読書日記

INDEXページへ

湊かなえ「Nのために」 2012年02月25日

Nのために

 著:湊 かなえ
東京創元社 単行本
2010/01/27

 デビュー作「告白」で一躍人気作家となった作者の第4冊目の作品だ。2、3冊目は自分は未読だが、出す本出す本どんどん売れているようである。
 
 「告白」は技巧を凝らした構成で、その完成度にうならされた。この作品も「告白」に似た、同じ事件や出来事を幾人もの関係者の中で視点を変えながら何度もなぞっていくという構成と、そうするうちに新たな側面が浮かび上がり、隠されていた事実が明らかになって、カメレオンが次々に色を変えるがごとく、事件の見え方がどんどん変わって行くという仕掛けで読者を引き込んでいく。最後まで読むと、単純に見えた出来事が、実は様々な思惑が絡み合って起こされた事件であったことが明かされる。ちょっと怖さをスパイスに効かせた悲劇テイストもやはりデビュー作を引き継いでいた。
 
 意外性の大きさや衝撃度でいうと「告白」には及ばないかもしれない。しかし本作も一般的基準から言えば、よくできた佳作で、読んで損はない。けっして「告白」の一発屋ではない作者のたしかな力が感じられた。7点。
 

東川篤哉「謎解きはディナーのあとで 2」 2012年02月18日

謎解きはディナーのあとで 2

 著:東川 篤哉
小学館 単行本
2011/11/10

 昨年の本屋大賞を受賞して売れに売れ、テレビドラマ化もされて大ブレークした「謎解きはディナーのあとで」の続編。令嬢刑事の宝生麗子と、宝生家に仕える毒舌執事・影山のシリーズ短編集である。本書は、2011年に月刊誌の1月号から10月号まで、2ヶ月で1話ずつ連載された作品と、最後に書き下ろし一編の合計6編を収録して、売り時を逃さず(?)素早く刊行された。
 
「アリバイをご所望でございますか」浮かび上がった容疑者は鉄壁のアリバイを持っていた。なるほどこんな方向からのアリバイ崩しもあるのか。ストーリーにひねりもあって面白かった。7.5点。
「殺しの際は帽子をお忘れなく」3人の容疑者のうち犯人は誰?現場から消えた帽子が意味するところは?いささかオチが弱かったが、掛け合いがなかなか面白かった。7点。
「殺意のパーティにようこそ」パーティーで赤いドレスに緑の宝石を付けていたという犯人はいったい誰か。犯行の経緯や動機の現実味が薄いのが残念。6.5点。
「聖なる夜に密室はいかが」雪の密室。ドタバタ劇から次々に浮かび上がってきた容疑者たち。誰が、どうやって、現場周辺に積もる雪に足跡を残さず脱出したのか。7点。
「髪は殺人犯の命でございます」長かった髪を、短く切り込まれた姿で発見された被害者。これはいったい誰が何のためにしたことなのか?7点。
「完全な密室などございません」大きな壁画が描かれた仕事場の部屋で殺された画家。しかし逃げる隙など無いはずの現場から犯人は見つからない。意外な大仕掛け(?)だが、強引ではある。6.5点。
 
 前作は爆発的に売れたものの、評価は分かれていた。たしかに全体的にミステリとしては弱く、作者の作品群の中でも、必ずしも良い方とは言えなかった。本書もまあ全体に謎解きはすごく良いわけではないが、軽妙な文章の筆のノリが良く、シリーズとして雰囲気が固まってきた感じで、楽しめた。
 

遠藤寛子「算法少女」 2012年02月12日

算法少女 (ちくま学芸文庫)

 著:遠藤 寛子
筑摩書房 文庫
2006/08

 斬新なタイトル。まあこういうのは最近のラノベなんかだとありそうかな、と思うが、本書は1973年に発表された少年少女向けの歴史小説である。そしてこのタイトルのもともとは、江戸時代18世紀に書かれた和算書のタイトルなのだ。長らく絶版になっていた本作品は、読者の根強い声に押されて2006年に「ちくま学芸文庫」に入り、めでたく復刊された。その辺の詳しい経緯は本書のあとがきに書かれている。
 
 存在は何年か前から知っていた。冲方丁「天地明察」を読んだときにだったか、それとも「塵劫記」について調べたときだったかに見かけて、変わったタイトルが印象に残っていた。しかしその時はそのままになっていたのだが、先日、新宿の本屋「ブックファースト」で、スタッフが選んだイチオシ文庫として大量に並んでいたのが目にとまり、思わず購入してしまった。
 
 1775年(安永4年)に出版された異色の和算書「算法少女」の成り立ちを、少女を主人公にしたフィクションとして描いた小説だ。この時代の文化や生活が垣間見えると同時に、数学への興味もかき立てる内容になっている。学校の先生が生徒に読ませたい本として支持するのもうなずける。こういう良書が売れ行き不振を理由に長く絶版で入手困難であったとは残念なことだったが、今回の書店のキャンペーンのように、出版社や本屋など売る側の工夫で売れるようになる埋もれた良書というのはいっぱいあるのだろうなあ。7.5点。
 

法月綸太郎「キングを探せ」 2012年02月11日

キングを探せ (特別書き下ろし)

 著:法月 綸太郎
講談社 単行本
2011/12/08

 カラオケボックスに集まったのは、互いにニックネームで呼び合う、見ず知らずの男4人。彼らがそこに集まったのは、交換殺人の打ち合わせのためだった。なかなか印象的な幕開けのシーンから物語は動き出す。しばらくは倒叙形式で進み、最初の犯行の顛末が描かれた後、ようやく主役である綸太郎と父親の法月警視が登場する。
 
 第2の犯行を検討する法月親子。いったんは暗礁に乗り上げたかに見えたが、やがて犯人側の思惑から外れた予想外の展開があり、法月親子は早々に交換殺人の存在に気付く。しかしまだ全貌が明らかになったわけではなく、そこからは綸太郎と犯人側の知恵比べ、しのぎの削り合いの様相を呈して行く
 
 動きには乏しいので派手さは無く、地味といえば地味な作品だ。しかし4者による交換殺人という複雑な犯行計画をうまく転がして、さらに味付けにトランプの要素なんかを取り入れることで、正当派でおもしろいミステリに仕上がっていた。実はちょっと複雑すぎて、結局どういうことだったのか、一読では完全に理解しがたかったのだが、論理派推理小説の王道的小説と言えるだろう。7.5点。
 

玖村まゆみ「完盗オンサイト」 2012年02月04日

完盗オンサイト

 著:玖村 まゆみ
講談社 単行本
2011/08/09

 昨年(2011年)の第57回江戸川乱歩賞受賞作。この回は、女性ふたりの同時受賞ということでも話題になった(もうひとつは、川瀬七緒 「よろずのことに気をつけよ」)。応募時のタイトルは「クライミング ハイ」。新人賞のタイトルは、出版社サイドからの要請でもあるのか、出版時に変えられることがよくある。しかし案外、もとの方が良かったのにと思うことも多いのだが、本作の場合は改題したタイトルの方が断然良いな。
 
 内容について、梗概を見て想像していたのは、皇居に侵入して家光に由来する樹齢550年の盆栽を盗み出すという、ミッションインポッシブルを描く痛快サスペンスだ。しかし実際にはそのシーンが描かれるのは最後のほんの少しで、主題はむしろ別のところにあった。まあそれはそれで良かったのだが…。乱歩賞という新人賞受賞作品であるので、書いた時点で作者は素人なのだから当然と言えば当然であるが、作品には素人っぽいところが随所に感じられた。
 
 例えば人物造形で、礼儀正しくクールなのか乱暴で直情的なのか、とか、泰然とした大物なのか普通の俗人なのかなど、ちぐはぐな印象を受けたりした。それらの性格を併せ持っていると言うよりは、単純に人物像が定まっていないように感じた。心理の動き、小道具の使い方、挿入されるエピソードの作り込みや文章力などにもぎこちなさを感じた。十分に調査や想像が行き届いていない印象だ。ひとつひとつの要素は魅力的なのだが、それらをうまく活かしきっていない
 
 選評でも構成力の弱さを指摘されていたが、思いついたことをいろいろ詰め込みすぎたのかもしれない。面白いアイデアはあるのだから、それらをもっと突き詰めて磨き上げれば、もっと良くなったのではないだろうか。6.5点。
 

皆川博子「開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU―」 2012年01月29日

開かせていただき光栄です―DILATED TO MEET YOU― (ハヤカワ・ミステリワールド)

 イラスト:佳嶋
早川書房 単行本
2011/07/15

 「このミステリーがすごい!」「本格ミステリ・ベスト10」「文春ミステリーベスト10」「ミステリが読みたい!(早川書房)」のすべてで第3位!これまで読んだことはないけれど作者の名前はなんとなく聞いたことあるなあ、なぞと思っていたら、作者は1985年に第38回日本推理作家協会賞を受賞、その後も1986年(第95回)直木賞、1990年柴田錬三郎賞、1998年吉川英治文学賞と、数々の受賞歴に輝く、御年81歳の大・大ベテラン作家だった。た、たいへん失礼しました!
 
 タイトルの「開く」は、人体を開く、すなわち解剖するという意味である。医学治療はもとより犯罪捜査への寄与まで、現代において解剖学が重要なことは言うまでもないが、舞台となる18世紀ではそうはいかない。人々から忌まわしい行為と見られ、解剖に対する偏見が強いこの時代に、ロンドンの外科医ダニエル・バートンと5人の弟子たちは、解剖学の発展に情熱を燃やし、日々、新しい遺体の解剖を続けていた
 
 ちなみに人体解剖の描写とかあるので、ソレ系に特別に弱いという人には若干刺激が強いところもあるかもしれない。と言ってもそれを主眼に書かれているわけではないので、大したことはないのだが。自分もスプラッターホラーなどは苦手であるが、もちろん本作品を読むのに問題はなかった。
 
 解剖教室の暖炉から次々に屍体が発見されるところから事件は始まる。これらは誰なのか。なぜ死んだのか。そして誰がそこに置いた(隠した)のか。ダニエルの解剖教室存続の危機とも関わってきて、事件は複雑な様相を呈する。様々な思惑が絡んで幾重にも隠されていた真相は最後に明らかになるが、意外性もあってミステリとして良くできていた。登場人物たちも、愛すべきダニエル先生や、才気溢れる一番弟子のエド、ナイーブな天才細密画家ナイジェルら、役者が揃っている。さすがランキングで軒並み上位になるだけはある。大御所作家の作品と言うとちょっと今どきの感性とは合わないところもあるのではないか、なんてこともちらりと考えたが、そんなのはまったくの偏見で、実に先鋭的で面白い作品だった。7.5点。
 

米澤穂信「折れた竜骨」 2012年01月21日

折れた竜骨 (ミステリ・フロンティア)

 著:米澤 穂信
東京創元社 単行本
2010/11/27

 第64回(2011年)日本推理作家協会賞を受賞。2012年版(2011年の作品)の「本格ミステリ・ベスト10」と「ミステリが読みたい!(早川書房)」で第1位、「このミステリーがすごい!」と「文春ミステリーベスト10」で第2位
 
 中世のヨーロッパが舞台で、剣と魔法の世界となれば、これはいかにもファンタジーの枠組みである。しかし本作はそこから想像されるような冒険ファンタジーではない。なんと本格ミステリである。ファンタジーとの融合小説と言っても良いかもしれない。現実を超越した魔術やら呪いだのが使えるのならば、論理的推理なんて成り立たないように思えるが、「理性と論理は魔術をも打ち破る」(本書100頁)のであり、特殊設定の上に構築された推理が展開される。あとがきでは、特殊状況の論理パズルとして西澤保彦らの先行作が挙げられており、そういったものも意識して書かれたようだ。
 
 ロンドンから船路で3日かかる場所に位置するソロン諸島。折しも敵の襲来が予期され、危機を迎えていたこの地で、イングランド王の配下でソロンを統治する領主・ローレントが暗殺される。この地を訪れた騎士ファルク・フィッツジョンと、その従士の少年ニコラは、暗殺の犯人は「暗殺騎士」によって魔術で操られた「走狗」であり、本人さえも犯行を記憶していないと指摘する。状況から見て容疑者は8人。領主の娘アミーナは、彼らとともに真相にたどり着くことができるのか。
 
 領主殺害の実行犯を探すというメインに加えて、20年間幽閉されていた「呪われたデーン人」の青年トーステンの密室消失の謎なんかもあって、いずれも特殊設定の上であるが、ミステリ色満載である。一方で、ソロン諸島を襲撃してきた敵との大乱戦も、スリリングで読み応えがある。しかし本作品の一番の魅力として挙げたいのは登場人物たちだ。騎士ファルクも味があるが、何と言ってもニコラが良い。少年の健気さと、人生を諦観したような大人びた面とが同居したキャラクターが秀逸だった。いろいろな面から、さすが、と言える秀作だ。7.5点。
 

ダン・ブラウン(越前敏弥・訳)「ロスト・シンボル 上・下」 2012年01月14日

ロスト・シンボル 上・下 2冊セット

 翻訳:越前 敏弥
角川書店 単行本
2010/03

 「天使と悪魔」「ダ・ヴィンチ・コード」に続く、ラングドン・シリーズの3作目である。
 
 宗教や芸術などをテーマに、都市伝説的な流言や風説と結びつけて、謎や暗号を解明しながら歴史の裏側に潜む巨大組織や狂信者と対決していくというのが、シリーズ共通の基本プロットだ。本作も壮大なスケールのジェットコースターサスペンスとなっていた。本作で主要モチーフとなっているのはアメリカ合衆国の建国とも深く関わったというフリーメイソンの秘密である。この人類の至宝たる秘密を求める謎の男によってワシントンD.C.までおびき出され、旧友を人質に脅迫されたラングドンは、さらにCIAに追われる身となり、否応なしに暗号解読に立ち向かわされる。
 
 もちろんフィクションであるが、作品の冒頭ではいつものように「この小説に登場する…などの組織は、すべて実在する」「作中に描かれた…は、どれも現実のものである」など、通常のフィクションの決まり文句とは真逆のことを宣言していた。実際には、科学の分野も、おそらくフリーメイソンに関する事柄の多くも、荒唐無稽でトンデモ的なフィクションが目白押しなのだが…。しかし、あまりに馬鹿馬鹿しいと投げ出したくならないよう、いつもながら物語にうまく溶け込ませてある。
 
 そしてこれも毎度のことながら、次から次へとピンチを迎えては危機一髪で切り抜け、矢継ぎ早に新たな謎と暗号が提示されては解き明かしていく展開で、次が気になってどんどん先を読まされる。まあ終盤のところでは、国家安全保障に関わるとしてCIAが流出阻止に躍起になっていた機密事項はしょぼい感があったし、フリーメイソンが長年にわたって厳重にピラミッドの暗号に隠し続けていた深遠なる秘密というのも、蓋を開けてみれば肩すかしだった。でもともかく面白く一気に読めてしまうストーリーはやはりさすがだ。本作も映画化は決まっているらしいが、今年中に公開されるのだろうか?7.5点。
 

東川篤哉「はやく名探偵になりたい」 2011年12月24日

はやく名探偵になりたい

 著:東川 篤哉
光文社 単行本
2011/09/17

 烏賊川市シリーズの6冊目となる最新作は、シリーズ初の短編集だ。本書の装丁は大ブレイク中の「謎解きはディナーのあとで」にあやかった、似た感じのイラスト調。ちなみに、前作「ここに死体を捨てないでください!」も表紙をイラストに替えて、新装版として売られている。
 
「藤枝邸の完全なる密室」倒叙形式。密室殺人を目論んだ男の前に唐突に姿を現したのは我らが名(?)探偵・鵜飼杜夫。密室ものとしてちょっとひねってあり、犯人が陥った二重密室の罠も良かったし、最後の一言もとぼけてて良かった。7.5点。
「時速四十キロの密室」タイトル通りの密室殺人。監視されている走行中のトラックの荷台で、その男はどうやって殺されたのか。謎は魅力的だが、この謎解きはあまりにも無理がある。でも文章にはキレがあった。6.5点。
「七つのビールケースの問題」これで終わりかと思ったところからまた新しい展開が続き、いろいろな謎と事件が連続して起きる。メインはわりとオーソドックスなパズラー。7点。
「雀の森の異様な夜」西園寺家のお嬢様と深夜の散歩中だった探偵助手・戸村流平が目撃した闇夜に失踪する車いすの人物は誰だったのか。犯人は意外な人物。7点。
「宝石泥棒と母の悲しみ」叙述トリック!?ちょっと異色の趣向が凝らしてあって、その意外性に楽しめた。後味も良い。7.5点。
 
 今回登場したのは、鵜飼と流平のコンビのみで、ほかのお馴染みキャストは出てこなかった。しかし、こうして見ると鵜飼は案外と本当に名探偵ではないか。各作品では、しばしば謎解きの仕掛けや伏線よりも、文章の仕掛けや伏線が光ってたりもするが、本末転倒?いやいや必ずしもそんなことはない。ユーモアミステリファンなら満足できる一冊だ。ユーモア嫌いのミステリファンというならとくにお薦めしないけれど。
 

大倉崇裕「白虹」 2011年12月17日

白虹

 著:大倉 崇裕
PHP研究所 単行本
2010/12

 最近この作者でお馴染みになって来た山岳ミステリ。主人公の五木健司は、冬は下界で警備員のアルバイトをして、シーズンになると山小屋で働くことを繰り返している。彼には、ある出来事をきっかけに警察官を辞めたという過去があった。
 
 自分の責任でないことは理屈では分かっているが、不幸な結果について自分を責める、というのはよくある話だが、この物語の中で、自分が命を救った遭難者について、主人公がこれほど自分を責めるのはしっくりと来ない。過去にもやはり自分を責めるような事件の経験があったにせよ、このようなケースならさすがに普通、そこまで責任は感じないのではないかと思う。前半は、後半への導入としてそんな事情が長めに描かれているのだが、そんなわけでところどころに違和感も感じた。
 
 ともあれ、そんな思いが動機となって、事件の背景に疑いを持った主人公は、一週間の約束で山から下りて、独自の調査を始める。表向きは単純に見える事件だったが、理由も分からずいきなり襲われたりして、思いがけず、きな臭さの漂うハードボイルドちっくな展開になる。終盤、一気に明らかになる事件の真相の意外性はかなり大きい。ただ、一瞬「おおっ」となったが、そのあとあまりに意外すぎてやや冷めてしまったところはあったかも。7点。
 

INDEX