読書日記

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和田竜「のぼうの城」 2012年04月09日

のぼうの城

 著:和田 竜
小学館 単行本
2007/11/28

 第6回(2009年)本屋大賞で第2位となり、第139回直木賞(2008年上半期)にもノミネートされた。脚本家である作者が第29回(2003年)城戸賞を受賞した脚本『忍ぶの城』を、映画化を念頭に自ら小説化したという作品だ。今年秋に映画公開予定(東日本大震災の影響で一年ほど延びたらしい)。
 
 武州・忍城(おしじょう)の領主一族である成田家嫡男の長親は、武技はもとより何一つ優れたところがなく、不器用でのろまな大男だ。農業を好み百姓に混じって農作業をしたりするが、それさえ足手まといで迷惑がられる始末。付いた呼び名が「でくのぼう」を略した「のぼう様」だったが、本人は面と向かって言われても気にしない。しかしこのでくのぼうは、多くの人を惹き付けて止まない魅力を持っていた。石田三成率いる豊臣軍二万余の軍勢に囲まれた忍城の戦いを描く。
 
 脚本的な部分が残っているのか、説明的な文章が多かったりして、小説としては完全にこなれていない感じだ。時代についての考証や解説があるのは良いのだが、ストーリーに対してやや過多だし、後の世、とくに現代にまでいきなり視点が飛んだり、作者の視点まで入ってくるといった書き方は、若干興を削ぐ。
 
 内容は、史実がどこまで反映されているのか分からないが、様々な描写を見るに、おそらくかなり脚色が加えられているのだろう。長親の人物像だってさすがに事実とは思えないし、槍の一振りで首が同時に五つ飛ぶなんて場面はまるで漫画である。しかし逆にその分、合戦の場面なんかは派手で迫力があって、どんどんテンポよく進んで行くので引き込まれる。後半はページをめくる手が止まらない。文章に多少の瑕疵はあれど、エンターテインメントとしては、なるほどよく出来ていた。映像化でどうなるのか楽しみだ。7.5点。
 

三浦しをん「舟を編む」 2012年04月05日

舟を編む

 著:三浦 しをん
光文社 単行本
2011/09/17

 紀伊國屋書店のスタッフが選ぶ「キノベス!2012」第1位。まもなく発表がある「2012年本屋大賞」にもノミネートされている。
 
 新しい中型国語辞典編纂の舞台裏を描いた物語だ。三浦しをんという人は、とりわけ文章が上手だとかは思わないのだが(あくまで一流作家の中で比べての話)、小説のための題材を見つけ出す嗅覚やセンスがたいへん優れた作家だと思う(あとタイトルセンスも良い)。辞書を作るなんてテーマで小説を書くなんてニッチというかマニアックというか。しかし、世の中、辞書好きな人というのも確かにいるし、そんなマニアでなくとも、言葉を大切にする故に、辞書に思い入れを持つ人は少なくないだろう。自分もマニアでこそないが、けっこう好きだしよく使う(最近は電子版が多いけども)。暇なときに目的もなく辞書をめくったりすることだってある。学生時代、当時の財政状況の中ではちょっと無理をして、改訂された「広辞苑」を買い求めたことを思い出す。
 
 表紙カバーは辞典風なんだな、と思ってたら、これは作中で完成する辞書「大渡海」の装丁を忠実に模したものだった。細かいところまでなかなか凝っている。ちなみにカバーを外した表面はイメージががらりと変わって、帯にも描かれていた漫画風イラスト(人物像がちょっと自分とはイメージが合わないけど)である。こういうところから、読む前は、どちらかと言えばライトノベル風のコミカルな展開が続くお話なのかと思っていたら、意外に真面目で感動的なストーリーに仕上がっていた。辞書などと言うと、事務的で無機質な存在であるように感じるが、実はその裏側にはこんなにも人間的な物語が隠されているのかと(もちろん本書はフィクションなのだが)感銘を受ける物語だった。7.5点。
 
 追記:4月10日の発表で、本作がめでたく「2012年本屋大賞」を受賞した。
 

東川篤哉「中途半端な密室」 2012年03月31日

中途半端な密室 (光文社文庫)

 著:東川 篤哉
光文社 文庫
2012/02/14

 「密室の鍵貸します」の刊行をもって作者のプロ作家デビューとすると、本書の収録作品5編のうち4編がデビュー以前という初期作品集である。公募アンソロジー『本格推理』などで発表された作品群で、このたび文庫オリジナルでめでたく発刊された。
 
「中途半端な密室」(『本格推理(8)』収録)高さ4メートルの金網に囲まれたテニスコートで発見された他殺体。しかし屋根は無く、よじ登ることは不可能ではない。密室ものを搦め手から攻めている
「南の島の殺人」(『本格推理(12)』収録)友人からの手紙に書かれていた全裸死体殺人事件の謎解きと、手紙の発信元である島の場所についての謎解き。ワープロのフロッピーなんて出てくる辺りに時代を感じる。
「竹と死体と」(「新・本格推理01」収録)偶然目にした戦前発行の古い新聞に載っていた、高さ20メートルの竹の上の首つり死体の謎。
「十年の密室・十分の消失」(「新・本格推理02」収録)10年前に画家が自殺を遂げた丸太小屋が、雪が降りしきる中、目の前で、わずか10分の間に消失!?
「有馬記念の冒険」(「ジャーロNO.12 2003 SUMMER」収録)事件が起こった時刻と容疑者のアリバイはテレビの競馬中継で正確に証言されたが…。
 
 すべて安楽椅子探偵形式のミステリで、最初の一編を除く4作品は同じ探偵&ワトソン役のシリーズになっている。このシリーズ、その後は書いていないのかな。最近のように締め切りに追われて書いたわけではないからか、ひとつの作品の中に、いろいろなアイデアと要素が盛り込まれていた。作風は、最初の話は軽いタッチではあるがユーモア色はまだあまり無い、オーソドックスな書きぶりだ。しかしだんだんとユーモア色がエスカレート、もとい、進化して来る様子がうかがえて興味深かった。ちょっとおまけだが7.5点。
 

西澤保彦「彼女はもういない」 2012年03月27日

彼女はもういない

 著:西澤 保彦
幻冬舎 単行本
2011/10/06

 この作者の作品ではわりとお馴染みだが、異常心理に突き動かされて起こされる犯罪を描いた物語である。猟奇的な犯罪なんてものは、読んで気持ちの良いものではないが、あまり実感を湧かせるような書き方はせず、あくまで絵空事、他人事という書き方になっているので、読むのが嫌になるようなことはまあ無い。
 
 それにしても、ただ異常性のみをクローズアップして理解不能というのでは、もちろん小説にならない。背景や理由が必要だ。本作品でも、他にはそれ程おかしな所も見られないような人物が、なぜそのような異常な犯行に至ったのか、という動機部分の解明が眼目のひとつになっている。
 
 (以下、ややネタバレ注意)物語の多くは犯人目線から語られており、九分九厘目論見通りの完全犯罪が成立しそうになったところで、ひとりの優秀な刑事によるどんでん返しとなる。刑事は事件の真相と真犯人を見破り、犯行の動機を告発する。明かされる動機はそれなりに合理的で筋が通っていた。まあ、あそこまで異常性に満ちた犯罪であった必然性までは感じないが、それは作者が物語に刺激を求めた結果なのだろう。ただ、それだけでは終わらず、さらにもうひとつ、読者にとって、そして犯人にとっても衝撃的なある事実が最後に突きつけられる。冷静に考えれば突っ込みどころは少なくないのだが、これはなかなか意外性とインパクトのある真相となっていた。7点。
 

米澤穂信「ボトルネック」 2012年03月22日

ボトルネック (新潮文庫)

 著:米澤 穂信
新潮社 文庫
2009/09/29

 冒頭からいろいろと謎めく。そこで亡くなった諏訪ノゾミを弔うために訪れた東尋坊の断崖絶壁に立つ主人公の嵯峨野リョウ。ノゾミはなぜ死んだのか?そしてそんなリョウの携帯に兄の死を知らせる連絡が来るのだが、何かワケありで、家族はドライな関係らしい。ともかく帰宅の途につこうとしたリョウだったが、何かに引かれるように崖から落ちてしまう。一巻の終わり、と思いきや、なぜか自宅近くで怪我もなく意識を取り戻す。そして帰り着いた自宅には見知らぬ「姉」がいた。SF!?
 
 青春小説である。しかしよくあるように後味爽やかな成長物語などではない。実のところ、この特殊な経験は主人公にこれと言った成長をもたらしてはいないのだが、そのかわりに、自己を顧みる機会と深刻な悩みを与える。「自分がいた世界」から「一年早くに娘が生まれて自分が生まれなかった世界」へ来たリョウは、否応もなくふたつの世界を比べることによって、自分という存在の意味を問われることになるのだ。その結果、リョウがどんな決断を下すのか、物語は最後を描かない。そう言えば作者にはリドルストーリー尽くしの「追想五断章」という作品もあったっけ。ただ、突きつけられた問いに対する苦悩の質はかなり主人公の性格に依存したものなので、読者が抱く感傷や作品への評価は、主人公にどれだけ共感できるかどうかによって変わってきそうだ。7点。
 

歌野晶午「春から夏、やがて冬」 2012年03月18日

春から夏、やがて冬

 著:歌野 晶午
文藝春秋 単行本
2011/10

 悲痛な過去が原因で、大手スーパーの本社エリートの地位を離れて、いまは郊外の店舗で保安責任者として働く平田。ある時、食品の万引きで捕まった末永ますみという若い女性と出会う。平田は娘と同じ年頃の彼女を警察に引き渡さず済ませた。これがきっかけとなって、不遇な現状に置かれたますみと、過去に苦悩する平田の関わりが始まる。
 
 「ハッピーエンドにさよならを」なる短編集もあるが、作者はどうやらあまりハッピーエンドを好まないようで、この作品も後味が良い結末にはならない。平田の周辺で物事が淡々と進行して行き、終盤を迎えるまでさほど派手な展開は無い。しかしページも残り僅かになったところで事態は急展開を迎える。そしてさらに…。
 
 書店に並べられた本に掛かった帯の謳い文句は「ラスト5ページで世界が反転する!」だ。「『葉桜の季節に君を想うということ』を超える衝撃がいま」とも。"最後のサプライズ"系プロットということで、代表作の名を挙げて売ろうという営業戦略なのだろうが、これは少しハードルを上げ過ぎだったかも。たぶん最後のどんでん返しは多くの読者にとって予想が付く。ちなみにそのどんでん返しは、結末に対する救いのようにも感じるが、でも別の角度から見ればますます救いがないようにも感じる。うーん、やっぱりハッピーエンドの方が良いなあ。
 
 ちなみに本作は、第146回(2011年度下半期)直木賞にノミネートされたが、受賞はならなかった。まあ直木賞向きではないのは確かか。しかし歌野晶午がノミネートされたというのは、ちょっとした事件だったし、作者にはそのうち直木賞も攻略してもらいたいところだ。7点。
 

東野圭吾「歪笑小説」 2012年03月14日

歪笑小説 (集英社文庫)

 著:東野 圭吾
集英社 文庫
2012/01/20

 ブラック東野圭吾の「○笑小説」シリーズも4冊目だ。前作「黒笑小説」は作者が直木賞を獲る前で、その辺の背景事情もあった(ネタにした)上での、ユーモアにくるんで文壇世界に対する毒を吐いた作品を多く収録していた。作者はその後直木賞も受賞して人気作家としての地位を不動のものとしたが、本書はやはり前作同様、作家や編集者といった出版業界の人々を俎上に載せている。いきなり文庫で発売された。最近こういう形は多いように思う。本書を読んだ後だと、こういうのは売れる作家だからできるのだろうな、などと余計なことを考えてしまう。前作でも表紙で遊んでいたが、本書でも遊んでいる
 
 主人公は毎回変わる(ただし再登場あり)が、灸英社の編集者である小堺などが共通の登場人物として脇を固めていて、すべて同じ世界でのお話となっている。あれ、この辺りの人々って前作とも共通なのだっけ。もうすっかり忘れてしまった。基本的にデフォルメされたエキセントリックなキャラが多く、一話目が超絶太鼓持ちの編集者(獅子取)、二話目が作品映像化の話に舞い上がる作家(熱海圭介)と続く。全般にはアクが強くて常識のない人たちが取るおかしな行動が主な内容となっていて、ストーリー的にはとくにひねりなどない話が多い。しかし、三話目「序の口」は例外的とも言える常識的な新人作家(筆名・唐傘ザンゲ)が主役で出てきて、しかもこのシリーズとしては数少ない、ちょっといい話になっていた。ほかでは、「文学賞創設」なんかは、一般読者よりむしろ作家稼業の人の心に染みる話かも。あと、最後の「職業、小説家」がやはりいい話で、読後感を爽やかにしてくれた。
 
 表紙でも遊んでいたが、最後にもネタが仕込まれている。しかも単なるパロディではなく、本書の小説部分の「その後」がうかがえる内容になっていて良かった。東野圭吾をあまり読んだことがない人にはともかく、東野ファンには間違いなくお勧めできる一冊だ。6.5点。
 

海堂尊「ひかりの剣」 2012年03月10日

ひかりの剣 (文春文庫)

 著:海堂 尊
文藝春秋 文庫
2010/08/04

 剣道青春小説と銘打たれている。青春小説?まあいろいろクセはあるがそう言って言えないことはないか。東城大の猛虎・速水晃一、帝華大の伏龍・清川吾郎という剣道に打ち込む医学部生二人の物語である。速水は後の「ジェネラル・ルージュ」で、清川はよく知らなかったが未読の「ジーン・ワルツ」の主要人物か。この作品の時代は「ブラックペアン1988」と重なるようで、そちらで描かれていた事件もチラリと出てくる。高階(「チーム・バチスタの栄光」では東城大学医学部付属病院院長)が、帝華大から東城大佐伯外科に移籍したタイミングでもあり、本作では剣道部顧問として無類の強さを披露している。
 
 長編小説であるが、ひとつの大きな物語という感じではない。とは言っても短編集になっているわけでもない。速水と清川を交互に描いていく全体の構成は、どちらかと言えば、ふたりの学生時代二年間を密着取材したドキュメンタリーのようだ。いやもちろんドキュメントのタッチとはまったく違うのだが。
 
 「伝説」好きの作者らしく、後の時代の伝説を作る海堂ワールドの主要人物たちの、若き日の伝説を派手に盛り上げている。昔のスポ根マンガのような"必殺技"(大○ーグボール×号みたいな)とかが出てくるのではないかという雰囲気さえ感じた。さすがにそれは無かったが、特訓の様子だとか、圧倒的な強さの少女剣士や、超越的な達人であるおジイだとかの登場キャラは、一歩手前というところだ。で、そういうのが雰囲気にうまくはまっているのが、まさに海堂ワールド全開という作品だった。7.5点。
 

有川浩「キケン」 2012年03月08日

キケン

 著:有川 浩
新潮社 単行本
2010/01/21

 本書はハードカバーの単行本だが、ノリはかなりラノベ寄り。表紙や各章の扉ページはコマ割されたマンガ仕立てだ。ラストではそれが効果的に使われている2011年度本屋大賞で第9位第2回ブクログ大賞(2011)の小説部門大賞を受賞(ちなみに作者は第1回でも「植物図鑑」で受賞)。
 
 学生生活は部活が中心だったという人はきっと少なくないに違いない。また部活と言ってもいろいろで、野球部で甲子園を目指して日夜練習に明け暮れていましたという人もいるだろうし、暇があれば部室に入り浸って日々過ごしていましたという人もいるだろう。後者なんか傍から見ると、特筆すべき何かがあるようには見えないが、案外と、仲間内だけのごく狭い範囲であっても非常に濃い"文化"がいつの間にかできていて、本人の学生生活に強いインパクトを残していたりするものだ。
 
 「部活」に焦点を当てた小説やマンガ(読者層を反映して、小説よりはやはりマンガの方が多いだろうか)はいくつか思い出せる。自分とはまったく関係が無いのに、何か自分の経験と共通する雰囲気が感じられて、卒業してから読むと懐かしかったりする。本作品は成南電気工科大学機械制御研究部、略称「機研」の物語である。しかし、部の「本業」であろうロボコンでの活躍を熱く描いているというわけではない。あるにはあるが、ラス前の1章だけで、かわりに本書で一番大きく扱われているエピソードは学祭に出店したラーメンの模擬店だったりする。しかしそういうところがまた懐かしい(と、感じる人はきっと多いと思う)。7点。
 

薬丸岳「ハードラック」 2012年03月03日

ハードラック

 著:薬丸 岳
徳間書店 単行本
2011/09/28

 職を失い、どん底の生活に苦しむ主人公・相沢仁。止むに止まれずネットの裏サイトを通して集まった仲間と強盗計画を実行する。人気の少ない山中の屋敷に押し入ったところまでは予定通りだったが、仁は背後から何者かに殴られて気絶してしまう。目覚めたとき、屋敷は火に包まれており、その後、屋敷の中から3人の死体が見つかった事を知る。仁は嵌められたのか?
 
 すべてを仕組んだ黒幕を探し出すために奔走する主人公の視点と、事件の捜査を進める警察の視点から物語は進んでいく。あまり派手な展開は無く、ラストに向けて少しずつ前進していく感じだ。残りページも少なくなって、これで終われるのかと思っていたところで、一気に事件の真相が明かされる。帯に「驚愕と慟哭のラスト!」と煽られていたので、予想はしていたが、その真相はたしかにかなり意外性のあるものだった。ただ、思わず膝を打つようなカタルシスには欠けるかな。改めて全体を見ても、映画「逃亡者」みたいな話を期待していたのだが、エンタメ作品としてはもうひとつ面白味が足りないような気がした。主人公の性格をもっとタフにして、ピンチを切り抜けていく爽快感のようなのが感じられると良かったのだが。とは言え、つまらなかったわけではない。しっかりとしたサスペンスの佳作で、また今後の作品が楽しみだ。7点。
 

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