感じられる物語。でも内容的には関係ない。ましてや表紙の美少女なんてまったく出てこない。出てくるのはメタボなおっさんだ。3日間絶食というメタボ体質改善セミナー合宿で、変人インストラクターが隠していたシュークリームを盗んだのは誰かというドタバタ劇。7点。
「通い猫ぐるぐる」猫好きにおすすめのミステリ。25歳のOL、真紀のワンルームマンションに頻繁に通ってくるどこかの飼い猫。恋人である刑事から、この猫がある事件の重要な手がかりとして探されていたことを聞く。猫に4桁の番号が隠されているはずだというのだが、はたしてどんな方法で猫に隠しているのか。6.5点。
「名探偵南郷九条の失策 怪盗ジャスティスからの予告状」いきなり名探偵キャラの登場。もしかして何かシリーズもの?ともあれ、怪盗からの予告状が届くという古典的な展開に呼ばれた探偵と警部。お宝は人気アニメのキャラ絵と声優のサインが入った色紙というマニアックな品。厳重な監視の下、まんまと犯行が成し遂げられるが、犯人は?そして方法は。7点。
 

倉知淳「シュークリーム・パニック ―生チョコレート―」 2014年05月01日

シュークリーム・パニック ―生チョコレート― (講談社ノベルス)

 著:倉知 淳
講談社 新書
2013/10/08

 「シュークリーム・パニック ―Wクリーム―」と2ヵ月連続刊行というノンシリーズ短編集。そういえば以前にも「こめぐら」「なぎなた」という二冊同時刊行をしていたっけ。薄めのノベルスなので、なんなら一冊にまとめることもできたと思うが、あえて二冊に分けたのは、この方が読者に手にとってもらいやすいという判断もあったのだろうか。本書に収録されているのは3編で、作品の長さは中、小、大といろいろ。
 
 手にとってもらいやすいという事で言うと、表紙が可愛い女の子の漫画絵になっているのが目立つ。タイトルとあわせて、ものすごくラノベ風な雰囲気を醸している。が、どうやら表紙は内容と関係ない。タイトルのシュークリームも本書ではまったく関係ない(次で関係あるようだ)
 
「現金強奪作戦!(但し現地集合)」平凡な男がいきなり、ちょっと突拍子も無い事態に放り込まれるという、作者が得意とするパターンだ。見知らぬ男から銀行強盗の仲間に誘われたが…。7点。
「強運の男」どんどん謎めく展開で、ちょっと怪しげな雰囲気はなんとなく星新一を思い起こした。ただ、リドル・ストーリー的な効果を狙ったのかもしれないが、オチが弱く、謎は解けない。7点。
「夏の終わりと僕らの影と」いいなー、青春物語。8ミリで映画を撮るっていつの時代だろうと思ったら1980年頃が舞台なのか。最近の高校生だと文化祭で自主制作映画を作るなんて時、どうしているのだろう。本書で一番長い本作は、前半は何か事件が起こるわけでも無く、とにかく映画撮影を楽しむ青春の一コマ一コマが描かれていく。それはそれで十分楽しめたが、終盤、唐突に"主演女優"消失の謎が出てきて、いきなりミステリらしくなる。実は前半には伏線もぎっしりだった。とは言え、謎解きも、その後のエピローグ然とした描写も、やっぱり青春物語なのであった。いいなー、高校生ライフ。7.5点。
 

東野圭吾「疾風ロンド」 2014年04月23日

疾風ロンド (実業之日本社文庫)

 著:東野 圭吾
実業之日本社 文庫
2013/11/15

 先日読んだ「白銀ジャック」に続く"いきなり文庫"だ。スキー場パトロール隊員の根津と、抜群の腕前を持つスノーボーダーである千晶のふたりが、前作から引き続いて登場する。ただし、根津が働いているスキー場が変わっている。
 
 事件の大枠の設定は前作と似ている。前作ではスキー場のゲレンデに爆弾が埋められたが、本作では、コース外の雪の下に生物兵器クラスの危険な病原菌が封入されたガラス容器が埋められる。そして、大学を追われ、横暴な大学の元上司を恨みに思う犯人によって脅迫が送りつけられる。この上司が例によって、保身のために事を公にしないままの秘密裏な問題解決を図るのだった。
 
 設定が似ていると言ってももちろん、単なる前作の焼き直しなどではない。むしろこの設定は、シリーズ感を出すためにわざと似せたのではないかと思う。そして、物語はどんどん思わぬ方向に転がっていく。物語の始まりが犯人視点なので、倒叙ものかと思いきや、犯人は脅迫文を送った直後に事故で死亡してしまうのだ。そしてそこに、新たな企みを巡らす人物が出てくる。
 
 大学研究員の栗林が上司に命じられて、現場の捜索を任されるのだが、スキーに不慣れな彼は、詳しい事情は話さぬまま、ボードにはまっている中学二年生の息子を連れて、現地に赴く。この息子と、彼が現地で出会った少女を中心にした別のストーリーも同時進行するし、脅迫事件も、最後の最後まで気を抜けない展開となっていた。さすが。7.5点。
 

真保裕一「アンダルシア 外交官 黒田康作」 2014年04月15日

アンダルシア 外交官 黒田康作 (講談社ノベルス)

 著:真保 裕一
講談社 新書
2012/02/07

 ヨーロッパの小国・アンドラにいるという邦人女性から、財布とパスポートを紛失したとSOSが入り、バルセロナの領事館にたまたま居合わせた黒田が迎えに出向く。無事に出国して安全な場所まで送り届けたものの、不審を感じる黒田。果たして、背後には複雑な事情と事件が隠れていた。
 
 小国アンドラの刑事たち、アンドラの旧宗主国である大国フランスとスペインの警察組織、それぞれの思惑や面子が衝突し、また、複雑に絡み合う。ちなみに日本の官僚は事なかれ主義でまるで頼りにならず、存在感も無い。
 
 国家・大組織レベルから個人レベルまで、様々な思惑が入り乱れる上に、国家の表には出せない事情も入ってきて、事態はますます複雑さを増していく。読んでいて、なかなか理解が行き届かないほどである。ただし、国家レベルではあるが、基本的には裏事情なので、わりと地味な展開が続くことになる。その点、途中の引きがやや足りない感じだ。しかし、最後は一気にいろいろな真相が明らかにされて、実はあれも伏線だったのか、という驚きがあった。まるで地味な物語かと思いきや、実はなかなかによく練られたプロットである。
 
 もともと映像メディアとのタイアップ企画シリーズなので、本作品も映画版が2011年に公開されている。例によって中身は、小説版とは多くの点で異なったようだ。きっと映像の方が要求はシビアだろうが、そちらは途中が地味になったり複雑すぎたりはしなかっただろうか。7点。
 

ダン・ブラウン(越前敏弥・訳)「インフェルノ 上・下」 2014年03月29日

インフェルノ (上) (海外文学)

 翻訳:越前 敏弥
角川書店 ハードカバー
2013/11/28

 世界的大ベストセラー、ラングドン教授シリーズの第4作目。本作では、ダンテの『神曲』、その中でもとりわけ地獄篇(Inferno)が主要モチーフとなっている。『神曲』をもとにしてボッティチェッリが描いた『地獄の地図』も重要な鍵だ。
 
 なぜかフィレンツェの病院で目を覚ましたラングドンは、傷を負い、二日間の記憶を失っている。なぜ自分はここにいて、傷付いているのか。謎を深く考える暇も無いうちに、病院に襲撃者が現れて、優秀な頭脳を持つ若い女性医師・シエナとともに命からがら脱出する。そこからは例によって、暗号などわずかな手がかりを頼りにして、少しずつ謎を解きながら、そして幾重ものピンチを乗り越えながらの大活劇である。
 
 はじめは、シンプルな構図のアドベンチャーミステリに見えた。陰謀に巻き込まれたラングトンが、相棒とともに陰謀を阻止するために数々の謎解きと立ち回りを演じていく。よくある展開だ。記憶喪失の設定はスリリングだが、ベタで都合の良い設定だな、とも思った。とは言えそれでも、なかなか面白く、それなりに満足できる内容だな、とも。しかし!下巻で全貌が明らかになるにつれ全体像が大きく書き換えられ、ありきたりでは無い展開が待っていた。記憶喪失も実は偶然の産物では無く、前半が様々な伏線になっていたことに驚かされる。この人はやはり物語作りがうまい。シリーズも4作目でそろそろ飽きも出てくるかと思ったが、いやいや、また新鮮に楽しめた
 
 (以下、いささかネタバレするが、)本作品は最後に陰謀を阻止できないという意外な結末だ。陰謀は、はじめに予想されていたような、直ちに凄惨な被害をもたらすというものでは無かったことは確かだが、人類社会的にはもちろん大きなインパクトがある話だ。個人レベルでも、悲劇に結びつくケースも珍しくないだろう影響があるはずだ。シリーズ続編では(きっと続くのだよな?)、本作で大きな変化を遂げた人類社会のその後はどう描かれるのだろうか。ちょっと気になる。8点。
 

石持浅海「煽動者」 2014年03月15日

煽動者

 著:石持 浅海
実業之日本社 単行本
2012/09/20

 主人公を含め、主要登場人物が政府転覆を企てる反政府テロリスト組織のメンバーという設定だ。普段は正体を隠して、一般人として生活しているが、招集がかかると集まって組織のために働く。テロ組織ということで、狂信的で暴力的な剣呑な暴走集団かと思えば、この組織は示威的行為は行わず、流血沙汰などは避け、極力一般人に被害を出さないという方針で運営されている。なら陰謀集団ではあってもテロリストというのは違うのではないかと思うが、まあここで言葉の定義を厳密に考えても仕方ないか。ところで、この設定はシリーズで、本作の前に『撹乱者』という作品があるらしい。未読であるが、とくに支障は無かったと思う。
 
 正直なところ、存在を知られないようにしながら、裏工作で現政権への不信を煽り、政権交代を目指すというこの秘密組織にリアリティは無い。この作品の中で、主人公たちが立案した計画にしたって、迂遠に過ぎるし、およそ実効性も実現性も感じられない。というあたり、気にはなるが、ここはあくまで物語を楽しむための設定なので深くは考えまい。シリーズになっているということで、続けて読んでいくと組織の謎が明かされてきたりするのだろうか。
 
 さて、主人公たちは、組織の指令によって軽井沢の人里離れた建物に集合するのだが、たくさんの客室を持つ建物に大勢の人物が集まったとなれば、当然の成り行きとして(?)殺人事件が起こる。別に吹雪に閉ざされているわけではないが、非公然組織としてはもちろん警察に届けるわけにもいかない。(作品の設定はこのためでもあるのか?) かくして、本来の任務を進めながらも、殺人者が仲間内にいる緊張感の中で推理を巡らせていくという展開になる。不満なところは多いが、ちょっと気になるシリーズである。6.5点。
 

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