読書日記

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真保裕一「灰色の北壁」 2006年06月22日

 予備知識なく長編かと思って読み始めたら中編集だった。表題作ほか全3編を収めた山岳ミステリー集だ。第25回(2006年)新田次郎文学賞を受賞している。
 
「黒部の羆」羆(ひぐま)の通称で知られ、卓越した技術と絶大な信頼を持つ元山岳救助隊員が遭難者の若者の救出に向かう。若者が心の奥に抱えた重たい葛藤を描く優れた人間ドラマに加えて、ミステリ的な仕掛けも有る。7.5点。
「灰色の北壁」現在に過去を織り交ぜてじっくりと描いて行き、過去のある「疑惑」を浮かび上がらせる。そして最後に、感動を秘めた疑惑の真相を明らかにする。雰囲気と言い構成と言い、明かされた真相と言い、横山秀夫が得意とするような物語だ。8点。
「雪の慰霊碑」息子を山で亡くした父親が、身辺を整理するようにして息子が亡くなった場所に向かう。山の過酷さと雄大さが生み出す物語。ただ、このあとどのような形に落ち着くのか気になる。7点。
 

法月綸太郎「怪盗グリフィン、絶体絶命」 2006年06月19日

 講談社ミステリーランドシリーズの一冊。レトロな感じの挿絵がどこかで見たことある絵柄だなあと思ったら、レコスケくんの本秀康だった。イラストの中にレコスケくんがちゃっかり登場している…。
 
 怪人二十面相とか謎の秘密組織とか、大人向けの小説に出てきたら馬鹿馬鹿しいようなものも、子供向けの物語なら許される。いや、そう言うよりはむしろ、子供向けの場合あまりリアルな舞台設定は話を難しくしてしまうだけなので、あえてこういう分かりやすい設定を取り入れるのだろう。ということで、子供向け小説というのは独特の雰囲気を持っていることが多い。本書も半分くらいはリアル(9.11同時多発テロの話とか出てくる)、もう半分はいかにもという設定(怪盗!)で、何となく懐かしい気分になって読んだ。
 
 題名どおり絶体絶命と思えるピンチを次々と切り抜けていくグリフィンの活躍が格好良い。スマートでクレバーなグリフィンのキャラは子供にはもちろんすれた大人にとっても魅力的だ。ただ、途中のテンポの良さに比べてオチが弱い気がするのがちょっと残念。それにしても読む前は予想も付かなかったのだが、法月綸太郎ってこんなのも書けるのか。なかなか意外である。作者本人も新鮮な気持ちで書いたのではないだろうか。7点。
 

大倉崇裕「やさしい死神」 2006年06月17日

 シリーズ第3弾は再び短編集。
 
「やさしい死神」アンソロジー「本格ミステリ02」で既読。
「無口な噺家」仕掛け自体はありえないというか、それは気付くだろう、というものだが、全体のストーリーが良い。7.5点。
「幻の婚礼」結婚式の司会の依頼が、ある落語家のもとに顔も覚えていない同級生から舞い込むのだが、実はすべて嘘だった。牧が不在で、牧の前任編集長・京の助けを受けながら緑が到達した真相は?7.5点。
「へそを曲げた噺家」公演の最中に客席でなり出した携帯電話に腹を立て、高座を降りてしまった気むずかしい名人。しかし実は裏にある計画が隠されていた。7点。
「紙切り騒動」期待の若手が偶然目にした紙切り作品に惚れ込んで、落語家から紙切りに転向すると言い出す。しかしその作品の作者は行方知らずで弟子入りもできない。7.5点。
 
 シリーズ第一弾の短編集「三人目の幽霊」はさほど感心しなかったが、本書は格段に良くなっている。巻末の解説に書かれているが、作品全般の趣向も変化しており、これも好ましい。次作が早く読みたくなった。その上、これも解説(の最後の二行!)によれば、新たな展開が待ち受けているようだ!!ますます待ち遠しい。
 

東直己「ライト・グッドバイ」 2006年06月13日

 ススキノ便利屋探偵<俺>シリーズの第8弾。題名はチャンドラーの「長いお別れ(The Long Goodbye)」へのオマージュか?女子高生失踪事件の犯人と思しき男と仲良くなって犯行の証拠をつかむように、古い馴染みの元刑事・種谷から頼まれた<俺>。気は進まないとはいうものの、放ってはおけない性分で、結局引き受ける羽目になる。
 
 警察を退職した種谷や、あまりお付き合いしたくないタイプの犯人などと、<俺>とのやりとりが続くのだが、なかなか事件は進展しない。しかし退屈かというとなぜか不思議と退屈はしない。種谷とのやりとりも面白いし、もういい歳ながらあまり歳を感じさせない<俺>自身のキャラが飽きさせない理由だろうか。終盤になって、<俺>がある計画を立てて、ようやく事件は収束に向かって動き出すのだが、「計画」はあっさり失敗。しかしそれでも偶然の成り行きでともかく解決してしまうという展開で、壮大な見せ場などというものとは一切縁が無い。と書くと、まるで面白くなさそうなものだが、これがまた不思議とそこそこに面白いのだ。なぜだろう…。シリーズものの魔力だろうか。このシリーズをいきなり本書から読むのはお薦めできないが、これまで読んできた人にとっては楽しめる作品だ。7点。
 

浅倉卓弥「北緯四十三度の神話」 2006年06月10日

 デビュー作「四日間の奇蹟」や「君の名残を」は大仕掛けを使った物語だったが、本作はそんな仕掛けはまったく無縁の日常そのものだ。もっとも「四日間」でも本当の読み所は外連味のある仕掛けではなく、心の物語こそが白眉だったわけで、その意味では路線が変わったわけではなく、これもやはりこの作者らしい作品なのだ。
 
 まだ中学生の頃に両親を事故で亡くした姉妹ふたりが主人公である。両親の死後は祖父母に引き取られて不自由なく暮らすが、事故のショックは癒しがたく、姉妹ふたりの仲もギクシャクしたものになってしまう。その後、成長した姉は大学の研究者となり、妹は地方ラジオ局のパーソナリティとして活躍する。この頃ふたりはふたたびお互いに仲の良い姉妹として接するようになるが、心の底にはいかんともしがたいわだかまりが残っていた。
 
 お互い、優しい心を持った大人である。しかしそれでも感情を思うとおりに操ることができるわけではない。行き場のない感情をもてあました経験は誰しも持っているだろう。このふたりもそうやって悩みながらも、自分の感情に真摯に向き合うことで乗り越えていく。本書で彼女たちの心の動きや感情を表現するのに大きな役割を担っているのが妹のラジオのDJだ。視聴者との葉書のやりとりを通じて、さらにそれが姉妹の周囲とも絡んで、物語を紡いでいく。最初に述べたとおり、実にこの作者らしい佳作であった。7.5点。
 

石持浅海「水の迷宮」 2006年06月19日

 職場の水族館を心から愛し、情熱を注いでいた片山が、水槽の裏側で亡くなってちょうど三年目。とつぜん水族館に舞い込んだ脅迫は、水槽の生き物に危害を加えることを示唆しながら100万円を要求するものだった。どことなく腑に落ちない脅迫への対応に追われているうち、職員の一人が遺体で見つかる。これは殺人なのか?三年目の片山の死との関係は?犯人の狙いは何なのか?水族館を愛する職員たちと、たまたま居合わせた探偵役の深澤は、事件に翻弄されつつもやがて幾重もの謎と様々な思惑の裏に隠されていた真相にたどり着く。
 
 作品の難点を言うと、これはこの作者の作品全般の傾向で前にも書いているのだが、設定、とくに本筋と直接関わらない部分の設定がなおざりなだったり、人物の造形が甘かったりした。何かに対する登場人物の反応や行動に違和感がある場面が多く、たとえば当然誰でも気付きそうなことになかなか気付かなかったり(で、ようやく誰かが指摘して初めて皆が驚く)みたいな不自然なところがある。ということで読んでいる途中、その辺りのことが気にならないわけでは無かったが、なぜか読後の印象はとても良い。前回読んだ「セリヌンティウスの舟」では残念ながら欠点の方が目立っていたのだが、欠点を超えた魅力あるストーリーで読者を惹きつけるのは、これも石持浅海作品全般に共通する特徴と言える。もちろんこの欠点が克服されればさらに良くなるはずだが。7.5点。
 

岡嶋二人「あした天気にしておくれ」 2006年06月05日

 岡嶋二人を読むのは久しぶりだ。なんとなく、めぼしい作品はみな読んでしまった気がしていたのだが、これはまだ読んでいなかった。作者は「焦茶色のパステル」で第28回江戸川乱歩賞を受賞して、「七年目の脅迫状」(あ、これも未読かも)、そして本作と、デビュー以来、競馬モノを3作品続けて出している。ということで本作は作者の3作目になるのだが、実は「焦茶色」の前年の乱歩賞で最終候補に残った作品であり、つまりデビュー以前に書かれた実質的な処女作なのだそうだ。
 
 さすが乱歩賞最終候補作。というか、なぜ受賞しなかったのか不思議なくらいに良くできた作品だ。よくぞこんなプロットを作り上げるものだ。前半は倒叙形式になっており、主人公・朝倉の計画で、事故で骨折した名馬の偽装誘拐が始まる。しかしやがて思いもよらない展開により、謎の脅迫者と対峙することになる。倒叙のサスペンスから謎解きに変化する展開が見事である。また、この「謎の脅迫者」が仕掛けるトリックもすごい。もっとも本作のメイン・トリックに似たトリックの先例があるということが乱歩賞を逃した理由だったらしい。しかしそれでも仮にこのトリックを評価から外したとしても、全体の完成度は依然として非常に高い。ただ、ひとつ不満を挙げると、終章の最後の数ページは必要ないように感じた。二転三転のストーリーの締めくくりとしては相応しいと思える反面、それまでが際立って思慮深く用意周到であった分、最後の最後で軽率さが目立ってしまうように思う。とは言え、それでもなお本作品は岡嶋二人の代表作のひとつに数えられる傑作だ。7.5点。
 

辻村深月「凍りのくじら」 2006年06月01日

 最初に読んだマンガが何かなんて覚えていないが、はっきりと意識して選んで読んだ、記憶に残る一番古いマンガは「ドラえもん」だ。それ以来ずっと「ドラえもん」ファンだったし、藤子不二雄ファンだった。中学生の頃には藤子・F・不二雄のSF短編を好んで読んだ。最近になって再評価が進んで手に入れやすくなっているが、その当時は今以上にマイナーな存在だったと思う。
 
 さて本書はメフィスト賞作家の手による「少し不思議(SF)」な青春小説(?)である。利発な分、世間や友人に対してちょっと冷めたところのある高校生の理帆子。カメラマンだった最愛の父親は不治の病を宣告され5年前に行方知らずになっており、残された唯一の肉親である母親も病魔に冒され病院の床についている。そして精神的に幼稚で常識が通じないイタい元彼の存在。このときの理帆子の生活は、ちょっと突けば脆くも崩れ落ちそうで不安定なものだった。そんな彼女の前に現れたのが、高校でひとつ上の学年にいる別所あきらだった。
 
 「ドラえもん」にせよSF短編にせよ、しばしば実に奥深い哲学が隠されていることは知る人ぞ知るである。そして時には泣かせる感動の名作があることも知る人ぞ知る、いや、けっこう多くの人が体験しているかな。そんな「ドラえもん」の道具やエピソードを絡めながら、父親の影響で自身も藤子・F・不二雄の大ファンである理帆子を取り巻く世界が描かれていく。感動モノとか泣ける小説とかって実はあまり好んで読もうと思わないのだが、それでも読んでしまうとやはり良かったなあと思えるのはなぜだろう。7.5点。
 

J.K.ローリング(松岡佑子・訳)「ハリーポッターと炎のゴブレット」 2006年05月27日

 ちょうどシリーズ第6弾の「ハリー・ポッターと謎のプリンス」日本語版が発売されたところだが、今回読んだのはシリーズ第4作目の作品で、刊行されたのはもう4年近く前になる。思えば1作目から3作目までを一気に読んだのが2002年1月のことだった。すでに本作「炎のゴブレット」は映画も公開済みで、いまは5作目「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」が撮影中とか。時が経つのは何と速いことか。
 
 そういえばこの作品から日本語版は上下巻に分かれるようになったのだったっけ(セット購入が必須なのはいかがなものかと思うが)。小学生でも読めるよう字が大きめとは言えけっこうなボリュームである。しかし盛りだくさんのエピソードをテンポよく読ませる、ワクワクハラハラのストーリーは健在だ。いつものように意地悪な叔父さん一家のもとで過ごす夏休みから幕を開ける。そこにロン達ウィーズリー一家が迎えに来て(またいつものようにドタバタがあって)クィディッチのワールドカップ観戦へ。なかなか本題へ入っていかないが、ここで重要な伏線が張られていたりするから油断ならない
 
 ラストで明らかになる真相はいささか複雑で、登場人物に長々と説明させているところがスマートではなかったが、それでもいろいろ魅力的なエピソードが満載のストーリーは前作までと同様、充分に楽しめた。しかしハリーもずいぶん成長してきた。そして登場人物の成長に合わせて、ストーリーも以前と比べてシリアスな面が強調されはじめたようだ。未読の5,6巻では果たしてどんな展開が待っているのか。そしていよいよ最終巻となるはずの第7巻では、一体どんなフィナーレを迎えるのだろうか。7.5点。
 

鯨統一郎「庖丁人轟桃次郎」 2006年05月20日

 「ブラックな味わいの連作短篇集」ということでちょっと背筋がぞぞっとするような物語。ただ少しばかりやりすぎでブラックを超えてグロになっている感もあり
 
 各編はまったくワンパターンである。まず絵に描いたような悪人による救いようがなく許し難い犯罪が描かれ、それが小料理屋「ふく嶋」の板前である桃次郎の耳に届く。「ふく嶋」は老舗料理屋の「加賀屋」から場所を譲り渡すよう迫られており、(単に断ればよいのに)なぜか「加賀屋」が次々に送り込んでくる料理人と料理対決をしている。桃次郎は料理について頭を悩ませる一方、「必殺仕事人」となって悪人を討つ。各話ラストの料理対決が行われる時は必ず同じ客(刑事)がいて審判を務める。桃次郎は「隠し味」のおかげで際どいところで勝負に勝つ。こんな流れである。
 
 もともとワンパターンな展開の連作短編が得意な作者であるが、本書はちょっと芸がない。大枠の展開はワンパターンでも中身にはもっとバラエティがないと飽きが来る。しかも最初に述べたようにブラックな味わいはかなりえぐみが強いので、残念ながらあまり自分の舌には合わなかった。6点。
 

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