読書日記

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歌野晶午「ハッピーエンドにさよならを」 2008年05月08日

ハッピーエンドにさよならを

 著:歌野 晶午
角川書店 単行本
2007/09

 表題の通り、ハッピーエンドにはならないホラーテイストな短編を集めた作品集。
 
「おねえちゃん」妹が抱いた疑いはもっともな部分もあって、妄想とは言いかねるところが引っかかる。6.5点。
「サクラチル」ご近所の、問題を抱えていそうな家庭で起きた事件の、異様で奇っ怪な真相は。7点。
「天国の兄に一筆啓上」2ページほどのショートショート。オチは読めるが、簡潔にまとめられているのが良い。7点。
「消された15番」狂気と破綻に向かう過程はよかった。しかし最後の1ページ分の展開が意味不明。6点。
「死面」死者の面を見つけた少年の身に起こった話。ハッピーエンドとは言わないが、結末はそれなりに丸く収まる。7.5点。
「防疫」お受験にのめり込んだ母と娘の身に起こった悲劇。ブラックユーモア的なオチが付く。7点。
「玉川上死」悪のり高校生たちの背後に隠された事情とは。本書の中ではもっとも本格ミステリしている作品。7.5点。
「殺人休暇」ストーカーに対する嫌悪と恐怖に晒された女性が取った行動の結末は。最後の一言は蛇足だと思う。7点。
「永遠の契り」ごく短い一編。幸せの絶頂の先に待っていた落とし穴。とくに何もひねりがない。6点。
「In the lap of the mother」幼い娘を持ったパチンコ狂の母親。自分ではニュースによく出てくるような母親ではないつもりだったが…。6.5点。
「尊厳、死」世をすねたあるホームレスの身に降りかかった不幸の話。一種の叙述トリックになっていた。7点。
 

藤原伊織「遊戯」 2008年04月26日

遊戯

 著:藤原 伊織
講談社 単行本
2007/07

 「遊戯」「帰路」「侵入」「陽光」「回流」「オルゴール」が収録されている。最初に巻末の記載を見て、各話は雑誌で数ヶ月おきに発表されていたことを知り、読み始めたときには独立した話で構成された短編集かと思っていた。しかし読み進むうちに、一応各話ごとにある程度独立にも読めるが、互いのつながりが強く、連作短編というよりはむしろ長編作品になっていることが分かった。(注: 最後の「オルゴール」のみ別の話。) これらの作品は作者が闘病の中、書き続けられたものらしい。「オルゴール」は遺作となった。
 
 「遊戯」のシリーズ連作の全体に仕掛けられた謎とプロットは、作者がこれまで得意としてきたようなミステリ・サスペンス的な色合いが濃い。しかし一編一編で見ると、どちらかというと純文学よりな雰囲気を醸し出している。「オルゴール」もそうだ。はじめ、各話が独立の話だと思って最初の一編(「遊戯」)を読み終わったあとの感想は、明確な結末が付かないことに対して不満が残った。とは言え、文章も展開も、これが高度なプロのなせる技であることを十分に感じさせる。とくに純文学とかに慣れ親しんだ読者ならこの一編だけでも高く評価するかもしれない。藤原伊織という人は本当に、稀少な一流の作家だったのだ。また、シリーズが完結した暁にはもちろん、作中の謎は読者をうならせる形で完結したに違いない。作者逝去のため未完で終わってしまったのが非常に残念である。
 
 未完であるため、初めてこの作者を読む読者には薦められない(そのため高い点数も付けない)が、藤原伊織という大作家をすでに知る人には是非とも一読をお勧めしたい。7点。
 

伊園旬「ブレイクスルー・トライアル」 2008年04月19日

ブレイクスルー・トライアル ~第5回『このミステリーがすごい!』大賞 大賞受賞作~

 著:伊園 旬
宝島社 単行本
2007/01/11

 第5回『このミステリーがすごい!』大賞(2006年)の大賞受賞作品で、受賞時のタイトルは「トライアル&エラー」。
 
 ブレイクスルー・トライアルはセキュリティーシステムのデモンストレーションと研究のために、それを開発する会社が主催するセキュリティーアタックの競技イベントだ。参加するチームは数々のセキュリティーに守られた建物に侵入して、制限時間内に「マーカー」を持ち帰らなければならない。優勝賞金は1億円である。
 
 なかなか面白い設定である。リアリティーという点では難があるし、実際かなり突飛な設定も出てくるのだが、うまく出来てさえいれば、そういうのは娯楽フィクションの楽しみのひとつだ。複数の参加チームの視点からストーリーが進んでいくのだが、登場人物が背負うそれぞれの事情や、サイドストーリーとなるエピソードもふんだんに用意されており、それらが主軸のプロットに絡み合いながら物語が展開する。
 
 ただ、大量に盛り込まれたアイデアの、要素要素は大変魅力的なのだが、どれも消化不足の感が否めなかった。設定的には大いに惹き付けられたのだが、それぞれのアイデアをうまく融合できていなかった気がする。全部ではなくても、どこか一点をもっと掘り下げて書かれていたら良かったのだが。今後の作品を期待して待ちたい。7点。
 

東川篤哉「館島」 2008年04月09日

館島 (ミステリ・フロンティア)

 著:東川 篤哉
東京創元社 単行本
2005/05/30

 東京創元社のミステリ・フロンティアシリーズから出版された一冊。瀬戸大橋の建設が進む瀬戸内海の小さな島に奇妙な館が建っていた。巨大な螺旋階段を中心に備え、それを囲むように部屋が配置されるという変わった構造を持ったこの六角形の建物で、謎に満ちた殺人事件が起こる。瀬戸大橋の橋脚を立てるための土地買収がらみの疑念も浮かび上がり…。
 
 警察の到着を阻む嵐の孤島。奇妙で巨大なお屋敷。巻頭にはもちろん館の見取り図。舞台設定はベタもベタな本格設定である。しかし推理小説界のホープにしてユーモアミステリの旗手、東川篤哉の作品であるからにはユーモアテイストはもちろん全開である。ただし、前半は全般的にスベリ気味でいつものキレがなかったように感じた。あまりにもストレートな本格設定にちょっと力んでしまったのだろうか?しかし後半に向けておもしろさは加速し、主人公の刑事・相馬隆行と女私立探偵・小早川沙樹の掛け合いも楽しかった。大仕掛けのトリックはなかなか仰天ものだが、この手の小説としては、こういうのはもちろんアリである。7点。
 

法月綸太郎「犯罪ホロスコープI 六人の女王の問題」 2008年03月28日

犯罪ホロスコープ1 六人の女王の問題 (カッパ・ノベルス)

 著:法月 綸太郎
光文社 新書
2008/01/22

 星座にまつわる六つの謎を解き明かす、本格ミステリ短編集。「作家探偵・法月綸太郎」のシリーズだ。本書で取り上げられたのは12星座のうち半分だけで、本書の題名に「I」とあるのはつまり、残り半分の「II」も出るということだ。あとがきで作者自身が心配するように、遅筆の作者がいつすべてを仕上げられるのかは分からないが。
 
「【牡羊座】ギリシャ羊の秘密」かなり推理パズルに偏ったプロットで、現実の事件では、これは無いだろうという筋書き。まあいささか複雑だが純粋なパズルとしてはOK。6.5点。
「【牡牛座】六人の女王の問題」これもパズル的要素が強いが、暗号解きのパズルは、星座ともうまく関連させており、なかなか良い出来だ。6.5点。
「【双子座】ゼウスの息子たち」あなたが名探偵」で既読。パズル要素も強いが、無理なところは少ない。ところで小道具のひとつとして漫画「タッチ」が出てくるが、これは説明不要の「一般教養」?
「【蟹 座】ヒュドラ第十の首」気分は名探偵 − 犯人当てアンソロジー」で既読。謎解きパズルとストーリーのコンビネーションも自然で、本書のベストを選ぶならこれかな。
「【獅子座】鏡の中のライオン」人気女優殺人事件で、証拠のピアスに秘められていたしし座づくしの謎とは?7点。
「【乙女座】冥府に囚われた娘」都市伝説めいた話のもととなった水中毒(みずちゅうどく)の事故で意識不明の女性に何があったのか。ちょっと無理はあるが一筋縄ではいかない展開。7点。
 

J.K.ローリング(松岡佑子・訳)「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」 2008年03月17日

ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団 ハリー・ポッターシリーズ第五巻 上下巻2冊セット(5)

 著:J. K. ローリング , 他
静山社 単行本
2004/09/01

 シリーズ第5巻目の本書(日本語版 上・下)は2004年発行(英語版は2003年に発表)だ。映画もすでに昨年夏に公開されており、世の中に遅れること甚だしいが、図書館で借りて読もうと思うとなかなか借りられないので仕方がない。思えば第一巻「ハリー・ポッターと賢者の石」を読んだのは6年も前になる(ちなみに英語版の発表は1997年でさらに大昔)。そんなシリーズも昨年、2007年7月21日にとうとう最終巻(第7巻)『ハリー・ポッターと死の秘宝』(英語版)が発売されて完結した。日本語版の方もまもなく2008年7月23日に発売予定だそうだ。
 
 登場時にはまだ子供だったハリーも成長し、悩みも複雑でシリアスになってきた。いや、作品世界そのものが、最初に比べると別物と言っても良いくらいシリアスになってきている。はじめは楽しい魔法があふれる世界がユーモラスに描かれ、ハリーの冒険もどこか暢気だった(設定上はともかく、読者から見て命に関わるような雰囲気ではなかった)ものが、いまや魔法はときとして危険きわまりない身近な脅威だし、実際、登場人物たちの生命は常に危険に晒されている。いや、事実、主要登場人物でさえも避けられない死を迎えることになるのだ。思春期にあるハリーとその周囲の人間関係も複雑さを増してきた。そういえば怖いシーンもあるということで、本作や前作の映画はR指定になっていたっけ?
 
 本作では前作で復活したヴォルデモート卿の企みに、魔法界の理解が得られないままハリーたちは命がけの死闘を挑む。ギリギリのところで企みを阻止することには成功するが、ヴォルデモートは再び逃亡した。いよいよ迫り来るヴォルデモート卿との最終対決。はやく最後まで読みたいところだが、さて、実際に読み終えるのはいつになるだろう。7.5点。
 

東直己「探偵、暁に走る」 2008年03月06日

探偵、暁に走る (ハヤカワ・ミステリワールド)

 著:東 直己
早川書房 単行本
2007/11

 ススキノ便利屋探偵<俺>シリーズの第9弾。作者の看板シリーズもとうとう次で大台だ。そして<俺>の年齢は、とうとう五十の大台にのってしまった
 
 偶然のきっかけで知り合いになった地元札幌の有名人でイラストレータの近藤が街中で殺された。飄々としながらも情には厚い<俺>は、個人的心情から犯人捜しを始める。
 
 わりと淡々とした筋運びで、小説的外連味も、血湧き肉躍る盛り上がりもあまりない。一方で作品の分量はかなりある。無駄に長くなって退屈しそうなものだが、なぜだか退屈することは無く、むしろかなり惹き付けられながら読み進んだ。これまでの作品世界をよく知っているとか、登場人物たちに対して旧知のような親しみを感じているということもあるかもしれないが、やはり作者の文章が優れていることが一番の理由だろう。ちょっとしたシーンや交わされる会話が魅力の作品である。結末もあっさりなのだが、満足して読了した。7.5点。
 

水原秀策「黒と白の殺意」 2008年02月22日

黒と白の殺意

 著:水原 秀策
宝島社 単行本
2006/12

 作者は「サウスポー・キラー」で第三回「このミス」大賞(2004年)を受賞してデビューしたひとである。デビュー作は野球の話だったが、今回は囲碁である。作者の名前はもしかして囲碁関係から取っている?と思ったらやはりそうらしい。江戸時代の棋士、本因坊秀策が由来だそうだ。
 
 「殺し屋」の異名を持つトップクラスのプロ囲碁棋士である椎名弓彦が主人公。対局で訪れたホテルの庭で、囲碁協会理事の死体を発見するが、やがて、かつてやはりプロ棋士を目指していた弟が容疑者として逮捕される。いろいろと腑に落ちない弓彦は事件の真相と真犯人を求めて調査を始める。
 
 殺人事件という非日常的で重大な犯罪が起こったわりには、みな冷静で落ち着いている。一方で最後に明らかになる事件の真相と結末はけっこう生臭くて後味が悪い。しかし、それにも関わらず、やはり登場人物たちは淡々としており、嘆き悲しむわけでも怒るわけでもない。全般に少々浮世離れした雰囲気が漂っていた。また、この結末はどうなのか。ミステリのプロットとしては明白な破綻はないものの、赤点ギリギリでようやく及第点に届いたというレベルだろう。
 
 と言うことで、客観的に見て人にお薦めできる出来とは言えないのだが、なぜだかそれでもなお他の人にも読んでもらいたいという気持ちが残る。というのも、結末はともかく途中の出来は素晴らしく、とても面白く読めたのだ。私自身は囲碁の知識は初心者のさらに半歩前という程度しかないが、いろいろ出てきた囲碁にまつわる話も楽しめた。ミステリとしての骨格部分は最終的にあまり頂けなかったが、小説としての肉付けは大変良くできていたと思う。エンターテインメント作品としてこれだけ楽しめるモノになっていたというのは、作者にそれだけの力量があるということだろう。荒削りなところに磨きをかけて今後も頑張って欲しい。7点。
 

井上尚登「クロスカウンター」 2008年02月16日

クロスカウンター

 著:井上 尚登
光文社 単行本
2007/06

 かつて証券会社でアナリストを務めていた七森恵子は、ある出来事があったあと退社して、現在はフリーの金融探偵である。探偵の仕事の内容は、依頼主の投資対象となる会社の情報を得ること。目的のために社員やアルバイトになって潜入調査まで行う。
 
 「T.R.Y.」系の作品の印象が強い作者だが、「キャピタルダンス」のようにどうやら経済ものも得意とするようだ。このような潜入調査まで行う経済専門の探偵というのが現実の世の中に存在するのかどうかは知らないが、物語の中に出てくる経済関係の背景はしっかりしている。そしてその上にサスペンス的なドラマがうまく構築されていた。
 
 「砂の上のダンス」「偽りの竜」「危険な水」「懐かしい顔」「女神の歌が聞こえる」の5章から構成されていて、1,3,5章が雑誌掲載作品で、2章と4章は書き下ろしだ。各編単体でも一応まとまりのある作品となっているが、やはり書き下ろし部分を加えた全体を、恵子を退社に追い込んだ出来事を軸にしたひとつのストーリーとして読むべき作品である。そして、どんでん返しのある最終章の仕掛けは、さすが「T.R.Y.」の作者!という感じで面白かった。7点。
 

石持浅海「心臓と左手 - 座間味くんの推理」 2008年02月07日

心臓と左手 座間味くんの推理 (カッパ・ノベルス)

 著:石持 浅海
光文社 新書
2007/09/21

 「月の扉」のハイジャック事件で活躍した「座間味くん」が期待に応えて再登場。事件で座間味くんに感銘を受けた刑事が、新宿の大型書店で偶然彼と再会し、それ以来、しばしば飲食をともにする。一応の決着が付いている事件の内容を刑事が語ると、意外な事件の裏側と真相を座間味くんが指摘するという、安楽椅子探偵な全7編の短編集
 
「貧者の軍隊」完璧なテロを繰り返してきた"貧者の軍隊"。アジトに踏み込んだ警察が発見したのは密室殺人の現場だった。7.5点。
「心臓と左手」新興宗教教祖の死去に伴う禍々しい事件。派手な上辺が耳目を集める事件に隠されていたのは即物的な真相だった。7点。
「罠の名前」過激派組織内で、対立する党派の弁護士を、罠を使って殺害した武闘派。罠は警察の突入を想定したものと思われたが…。6.5点。
「水際で防ぐ」固有種保護を主張する急進的で過激な環境保護団体内部で発生した殺人事件。事件現場で発見された外来種の甲虫が意味するものは何か。6.5点。
「地下のビール工場」自宅の地下室でビール醸造用タンクに囲まれて殺された貿易会社の社長の目的は何だったのか?動機に無理があると思うが…。6点。
「沖縄心中」住民が米軍という重荷を背負う沖縄社会で発生した悲劇と見えたが…。落着点への誘導はちょっと強引だろう。6点。
「再会」「月の扉」のハイジャック事件から11年。事件で人質となった赤ん坊の女の子が成長して座間味くんに再会する。ハイジャック事件は彼女の父親に何をもたらしたのか。7点。
 
 各事件と物語の重要部分は、物理的なトリックだけではなく、むしろ人間に依存するところが大きい。しかし人間の描き方に不自然なところがあって、若干不満が残る。座間味くんにしても、落ち着いているのを通り越してちょっと冷たさを感じるし。また、安楽椅子探偵ものでよくあるタイプの無理矢理つじつまを合わせたような感もあった。しかし、それなりに楽しめたし、なにより座間味くんの再登場が嬉しい。より洗練されたシリーズとして続くことを期待したい。
 

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