読書日記

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貴志祐介「狐火の家」 2010年08月10日

狐火の家

 著:貴志 祐介
角川書店 単行本
2008/03

 日本推理作家協会賞受賞の「硝子のハンマー」に続く、弁護士の青砥純子と、正体不明の防犯ショップ店長・榎本径のコンビが活躍するシリーズ2冊目。すべてが密室ものの本格ミステリー中短編4作品が収録されいている。
 
「狐火の家」平穏な農村で発生した女子中学生殺害。続いて都内の東中野で起こった殺人事件。ふたつの密室殺人事件の関連と真相は。複雑にして精緻なプロットが光る。7.5点。
「黒い牙」密室内で男が毒蜘蛛に噛まれて死亡したのは事故だったのか、それとも殺人だったのか。こんなトリックが可能なのかどうかは疑わしいが、おもしろい。7点。
「盤端の迷宮」将棋の棋士がホテルの一室で死体となって発見された。ドアにはチェーンがかかっており、そして部屋には将棋のマグネット盤が残されていた。7点。
「犬のみぞ知る Dog knows」書き下ろし短編。密室ものは密室ものだが、ほかの作品とは一風変わったドタバタ劇風。7点。
 

冲方丁「天地明察」 2010年08月02日

天地明察

 著:冲方 丁
角川書店(角川グループパブリッシング) 単行本
2009/12/01

 2010年の本屋大賞受賞作第31回吉川英治文学新人賞も受賞している。直木賞にもノミネートされていたが受賞はならなかった。
 
 それにしても本屋大賞の影響力たるやすごい。図書館での予約数を観察したら、受賞直前には200件ほどだった予約数が、受賞後一日にして倍増していた。前年の受賞作、湊かなえ「告白」もいまだに上位にランクしているし(しかも単行本と文庫の両方で)。
 
 閑話休題。作者の小説はこれまで「マルドゥック・スクランブル」を読んだことがあるのみだ。これはコアなSF作品だったので、同じ作者が何と時代物を書いたと言うことでまず注目だった。
 
 江戸時代に、誤謬が目立つようになったそれまでの歴に替わる新しい歴を作った渋川春海という人物の物語、という程度の予備知識で読み始めたが、主人公が新たな暦法を打ち立てるべく本格的に活動を始めるのは本書の半分以上が過ぎたところからだ。前半は、碁打ちを本職とし、無類の算術好きである主人公の、若いときの様子が生き生きと描かれている。天才ぶりを遺憾なく発揮する算聖・関孝和との'勝負'や、才能あふれる若き棋士・本因坊道策との議論、のちの妻となる"えん"との出会いが物語を盛り上げる。
 
 実のところ、後半に入って改暦に取り組み始めてからの物語は、取り上げるべき史実が多くてフィクションの入る隙が少なくなるのだろう、出来事が淡々と語られる感じになり、前半にくらべると一旦面白味が減じた。ところがその後、ラストに向けてまたたいへんドラマチックに盛り上がっていく。これってどのくらいまでが史実に忠実になっているのだろうか。ともあれ、フィクション、ノンフィクションを織り交ぜて、碁、算術、神道、幕政、天測、歴、さまざまな世界が絡み合うストーリーは大河ドラマ的で読み応え抜群であった。「マルドゥック・スクランブル」は独特の世界観にもとづいたガリガリのSFで読者を若干選ぶ小説だったが、本作は(各部の厳密さにこだわりを感じるところもあったが)万人が楽しめる小説だ。納得の本屋大賞受賞である。8点。
 

石持浅海「リスの窒息」 2010年07月26日

リスの窒息

 著:石持 浅海
朝日新聞出版 単行本
2010/02/05

 新聞社の読者投稿欄に電子メールで届いた脅迫状。その内容は女子中学生を誘拐したので、命を助けたければ身代金を払えと言うものだった。
 
 誘拐されたという中学生は新聞社とはまったく関係がない。常識的には当然即座に警察に通報するところだが、なぜかそうはならない。過去の事件のトラウマで精神的に壊れかけている編集局長の存在に加えて、上司の意向を最優先する社長室長など登場人物たちのすこしずつ非常識な判断から、このような展開になだれ込む。編集局長もそうだが、脅迫状の送り主である犯人も相当エキセントリックである。ということで、まったくリアリティは感じられない事件なのだが、ここはひとつ事件をゲーム感覚で追っていく小説として読むのがよいのだろう
 
 新聞社を相手に取った犯人の側と、脅迫されている新聞社、両方の側から描かれていくので、とくに謎らしい謎はない。興味は、この突拍子もない事件がどう落着するのかという部分に絞られる。実際のところ、何かサプライズ要素でもあればよかったのだが、残念ながらそれはない。そしてラストもリアリティには欠けている。しかし、それなりにうまく整合性も持たせつつ、ハッピーエンド的にまとめてあるので、読後感は悪くなかった。6.5点。
 

五十嵐貴久「交渉人・籠城」 2010年07月21日

交渉人・籠城

 著:五十嵐 貴久
幻冬舎 単行本
2010/06

 待望の交渉人シリーズの三作目だ。遠野麻衣子が主人公。前作の「交渉人 遠野麻衣子・最後の事件」はいつの間にか「交渉人・爆弾魔」と改題して文庫になり、テレビドラマ化されていたらしい。
 
 前置きもほとんど無く、110番の指令センターから事件は始まる。110番にかけてきた電話の主は、自分が経営する喫茶店で客を人質に立て籠もったと伝えてくる。一体何のために?
 
 小説というよりまるでドキュメント作品のような、淡々とした描写が多いのは、意図したものだろうか。前の作品もこんな感じだったっだっけ?小説的には面白味が減じてしまうようにも思うが、これはこれでシリアスな感じが出てきてよいのかもしれない。ただ、初めの方こそスピード感があったが、だんだん間延びしてきて、欠点も目立ってきた。例えば、この立て籠もりの犯人は、周到な計画の上に実行しているはずなのだが、警察への要求や対応が、気弱に戸惑いながら手探りで行っているような描写になっており、違和感がある。また、交渉人による交渉技術には、あまり説得力があるようには感じられず、こんなやり取りで「犯人」を説得するのは無理だろうと思われるようなところが多かった。
 
 一応、ストーリー的には、最後に意外な展開が用意されているのだが、小粒な感じは否めないところだ。少年法の「問題」がテーマになっており、最後を読むと作者がこの作品でもっとも重要視しているのはこの部分なのだろうと感じた。しかし内容的には、少年法をめぐる世間一般でありふれた意見という程度の、皮相的な印象で、あまり深く掘り下げられているわけではなく、訴えかけられるものはあまりなかった。ということで、シリーズ前作までと比べても、出来映えは残念ながらいささか期待はずれな感があったのだが、また新作を待ちたい。6.5点。
 

貫井徳郎「光と影の誘惑」 2010年07月16日

光と影の誘惑 (集英社文庫)

 著:貫井 徳郎
集英社 文庫
2002/01/18

 作者は、実力派の中堅作家のひとりとして知られるが、先頃は「乱反射」(未読)で第63回(2010年)日本推理作家協会賞を受賞、「後悔と真実の色」(未読)で道尾秀介とともに第23回山本周五郎賞を受賞して、最近勢いが増してきた。実力は折り紙付きなのだが、作風がいささか重たく気軽に手を出しにくい感じがして、読んでいない作品が多い。久しぶりに読んだ貫井徳郎作品の本書は1998年に単行本が刊行され、2002年に文庫化された本。かなり昔の作品である。4つの中編が収録されいてる。文庫の解説は西澤保彦が書いていた。
 
「長く孤独な誘拐」誘拐ものはすでに書き尽くされた感もあるほど数多の作品がある中で、本作品は、二重誘拐というトリッキーな趣向で挑み、手堅い描写でまとめている。出来映えはたいへん良いのだが、結末の暗さでちょっと減点。7点。
「二十四羽の目撃者」サンフランシスコを舞台にした保険調査員の推理と活躍を描いた作品。海外ものっぽい独特の雰囲気をうまく醸し出している。6.5点。
「光と影の誘惑」競馬にのめり込む二人の男の視点を交互に移動しながら描いている。一方の男が隠しているある思惑と、そこに作者が仕掛けたトリック。7点。
「我が母の教えたまいし歌」息子の存在だけが世界のすべてというような母の秘密とは。出だしのシーンは必要なかったのではないか?6.5点。
 

海堂尊「四兆七千億分の一の憂鬱」ほか(「このミステリーがすごい! 2010年版」収録) 2010年07月12日

このミステリーがすごい! 2010年版

 発行:宝島社
宝島社 単行本
2009/12/10

 2009年版に続き(というかさらにその前の2008年版-未読-からの恒例なのか)、2009年のミステリー界を総括する「このミス2010年版」にも特別書き下ろし小説が収録された。ずいぶん本の厚みがあるなあと思ったら、今年は「このミス大賞」出身作家による短編が3本も掲載され、おまけにショートショート1編も収録されていた。
 
海堂尊「四兆七千億分の一の憂鬱」もちろん、桜宮警察署の加納警視正と玉村警部補が主人公。四兆七千億人を識別可能という、警察が新しく導入したDNA鑑定システムが示した「犯人」は本当の犯人なのか。小道具、伏線の使い方もうまく、ソリッドな推理短編に仕上がっている。それにしてもこの刑事、医療関連分野の専門知識にずいぶん詳しい。7.5点。
ハセベバクシンオー「ミライ」今日の競馬の結果が掲載された明日の新聞を手に入れた競馬狂いの男。設定的にはなかなか面白かったのだが、落としどころに困ったのか、苦労の跡がうかがえるオチ。6.5点。
山下貴光「コンビニの王」「屋上ミサイル」(未読)で前年の第7回このミス大賞を受賞した作家さんの作品。奇妙で悲しげなコンビニ立てこもり事件。石持浅海のテイストに近いな。「屋上ミサイル」も断然読みたくなった。7.5点。
かくたかひろ「警部補・山倉浩一 あれだけの事件簿」ショートショート。一発芸的だがちょっとインパクトがあって面白い。7点。
 

柳広司「新世界」 2010年07月09日

新世界

 著:柳 広司
新潮社 単行本
2003/07/30

 最近読んだ「ジョーカー・ゲーム」「ダブル・ジョーカー」がたいへん面白かった同じ作者による、2003年の作品である。
 
 時代は第2次世界大戦末期。オッペンハイマーを筆頭に、名だたる科学者を集め、国家の総力を結集して原子爆弾開発を進めたロスアラモス研究所。この、世間とは隔絶された密室的環境のロスアラモスにて、原爆の開発と成功の裏で発生した殺人事件をめぐる小説だ。
 
 中盤まではストーリーはミステリ的に進んでいくのだが、途中から混沌とした展開になり、あまつさえ幻覚的になってきた。その中では、原爆詩なども引用しながら、人々に生き地獄のような凄惨な結果をもたらした非人道的兵器の描写に主眼が移っている。それはそれで良いのだが、結局のところ、もともとのミステリ的顛末も、原爆に対する社会的視点も、どちらも中途半端になってしまった感はぬぐえず、不満が残る結末だった。6.5点。
 

歌野晶午「絶望ノート」 2010年07月06日

絶望ノート

 著:歌野 晶午
幻冬舎 単行本
2009/05

 ノートに殺したい人物の名前を書くと、その人物が現実に死ぬ、というのは某有名人気マンガに出てくる設定である。世の中の本作に対する感想の多くが触れているように、この小説の「ノート」はそれを思い出させる。とは言っても、名前を書くと死ぬというところ以外はほとんど違うし、もちろん物語の主眼点もまるで違っている
 
 中学2年生の少年、大刀川照音(たちかわしょおん)が綴る日記のノートの表紙には「絶望」と書かれている。そこには、彼が学校で受けているいじめの記録や、ジョン・レノンのファン(というかかぶれ)で働こうとしない父親に対する不満などが日々書き綴られている(ちなみに、本作品の各章の題名はジョン・レノンの楽曲から取られている)。そして、そこに誰それに死んでほしいと神様へのお願いを書いたら、現実に死んでしまったのだった。
 
 物語が本格的に転がり出すのは半分を過ぎた辺りからで、前半はいじめに遭った様子や、恨み辛みや愚痴が妄想混じりに延々と書き連ねられていて、正直うっとうしいほどだった。必要なパートではあるが、何分の一かに縮めてもよかったと思う。余計なお世話だが、前半で放り投げる人もいるのではないかと心配になる。しかし、この作者の作品に馴染みのある読者なら予想できるとおり、トリッキーな仕掛けが施された本作の真価は最後まで読まないと味わえない。ノートの中で神に願うと人が死ぬという現象に、作者が仕掛けたトリックとは何なのか? 7点。
 

海堂尊「ブラックペアン1988」 2010年06月30日

ブラックペアン1988

 著:海堂 尊
講談社 単行本
2007/09/21

 バチスタシリーズでお馴染みの、桜宮市は東城大学医学部付属病院の20年昔を舞台にした物語。シリーズのうちの一作?あるいはシリーズの番外編と呼ぶべきなのか。なにせこの作者の作品はどれも基本的に同じ海堂尊ワールドでつながっているので、シリーズという区分けはしにくい。本作品は2008年の山本周五郎賞の候補作となった。
 
 病院の新人・研修医の世良雅志の視点中心で物語は進むのだが、20年後の病院長である高階が講師として赴任してきたり、まだ医学部2年生の田口公平や速水晃一が実習で病院にやってきたり、ほか、お馴染みの看護師の面々も登場する。新人看護師(この物語の頃はまだ看護"婦"か)として出てくる花房美和は、本作では世良といい感じになっているが、世良ってほかの物語にも出ていたっけ?(あるいは未読の作品に出ているのかな)。でもたしか「ジェネラル・ルージュの凱旋」では、花房は速水に好意を寄せているのだったような。
 
 体裁は長編小説であるが、いくつかの山場があって、連作短編集のような構成となっている。「ブラックジャック」のような外科医の超絶的活躍ぶりと、「白い巨塔」のような(いや読んだことないので詳しくは知らないが)医局内のつばぜり合いや院内政治という社会派的な描写のミックスで、歯切れの良い展開がとても面白かった。作者が現役の医者でなければまったくのデタラメではないかと疑うところだが、たぶん根本的なところはそれなりに現実に即しているのだろうな。もちろんかなりのデフォルメはあると思うけど。
 
 作者の小説の特徴であるが、小道具やセリフ回しなどあらゆるところに、細かい脚色や演出がふんだんに盛り込まれている。全般に、オーバーだったり現実離れしていたり芝居がかっていたりするのだが、これまで読んだ作品では、総体的な作品の印象として、それらがうまく面白味を出している作品と、浮いた感じを受けてしまう作品があったように思う。本書は前者であり、うまくはまっていた。7.5点。
 
追記:「ブレイズメス1990」という単行本が本屋に積まれているのを見かけた。ちょうど発売されたところらしい(検索すると2010/7/15発売となっている)。帯を見ると世良が主人公のようで、タイトルから見ても、まさしく本書の続編に当たるようだ。
 

東直己「旧友は春に帰る」 2010年06月26日

旧友は春に帰る (ハヤカワ・ミステリワールド)

 著:東 直己
早川書房 単行本
2009/11

 あの「モンロー」が25年ぶりに帰ってきた!・・いや、どんな話にどうやって登場してたのか、あまり覚えていないのだけど。。でも名前はなぜかちゃんと覚えてる。ええと、モンローが出てたのは1992年のデビュー作「探偵はバーにいる」なのか。それ以降の登場はなかったのだったっけ?ともかくススキノ便利屋探偵<俺>シリーズの第10作である。
 
 突然モンローからの手紙を受け取って、助けを求められた「俺」。詳しい事情が分からぬまま、ヤクザに追われているらしいモンローの北海道からの脱出行の手助けをする。しかし、なんとか脱出を成功させたのもつかの間、「俺」のもとに、剣呑なとあるブツが送られてきて、さらに厳しくヤクザ連中に追いかけられることになる。
 
 ストーリーとしては全般的に、特別に盛り上がるところはないが、小さな見せ場は途切れない。またシリーズお馴染みの登場人物が次から次へと顔出し的に登場して、シリーズ読者には嬉しいところだ。ただ、プロットも登場人物も総花的で、もしシリーズに馴染みのない読者がいきなりこれを読んだら、わけが分からないということはないが、人物も事件ももっと深く掘り下げてもらいたいと思うところではあるだろう。ということで、シリーズに渡る長い物語の一部として読むべき一冊である。7点。
 

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