読書日記

INDEXページへ

柳広司「キング&クイーン」 2011年06月17日

キング&クイーン (100周年書き下ろし)

 著:柳 広司
講談社 単行本
2010/05/26

 古武術の達人で、元SPの経歴を持つ冬木安奈。ある事件を契機に警察官を辞めて、今は六本木のバー「ダズン」で働いている。そんな彼女のもとに、ある人物の警護の依頼が舞い込む。その人物とは不世出のチェスの天才、アンディ・ウォーカー。将棋がある日本ではさほどではないが、世界の多くの国では世間の大注目を集めるチェスの元世界チャンピオンで、向かうところ敵無しの強さを誇る人物だ。ただし実生活では奇人変人の部類である。安奈は正体不明の敵から彼を守り抜くことができるか。一方、物語のうち半分は頻繁なカットバックで過去の出来事が描かれる。アンディが如何にして才能に目覚め、チェスの世界を生きてきたのか。安奈はなぜSPになり、そして辞めることになったのか。
 
 安奈や元上司のSPなどの、常人とは一線を画す能力を見せつける活躍がひとつの見どころだ。「ジョーカー・ゲーム」「ダブル・ジョーカー」に出てくるスパイたちの快刀乱麻な活躍ぶりを彷彿とさせる。そしてもうひとつの見どころが、チェスの世界におけるアンディの快進撃である。チェスをめぐる出来事はある程度実話が下敷きになっているのだろうか。ともあれ、これらの痛快な、あるいは興味深い出来事が、カットバックで短く区切りながら少しずつ描かれていくので、先が気になってしょうがない
 
 過去が明らかになったところで、ウォーカーを狙う敵との対決となって「ジョーカー・ゲーム」的なエンディングになるのかと思いきや、これは吃驚!こんな仕掛けを仕込んでいたとは。この作者あなどり難し。予想とはだいぶ異なる着地点になったことで中にはがっかりする人もいるかもしれないが、これはこれでミステリとしてよくできており面白かった。7.5点。
 

大倉崇裕「福家警部補の再訪」 2011年06月14日

福家警部補の再訪 (創元クライム・クラブ)

 著:大倉 崇裕
東京創元社 単行本
2009/05/22

 「刑事コロンボ」をリスペクトして書かれている倒叙形式の本格ミステリ。「福家警部補の挨拶」に続くシリーズ第二弾の作品集だ。本書には4編の作品が収められている。2009年(2010年版)の「ミステリが読みたい!(早川書房)」で第10位
 
「マックス号事件」福家警部補がたまたま(?)居合わせた殺人現場は海の上。鑑識もいない洋上の豪華客船で、到着までに犯人を特定できるのか。ちょっと疑問が残る部分があったが。。7点。
「失われた灯」本書で一番長い作品。犯人を追い詰める核心部分こそ割とシンプルであっさりだったが、そこに至る過程を倒叙もの独特の雰囲気で存分に楽しめる。7.5点。
「相棒」人気が衰えた漫才コンビの片割れがコンビ解消を承諾しない相方を手にかける。相方はなぜうんと言わなかったのか。彼が抱えていた秘密とは。7点。
「プロジェクトブルー」フィギュアなど玩具のマニアックな趣味の世界を舞台に起こされた事件。事件の鍵となるのもまたマニアックな一品。7.5点。
 
 解説子が詳しく書いているが、コロンボのフォーマットを忠実になぞったシリーズで、安定感があって完成度が高い。あえてマイナス点を言えば、全般的に、犯人の失策にあまり意外性がなく、そんなところに思わぬ落とし穴が!という驚きが少ないことだが、それでも、読者にも考えが読めない福家警部補が不気味に(?)犯人をじわりじわりと追い詰めていく様は、読んでいてとても面白い。あまり見たことのないコロンボのTVドラマも見てみたくなる。
 

倉知淳「なぎなた−倉知淳作品集−」 2011年06月12日

なぎなた (倉知淳作品集)

 著:倉知 淳
東京創元社 単行本
2010/09/29

 しばらく前に読んだ「こめぐら」と同時刊行された、作者のノンシリーズ短編集。下に各話ごとの感想を記す。年は作品の発表年だ。10年以上も開きがあると、この間の携帯の普及の小説に対する影響が大きいのが分かる。あと分かったのは、作者は猫がとても好きなんだなあ、と。
 
「運命の銀輪」2009年。殺人シーンで幕を開ける。作者のいつものコミカルな雰囲気は封印した、正当派、直球ど真ん中の倒叙ミステリ。7.5点。
「見られていたもの」1997年。冒頭に妙な作者注があったが、あまり意味はなかった。叙述トリック作品。見抜けないものだなあ。7点。
「眠り猫、眠れ」1997年。殺人は出てくるが本筋には関係ない。広い意味ではミステリだが、むしろ人間ドラマでしみじみとさせる小品。6.5点。
「ナイフの三」1996年。コンビニに集う若者たちが公開捜査中の誘拐殺人犯を目撃?推理はやや一足飛びだが、似たようなことはありそうだ。7点。
「猫と死の街」2007年。飼い猫がいなくなって捜索中、その猫を殺したと言う男が現れる。男の心理は分かるような、でも無理があるような。7点。
「闇ニ笑フ」2001年。映画館の暗闇の中、ほかの観客がみな、思わず顔をしかめる陰惨な場面で、ひとり微笑む美女の謎。7.5点。
「幻の銃弾」2008年。大統領選に湧くニューヨークの雑踏で発生した殺人事件。ハードボイルドな翻訳小説の体裁で書かれている。7.5点。
 

畠中恵「しゃばけ」 2011年06月07日

しゃばけ (新潮文庫)

 著:畠中 恵
新潮社 文庫
2004/03

 世間に遅れること甚だしく、いまさらではあるのだが、2001年に第13回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞して、作者のデビュー作となった作品である。シリーズ化されて(もうすでに10冊くらい?)、ラジオやテレビでドラマにもなって、というベストセラーな話題作とあって当然タイトルは知っていたし興味もあった。が、なぜかこれまで読んでいなかった。とくに理由はないのだが。
 
 時は江戸時代、主人公は大店の若だんなである一太郎。体が弱くてすぐに寝込んでしまうこの若だんなの周囲には、手代として仕える犬神や白沢(はくたく)をはじめとして妖(あやかし)のものどもが大勢いるのだった。そこに巻き起こる事件を彼らが解決するというのが基本パターンになるようだ。このシリーズ第1弾と、第5弾「うそうそ」は長編だが、ほかは短編で展開しているらしい。
 
 本書は、一太郎が訳あって手代にも内緒で遠出をした帰り道、人殺しの現場に行き合ってしまうところから物語が始まる。近くにいた妖の助けを借りて、追ってくる下手人からなんとか逃げおおせたのだったが、やがて事件は連続殺人に発展して世間を騒がせることになる。事件と一太郎や妖との関係、そして真相は?
 
 デビュー作ということもあって、書きっぷりが素人っぽいようなところもある。もっとも、以前読んだ2006年作品の「アコギなのかリッパなのか」でも似たようなことを感じたので、デビュー作だからというばかりではないのかもしれない。しかし、キャラの造形や配置、舞台設定は上手いし、本作はストーリー的にもなかなか面白かった。小説家デビュー以前は漫画家だったそうなので、その頃に培った力なのだろうか。すると、うーん、やはり文章力が惜しい。最近作ではもっとうまくなっているだろうか。読んでみよう。7.5点。
 

貴志祐介「ダークゾーン」 2011年05月31日

ダークゾーン

 著:貴志祐介
祥伝社 単行本
2011/02/11

 最近作の「新世界より」や「悪の教典」でも、それぞれ思い切った設定に挑戦し、飛び抜けた創造力を見せた作者だが、これはまた、それら以上に徹底的に突拍子もない設定の娯楽作品である。
 
 こういうゲーム性の高い100%エンターテインメントな作品は、人間を深く描いた物語を読みたい読者には、つまらないと感じる人もいるかもしれないが、自分はけっこう、いや、かなり好きである。貴志祐介と言えば、初期の作品で「クリムゾンの迷宮」という大傑作がある。本作品は、あの興奮を再び、という力作だ。
 
 現実世界の人間が西洋ファンタジー的なキャラクターに姿を変えて、将棋のようなルールの命をかけた闘いを繰り広げるというストーリーだ。現実世界から異世界に放り込まれるのはファンタジーなどの定番だが、自分の姿形も変わって、その異世界を支配しているのは自然法則ではなく、いかにも人為的なゲームのルールであるというところが特異的である。
 
 現実世界においてプロ棋士目前の奨励会三段リーグを戦う塚田が、この世界で王将(キング)となり、他の駒となった人々を操って、将棋のタイトル戦と同じように七番勝負を戦う。先に四勝した方が最終的な勝者となるのだ。一局ごとにキングのリアルな死をもって勝負が決まるが、次の対戦が始まると同時に生き返り、すべてがリセットされる。しかし七番勝負に敗れるとチーム全員の存在が消滅させられる。
 
 定められたルールの制約の上で繰り広げられる死闘。意表を突く戦略と駆け引きによって織りなされる息詰まる攻防は目を離せなくなる中毒性がある。作者自身が作り上げた設定の中とは言え、多彩な展開をよくこれだけ盛り込めるものだ。久しぶりに、次が気になってなかなか途中で止められないという読書になった。
 
 架空世界でのストーリーばかりではなく、各局での闘いの間には断章として、現実世界での出来事が挟み込まれる。現実世界では何が起こり、架空世界とはどういう関係にあるのか、というところも物語の大きな謎となっている。これだけ突飛な設定だけに、結末ですべてに合理的な説明が付くというわけではないが、うまく境界をあいまいにしてふたつの世界を繋ぎ、最後には同じ地平の上に並べて見せていた。ともあれ、スリリングな展開がとても面白い傑作であった。8点。
 

宮部みゆき「楽園 上・下」 2011年05月25日

楽園〈上〉

 著:宮部 みゆき
文藝春秋 単行本
2007/08

 「模倣犯」の続編あるいはスピンオフという作品で、あの事件から9年後を舞台にしている。いや、でもすっかり「模倣犯」のストーリーを忘れてしまっていた。本作の主人公であるフリーライターの前畑滋子は「模倣犯」ではどのような役割を果たしたのだったっけ。。本作中ではしばしば「模倣犯」の事件に触れられているが、ストーリーそのものはもちろん独立している。
 
 「模倣犯」事件のトラウマを引きずる前畑滋子のもとに持ち込まれた、透視とか千里眼と呼ばれるような特異な能力を持っていたかもしれない、事故で亡くなった少年の話。人が良くて実直な母親の情に打たれた滋子は、仕事としてではなく個人的な思いから調査を引き受ける。
 
 そう言えば、宮部作品には初期の頃、超能力ものが多かった。超能力の扱いは、初期の作品ではどちらかというと「フィクションだけど現実の世界にもありそうでしょ?」というスタンスが強かった気がするが、この作品では、あくまでそれはフィクションで、現実には無いお話のための作り事の設定だ、というスタンスになっている気がする。逆説的であるが、こちらの方が、より物語にリアリティを感じる
 
 はじめは少年についての謎の調査だったが、やがて謎が謎を呼ぶ展開となって、過去と、そして現在の、剣呑な事件が徐々に姿を現してくる。そこに浮かび上がってくるのは人間の暗黒面で、書いている作者自身も気が滅入るようなイヤな話も多く出てくるのだが、最終的には心温まるエピソードもあって、人間の未来に希望の光をあててくれるので、読後感が悪くなることはない。読み応えたっぷりの人間ドラマの力作であった。7.5点。
 

米澤穂信「さよなら妖精」 2011年05月11日

さよなら妖精 (創元推理文庫)

 著:米澤 穂信
東京創元社 文庫
2006/06/10

 2004年発表の、作者の第3作目となった作品。概要によれば「著者の出世作となった清新なボーイ・ミーツ・ガール・ミステリ」である。某所で見かけた作者講演会の記録によると、このストーリーはもともと、古典部シリーズの一つとして出す予定だったようだ。作者の作品はまだそれほど読んでいないが、なるほど古典部シリーズで読んだことのある「遠まわりする雛」と共通の雰囲気がある。先日読んだばかりの「春期限定いちごタルト事件」も同じ系譜と言える。教養があって知的レベルが高く、情緒性も豊かだが不安定な面もある、そういう高校生くらいの若者が主要な登場人物だ。
 
 1991年、日本の地方都市の高校へ通う、守屋路行が主人公。学校からの帰り道、友人のセンドーこと太刀洗万智とともに、雨宿りをしていた少女マーヤと出会う。ユーゴスラヴィアからやって来たという彼女はそれからほんの2ヶ月あまりの間だけ日本に滞在し、白河いずる、文原竹彦を加えた4人と、ともに時を過ごして帰って行った。
 
 前半は、異文化に大きな興味と関心を寄せるマーヤと、4人の高校生との間の交流が描かれる。そして後半になると、そこに世界の近・現代史と時事問題が深く絡み出す。ユーゴと言えば、たしかに一時期よく国際ニュースで耳にした。しかし、それは遠く離れた世界の出来事で、ニュースも耳の端で聞いているくらいだった。そんな、ほとんどの日本人にとって縁のない異世界から訪れた少女は、平和な日本の高校生にどんな影響を残したのか。
 
 ミステリとしては日常の謎の路線で、いくつかの謎解きが出てくるのだが、全般には、いかにも作者が頭をひねって作り出しましたという印象はぬぐいがたい。正直、ミステリとしてはイマイチ。しかしなるほど、青春小説としては鮮烈かつ強烈な印象を残す物語だった。6.5点。
 

伊坂幸太郎「あるキング」 2011年04月30日

あるキング

 著:伊坂 幸太郎
徳間書店 単行本
2009/08/26

 寓話のような神話のような、ファンタジーのようなサスペンスのような、シェークスピアのような、でもやはり伊坂幸太郎のような、独特な雰囲気を持つちょっと変わった小説だ。
 
 キング、王様と言っても、野球の王である。超越した野球の能力を授かった人間が歩む波乱の道程が語られていく。熱心な野球ファン、正確に言えば万年最下位の地元プロ野球チーム・ 仙醍キングスの信仰的ファンである両親のもとに生まれ、“王が求め、王に求められる”ようにと、王求と名付けられた子。彼がたどる数奇な運命的人生の物語である。
 
 主人公をすこし離れたところから見つめる非現実世界の存在だとか、謎の語り主。シェークスピア劇を意識した演出は変わっているが、これらが独特の雰囲気を醸し出している。そして、人の能力を超えるほどの野球の才能を具えた王求という存在自体がまた特殊な味わいを出している。彼はいわば野球のスーパーマンだ。スーパーマンの話とかだと、相応の力を持った強力な対抗馬(敵)が現れるのが典型的なパターンだが、この物語にはそんなものは出てこない。王求はあくまで一般人の中に混ざった唯一無二の異物的存在であり、そのことが様々な波紋を投げかけることになる。
 
 この異色劇の幕切れは、ややあっけなさを感じた。とくに伏線をいかしてどうこうすると言うこともなく、あっさりと幕が落とされてしまった。ただ、全体の魅力というか読ませる力はさすが。淡々とした語り口なのに、そこから放たれる奇妙な魅力に引き込まれた。7点。
 

東川篤哉「放課後はミステリーとともに」 2011年04月23日

放課後はミステリーとともに

 著:東川 篤哉
実業之日本社 単行本
2011/02/18

 つい先日(4/12)「謎解きはディナーのあとで」で本屋大賞を受賞したばかりの作者の最新作だ。「謎解きは…」が大人気で、初版7000部がいつの間にか100万部となり、本屋大賞受賞でさらに弾みが付くと思われる訳だが、どうやら本書は「謎解きは…」を相当意識して、というか意図的にそれを利用して出版・宣伝されている。シリーズも違うし出版社も違うのに、タイトルは似ているし、イラストを使った装丁の感じも似ている。その戦略は当たったようで、奥付を見ると、初版1刷が2月25日で、手元にある4刷の日付は3月10日と、こちらもけっこうな売れ行きのようである。
 
 ということで、店頭で並べて売られていると、中には「謎解きは…」の続編かと間違える人も出るかもしれないが、こちらは「学ばない探偵たちの学園」や「殺意は必ず三度ある」の鯉ヶ窪学園探偵部シリーズ(の番外編)である。主人公は名探偵を志す探偵部副部長の霧ヶ峰涼。しかし、たいていのケースでは探偵役となるのは他の人物で、主人公が名探偵ぶりを発揮できることはたまにしかない。ちなみに霧ヶ峰涼はシリーズ長編作品には登場しておらず、逆に長編の探偵部の面々はこちらの短編には出てこない。
 
 2003年から2010年までに発表された全8話が収録されている。いきなり1話目から背負い投げをくらい、2話目は、「よし、トリック分かったぞ」と思ったら二重三重の仕掛けに見事にだまされた。まあその後ろの話には謎解き的に当たり外れもあるが、外れのものとて決してつまらないということは無い。とても面白く、そして全体にレベルの高い短編集だった。
 
 本屋大賞受賞で今後、作者の活躍の場も増えるに違いない。そういう時、多忙多作で質が下がる場合と、調子を上げてますますレベルを向上させる場合があると思うが、ぜひとも後者のケースとなることを期待したい。7.5点。
 

真保裕一「デパートへ行こう!」 2011年04月16日

デパートへ行こう! (100周年書き下ろし)

 著:真保 裕一
講談社 単行本
2009/08/26

 かつては庶民にとって憧れの場所だったデパート。本作品は、都内にある、とある老舗のデパートを舞台にして、ある一夜に繰り広げられる群像劇である。時刻は閉店後の深夜。本来ならひと気が消えるデパートには、その日ばかりはそれぞれの思惑を胸にした人々が大勢集まってくる。
 
 次々に出てくる登場人物たちはわりとエキセントリックだし、そんな彼らが偶然にも同じ夜に同じデパートにやってくるというのも物語とは言え都合が良すぎるし…、と最初のうちは思っていたのだが。。やがてそれぞれに様々な事情を抱えた彼らの関係が互いにリンクしていく。しかもその関係性は、背景事情ばかりではなく、心情的にも互いにうまくリンクさせていく辺りが巧い。はじめはバラバラで、こんなのでちゃんと収拾が付くのだろうかと余計な心配をしていたが、さすがは真保裕一だった。きちんとハッピーエンドにまとめていた。7.5点。
 

INDEX